« お札を干す | トップページ | 新作落語・ごりん(習作) »

無伴奏のチェロ組曲

3月16日(火)

小学生の頃から、自分の声と話し方が嫌いだったので、人前で話すことが苦手だった。

それが何の因果か、中学生になって生徒会長に選ばれてしまい、月に2回、月曜日の朝の「生徒集会」で、全校生徒の前で校長先生みたいな挨拶をしなければならなかった。これが苦痛で苦痛で仕方なかった。よく「サザエさん症候群」というが、僕の場合は、本当の意味で「サザエさん症候群」に悩まされた。

文面を考えて、体育館の舞台に立ち、数分間のスピーチを行う。我ながらいいことを言った、と思い、壇上から降りて、友達に、

「どうだった?いまの挨拶」

と聞くと、

「ボソボソ言っていて何言ってるのか全然わからなかった」

というのが、お決まりの答えだった。ああ、自分には喋ることが向いていないと、あらためて実感した。その思いはいまも変わっていない。

毎週火曜日は会議日。とくにこの日は、全体会議なので、ことさら気が重い。僕はこの全体会議の中で、何回か説明しなければならない場面があり、説明の仕方を間違えたり、躊躇したりすると、質問が出たり、反論されたりすることもある。そうなると会議が紛糾するので、とにかく穏便にすませなければならない。

ここ最近は、軽いウツなんじゃないかってほど、自分の言葉に覇気がないことがわかっている。説明するのもしんどいのである。しかも今日はよりによって、込み入った説明をしなければならない場面がある。

(ああ、憂鬱だなあ)

こういうときは、無理に声を張って説明しても空回りするだけである。できるだけテンションを上げずに、淡々と説明することに限る。

僕は声のトーンを下げ、しかも一定のトーンで説明することに徹した。

(聞いている人は、まるで覇気がないと思うだろうな…)

幸いにも、けっこう脇の甘い説明だったにもかかわらず、とくに荒れることなく、会議は終了した。

あとで知ったのだが、会議に参加していた人の多くは、居眠りをしていたらしい。

ある同僚に言われた。

「鬼瓦さんの話がやたらと子守歌みたいで、つい寝てしまった。語り方が『無伴奏のチェロ組曲』みたいだった」

僕は「無伴奏のチェロ組曲」を聞いたことがないのでわからないのだが、少なくとも褒め言葉ではないだろう。

もうこれからは、異論を封じるために、この戦法で乗り切るしかないかな、とも思い始めた。

と同時に僕は、冒頭に書いた、中学校の生徒集会の時のことを思い出したのである。

もう一つ、こんなことも思い出した。

大学生の時、友達のアンドウ君の家に電話をしたときのことである。

僕が大学生の頃は、当然携帯電話などなかったから、電話をかけるときは、家の固定電話にかけるのがあたりまえだった。

アンドウ君の家に電話すると、決まって、愛想の悪いお姉さんが電話を取るのだった。

「もしもし、鬼瓦と申しますけれども、アンドウ君はいらっしゃいますか?」

「いえ、いません」

電話を切ってしばらくすると、アンドウ君から電話があった。

「さっき電話してきたの、おまえ?」

「うん」

「友達から電話があったよと姉貴が言うもんだから、誰から?と聞いたら、『名前は聞き取れなかった。ドイツ語みたいにしゃべる人だった』といったから、おそらくおまえだろうと…」

アンドウ君のお姉さんは、僕の電話が聞き取れず、ドイツ語をしゃべっている人のようだと答えたのだ。

ここで重要なのは、アンドウ君が、その情報だけで、電話をかけてきた人物が僕だと特定できたことである。ということは、アンドウ君もふだんから僕のしゃべりをドイツ語をしゃべってるみたいだと思っていたということである。

「無伴奏のチェロ組曲」を作曲したのは、ドイツ人のヨハン・ゼバスティアン・バッハだそうだから、俺のしゃべりはやはり万人に、ドイツっぽいと思われているのだろうか。ドイツ語の単位を落とした僕としては、あまりにも不可解な話である。

|

« お札を干す | トップページ | 新作落語・ごりん(習作) »

職場の出来事」カテゴリの記事

コメント

全くと言っていいほど関係ないですが、
交響詩「ウルトラセブン」をフィルム・スコア・フィルハーモニック・オーケストラが演奏している動画がYouTubeにアップされてまして、
これがもう涙が出るくらいのクオリティ。
見てみてください。

投稿: 江戸川 | 2021年3月17日 (水) 20時55分

鳥肌立ちました。日本版「第九」といってもよい。

僕が小学生のときの偉大な三大音楽家は、

「ウルトラセブン」の冬木透。

「宇宙戦艦ヤマト」の宮川泰。

「ルパン三世パートⅡ」の大野雄二。

投稿: onigawaragonzou | 2021年3月18日 (木) 00時03分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« お札を干す | トップページ | 新作落語・ごりん(習作) »