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苦手な質問

ふと思い出したことがあるのだが。

むかし、「久米宏のニュースステーション」という番組で、「最後の晩餐」というコーナーがあった。有名なゲストを呼んで、「もし明日地球が滅びるとしたら、最後に何を食べるか」という質問だったか、「死ぬ前に、最後に何を食べたいか」だったか、とにかくそんなような質問をゲストに投げかけることをきっかけに、ゲストとの対談を繰り広げる、というコーナーだったと思う。僕は当時それを見ていて、

「なんでそんな質問をとっかかりに、ゲストとの対談をするのだろう。久米宏ほどの人ならば、わざわざそんなとっかかりを設けなくても、十分におもしろい対談ができるはずなのに」

と思ったものである。

だいたい、僕はこの手の質問が苦手である。

「もし無人島に1つだけしか持って行けないとしたら、何を持って行きますか?」

みたいな質問も、よくある質問である。

そんなことを聞いて、いったい何の意味があるのだろう?こういうことを聞くことが好きな人は、答えの内容によってその人の価値観がわかるのだ、とよく言ったりする。たしかにその人の「好き嫌い」はわかるかもしれないが、そんなていどの質問で、その人の本質がわかったりするのだろうか。僕にはよくわからない。

僕がなぜこの手の質問が苦手かというと、こういう質問が投げかけられたときに、僕の場合「うまいことを言わなきゃ!」というバイアスがかかるからである。質問者は、僕を試しているのだ。いわばマウントを取りに行こうとしている質問者に対して、舐められてはいけない、という気持ちがはたらくのである。だからたいていの場合、本心とは異なる答えをひねり出さないといけなくなる。

で、僕はそういったことにエネルギーを使うのが死ぬほど嫌なのだ

こういうときこそ、

仮定の質問には答えられない

という必殺技を使いたいものである。しかしそれではつまらない。何かほかにいい回答の仕方はないものか。

立川談志が落語「饅頭怖い」について語ったエッセイで、

「おまえは何が怖い」「フライパンだ」

「そっちは?」「下手投げ」

「そこは?」「入れ歯」

「お前は」「アイウエオ」

「で、そっちは?」「やせた奴が、ステッキを持ってると…」(立川談志『努力とは馬鹿に恵えた夢である』新潮社、2014年)

という、落語はイリュージョン、の精神で答えてみるか。それとも、「粗忽長屋」での、

「何処へ?」

「何処へって、ホラ、あのォ…拝みによ。あそこだよ、あのォ…オイ、お前も何とかいえよ」

「大根おろしか」

「なんで大根おろしなんだ」

「だってお前は俺が黙っていると、いつも怒って何とか返事ぐらいしろっていうから、とりあえず”大根おろし”」

「殴るぞ、この野郎。関係(かか)わりのない事をいうな」(立川談志『新釈落語咄』中公文庫、1999年)

に倣って、何を聞かれても「大根おろし」と答えようかな。

ま、本当にそう答えたら、誰からも相手にされなくなるだろうけどね。

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