灼熱と感染爆発の都内を歩く
7月21日(水)
午前中、先日の日曜日のテレビ取材の際にお借りした貴重な資料をテレビ局の方に返すことになっていて、バスに乗って自宅の最寄りの駅まで向かう。
取材ディレクター本人ではなく、別のスタッフの方が自宅の最寄りの駅の改札口まで取りに来てくれるというのだが、僕は当然、その方の顔も知らないので、いささか不安になる。まさか、「自分がテレビ局の人間です」と騙って、その貴重な資料を横取りするようなことはないだろうな、と、例によって心配症が顔を出す。
無事に渡し終え、そのことを取材ディレクターにも報告した。
それにしても、暑い。
知り合いが出版した本の記念の展示会が都内の書店で行われているという。期間中に行ける日は今日くらいしかないので、暑さと感染が心配だったが、午後に久しぶりに都内に出ることにした。
僕がそこに行こうと思ったのは、その書店が、実に風変わりな書店だと知っていたからである。
いわゆるふつうの書店ではない。都内随一の繁華街のちょっと外れたところにあって、広さが、そうねえ、僕の職場の仕事部屋ほどの小さなスペース。そこで週替わりに1冊の本を売る、つまり書店主のお眼鏡にかなった1種類の本しか売らない、というのである。
そういう売り方からも察せられるとおり、書店主もかなり個性的な方なのである。僕は5月に、10名程度のオンライン読書会に参加したことがあり、その時初めて、画面上でその書店主にお目にかかった。
そんなご縁もあり、この機会に一度、その書店に行って、個性的な書店主に挨拶してみよう、と思い立ったのである。
私鉄と地下鉄を乗り継いで、最寄りの駅に降り立つ。この駅に隣接する建物には、以前にお世話になっていた地方銀行の東京支店が入っており、いい機会なので通帳の残高照会を行った。
さて、いよいよ出発である。だが、目的の書店はわかりにくい場所にある。Googleマップで検索すると、駅から歩いて10分程度と出るのだが、僕は何が苦手といって、Googleマップを見て、経路を確認したとしても、方向感覚がないので、いま自分がどこにいるのか、どっちに進めばよいのか、皆目わからなくなるのだ。
「自分はいま、どこにいるのでしょうか?」
「月はどっちに出てる?」
という気持が、よくわかる。
Googleマップが示す経路に沿って歩き始めたが、案の定よくわからない。
炎天下、ぐるぐると歩き回っているうち、結局最初の、地方銀行が入っている建物の前に戻ってしまった。
(どうなってんだ?)
いったん仕切り直そう。
歩道に、周辺の道路地図の看板があったので、それで現在地と目的地を確認する。こちらの方がよっぽどわかりやすい。
結局、30分くらいかかって目的の書店に到着した。住所は東京一の繁華街の地名を冠しているが、なるほどこれは、たしかにわかりにくい場所にある。
外から中を覗くと、お客さんは誰もいない。しかも、個性的な書店主も不在のようである。代わりに、店番をしているとおぼしき女性が一人いた。
「こんにちは…」
おそるおそる入っていくと、その女性が「いらっしゃいませ」と言った。
5分もいれば十分な、ほんとうに狭いスペースである。
僕は、ほかのお客さんがいたりとか、万が一知り合いと会ったりとかしたら嫌だなあと思っていたので、なるべく人がいなさそうな時間、ちょうど平日のもっとも暑い時間を選んで正解だったなあと安堵したのだが、書店主までいないとは、想定外だった。
しばらくして、店番の女性が、
「何かでこの展示会をお知りになったのですか?」
と聞いてきたので、
「実は以前、ある読書会でこちらの書店主さんとご一緒する機会がありまして…」
と僕はそう言って、自分の名刺と、僕が最近作った本をかばんから取り出し、「書店主さんにお渡しください」と、その女性に手渡した。
「わかりました」
「では失礼します」
と、僕は逃げるようにその書店をあとにした。
あとでひどく自己嫌悪に陥ったのは、名刺を渡したことである。約束もせずふらりと訪れただけなのに、そのときたまたま知り合いがいなかったので名刺を残して帰る、というのは、僕自身、あまり好きな行為ではない。なんとなく、「来ましたよ」的なアピール感が想起されて鬱陶しいような気がするのである。しかも、オンラインの画面上で一度お会いしただけなので、「知り合い」ともいえない。
でもまあ仕方がない。この炎天下、道に迷いながら来たのだから、少しでも爪痕を残して帰ろうと思ってしまったのだった。
書店を出たあと、実はもうひとつ立ち寄りたい場所があった。
それは、東京駅の近くの美術館で行われている企画展である。招待券をもらったので、ついでに見に行こうと考えたのである。
スマホのGoogleマップで調べてみると、歩いて20分くらいで行けそうな距離である。とすると、僕の足で30分くらいか。
ほかに交通手段もないので、歩いて向かうことにした。
それにしても暑い。なるべく日陰を選んで歩いていても、肌に張り付くような暑さである。それだけでなく、感染のリスクを避けるため、なるべく人のいないところを歩かなければならない。
30分ほど経って、目的地の美術館に到着した。美術館の中は、平日の夕方ということもあって、思いのほか来館者が少なく、眼福の時間だった。
実に久しぶりに、都内をゆっくりと歩いた。こういうご時世だから、おいそれとは外出できないが、歩くことの大事さをあらためて認識した。
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