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堪忍袋2

堪忍袋

6月15日(火)

首相の記者会見、というのは、見ていて不愉快になるのでほとんど見ないのだが、それでも、たまにテレビなどを見ていて記者会見が目に入ったりすると、首相と分科会の尾身会長が並んで会見する場面をしばしば見かけた。

首相がひととおりしゃべったあと、尾身会長が感染症の専門的見地から、発言をする。そのときの首相は、どちらかというと他人事のようである。

あれはいただけない。記者会見の場で、自分はわからないから専門的なことは尾身会長に任せる、というのは、あまりに無責任である。首相の記者会見では、首相の言葉を聞きたいと思っているのだから、できるだけ首相自身が専門的なことも含めて、自分の言葉で語るべきである。

多少の間違いや不足な点があったら、そのときに尾身会長の助けを求めればよい。最初から尾身会長に丸投げ、というのは、よくない。

尾身会長が御用学者か否かというのは、僕にはわからないが、あの場で、首相のプライドを傷つけずに、それでいて自分の信念を曲げない(忖度しない)意見を述べるのは、至難の業であることには違いない。分科会で出た意見と、首相の思いつきを擦り合わせるにはどうすればよいのか、ということに腐心することになるからである。

そこでどうするかというと、言葉の端々に、自分なりのメッセージを込めるしかなくなる。「聞いてる人はわかってくれるよな」というメッセージである。

聞いてる方は、「なんと弱いメッセージだ」と思うかもしれないが、実はそこには、首相に対する強烈なアンチテーゼが含まれていたりするので、メッセージを注意深く分析する必要がある。

尾身会長が6月2日の衆議院厚生労働委員会で、

「今の感染状況での(五輪の)開催は普通はない」

「こういう状況の中でやるというのであれば、開催の規模をできるだけ小さくして管理の体制をできるだけ強化するのが主催する人の義務だ」

「なぜ開催するのかが明確になって初めて、市民は『それならこの特別な状況を乗り越えよう。協力しよう』という気になる。関係者がしっかりしたビジョンと理由を述べることが極めて重要だ」

「国や組織委員会などがやるという最終決定をした場合に、開催に伴って国内での感染拡大に影響があるかどうかを評価し、どうすればリスクを軽減できるか何らかの形で考えを伝えるのがわれわれプロの責任だ」

と述べたことがニュースになっていたが、これについて、いろいろな意見が出た。

「自主的な研究と受け止める」とか、「越権行為だ」とする発言まで出た。

どこが越権行為なのか、いやむしろ、越権行為にならないように注意した、慎重な発言とみるべきである。「関係者がしっかりしたビジョンと理由を述べることがきわめて重要だ」と述べているではないか。ここでいう「関係者」には当然、首相も含まれる。尾身会長は含まれない。首相が自分自身の言葉でビジョンと理由を述べることが重要だ、というのは、きわめて当然のことである。

尾身会長は、五輪を中止しろとは、ひと言もいっていない。ここにもまた、越権行為にならないように細心の注意を払っている。政府の分科会の会長としてのぎりぎりの線をねらった発言である。この一連の発言から真意を読み取るべきは、僕たちの方である。

今日の会議を終えた僕には、尾身会長の気持ちが痛いほどよくわかる。

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