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さがしもの

3月21日(日)

昨日は春分の日だったため、父の墓参りに行った。僕の実家のお墓は、実家から車で20分ばかりの、同じ市内にある大きな霊園の中にあるのだが、天気もそこそこで、気温も低くなかったので、霊園の中はお墓参りの人たちの車で大渋滞していた。

今となっては、この霊園の中にお墓があるというのはずいぶんと恵まれていると思うのだが、母の話によると、私の叔父(私の父の兄)が先の戦争で戦死したので、優先的にこの霊園にお墓を作ることが認められたらしい。

私の祖父が田舎から上京したのが、戦争が始まる1941年で、そのときに父が生まれたのだが、その後まもなく父の兄は戦地に赴き、戦死した。つまり、今の墓に最初に入ったのは、父の兄である。

その後、僕が3歳の時に祖父が死に、20歳の時に祖母が死に、48歳の時に父が死んだので、お墓に入った順序としては、叔父→祖父→祖母→父である。ただし、叔父は「中支」で戦死したそうなので、骨はない。なのでお墓の中には、祖父と祖母と父の骨がある。

ところが、父の納骨の時に、お墓の下を開けたら、祖父、祖母の骨壺のほかに、もう一つ、木の入れ物が腐って崩れたような状態であったというのである。陶器の骨壺ではなく、木の箱に骨が入っていたのだろうか。だとしたらずいぶん前に入れられたのもののようである。しかし叔父の骨はないはずだから、いったい誰の骨なのだろうと、母も首をかしげていた。

一転して今日は大雨である。

マンションの一室が、本や書類で埋もれているので、1日かけて、少しずつ片付けようとしているのだが、なかなか片付かない。

片付けようと思った理由の一つが、定期購読している業界紙のバックナンバーを見つけ出したい、と思ったからである。必要があって読まなければならない号なのだ。

僕は整理が悪くて、複数の業界紙が毎月送られてくると、たちまち部屋の適当なところに置いてしまうので、あとでどこに行ったかわからなくなってしまう。

2015年11月に発行された639号、というのを探しているのだが、まったく見つからない。

複数の業界紙をまとめて置いているところで、該当の号を探すのだが、とにかく雑然と置かれているので、見つけるの時間がかかる。時間をかけても、結局見つかることはなかった。

職場に行けば該当の号が架蔵されているので、それをコピーすればすむ話なのだが、コピーをすると、また紙ゴミが増えてしまうことになる。

その号は、自分にとって大事な号なので、とっておこうと思って、どこか別の場所(本棚?)に置いておいた記憶があるのだが、どこに置いたのかが記憶にない。まったく、探したいものほど見つからないのだから、困ったものである。

その代わりに、片付けているうちに、思わぬものが発見されることもある。

僕は全然メモ魔ではないのだが、ちょっと調べたことや考えたことをメモしたりするノートが出てくることがある。

これもまた整理が悪いもので、僕はすぐにノートが行方不明になり、代わりのノートを使ったりするので、あちこちにメモ書きが分散されることになる。

整理していると、思わぬところからノートが見つかったりすることがあり、

(あ~、このメモ、このノートに書いていたのか!)

と、再開することもしばしばである。

あるノートには、ノートの最初に、

「打ち明けて語りて何か損をせしごとく思ひて友とわかれぬ」

という石川啄木の歌が書いてあった。それ以外のことは何も書かれていない。

そういえば以前、こんな経験をしたことがあって、たまたま啄木の歌を読んだときにこの歌に出会って、まるでそのときの気持ちが代弁されていると思い、メモしたのだと思う。

「打ち明けて語りて何か損をせしごとく思ひて友とわかれぬ」

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