« 2020年12月 | トップページ | 2021年2月 »

2021年1月

謎のマ・ドンソク推し

『映画秘宝』界隈でいろいろと問題が起こっているようで、そこに巻き込まれてしまったライムスター宇多丸さんが、ラジオ番組の冒頭で経緯の説明をしていた。

その原因となったのが、今年1月5日の韓国映画特集だったそうなのだが、そういえば、その特集をまだ聴いていなかったなあと思い、ラジオクラウドで聴いてみることにした。

僕はここ最近の韓国映画をほとんど見ていない。「パラサイト」もまだ見ていない。こぶぎさんおすすめの「エクストリーム・ジョブ」も、こぶぎさんだけでなくいろんな人から薦められていたのだが、結局見ることができていない。コロナ前に映画館で見ておかなかったことが悔やまれる。

で、最近の韓国映画事情はどうなのだろう?と、アトロクの韓国映画特集を聴いてみたのだが、なんと、謎の「マ・ドンソク推し」なのである。正確に言えば、宇多丸さんがソン・ガンホ推し、宇垣美里アナがマ・ドンソク推しなのである。

宇多丸さんのソン・ガンホ押しは当然わかるにしても、マ・ドンソクって、誰?と、すぐに顔が思い浮かばない。そんな僕の疑問をよそに、宇垣美里アナは、マ・ドンソク愛に溢れたコメントを次々と繰り出している。「マ・ドンソク出演映画にはずれなし」とまで言っているぞ。

あまりに気になったので、画像検索をしてみたところ、ああ、あの俳優さんか!あの俳優さん、マ・ドンソクって言うのか!と、はじめてその俳優さんの名前がマ・ドンソクであることを知ったのである。

たしかに顔を見ただけで思い出すんだから、印象的な存在感の俳優である。あくまでも僕の印象だが、大友康平をすげえマッチョにした感じ(たぶん異論はあると思う)で、僕にとってはハ・ジョンウ主演の「群盗」を見たときに、鮮烈な印象を残した。というか、それ以外の出演作はたぶん見ていない。

見た目は決して二枚目とは言えない。これが少しむかしならば、美形で細面の男性俳優のファンであることを公言する女性タレントは多かったと思うのだが、宇垣美里アナは、そうではなく、マ・ドンソクを選んだのである。このあたりの宇垣アナの選球眼には、舌を巻かざるを得ない。

『別冊映画秘宝』の韓国映画特集というのをちらっと見てみたが、表紙がなんとマ・ドンソクである(そして表紙のデザインは高橋ヨシキさん)。冒頭からかなりのページ数をさいて、マ・ドンソク特集と、マ・ドンソク愛を語る宇垣美里アナへのロングインタビューへと続く。つまり宇垣美里アナのマ・ドンソク愛に、『映画秘宝』の編集部もすっかりほだされてしまったのだ。こうなると時代はもうマ・ドンソクである。

「最近本屋さんに行くと、本の帯に、武田砂鉄さんか、宇垣美里さんか、というくらい、二人の推薦コメントを見かける」(byアシタノカレッジ)と言われるほど、宇垣美里アナの影響力が大きいことを実感させられる。僕の若いころで言えば、キョンキョンがオールナイトニッポンで、「『ライ麦畑でつかまえて』がおもしろいのよねえ」とひとこと言ったとたん、翌日全国の書店から『ライ麦畑でつかまえて』が売り切れる、という現象が起きたのと同じようなものである。

しかし、僕は言いたい。マ・ドンソクのほかにも、いぶし銀の役者は多いぞ!

ラジオではあまり取り上げられてなかったが、キム・ユンソク、リュ・スンリョン、ユ・ヘジン、クァク・ドウォン・ファン・ジョンミン、シン・ハギュン、オ・ダルス…あげだしたらきりがない。

クァク・ドウォンなんかねえ、松尾諭という役者が出てきたとき、「日本にもクァク・ドウォンがいた!」と思ったもん。僕の中では松尾諭=クァク・ドウォンなのだ。

こんなことを僕がいくら言ってみたところで、宇垣美里アナのマ・ドンソク推しには足下にも及ばないのだろうな…。

| | コメント (0)

挽歌考

録画しておいた香港映画「男たちの挽歌Ⅱ」を見た。「Ⅰ」は見ていない

以前にも書いたが、僕は「香港ノワール」というジャンルの映画を見たことがない。

いや、あるぞ!「インファナル・アフェア」は見たことある。「男たちの挽歌」が香港ノワールのハシリだとしたら、「インファナル・アフェア」はその完成形、という位置づけだろうか。

「男たちの挽歌」の原題は「英雄本色」。僕はこの邦題がとてもいいタイトルだと思うのだが、そう思った理由は、タイトルに「挽歌」がついているからだと思う。

よくよく考えてみれば、「挽歌」って、日常生活で使う言葉ではない。どちらかといえば古語である。もともと中国の古典に出てくる歌の分類の一つで、死者を葬る時に棺を挽(ひ)く者が謡う歌、葬送の歌、死を悲しむ歌を意味する。『万葉集』では、雑歌・相聞歌とともに3大部立の一つであり 、古今集以後の哀傷歌にあたる、と辞書には説明がある。

つまりほとんど死語といってもいいのだ。挽歌だけに。

いまで言ったら何だろう?鎮魂歌(レクイエム)か?だが「男たちの鎮魂歌(レクイエム)」よりも、やはり「挽歌」の方がしっくりくる。

そう思うのは僕だけかもしれない。なにしろ僕は、以前にも書いたが「刑事コロンボ」の「祝砲の挽歌」という邦題が、大好きなのだ。

‘By Dawn's Early Light’という原題に、ドラマの内容を加味して「祝砲の挽歌」という邦題をつけたセンスがすばらしい。邦題史上、これを超えるものはないのではないだろうか。

というわけで僕は「挽歌」という言葉に弱いのである。

日本の映画なりドラマなり、あるいは海外作品の邦題なりに、「挽歌」という言葉はどのくらいあるのだろうか。

インターネットで調べてみると簡単にわかることだが、原田康子の小説に「挽歌」というタイトルのものがあり(1956年)、1957年と1976年に映画化されている。テレビでもたびたびドラマ化されている。これが、タイトルに「挽歌」を使った最初だろうか。

ドラマでいうと、山田太一脚本の「チロルの挽歌」(1992年)というNHKドラマがある。北海道芦別市を舞台にした、高倉健主演のドラマである。ちなみに僕は未見である。

ちょっと話がそれるが、このドラマはテーマパーク「チロリアンワールド」の建設をめぐる物語なのだが、芦別市の「カナディアンワールド」がモデルとなっている。20年以上経って、大林宣彦監督の映画「野のなななのか」(2014年)の中で、カナディアンワールドが「町おこしではなくて、町こわしね」と語られていることに、ある種の感慨を禁じ得ない。「チロルの挽歌」もいずれ見なければならない。

それはともかく。

あと、何かなかったっけなあと必死に思い出してみたら、思い出した。テレビ朝日のドラマ「特捜最前線」に、「挑戦II・窓際警視に捧げる挽歌!」(第460回、長坂秀佳脚本、天野利彦演出)というのがあった。「窓際警視」とは、長門裕之演じる蒲生警視のことで、「特捜最前線」では準レギュラー的存在だったのだが、その殉職をめぐる物語である。これも子どものころ見ていて、よく覚えいてる。

「テレビドラマデータベース」で検索すると、「挽歌」がタイトルにつくドラマがけっこうあるのだとわかった。だがいまあげたもの以外に、あまり印象に残っているドラマはない。

そうそう、歌では北原ミレイの「石狩挽歌」(作詞:なかにし礼、作曲:浜圭介)があった!これは名曲だった。さすが、なかにし礼である。

あと、調べてみたらドラマ「さすらい刑事旅情編」(1988年)のテーマ曲が堀内孝雄&チョー・ヨンピル「野郎(おとこ)たちの挽歌」(作詞:荒木とよひさ、作曲:堀内孝雄、編曲:佐々木誠)というそうなのだが、僕は聴いたことがない。香港映画「男たちの挽歌」の日本公開が1987年だったから、その影響を受けたタイトルであろうか。ちなみに僕は「野郎」と書いて「おとこ」と読む人や、「漢」と書いて「おとこ」と読む人のことをあまり信用していない。

「挽歌」という言葉に反応するのは、僕くらいなものだろうか。

| | コメント (2)

くろいおひげのこあらさん

唯一の楽しみ(こればっかりだな)は、NHK-BSPで放映している「名探偵ポアロ」を見ることである。最近は、ドラマはこれしか見ていない。

2歳10か月になるうちの娘もお気に入りで、「くろいおひげのこあらさん」と言っている。「ポアロ」とは言えずに、「コアラ」である。

ポアロとジャップ警部との関係が、毎日放送版「横溝正史シリーズ」でいうところの、金田一耕助(古谷一行)と日和警部(長門勇)との関係を連想させる。ドラマの作りもどことなくコミカルで、余韻を残して終わるところが、日本人の好みに合うんじゃないだろうか。刑事コロンボも大好きだが、コロンボの場合は、余韻なくスパッと終わる。それもまたよい。

金田一といえば、つい最近見た「ポアロのクリスマス」という回は、トリックがなんとなく「本陣殺人事件」を連想させる。

ついでに心覚えのために書いておくと、「スズメバチの巣」というエピソードは、僕の記憶では「古畑任三郎」の「古い友人に会う」というエピソードによく似ているような気がする。たしかどちらも、犯罪を未然に防ぐ、という主題だったと思う。記憶に自信がないのだが、もしそうだとすると、脚本家の三谷幸喜は、古畑任三郎を書く際に、コロンボだけでなく、明らかにアガサ・クリスティの影響も受けていると思われる。

誰も指摘していないことなので、心覚えのために書いておく。

 

| | コメント (0)

原稿ため込み党の逃避

相変わらず、自分のふがいなさに落ち込む毎日である。昨日はソファーで気を失ってしまい、寒いなあと思っていて目が覚めたら、夜中の2時だった。とにかくメンタルをやられないようにしなければならない。

最近のストレス解消法は、頼まれてもいない原稿を書いて「押しかけ提出」することである。ま、そこまでいかなくとも、自分がふだん書いている職業的文章とはまったく関係のないような分野の話を頼まれると、不思議と筆が進む。まったく、困った話である。

依頼された原稿はまったく進まないのに、頼まれてもいない原稿には没頭できる、というのは、永遠の謎である。

数えてみたら、今年度4~5本くらい、そんな原稿を書いているのだ。しかも、ほとんど人目に触れない媒体である。

ごくごくわずかな人にしか配られないであろう小冊子だとか、知る人ぞ知る地方発の雑誌とか、ごくわずかな人たちが集まる、自分とは畑違いの会合で配る「押しかけプレゼン資料」とか、一番すごいのは、アングラもアングラ、ひっそり作っている秘密の会誌とか。こうなるともう、人の目には絶対に触れない。だって、秘密なんだもん。

わずかに空いた時間でも、こういう原稿に没頭していると、ストレスが解消されるのだ。

そんな時間があるなら、ため込んでいる依頼原稿を仕上げろよ!おまえ、どんだけいろんな人に迷惑かけてるんだよ!ということなのだが、まあ仕方がない。

原稿といえば、以前に恋愛について特集した業界誌に原稿を書いた、と書いたことがあるが、その特集がひどく好評だったらしく、その特集を再編集した本がもうじき出るという。僕の書いた原稿は、当然ボツになるだろうと思っていたら、再録されることになった。タイトルに「恋」という字が入った本に原稿を書くなんて、おそらく最初で最後である。

あらためてその本の目次を見直してみると、僕以外は、みな恋愛の体験談を情緒豊かに書いているのだが、僕だけは、「他人の恋愛についてとやかく語ることは難しい」と、自分がこの依頼を受けて、いかに書けないかを延々と述べた文章になっていて、やはりバツが悪い。依頼されたテーマが自分にとって荷が重いので書けないことを延々と書いてマス目を埋めるやり方は、コラムニストの小田嶋隆さんがよく使う手である。

それでも、今年もらった年賀状で、遠くに住む大学時代の先輩がその特集を読んでくれたらしく、「あの文章は面白かった」と、わざわざ一言書いてくれた。少なくとも一人、しかもむかしから信頼している先輩には好評だったということで、僕はそれだけで満足である。

| | コメント (0)

渋谷駅の憂鬱

1月23日(土)

都内に住んでいる人ならば、この話はあるていどわかってくれることだと思うのだが。

「できれば渋谷駅で乗り換えたくない」

もともとが田舎者の僕なので、渋谷駅とか、渋谷という町が苦手である。大学時代は、大学の最寄りの繁華街が渋谷だったので、友人たちと渋谷で飲み会をするなんてことがよくあったのだが(あれ?おかしいな…)、あんまりいい思い出がない。

いま、たまにやむを得ぬ事情で渋谷に行くと相変わらずの人の多さで、いったいこの町にはどんな魅力があるのだろうと、不思議でならない。

まだ新宿の方がマシなのだが、それでも最近は、新宿もまた億劫な場所である。

いまはもう飲み会に参加しなくなったから関係ないのだが、高校時代の仲間たちは、なぜか新宿で飲み会をすることが多い。新宿の繁華街の、居酒屋ばかりが入っているような雑居ビルの、何階かの店舗にギュウギュウに押し込められて、周りの若者のはしゃいでいる声がうるさく、しかも喫煙オッケーの店だったりすると、もう最悪である。もういい年齢なんだから、もう少し落ち着いた店を選べないのかと、小一時間説教したくなる。ま、行かないから関係ないんだけど。

それはともかく、渋谷駅である。

とくに地下鉄に乗り換える時がたいへんである。重い荷物を持って移動したりしていると、途中で心が折れそうになる。最近は銀座線のホームが移動した所為で、嫌がらせか!というくらい、乗り換えが面倒になった。何のアトラクションなんだってくらいに、あちこちに引き回されたあげく、階段を何度も上らされて、よくもまあインバウンドだとかオリンピックだとかエラそうに言ったものだと、これもまた小一時間説教したくなる。さぞかし頭の悪い人が再開発をしているのだろうと、逆に哀れに思えてしまった。もっとも向こうからしたら、「田舎もんは渋谷に来るな!」ということだと思うのだけれど。

というわけで、できれば渋谷駅を通りたくないのだが、それでも、やむにやまれず渋谷駅を経由しなければならないときがあるのだ。昨日、「ひとり合宿」が終わって家に帰ってくるときがそうだった。なんとか使わない手はないかと考えてみたが、渋谷駅を避けるコースをとるとひどく時間がかかることがわかったので、やむなく渋谷駅経由を選択したのである。

銀座線を降りたときからすでに憂鬱である。ああ、ここからまた迷路のような階段を降り次いで乗り換えなければならないのか、と。

重い荷物を持ちながら移動していると、途中、渋谷のスクランブル交差点が見えた。

(緊急事態宣言っていってるのに、ぜんぜん緊急事態とは思えないほど、人が歩いているなあ…)

昨年春の「緊急事態宣言」の時は、本当に人出がなくて、「緊急事態」と呼ぶにふさわしい風景だったのだが、このたびの緊急事態宣言は前回とはまったく様子が異なる。

そこで僕はハッと気づいた。

「緊急事態宣言といいながら、緊急事態とは思えないような行動をするとは、これ如何に?」

「交通安全週間といいながら、ふだんと変わらない運転をするが如し」

| | コメント (1)

炎上体験

1月22日(金)

「ひとり合宿」終了!の話を書こうと思ったが、予定変更。

少し前に、A新聞のT記者という人から、電話取材を受けたという話を書いた。

47都道府県をあげていくと、どちらかといえば終わりの方に近づかないと出てこないような県(ずいぶん失礼だな!)の、地方支局の記者で、ある話題について僕にコメントを求めてきたのだ。

電話で手短に答えたあとも、何度かメールが来た。どうも電話取材だけでは不十分だったようで、もう少し詳しく教えてほしい、ということだったので、メールに返信してお答えしたら、「記事の出稿を担当するデスクに鬼瓦様のお見立てを伝えたところ、とてもおもしろがっていました」と返事が来た。

新聞社のしくみがよくわからないのだが、記者は書いた記事がそのまま新聞に掲載されるわけではなく、記事の出稿を担当するデスクというのがいて、その人が、これは記事になるかならないかを判断して、新聞に掲載する可否を決めるということなのだろうか。なんとなく、映画やドラマでそんな場面を見たことがあるような気がする。

で、僕のコメントはそのデスクのおめがねにかなったようだったのである。

そして昨日の夜10時頃、記者からまたメールが来た。

「あす午後、配信される新聞のデジタル版で、先日と今回、お答えいただいたお話を記事中で紹介させていただく予定です。○○○本社版の夕刊にも掲載される可能性があり、そのときには掲載紙をお送りさせていただきます。」

これも知識がないのでよくわからないのだが、まずは、新聞社のデジタル版に記事が掲載され、うまくいけば、地方本社の夕刊の紙面に掲載される、ということらしい。その新聞社は全国に6箇所、本社を持っていて、その一つが○○○本社なのである。

…どうも無知がすぎるなあ。

ここから察するに、支局の記事は、まずデジタル版に載り、その中で運がよければ、地方支局版、もしくはその地方支局を管轄する地方本社版の紙面に載ることができる、ということのようだ。

まあ地味な記事だし、僕はまったく期待していなかったのだが、今日の午後、そういえばデジタル版で配信されると言っていたことを思い出し、新聞社のサイトをのぞいてみたら、はたして記事が配信されていた。

僕は、ある年代以上の人たちの郷愁を誘うようなコメントをあえて入れてみたのだが、それがそのまま記事になっていた。デスクやT記者が僕のコメントを面白がったのは、この部分だなということが、容易に想像できた。

そうしたらすぐに、高校の後輩からメッセージが来た。

「Yahoo!ニュースに出てましたよ!ニュースのタイトルだけ見て、『あれ、これって鬼瓦先輩の本にあったよな』と思いだし、読み始めてみたら、なんと最後に名前まで登場とは!それにしてもタイトルだけ見て引っかかるとは、自分が思っていたより先輩の本のことをちゃんと覚えていたんですね」

なんと、Yahoo!ニュースがその記事を引用していたというのである。その後輩はさらに続けた。

「いやー、在宅勤務なので最後の会議が終わってちょっとYahoo!ニュースをチェックしていたら国内ニュースのコメントランキングを流し見をして発見しました。私が見たときは25位でした。」

言われるがままにYahoo!ニュースを見てみると、たしかに、かなり上位の方に記事が掲載されている!まさか自分の名前がYahoo!ニュースに出るとはねえ。

でもなあ。Yahoo!ニュースって、たしかコメント欄があって、そのコメント欄がけっこう荒れてたりしたんじゃなかったっけ?

おそるおそるコメント欄を見てみたら、なんと500件以上もコメントがあるではないか!(この文章を書いている時点では、750件程度)。

けっこう炎上してるんじゃないかなあ…と見てみたが、思ったほどではなかった。むしろ好意的に受け止めてくれた人が多かったような気がしたが、ただ所々に「コメントしている識者の思慮が浅い」的な、上から目線のコメントがあったりした。まあそれはこちらの能力に起因することだから仕方がない。

よくわからないけど、最終的に750件程度のコメントが書かれているということは、これが炎上ってヤツなのか?とすれば、僕にとって初めての炎上体験である!

あとで聞いたら、最終的には全国版の夕刊の紙面に記事が載ったそうである。僕は新聞を取っていないので、すぐには確かめられなかったが。

最初はT記者に「一応コメントをうかがいますが、記事になるかどうかわかりません」的なことを言われたのだが、それがまさかこんなことになるとはねえ。

そういえば、15年くらい前のことを思い出す。「前の職場」にいたころのことである。

M新聞のある地方支局の記者からコメントを求められて答えたことがあった。そのときもやはり地味な話題だったから、地方版に小さく載るのがせいぜいかなあと思っていたら、その記者の押しの強さと筆力のおかげか、なんと全国版の夕刊に記事が掲載され、僕自身もビックリしたのであった。たしかそのすぐあとくらいに、その記者は本社に栄転したと聞いた。今回も、そのケースとよく似ている。

ということは、今回のT記者も、この記事がきっかけで地方支局から本社栄転、なんてことにはならないだろうか。僕はそれを望むばかりである。

| | コメント (1)

誰かの靴を履いてみること

1月21日(木)

ブレイディみかこさんの『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社、2019年)を読んだ。

「誰かの靴を履いてみること」のくだりを読んで、まことに恥ずかしながら、エンパシー(empathy)とシンパシー(sympathy)の違いについて、初めて知った。

「シンパシー(sympathy)」とは、「1.誰かをかわいそうだと思う感情、誰かの問題を理解して気にかけていることを示すこと」「2.ある考え、理念、組織などへの指示や同意を示す行為」、「3.同じような意見や関心を持っている人々の間の友情や理解」と、辞書に書かれているそうだ。

それに対して「エンパシー(empathy)」とは、「他人の感情や経験などを理解する能力」という意味が辞書に書かれている。シンパシーのほうは「感情や行為や理解」であるのに対して、「エンパシー」は「能力」なのである。ここから著者は、「シンパシーは感情的状態、エンパシーは知的作業とも言えるのかもしれない」と述べている。

その「エンパシー」の意味を、著者の息子さん(中学生)が「誰かの靴を履いてみること」と説明した、なるほど、わかりやすいたとえである。

僕は「共感」という言葉が好きだが、そこでの「共感」が、シンパシー(sympathy)を意味しているかというと、なんとなく違うなあという気がしていたので、溜飲が下がる思いがした。シンパシーは、「かわいそう」とか「理解して気にかける」とか、どちらかといえば、「上から」の目線のようなニュアンスを感じるのだが、そうではなくて、「当事者と同じ立場に立って物事を考える能力」が、僕がイメージする「共感」である。

そういえば以前に、大林宣彦監督が、こんなことを語っていた。

まだ商業映画監督として駆け出しのころ、檀一雄の小説「花筐」に映画化をお願いしようとして檀一雄のもとを訪れると、檀一雄は肺がんの末期で、『火宅の人』を口述筆記していたときだった。その後檀一雄が亡くなったこともあり、映画「花筐」はまぼろしの企画となった。

その後、時を経て、2016年にいよいよ「花筐」の映画化が実現することになった。

ところがクランクインの前日、大林監督は、「肺がん、ステージ4、余命半年」の宣告を受ける。2日後には余命が3か月に半減した。

ふつうならば落ち込むところだが、檀一雄と同じ肺がんと聞いて「うれしくて体中がふわっと温かくなった」という。これでやっと、檀一雄さんと同じ思いを共有することができる、と思ったのである。そして監督は、映画「花筐」を完成させるのである。

僕は共感という言葉を思うとき、いつもこの話を思い出す。正確なニュアンスからしたら間違っているかもしれないが、これが僕にとってのエンパシー(empathy)である。

 

| | コメント (0)

ドキドキ抗原検査

1月20日(水)

今日から2泊3日の「ひとり合宿」である。もう何回目だろうなあ。8回目くらいだろうか。

今回は、少し事情が違う。

緊急事態宣言下でのひとり合宿ということで、今回は直前に新型コロナウィルスの抗原検査をおこなうことになった。

正確に言えば、前回の緊急事態宣言下でも、ひとり合宿を行ったのだが、そのときはとくにそういう検査は求められていなかった。たぶん、安価で簡便な検査をすることが可能になったので、導入にふみきったのだろう。

「もし検査の結果、陽性だった場合は、ひとり合宿は中止です」

「はあ、わかりました」

と、先日言われたのだが、サァその日から、気になって気になって仕方がない。

もし検査の結果、陽性だったらどうしよう?

ひとり合宿が中止になってしまうのはやむを得ないにしても、その後、俺は隔離されるのだろうか?

家庭内感染、なんてことはないだろうか?

もし陽性だとわかったら、職場で初の陽性患者、ということになり、そうなると職場は大パニックだな。

いろいろなことが頭をよぎり、それだけで神経をすり減らしてしまう。

通勤や職場でも、よりいっそう注意深く行動するようになった。

で、当日を迎えた。

そもそも、抗原検査というのは、どんな検査なのだろう?

先日、ライムスター宇多丸さんのラジオを聞いていたら、宇多丸さんがPCR検査を受けたという話をしていた。

PCR検査の場合、検査の30分前から飲食が禁止され、検査の際には、けっこうな量の唾液を採取するらしい。検査場によっては、梅干しとかレモンなどの写真が貼ってあり、唾液が出やすい工夫がされているというのだが、梅干しやレモンの写真で、唾液の出がよくなるのだろうか。

抗原検査も唾液を採取するのだろうか?だったら唾液をためておく必要があるな、と、僕は口の中に唾液をいっぱいためて、ひとり合宿の施設に入った。

「では最初に抗原検査をしますので、2階に行ってください」

「わかりました」

2階に行くと、

「抗原検査ですね。こちらです」

といざなわれ、部屋に入る。

ドキドキしながら待っていると、検査担当者は綿棒を持ってきた。

「ちょっと失礼します。痛くありませんので」

そう言うと、鼻の穴に綿棒を入れて、さら~りさら~りと、鼻の穴の内壁のところを、こすり始めた。奥の方ではなく、出入口に近いところである。鼻の粘膜を採取しているのだろうか。

ゴリゴリ、という感じではなく、くすぐられているような印象。少しむず痒く感じたが、時間にして10秒足らず。

「終わりました」

ええええぇぇぇっ!!これだけ???

「結果は30分後に出ますので、あちらの待合スペースでお待ちください」

と指をさした先には、廊下のどん詰まりにある、薄暗い場所に、椅子が何脚か置いてあるようなスペースがあり、「抗原検査待合スペース」と立て札が立っている。

すでに先客のおじさんがひとりいて、パイプ椅子に座っている。おそらく先に検査をした人なのだろう。

ほどなくして先客のおじさんが呼ばれた。

「○×さ~ん、検査の結果、陰性でした」

と言われ、おじさんはパイプ椅子から起ち上がると、立ち去っていった。

それにしてもずいぶんとデカい声だなぁ。陽性の場合でも、あんなにデカい声で通知されるのだろうか。これでは周囲にまる聞こえではないか!

次は僕の番である。

30分ほどたって、

「鬼瓦さ~ん」と、またデカい声で呼ばれた。

「はい」この時点で、心臓はもうバクバクである。

「検査の結果…」

「……」

「陰性でした!」

おいおい、おどかすなよ。僕はホッと胸をなで下ろし、予定通りひとり合宿に入ったのであった。

| | コメント (0)

エモジ

ヨーロッパに行ったことがない。

というか、海外にほとんど行ったことがないのだが、ヨーロッパにはいつか行ってみたいと思う。とくに、フランスを起点に、ドーバー海峡を渡って英国に行ってみたい。ま、「水曜どうでしょう」の新作の影響を多分に受けているんだけど。

少しでも英国の雰囲気に触れたいと思い、ブレイディみかこさんのエッセイを読んでみることにした。手始めに『ブロークン・ブリテンに聞け』(講談社、2020年)である。

英国に対する知識が皆無な僕だが、それでも読んでいて面白い。

たとえば、「エモジがエモくなさすぎて」というエッセイ。

もともと英国人は、エモジを使わない。「これはいかにも日本的なファンシーな習慣であり、こんなものが英国に入ってくることはあり得ない」と思われていた。

ここでいうエモジとは、笑ってる顔だの、目がハート型になっている顔だの、ウィンクしている顔だの、といった、顔の表情を表した絵文字のことをとくにさす。

著者のママ友の英国人は、エモジなどと言う、奥行きのない、低能の象徴のようなものを、絶対使うものか、とくにウィンクをしているエモジが薄らサムい、と思っていた。

「ウィンクしている顔の絵文字なんて、チャーミングというより低脳の象徴。感情があまりに単純化されて、送っている人間も単純バカって言ってるみたい」

…僕が言ってるんじゃないですよ。その英国人のママ友が言ってるんだ。

ところが、いったん使い始めると、エモジのない文章は妙によそよそしく感じられて、逆に一つか二つのエモジでは物足りなくなる。「エモジって、いつの間にか広がっていく疫病なのよ」という、そのママ友の言葉通り、英国ではいつのまにか大半の人がエモジを使うようになってしまった。英国どころか、いまや世界中でソーシャルメディアを使う人々の約9割がエモジを使っているという。まさに「疫病」と例えるにふさわしい。

たしかに、1文の末尾ごとにエモジが付いている文章を読んだりすると辟易するのだが、あれは、使わずにはいられない依存症のようなものなのだろうな。

ブレイディみかこ氏は、「つまるところ、エモジというのは、剥き出しの感情をぶつけて他者を困惑させないように、感情のエッジを除去するものとして使われているのだろうか」と述べ、エッセイのタイトルの意味するところにつなげていく。

英国事情を語っているようでいて、小気味よい日本文化論になっているところが面白い。

| | コメント (2)

言い方なのよ、すべては

1月19日(火)

「不織布マスクは他の素材よりも飛沫を防ぐ効果がある」というニュースは、やはり瞬く間に世間に広まったようだ。今日の職場の全体会議に出席した同僚たちを注意深く見ていると、不織布マスクの割合が圧倒的に多かった。以前は布マスクをしていた人も、いまは不織布マスクに替えている。

そんなことを思いながらインターネットのニュースを見ていたら、「不織布マスク警察」なる者が現れているらしい。「マスク警察」の進化形である。いまやマスクをしている、していないの段階ではなく、不織布マスクをしている、していないの段階に突入しているのである。

今日は朝から会議が3つあり、夕方には思考が完全にストップしてしまった。

職場の行き帰りは、運転をしながらラジオを聴くのを趣味としているが、例によって文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」をradikoのタイムフリーで聴いていると、「大竹メインディッシュ」のコーナーは、あるノンフィクション作家がゲストだった。

いまの日本が、新自由主義によって冒され、たいへんな世の中になっている、という本を書いた方のようで、それ自体は、たしかにそうだと思うのだが、大竹まことの質問に対する答え方を聴いていると、なぜかだんだん不愉快になってきた。

(うーむ。こんなゲストだと、大竹さんはきっと最後にはキレるんじゃないだろうか)

と、僕はとてもそれ以上聴く気にならなくなり、途中で聴くのをやめてしまった。

毎日、ゲストを呼ぶようなラジオ番組だと、ゲストによっても、あるいはその日のパーソナリティーのコンディションによっても、ゲストとの対談が不調に終わることがある。これは、人間の体調と同じようなもので、仕方のないことである。

TBSラジオ「荻上チキ Session」でも、ときおりイラッとくるゲストが登場する。そんなとき、荻上チキは、真っ向からキレるわけではなく、ゲストを「泳がせて」その人の底意地の悪さをわざと可視化(ラジオだから可聴化?)しようとしている節がある。それはそれで、面白いといえば面白い。

ただ、大竹まことは素直な人だから、荻上チキのようなテクニックは使わない。なんとかゲストから気持ちよく答えを引き出そうと、気を遣った質問をする。だからなおさらのこと、イラッとくるゲストが来たときには、ヒヤヒヤして聴いていられなくなるのである。

「メインディッシュ」のコーナーを早送りして、その後から聴くのを再開したら、大竹まことが、

「俺のインタビューがまずかったのかなあ…」

と、めずらしく引きずっていた。終始、そのゲストとはかみ合わなかったようである。

さて、その後に登場したのが、「大竹紳士交遊録」の隔週のレギュラー、武田砂鉄氏である。15分程度、時事問題をコラム的に話すのだが、相変わらず、切れ味があり、小気味よく、何より聴いていて楽しい。大竹まことも、武田砂鉄の言葉に共感をもってうなずき、ときに自分の意見をのびのびと主張する。それは、先ほどの「メインディッシュ」での不調を挽回するかのようであった。

それにしても、である。

同じライターという立場で、しかも同じスタンスで政権批判をしているように思えるにもかかわらず、「メインディッシュ」のゲストと、武田砂鉄氏とでは、なぜかくも印象が異なるのだろうか。

「言い方なのよ、すべては」

といういとうあさこの言葉を思い出した。

以前、「人は見た目が9割」という本があったと記憶しているが、その向こうを張って、ドキュメンタリー映画監督の森達也氏は、「見た目よりも声が重要だ」と言っていた。

いま調べたら、「人は話し方が9割」「伝え方が9割」という本もあるようである。しかし「話し方」「伝え方」というのは、声よりも内容や表現手法を重視しているニュアンスが感じられる。

やはり「言い方なのよ、すべては」に尽きる。僕が本を出すとしたら、タイトルはそうしよう。

| | コメント (0)

マスク編年

不織布は、他の素材のマスクにくらべて、飛沫を防ぐ効果が高い、というニュースが、ここ最近浸透してきた。

かくいう僕も、以前は洗濯可能な布製のマスク(アベノマスクではない)を着用していたのだが、ここ最近は、とくに人出の多いところに出かけるときなどは、不織布のマスクを着用することにしている。

ウレタンマスク、ってのは、あんまり飛沫防止に効果がないらしい。スーパコンピューターの富岳が実証していた。

ところで富岳は、もっぱら飛沫の計算の時にしか見ないのだが、もうすっかり、富岳といえば飛沫、という認識が人々に定着してしまったように思える。スーパーコンピューターなのに、残念な気がしてならない。

…そんなことはともかく。

いっとき、おしゃれな人たちがこぞってウレタンマスクをしていたが、これからはウレタンマスクの割合が減り、不織布マスクを着用する割合が、増えていくであろう。

そこで考えたのは、町行く人を撮影したニュース映像にあらわれたマスクの割合によって、ある程度の時期が特定できるのではないか、ということである。

不織布マスクだけだった時期、マスクの供給が安定的になり、洗濯可能なマスクがバラエティーに富んで発売された時期、ウレタンバスクが流行した時期、そしてまた、不織布マスクの効果が見直され、着用の割合が増えた時期…。

ニュース映像から、町行く人のマスクの種類の割合を分析してその変遷を追う、というだけで、立派な卒業論文が書けるのではないか、と思うのだが…。

| | コメント (0)

体調不良で休んだ日の午後

1月18日(月)

本当は、出張のため新幹線で北へ向かう予定だったのだが、緊急事態宣言が発出されたので、出張は取りやめになった。

その代わりに、職場で作業がある日だったのだが、今日は体調不良を理由に、その作業も休ませてもらうことにした。

実際、体調がすこぶる悪い。週末も、娘とお散歩に出かけた以外は、ほぼ寝て過ごした。

というか、ここ5年くらい、「今日は快調!」と思える日なんて訪れていない。

先週の「アシタノカレッジ 金曜日」は、ゲストが作家の三浦しをんさんだったのだが、

「(物書きの)プロに必要なことは、締切を守ることと、体調管理につとめること、でも私はどちらもできていない」

と言っていて、自分もまったくそのとおりだなあと思ったのだった。

以下、パーソナリティーの武田砂鉄さんと、三浦しをんさんのやりとり。

武田「依頼を何でも引き受けるのはよくない、とも書いておられますね。僕なんかわりと、どんな依頼でも、はいはいって受けちゃうんですけど、あんまり受けすぎない方がいいですか?」

三浦「お体を大切になさってください」

武田「これを断ると別の人がやると考えてしまうと、自分がやってしまいたいという欲があるんですけど、あまりよろしくないですよね…」

三浦「うん、そうですね。私もそういうふうに思ってました。でもそれをすると、身体を壊しますね」

武田「そうですよね…」

三浦「いつか身体を壊すんで、ほんと気をつけてください」

何気ない会話だが、どちらの考え方にも、激しく同意する。若い頃は砂鉄さんの考え方だったが、いまは三浦さんの考え方に近い。それでもやっぱりホイホイと依頼を受けてしまう自分がいる。

いろいろな依頼をホイホイ受けているうちに、僕のようなキャパシティーの少ない人間は、たちまちに身体を壊してしまうのである。

今年度になって、例年以上に不要不急なイベントや会合には(もちろんオンラインも含めて)顔を出さないことにしているのだが(なぜなら疲れてしまうから)、もともと、どうしてもはずせないオンラインの会議や会合が多すぎて、それだけで疲れてしまうのだ。ましてや息抜きにオンライン飲み会をしましょう、というのは、本末転倒もいいところである。

昨日の午後、たまたま「ザ・ノンフィクション」という番組を見ていたら、「シフォンケーキを売るふたり ~リヤカーを引く夫と妻の10年~」というタイトルの放送をやっていた。

IT企業に勤める夫が、会社の人間関係に悩んだあげく、うつ病になり、会社を辞めた。夫はあるきっかけから、シフォンケーキを売って生きていこう、と決意し、夫婦でシフォンケーキ屋を始める。しかし、いつまた鬱が発症するかわからない。なるべく人と会わないように、リヤカーを引いて、神出鬼没にシフォンケーキを売り歩くことを思いつく。

インタビューを受けている、その夫を見ている限りでは、ごくふつうの人に見えるし、とくにうつ病であるとは感じないのだが、不特定多数の人に会うということに、過度なストレスを感じてしまうらしい。

ある日その夫は、お店のある青梅から、池袋の販売イベント会場までリヤカーを引いていくということを決意するのだが、たくさんの人がいる都会に向かうことへのプレッシャーに押しつぶされそうになり、何度もトイレに駆け込むのである。それでも、最終的にその目的を達成した。

うつ病という病を抱えながら、僕などよりも、はるかに力強く生きている。

僕はとりあえず、組織の中で、なんとか耐えながら仕事をしているが、周りからはふつうに見えても、僕の心は病んでいないのだろうか?僕は自分自身が、わからなくなってしまった。

| | コメント (1)

おたすけ!およよマン

1月16日(土)

妻が仕事があるというので、午後から2歳9か月の娘を近くの公園に連れて行くことにした。

最近、娘はすべり台がお気に入りのようで、すべり台のある公園に連れて行けば、満足するのだ。

近くにある公園に行くと、見知らぬ親子がもう1組いた。5歳くらいの女の子である。

娘が興味を持ってその子の後をくっついていったりすると、いつの間にか二人はいっしょに公園の土を掘り返したりして遊んでいた。

そのあともう1軒、公園をハシゴして、3時間くらい遊んで自宅に帰り、お風呂に入ると、娘も僕も、もうグッタリしてしまった。

そんなことはともかく。

ここ最近、忙しくて「おかあさんといっしょ」をちゃんと見ていなかったのだが、1月の「月歌」が、「おたすけ!およよマン」という歌だそうで、テレビから聞こえてくる歌を聴いていると、なんとも珍奇な歌詞である。

「作詞はオノ・ヨーコだよ」と妻。

「え?オノ・ヨーコって、あのオノ・ヨーコ?」

「そう」

「へえ、すごいねえ」

まさかオノ・ヨーコが「おかあさんといっしょ」の「月歌」を作詞する日が来るとは、ビックリである。まあ考えてみれば、昨年度の「月歌」では、内田也哉子とか、いとうせいこうとかが作詞を担当しているから、そういう文化人的なジャンルの人、と考えれば、オノ・ヨーコが、子どもに対してメッセージを込めた歌を書く、なんてことは、あながち不自然なことはない。

それにしても、である。

歌詞が珍奇すぎる。ひたすら「およよ」を連発するのだ。これ本当に、「イマジン」をジョン・レノンと共作したオノ・ヨーコが作詞したのか?ギャップがありすぎるだろ!

しかし、オノ・ヨーコのことだから、一見、珍奇な歌詞の中に、深い意味が込められているに違いない、と思って歌詞に注意して聴いてみるのだが、それでもよくわからない。

(う~む。この歌詞の哲学的な意味は何なのだろう…?)

そう思って今日、じっくりと聴いてやろうと思い、テレビに正面から向かい合って、最初から画面を見ていたら、

「作詞 オヨヨーコ」

とあるではないか。

「オノ・ヨーコじゃないよ!オヨヨーコだってよ!!」

「え?そうだったの?」

妻もすっかり「空目」だったようだ。やはり、オノ・ヨーコがあのような歌詞を書くはずはないのだ!

…というか、オヨヨーコって、誰?

さっそくインターネットで調べてみても、オヨヨーコなる人物の正体は、明かされていないようであった。Twitterでも、オヨヨーコって誰?と、騒然としている。

そうか、これは「はらぺこカマキリ」でいうところの「作詞 カマキリ先生」というのと、同じことだな。ここでいう「カマキリ先生」というのは、俳優の香川照之のことである。

ただこの場合は、同じEテレの「昆虫すごいぜ!」を見ていれば、いかにも香川照之が書きそうな歌詞だということはわかるし、しかも香川照之がペンネームとして「カマキリ先生」と名のっている理由もよくわかるのだが、オヨヨーコについては、まったく手がかりがない。

真っ先に思い浮かぶのは、桂三枝(現・桂文枝)である。「オヨヨ」といえば、僕らの世代では桂三枝である。

ということで、僕は「オヨヨーコ=桂文枝」説を唱えたいのだが、あるいはひょっとすると、オノ・ヨーコが、セルフパロディーとして「オヨヨーコ」と名のっている可能性も、なくはない。

もしそうだとすると、あの歌詞にはやはり、平和への深い意味が込められているに違いないのだが、はたして、真相はどうだろうか。

| | コメント (1)

だんみっつぁん

1月13日(水)

緊急事態宣言に対して、職場としてどう対応したらいいのか?コロナ禍にさなかにあって、仕事をどのようにまわしていったらいいのか?

そんなことばかり考えさせられて、結局何もいい知恵が出ず、自分のふがいなさに落ち込むばかりである。これでは後手後手の対策しかしていない政府を批判できないではないか…。

憂鬱な日々なのだが、唯一癒やされるのは、往復5時間の車通勤でのラジオである。文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」をラジオクラウドで聴くのが楽しみである。

なかでも楽しみなのは、水曜日のオープニングでの、いとうあさこのトークである。最近は、月曜日の阿佐ヶ谷姉妹のトークが猛追している。

今週月曜日のオープニングで、阿佐ヶ谷姉妹が本番前にトイレに入り、二人同時に隣どうしの個室で用を足している最中に、妹のミホさんが、

「成人式は今はリモートでぇ‥」

と姉のエリコさんに語りかけるのだが、エリコさんは流水音を設定しているため、隣の個室で用を足しているミホさんの声が聞き取れず、

「え?え?え?」

と何度も聞き返すのだが、ミホさんはそれでもなお、

「だから成人式はリモートでぇ‥」

と語りかけ、そのたびにエリコさんが何度も、

「え?え?え?」

と聞き返していたのを、たまたまさらにその隣の個室で用を足していたガンバレルーヤのよしこさんが一部始終を聴いていて、それを面白おかしく再現していたのには、腹を抱えて笑った。

「全然聞こえなかったのよ。なんでこのタイミングで話しかけてくるのかしら?こっちは聞こえないために音を流しているわけでしょう?それなのにあえてそういうときにしゃべってきてねぇ」

「隣だから聞こえるだろうと思ってついつい話しかけちゃったのよ」

という、阿佐ヶ谷姉妹のやりとりも、たまらなく可笑しい。

…ま、わかる人だけにわかればよろしい。

だがそれよりも、いとうあさこなのである。いとうあさこが友だちなら、どーでもいい話をずっとしていられるような気がする。

水曜パートナーの壇蜜のことを「だんみっつぁん」と呼んでいるのも、「銭形のとっつぁん」みたいでそこはかとなく可笑しい。

ときおり壇蜜が、変なことを言ったときのいとうあさこのリアクションが、これまたそこはかとなく可笑しい。

今日のオープニングでは、壇蜜が「堅焼き」という、めちゃめちゃ堅いお菓子みたいな物を持ってきて、みんなに食べさせて面白がっていたのだが(ま、それじたいが僕には理解しがたい感覚なのだが)、その中に、白い粉をまぶしたお菓子があったらしく、

「あ~!怪しい白い粉がついてますよ。怪しい白い粉!」

と、これまたいつもの壇蜜らしく、物議を醸しそうな言い方を嬉しそうにしたわけだ。するといとうあさこは即座に、

「言い方なのよ、すべては」

と、たしなめるでもなく、ボソッと冷静にツッコミを入れた、そのやりとりが、無性に可笑しかったのである。というか、「言い方なのよ、すべては」とは、壇蜜の本質を見事に言い当てた言葉ではないだろうか。

僕の文章表現の拙さもあり、面白さが全然伝わってないと思うのだが、疲れているので、これ以上のことは書けない。というか、面白いと思っているのは俺だけか?

| | コメント (0)

いかなる人をも軽んじない

前回の「ピンクのマスク」のエピソードが、なぜ印象的だったのかを考えたのだが、

「軽んじられていない」

ことを実感するエピソードだったからだ、ということに気がついた。

人は、自分が「軽んじられていない」と実感したときに、相手を信頼することができるのではないか。

この国の政権担当者が記者会見を開いても、ちっとも心に響かないのは、僕たちを軽んじていることがまるわかりだからである。僕たちだけではない。言葉そのものが、軽んじられているのである。

どんなに政府からいろいろと要請されても、僕たちを軽んじている人の言うことなど、どうして重んじることができようか。

日本テレビの夕方のニュース番組「Every」をたまたま見ていたら、成人式のニュースをやっていた。このコロナ禍で、成人式を中止や延期になる自治体が多かったことを伝えていた。

ニュース映像が流れたあと、スタジオの藤井アナウンサーが、こんなことを言った。

「成人式が中止になって、多くの人が残念に思っていることと思います。話を聞きますと、人によっては時間をかけて髪を伸ばし、友人と振袖が重ならないように準備を進めるんだといいます。決して安くないお金を親に出してもらったという人もいるでしょう。一生に一度のことですから「残念」という言葉では足りないかもしれません。ただ、この新型ウィルスに苦しんだ経験は人の気持ちを理解するうえでとても重要だったと思います。世の中、思い通りにいかなくても誰かを批判するのではなく、誰かのために力を発揮できる強い大人でいてください。成人おめでとうございます」

短いながらも、言葉を選びながら誠実に語りかけた藤井アナの言葉に、少し感動してしまった。僕は成人式なんてクソ食らえ!と思う人間だし、この語りの内容に全面的に賛成というわけではないのだが、それでも、多くの当事者たちが成人式を楽しみにしていたことは事実だし、その機会を奪われたことに対する悲しみは、尊重すべきなのだと思う。そして藤井アナの語りは、その人たちの気持ちに配慮した、言葉を尽くしたメッセージだったと思う。

「いかなる人をも軽んじない」ことが、人との信頼関係を築く最大の条件なのではないか、と、他人を軽んじがちな僕は、肝に銘じたのであった。

話は変わるが、古い仲間がSNSで、高血圧だが医者に行く気はない、とつぶやいたら、コメント欄で同じ世代の仲間が一斉に「医者に診てもらえ」と説得を始めた。それ自体はいいのだが、その理由が、

本来安価な投薬治療で済むはずのものが未必の故意で重症化すると、国民全体の金銭的負担を無責任に増やすことになる。要するに社会人である以上は健康で過ごす責任がある」

会社としてはどこのパーツが欠けたとしても、会社に関わるすべての方(従業員、お取引様、お客様)にご迷惑がかかる」

という言い方をしていて、「たしかに正しいけど、言葉が冷たいなあ」と思わずにはいられなかった。いつぞやの、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くなら……」というフリーアナウンサーの発言を思い出した。

もちろん、そう考える僕の心がねじ曲がっているのは重々承知なのだが。「社会に迷惑がかかる」(つまり俺たちに迷惑がかかる)という理屈ではなく、「自分自身の身を守るため」とか「自分自身が幸福に生きるために」という理屈で語りかけられないものだろうか。僕自身も、自分の身体をほったらかしにしておいたツケで、大病を患った経験があるので、そんな言い方をされるとよけいに切なくなる。でも、世間にはそんなふうに思っている人がけっこう多いのだということを、これらのコメントを見て、気づかされたのである。

| | コメント (0)

ピンクのマスク

1月9日(土)

夕方、たまたまTBSテレビの「報道特集」を娘の遊び相手をしながら見ていたら、ちょうど台湾の新型コロナ感染症対策についての特集をやっていた。その中で、こんなエピソードを紹介していた。

台湾政府が、新型コロナ感染症についての専用ホットラインを開設した。すると、ある小学生の男の子から電話があった。

「クラスの男子は全員青いマスクなのに、僕はピンクのマスクしか手に入りませんでした。僕だけピンクのマスクを着けて登校するのは恥ずかしくて、学校に行きたくありません」

すると翌日。

新型コロナウィルス対策本部の記者会見で、本部長以下全員(全員、男性だったと思う)が、ピンクのマスクを着けて記者会見場に現れた。そして本部長が、カメラの前でこう言った。

「マスクの色は(感染対策に)関係ありません。男の子がピンクのマスクを着けても、恥ずかしいと思うことはありません。私は子どもの頃、ピンク・パンサーが大好きでした」

僕は、「おかあさんといっしょ」で昨年度の「月歌」だった「きみイロ」という歌を思い出した。

「ひとりひとりは イロちがい

きみだけのイロをさがすんだ

7つよりそいあえば

きらきらのにじ

イロイロ とりどりのイロ

みんながイロイロな イロもって

あんなイロ こんなイロ どんなイロ

たったひとつ きみイロ」(作詞作曲 えだまめンズ)

番組ではほかにも、徹底した情報公開とか、理にかなった感染防止対策とか、記者会見を時間無制限にするとか、さまざまな方法で、台湾政府と国民との信頼関係を構築していったことを紹介していた。

印象に残ったエピソードだったので、ここに書きとめておく。

| | コメント (0)

俺は発見されたのか?

1月8日(金)

TBSラジオ「アシタノカレッジ 金曜日」を聴いていたら、

「初夢に武田砂鉄さんが出てきました」

というリスナーのメールがけっこう来ていたとかで、思わず笑ってしまった。曰く、

「武田砂鉄さんに卒業論文の指導をされた」

とか、

「武田砂鉄さんがずっと横にいて締切厳守のプレッシャーをかけられた」

といった類い。僕が見た「ラジオ番組にゲストに呼ばれたにもかかわらず、『誰だこいつ?』という顔をされた」というのと、同じようなテイストである。というか、武田砂鉄が初夢に出てくる確率はけっこう高いんじゃないだろうか?せっかくなら番組宛てにメールを出せばよかったな…。

そんなことはどうでもよい。

この日のゲストが歌人の穗村弘さんだった。穗村さんのエッセイは、ちょっと自虐的なところが好きである。

ラジオの中で、

「毎日郵便受けをチェックして、『君は天才だ!』という手紙が来ないか、待ち続けていた」

と言っていたのがおもしろかった。つまり、

「誰か俺(の才能)を発見してくれ!!」

と、待ち続けたというのである。

穗村さんは、晴れてその才能が発見されていまに至るわけだが、僕はいまでも、「誰か俺のことを発見してくれ」と待ち続けている。

そんな、今日の出来事。

職場に出勤すると、今日は緊急事態宣言に対応するための会議があるし、パソコンを開くと朝から大量のメールが来ているし、またこんなことで1日が終わってしまうのか、とゲンナリしていると、大量のメールの中の1通に目がとまった。職場の広報担当からである。

「A新聞のT様より、取材の依頼が来ております。

お受けになられる場合は、直接先方にご連絡お願いいたします。

お断りになる場合は、広報担当から断りますので、

その旨広報担当までご連絡ください。

ご検討をよろしくお願いいたします。」

転送されたメールの内容を読んでみると、三大紙といっても、僕にとってほとんど縁もゆかりもない県の支局の記者からのメールだった。どちらかといえば地味な県で、47都道府県を順番に言っていくと、後の方になってようやく出てくる、というイメージの県である。

しかしその内容がじつにおもしろい。というか、この内容だと、俺が取材を受けるしかないだろ!

僕はその取材を受けることにした。会議が終わった後の昼休みに、T記者宛てに、取材内容に対するコメントを含めた、長いメールを書いた。ついでに、その取材内容に関係すると思われる、僕の書いた本や原稿を紹介した。

するとほどなくして、返信が来た。

「メールをありがとうございます。お聞きしたいのは、○○についてと、××についてです。後ほど電話を差し上げたいのですが、よろしいでしょうか」

僕は、(コメントはさっきメールに書いたんだがな‥)と思いながらも、

「4時から1時間半ほど打ち合わせが入っているので、その前後であれば大丈夫です」

と返信した。

3時50分になって、電話が鳴った。電話を取ると、T記者だった。

(おいおい、会議の10分前だよ…)

と思ったのだが、T記者は、

「短い時間でけっこうですので、取材にお答えいただければと」

「はあ」

僕はいろいろと話す気満々だったのだが、T記者は、2つぐらい質問をして、それを僕が手短に答えると、その答えを復唱して、「なるほど、そういうことなんですね」と感心して見せた。

「実はインターネットを検索していたら、たまたま鬼瓦先生のお名前を見つけまして、この記事にふさわしいコメントがいただけるかと…」

「そうでしたか」名前をネットで見つけただけで、僕の本を読む気はないらしい。

「先生の肩書きは、○×○×□△◇…でよろしいですか」

「はあ」

「ありがとうございました。あまり大きな記事にはならないかもしれませんが、記事になりましたら新聞をお送りいたします」

「そうですか」

電話取材は10分以内で終わった。

要は、僕に取材をしたというアリバイがほしかったのだな、ということに、電話を切った後になって気づいた。

すでに記事の内容はほとんどできていて、僕はその記者が作ったストーリーに合わせて喋らされたんだな。そういえば、以前もそんな取材を受けたことがあった。T記者は、とても丁寧な方だったので、そこには文句はないのだが、肉声を聞かなければ取材したことにならない、ということなのだろう。ネットで検索したらたまたま僕の名前を見つけたと言っていたが、この場合、「俺は発見された」ことになるのだろうか???いや、発見されたとしたら、自分の本が400冊も廃棄処分されるなどという憂き目には遭わないはずである。やはり僕はまだ発見されていないのだ。

三大紙とはいえ、その県の人しか見ることのできない地方版の片隅に僕の名前が載ることを想像して、僕は次の打ち合わせ場所に急いだ。

| | コメント (0)

2度目の緊急事態宣言が出された日

1月7日(木)

何度でも書くが、緊急事態宣言が検討されてから発出されるまでの時間は、

「あるある言いたい!」

と言いながら、なかなかあるあるネタを言わないレイザーラモンRGのネタのようなものである。

しかも、今回発出される緊急事態宣言の中身は、具体的にどのように対応したらいいか、判断に困るような中途半端な内容である。

「外出自粛を要請します。午後8時以降は不要不急の外出を自粛してください」

え?そんなことなの?

こっちが知りたいのは、県外との往来を制限するべきかどうかなのだが、それについてはとくに触れていない。うちの職場は仕事柄、県外出張をする人が多いのだが、ほうっておくと、ふつーにみんな出張に行っちゃうぞ!いいのか?

で、緊急事態宣言の対象都県以外の道府県では、飲食店の時短要請がないところもあるから、出張先で会食が行われたりするかもしれないぞ。うちの職場は禁止しているんだけど、守ってくれているかどうか、確かめようがないのだ。

これを「ザル法」と言わずして、なんと言おう。

…いや、今日僕が言いたいのは、そんなことではない。

ちょうど1年前のこと、覚えていますかな?

SNSのタイムラインに誕生日のお祝いコメントが来るのが鬱陶しかったので、誕生日を非公開にしてみたらどうなるか、1年後の誕生日に向けて、実験してみることにしたのであった。

そして1年がたち、今日を迎えました。すると…、

おめでとうございます!お祝いのコメントは0件です!おざなりのお祝いコメントがなくなって、じつに清々しい。

よかったよかった。何がよかったって、タイムライン上はおろか、個人的にも、誰からもお祝いの言葉をもらわなかったことである!これはまさしく快挙である。

夜、仕事から帰宅すると、玄関のドアを開けるなり、お風呂から出たばかりの2歳9か月の娘が全裸で、

「はっぴばーすでい くーゆー はっぴばーすでい くーゆー はっぴばーすでい びあ ぱーぱー はっぴばーすでい くーゆー♪ おめでとう!」

と歌ってくれたのが、唯一の、そして最高のプレゼントだった。

| | コメント (3)

初夢を語る

最近、2歳9か月の娘がしきりに観ているのは、年末に録画しておいた「おかあさんといっしょスペシャル プリンセス・ミミィと音の城」である。

「あつこおねえさんがツルツルめんめんをたべているテビルがみた〜い」

と言われ、一瞬、何のことかわからなかったのだが、たしか前述の番組の中で、あつこおねえさんがラーメンを食べているシーンがあったことを思い出し、その番組を再生し、「これ?」と聞いたら「そう」と答えたので、以降はこの番組ばかりを繰り返し観ている。

地下の迷路で迷子になったあつこおねえさんが、モグラが経営しているラーメン屋の屋台を見つけて、そこでラーメンを食べる、という、言葉で説明しただけでは何のこっちゃわからないシチュエーションなのだが、そこであつこおねえさんは、本物のラーメンではなく、よくできた小道具のラーメンを持って、麺をすすっている(ふりをしている)のだが、その食べっぷりが、見ていて気持ちいいのである。

はは~ん。娘も、あつこおねえさんのこの食べっぷりがそこはかとなくおもしろいと思い、繰り返し観たいと思ったのかもしれない。

さて番組は、迷子になったあつこおねえさんをほかのメンバーが地下の迷路を探しまわるという、これまた言葉で説明しただけではよくわからないストーリーが展開するのだが、その中で、ゆういちろうおにいさんが、「ホ!ホ!ホ!」という歌を歌う場面がある。

「会いたい人に 会いたいときは

呼んでみようよ その名前」

いままでなんとも思わなかったのだが、僕はその歌にある真理を見出だしたのである。

3年近く前、僕は、若い頃からの大ファンだった大林宣彦監督にインタビューするという幸運に見舞われたのだが、それは僕が、「大林監督の大ファンである」ということをその仕事の関係者にカミングアウトしたからである。

つまり、自分の憧れの人とか、手の届きそうにない人の名前を秘めずに、言葉に出せば、その人に近づくチャンスがある、ということなのだ。

昨年後半は、敬愛するラジオパーソナリティーに2度もお便りが読まれたからね。やはり自分から行動しなければ、そういう機会は生まれないのだ。ようやくこの年齢になってわかった。

僕は初夢というのを、いままでほとんど見たことがないのだが、今年見た初夢は、はっきりと覚えている。

僕が武田砂鉄さんのラジオ番組にゲストで呼ばれたのだが、武田砂鉄さんが「誰だ?こいつ」という感じで、ほとんど相手にしてもらえなかった、という夢である。

もう、どんだけラジオに取り憑かれているんだ?

とくに昨年は、新型コロナウィルスの影響で車通勤をするようになり、車の中でラジオを聴く機会が格段に増えた。それに、ラジオ番組でリクエスト曲がかかったり、実名でお便りが読まれたりと、成功体験が続いたことも大きい。

しかし初夢から覚めて、僕は落ち込んだ。そうだ。そうなんだよな。僕はラジオに呼ばれるほどおもしろい仕事をしていないのだ。

せっかくだから、ゲストに呼ばれたい番組を書いておくと、宇多丸さんのアトロク、チキさんのSession、大竹さんのゴールデンラジオ、砂鉄さんのアシタノカレッジ、あたりなのだが、どれもハードルがとても高い。呼ばれたい番組名を言葉に出しておけば、いつか呼ばれることがあるだろうか…。

しかし、それを心の中に秘めていて何も行動しない、というのも悔しい。少しでもこれらの番組に近づくために、戦略を考えなくてはいけない。

自分自身がおもしろい仕事をするというのが一番なのだが、当分の間それができそうにないので、別の戦略をいま、考えているところである。

| | コメント (0)

疱瘡神社の謎

高校の後輩が元旦にSNSで書いていたことがなかなか謎めいていた。

その後輩は、毎年正月に義母の家で過ごすことになっている。東京の隣県、といっても、かなりの田舎町である。都内から電車を乗り継いで3時間くらいかかるところじゃないだろうか。

毎年、初詣は電車に乗って一ノ宮と呼ばれた神社に行くそうなのだが、今年は密を避けるため、車に乗って、ふだん行かなそうな小さな神社に行くことにした。

グーグルマップで周辺を見てみると、ポツンと「疱瘡神社」という神社がある。誰も行かないような、小さな神社のようだ。

やはり新型コロナウィルスを乗り切るにはここにお参りするしかない、と思った後輩は、その神社をめざして車を走らせた。

ところが、である。

なんと神社があった場所は整地されていて、社殿も何も跡形もなくなっている。真新しい階段とスロープがあり、上ると地面になにやら糸が引かれている。神社が取り壊され、再建されるのだろうか?とその後輩は思ったという。

あるはずの場所に神社がないことに驚いたその後輩は、別の神社(熊野神社)に初詣に行くことにしたのだが、その神社に着くと、社殿の屋根のあたりに今度はハーケンクロイツがあることを発見して、これはいったいどういうことだ、と、不思議な思いをして帰ってきたというのであった。

後者については措くとして、僕が興味を持ったのは、疱瘡神社の件である。

いったいなぜ、更地になっていたのだろう?

僕はそのことが妙に気になり、疱瘡神社という神社名を手がかりに、インターネットで調べてみると、2019年10月に訪れた人のレポートを発見した。おそらく後輩が訪れたのと同じ疱瘡神社である。

そのレポートによれば、その時点で神社はすでに跡形もなかったようである。ただ、その9か月前のGooglemapの投稿では、小高い地形の上に小さな社と社殿があったことが確認できたと、そのレポートには書かれていた。

つまり、2019年1月の時点では、社殿は確実に存在していたのである。

それから2019年10月までの間に、どのような事情があって、社殿が忽然と姿を消したのだろうか?

うーむ。これは謎めいているぞ。

このことを後輩にコメントしたら、

「やはりこのコロナ禍は疱瘡神社の社殿を取り壊したことで封印されていた魔力が世界中に解き放たれたからに違いない!」

という荒唐無稽な仮説を立てていた。

いやいや、僕が知りたいのは、疱瘡神社がなぜ忽然と姿を消したのか?ということである。

僕の仮説は、「疱瘡神社が漂流教室みたいにタイムスリップしてコロナで人類が絶滅した未来を漂流している」というものなのだが、これもまた荒唐無稽である。

ま、これだけの情報では、どこの疱瘡神社かはわかるまい。

| | コメント (4)

仕事始め

1月4日(月)

仕事始めの日。早朝に車で家を出たら、高速道路がすいていた。

午前中は「儀式」と「打ち合わせ」で潰れる。午後は懸案の仕事ができると思っていたら、政府が緊急事態宣言の検討を始めたというニュースが入ってきて、それへの対応で駆け回っているうちに、あっという間に夕方になってしまった。

「緊急事態宣言」といっても、具体的な内容がどうなるかがわからないので、こちらとしても対策の立てようがない。まったく、あきれた政府である。うちの職員さんが言っていたが、「いまから宿題をやるかどうかを検討します」と言っている子どものような理屈である。

あきれた政府、といえば、思い出す1枚の写真がある。

首相官邸のホームページの、2020年3月24日のところに、IOC会長との電話会談を行いましたという記事がある。そこにあがっている写真には、前首相、五輪大会組織委員会の会長(首相経験者)、官房長官(現首相)、東京都知事、五輪担当大臣の面々が、神妙な顔つきで、IOC会長との電話会談を行っている様子が写っている。このときの電話会談で、東京五輪の(中止ではなく)延期が決まったと記憶している。

官邸としては、この電話会談の写真を通じて、政府が五輪の延期という苦渋の決断をしたというポーズを見せたかったのだろうが、いまから思えば、この写真はじつに滑稽で腹立たしい。

とにかく五輪のことばかり気になって、感染拡大への対策を後回しにした張本人たちが勢揃いしているのである。各人が雁首そろえて神妙な顔つきをしているが、見ようによっては、蜂の頭が集まっても何もいい知恵を出せないことがこの1枚に凝縮されている。

僕はこの写真が、感染症に対する政府の対応を最も象徴的に表している写真であると思う。この写真にキャプションをつけるとすれば、「東京五輪のことばかり気になって感染拡大への対策を後回しにした人たち」。この写真は繰り返し思い出さなければならない。功労者なのか戦犯なのかは、歴史が判断するだろう。

| | コメント (0)

紅白歌合戦雑感

1月2日(土)

新年の雑感をいくつか。

年末の紅白歌合戦、いつもよりもおもしろかったと感じた。全部を見たわけではないが、今年は新型コロナウィルスの影響で無観客とするなど、演出の大幅な見直しがあり、歌と歌の間に、紅組と白組のどちらが勝つかなどといった小賢しい演出があまりなく、歌を聴かせることに徹したように思えて、もう、男女に分かれてたたかうみたいなことはやめて、選曲にこだわって、スタジオで歌をじっくり聴かせるだけで十分なのではないか、と思えてきた。

元旦夜のTBSラジオ「新時代のコトバ会議」(武田砂鉄、ジェーン・スー、サンキュウタツオ、飯間浩明)のなかで、ジェーン・スーさんが言っていた次の言葉が、溜飲を下げた。

「男女が分かれてたたかっていることで紅白歌合戦がおもしろくなったという記憶がいままでない」

「男女に分けることでエンターテインメントとしてのおもしろさが増す、という経験をしたことがない」

「放送当日に箱の中からクジを引いて、3つくらいくらいのグループに分かれて、さあ分かれました、これで今年はたたかいます、という楽しみ方もあるのではないか」

なるほどその通りである。

毎年のテーマも、漠然としたものよりも、もっとシンプルでピンポイントにした方ががいいのではないか、と思う。今年は、朝ドラの「エール」にひっかけて、人々を元気づけるような歌の選曲が多かったような気がするが、それもまた、どちらかといえば今年よかったことの一因ではないかと思う。

その意味で僕がすごいと思ったのは、「おかあさんといっしょ」のスタジオライブである。

今年度は新型コロナウィルスの影響で、例年各地に出向いて行っているファミリーコンサートができない。その代わりに、スタジオライブというのをいままで3回行っており、毎回、テーマを決め、そのテーマに沿った歌を歌うという内容である。第1回目は「星」で、星にまつわる歌を歌っているのだが、谷川俊太郎作詞・細野晴臣作曲・高田漣編曲の「いるよ」を含め、選曲がすばらしかった。第2回目は「空」。「雲の手紙」とか「あしたははれる」(坂田修作詞・作曲)など、これまた選曲がすばらしかった。

そして年末に第3回目のスタジオライブがあったのだが、録画したのをつい先ほど見返してみて、ビックリした。3回目のテーマは「風」で、風に関する歌を選曲しているのだが、なんと、ゆういちろうおにいさんが、はっぴいえんどの「風をあつめて」を歌っていたのである!松本隆作詞、細野晴臣作曲の名曲「風をあつめて」ですよ!

ちょっとこれには身震いした。まさか「おかあさんといっしょ」で「風をあつめて」が聴けるとは!

SNSでの反響を見てみるともちろん大絶賛で、「選曲したのはゆういちろうおにいさん自身ではないか」という推測が目立っていたが、僕もそうだと思う。

松本隆のあの天才的な歌詞が、小さい子どもにわかるのだろうか?と、一瞬思ったが、ゆういちろうおにいさんが歌うと、そんな心配など杞憂に終わるくらい、番組にじつによく溶け込んだ歌になっているではないか!「おかあさんといっしょ」、攻めてるねえ。

考えてみればうちの娘(2歳9か月)が最近よく口ずさんでいる

「思い出はモノクローム 色をつけてくれ♪」

という歌詞のある「君は天然色」は、同じはっぴいえんどのメンバーだった大滝詠一の曲。やはりはっぴいえんどは偉大である。

つまり僕が言いたいのは、クオリティーの高い歌番組を作るヒントは、「おかあさんといっしょ」の中にある、ということである。

| | コメント (2)

古い友人

古い友人とは、もう長い間会っていなかったりするのだが、ごくたまにメッセージなどをもらうと、こちらの近況を話している、話していないにかかわらず、いまの僕を見透かしたような、それでいてさりげない励ましをくれたりする。

ある友人には、よく愚痴をこぼしたりすることがあるのだが、

「働き過ぎも禁物。代わりがいないと考えがちですが、大丈夫、誰かがなんとかしてくれます。代役の人の仕事ぶりが気に入らなくても、そんなものと割り切るのが肝心」

と、僕の性格や現状をふまえた、短いけれどありがたい助言。

別の友人には、こちらの近況をほとんど伝えておらず、向こうもまたこちらの近況を聞こうともしないのだが、

無理して頑張るのではなく出来ることをきっちりする。これが長期戦を乗り切る術だと思いますので…」

という、これまた、いまの僕の現状を見透かしているようなアドバイスである。

こういう助言をくれるのは、僕の性格をよくわかっているからというだけでなく、その友人自身が仕事で同様の体験をしているからなのだろう。自身の体験が生み出した言葉である。

たまたま同じ時に、同じような内容の励ましを、二人の古い友人からもらったので、些細なことだが書きとめておく。

| | コメント (0)

年賀状会議2020

12月31日(金)

1年の終わりでいちばん憂鬱なことと言えば、年賀状を作成することである。このブログで何度も書いてきた

大晦日になって、ようやく年賀状を作成する時間をとることができた。というか、ほかにやることはたくさんあるのだけれど、年を越す前になんとか仕上げなければ、年を越してしまったら一気にやる気が失せてしまうので、憂鬱だが重い腰を上げて年賀状を作らなければならないのである。

手順としては、まず、裏面のデザインである。子どもが生まれてからは、子どもの写真を中心に2~3枚ほどレイアウトしなければならない。まずはその写真選びから「年賀状会議」が始まる。

写真選びが決まったら、次は裏面全体のデザインを考える。といっても、だいたいは過去に作った年賀状のレイアウトを踏襲する。今回は、「2017年元旦用」のレイアウトをほぼそのまま踏襲することにした。

レイアウトが確定すると、今度は、裏面の印刷に取りかかる。毎年、200枚ていどを、インクジェットのプリンターでプリントアウトする。

裏面の印刷が終わったら、今度は、送付先の吟味である。送付先の名簿はもちろんあるのだが、これを今年の年賀状と照らし合わせ、住所変更がないかをチェックする。あとは、今年もらった喪中はがきと照らし合わせたり、名簿にはあっても年賀状をもらっていない人がいないかをチェックしたりして、送付先を確定していく。ここ最近はなるべく減らす方向で送付先を決めていて、今年はどうやら160通ていどにおさまりそうである。

このときに、今年もらった(つまり1年ほど前にもらった)年賀状を一つ一つじっくり見ていくことになるのだが、もうほとんどの人が、年賀状だけのやりとりしかない。この先も会う予定がないだろうと思われる人ばかりである。なかには苦手な人も含まれる。いっそ出すのをやめてしまいたいと思うのだが、それでも100人のうち2~3人くらいは、後の仕事につながったりすることもあるので、やはりやめることができない。

送付先が確定したら、宛名面の印刷である。住所録の中から確定した送付先にチェックをすると、最終的な送付数がわかる。ここ最近はなるべく減らす方向で送付先を決めていることもあり、今年はどうやら160通ていどにおさまりそうである。

使っている年賀状ソフトが不安定なせいなのか、宛名面の印刷がなかなかうまくいかない。同じ人が2度印刷されてしまうことがある。途中で気がついて、10枚ほど年賀状は無駄になってしまった。もし気がつかなかったら、同じ人に2枚の年賀状を送ってしまったことだろう。

かくして、160枚以上の印刷が終わる。時間にして半日ほどの作業である。ここまでは純然たる機械作業であり、一人ひとりに対する思いだとか、懐かしい気持ちに浸るという時間的・精神的な余裕がまったくない。印刷が終わったらすぐに輪ゴムで束ねて、郵便ポストに投函する。

メールだのLINEだのと、世の中はこれだけデジタルが発達しているのに、どうしてこんなに手間のかかる年賀状が廃らないのだろうか?役所で紙の公文書にハンコを押すことが続いていることにも通じているように思う。よくも悪くもこの国の「紙信仰」のなせる業なのだろう。

| | コメント (0)

« 2020年12月 | トップページ | 2021年2月 »