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2021年8月

ジャズマンはなぜ暗渠に惹かれるのか

8月28日(土)

僕の高校時代の2学年下の後輩に、ジロー君というジャズマンがいる。たまにFacebookをのぞいて、元気でやってるかなあと確認したりしている。

何年か前にいちど、ジロー君ご夫妻で僕の講演会を聴きに来てくれたことがある。僕のやっていることは、ご夫婦お二人の関心とはまるでかけ離れているので、さぞや退屈だったろうと思うのだが、彼にはそうした律儀なところがある。

昨年の秋もやはり、僕が関わった職場のイベントにわざわざ見に来てくれた。残念ながら僕はその日は子守りで出勤できなかったので、せめて招待券だけでもと、招待券2枚をお送りしたのだった。後日、彼は自身のTwitterで宣伝をしてくれた。

まあそんな感じで、いまはまったく別の道を歩んでいて、ましてやコロナ禍以降は、実際に会うような機会はないのだが、それでもFacebookで彼は近況を頻繁にあげてくれるので、会わなくとも様子がわかるのだ。

これはFacebookであげられていたからここに書いてもよいと思うのだが、先日は、痔瘻で入院したそうだ。「ジローが痔瘻」とは、なかなか洒落がきいているが、本人にとってはたいへんだったようで、痔瘻というのも僕が思っていた以上におおごとの病気なのだということを、彼のFacebookを通じて知ったのだった。

いまはすっかり回復したらしく、今日の午後から、彼の地元にあるカフェで演奏のライブ配信をすると、彼のFacebookでたまたま見かけた。YouTubeで配信するので、無料で見ることもできるのだが、できれば投げ銭もお願いしたいとのメッセージが書かれていた。

時間もあったので、そのライブ配信を見てみようと思い、他の用事も済ませながら、YouTubeで彼の演奏を見てみることにした。ジロー君がサックスとクラリネットで、あとはギターとウッドベースの3人編成である。

ライブ会場は、いつも彼が演奏している地元のカフェで、見たところ、それほど広くない。映像を見ると、常連さんらしい人が見切れていて、会場にも何人かお客さんがいるようだった。

少し遅れてライブ配信を見始めたのだが、僕を含めて7人が視聴中、とあった。

僕が驚いたのは、音楽じたいのクオリティーの高さもさることながら、映像やマイクの音質などのクオリティーの高さである。

昨年、コロナ禍でライブ演奏ができなくなったとき、ジロー君もご多分に漏れず、ライブ動画配信に挑戦することを余儀なくされた。最初の頃は、映像の解像度が粗かったり、音質がよくなかったりと、いろいろと苦心しながらライブ配信をしていたと記憶している。映像や音質のクオリティーの低さは、それだけで視聴者にとってストレスになったりする。

ところが今回、久しぶりに彼のライブ動画を見て、以前の時とはあまりに違うクオリティーの高さに、驚いたのである。おそらくこの1年半の間、いろいろと試行錯誤して、カメラやマイクの環境を整えていったのだろう。しかも、曲のタイトルを字幕で出すなどの工夫も凝らされていて、じつに心地よいライブだった。

それだけに、視聴者が7人というのは、なんとももったいなかった。僕はこれだけの配信環境を整えたことに敬意を表し、ささやかながら投げ銭をした。

ライブ演奏のほとんどは、ジロー君が作曲をしたオリジナル曲だった。その曲のタイトルの多くに「猫」が含まれていて、彼の猫好きの一面を彷彿とさせる。

僕が好きな曲は「暗渠と猫と月」である。聴いていると、夜、散歩をしているときに見つけた猫が暗渠の上を歩いていて、空には月が輝いている、という情景を思い浮かべることができる。

実はジロー君のもう一つの趣味は、「暗渠」なのである。彼のFacebookには、散歩をしている途中で見つけた暗渠の写真がよくあがっている。

僕の高校時代の後輩で、暗渠を見つけるのを趣味としている人間がもう一人いる。1学年下のアサカワ君で、彼もまた、ジャズマンである。散歩をして、暗渠を見つけると、それをFacebookにあげているのである。

在校中は、暗渠の話などしたことがないはずなのだが、たまたま二人は、暗渠という共通の趣味を持っているということが、最近になってわかったのである。

もしかするとこれは、ジャズマンに共通した趣味なんじゃないだろうか?タモさんもそうだったんじゃない?…あれは坂道か?

「ジャズマンはなぜ暗渠に惹かれるのか?」。これもまた、新書のタイトルになりそうである。

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ノーマーク

この際、オリパラの開催の是非や、理念と実態の乖離といった問題は措いといてですよ。

純粋にエンターテイメントとして、オリパラの開会式を比較した場合、明らかにパラリンピックの開会式の方がクオリティが高かったことは、異論のないところだと思う。

まず最初に言っておきたいのは、たぶんこれは、この国で僕だけしか気づいていないことだと思うけど。

日の丸の掲揚の際に、「君が代」が歌われていたでしょ。

オリンピックの開会式では超有名で、圧倒的な歌唱力を誇る歌手が熱唱していた。それに対して、パラリンピックでは、公募で選ばれた全盲のシンガーソングライターの無名の音大生が熱唱していた。

どっちがすばらしかったかといえば、それはもう明らかに後者である。両者には雲泥の差があった。

僕はいろいろな人が「君が代」を独唱するのを聴くたびに、息継ぎのタイミングにばかり注目している。とくに「さざれ石の」という部分である。

注意深く聴いていると、ほとんどの歌手は「さざれ」と「石の」の間で息継ぎをする。

しかしこれはたいへんな間違いである。

正しくは、「さざれ石の」の部分を、息継ぎしてはならない。なぜなら、「さざれ石」がひとつの単語だから。

僕は小学生の時、担任の先生からこの点についてこっぴどく注意された。「絶対に『さざれ』と『石の』の間では息継ぎをしてはならん」と。それ以来僕は、「さざれ石の」の部分をいろいろな歌手がどう歌うかだけを注目するようになったのである。

「さざれ」と「石の」の間で息継ぎをする歌手は、極論すれば、歌詞の意味をまるで理解しないままに歌っていることになる。たとえて言えば、英語の歌を、歌詞の意味もわからず、カタカナで歌っているようなものだ。

オリンピックの開会式で歌っていた歌手は、「さざれ」と「石」の間で、思いっきり息継ぎをしていた。僕はこれが許せない。「ああ、せっかく歌がうまいのに、残念だなあ」という気持ちになってしまうのである。

では、パラリンピックの開会式で歌っていた音大生はどうだったか?見事に「さざれ石の」を息継ぎせずに歌っていた。「さざれ石の」を息継ぎせずに歌った人にめぐり会ったのは、何年ぶりだろうか。僕は感激してしまった。たぶん、あの歌い方の様子だと、偶然息継ぎをしなかったのではなく、あそこの部分は息継ぎをせずに歌おうと、最初から思っていたのだ。なおさらすばらしい。

…と、この1点だけを取ってみても、オリンピックの開会式に対する出演者の向き合い方と、パラリンピックの開会式に対する出演者の向き合い方に雲泥の差があることがわかるのだが、もう一つ、全体の構成といった点で言っても、パラリンピックは全体に統一感のとれた演出に終始していたのに対し、オリンピックのそれはまったく統一感のないものであった。

この理由は簡単である。オリンピックの開会式の演出には、権力者が口を出したからである。市川海老蔵と松井秀喜は森前組織委員会会長案件、火消しは小池都知事案件だということは、よく知られている。プチ鹿島さんは、「“森案件”の市川海老蔵、小池の“火消しと木遣り”…東京五輪の開会式は「政治利用」の答え合わせがたまらなかった!」と述べている。

つまり、森前会長や小池都知事が、開会式には絶対にこの人を出して!というリクエストがあり、それに抗することができなくなった結果、あのような意味のわからない演出になったわけである。

ここからわかることは、偉い人が口を出すと、ろくなもんじゃない、ということである。

それに対してパラリンピックの開会式では、そういう「上からの圧力」がなかったんじゃないかと思う。というか、権力者たちは、パラリンピックにさして興味がないのだろう。まったく、現金な人たちである。

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謎の訂正

8月25日(水)

午後9時、緊急事態宣言の対象地域拡大にともなう首相会見。

毎回、首相会見を聞くたびに腹が立つのだが、ここ数回は、会見と同時にYouTubeで配信される、TBSラジオ「Session実況ライブ」で、荻上チキ、澤田大樹記者、南部広美さんが首相会見への副音声的な解説をやっていて、これを聴きながら首相会見を聴いていると、なかなかおもしろくて、つらい会見も最後まで聴き通すことができる。

今日の会見では、こんなやりとりがあった。TBSテレビの後藤記者の質問である。

「首相自らがテレワークを進める、あるいは、閣内のかなりの部分でテレワークを試みる、そういったお考えはありますか」

「まずテレワーク、これ推進してやらなければならないと思ってます。その中で、今日、新たに、(緊急事態)宣言地域とまん延防止地域を決めた会合については、テレワーク(笑)でやらせていただきました。まあそういう意味で、昨日も私、テレワークで規制改革会議、やってますから、そうしたことをこれからどんどんと増やしていかなければならないというふうに思ってます。」

このとき、首相は、半笑いで答えていた。これは、記者に対して、「お前、知らなかったの?ここ最近、俺がテレワークをやっているのを見ていなかったのか?」という笑いに聞こえた。

しかし僕は、ここ最近、ニュースを見るたびに、政府や与党の会議が、ほぼすべて、対面とオンラインを併用するいわゆる「ハイブリッド会議」であることに気づいていた。

たとえば、首相や主要閣僚は会議室に集まり、それ以外の人たちがオンラインで参加する、という形式がほとんどなのである。

そればかりではない。与党の青年局の会議の様子を数日前に見たのだが、それもまた同様であった。

つまり政治の世界では、ハイブリッド会議が主流で、テレワークはまったくおこなわれていないのだ。それを首相は、「みんな知らないと思うけど、俺なんかとっくにテレワークをしているぜ」と言っているのである。

ここである疑念がわいてきた。首相は、テレワークをハイブリッド会議と勘違いしているのではないか?つまり、テレワークの意味をまったく理解していないのではないだろうか?

しばらく会見を聴き続けていると、唐突に、首相が先ほどの質問に対する訂正を言い始めた。

「すみません。先ほどのTBSの後藤さんの質問で、テレワークとオンライン会議、こうしたことについて、混同してしまいました。お詫び申し上げたいと思います」

「それでは続いての質問…」

ええええぇぇぇっ!!??

やはり首相は、テレワークとオンライン会議(正確にはハイブリッド会議)の違いについて、まったく理解していなかったのだ、ちなみにこのとき会見に参加していた江川紹子さんが、会見直後にSession実況ライブに電話出演されて、訂正の紙が事務方から慌てて首相のもとにもたらされたと話していた。ということは、事務方に指摘されるまで、この違いについてまったく理解していなかったことになる。

そうなると、先週、経済三団体の長のところに首相が直接出向いていって、対面してテレワークについてお願いにまわったという、一見して本末転倒の行動の意味が理解できる。

やはりテレワークの意味を、首相はまるで理解していなかったのだ。

これでは、テレワークが進むはずがない。

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相変わらず不人気

8月21日(土)

もう、自信なくすわ…。

昨年度末に依頼された、オンライン講座の本番が今日である。

5日ほど前、事務局からメールが来た。

「いまのところ、受講生は4名です」

予想通りだ。だから言わんこっちゃない。

「それでも開講していただけますか?」

「かまいませんよ」

さて、前日。

「2名ほど申し込みが増えました。これで6名になりました。」

「そうですか…」

こうなると、矢でも鉄砲でも持ってこいという気分になる。

妻が来月に企画しているオンラインセミナーには、160名以上の参加申し込みがあったそうだ。ま、こちらの方は無料なんだけど。

もう、世の中にとって俺は必要とされていないのだ。

さて、本番。

受講生は、なんと3名だけだった。どういうこっちゃ?他の3名はお金をドブに捨てたのか?

講座が終わった後、事務局からアナウンスがあった。

「1週間の『見逃し配信』をしておりますので、復習にご利用下さい」

そうか、見逃し配信をしているから、欠席者3名は1週間以内なら自由に講座を見られるわけだ。

ということは、リアルタイムで受講できなくても大丈夫なわけだ。

ならばますます落ち込む。もしこれがリアルタイムでしか受講できない講座だったら、3名しか申し込みがなかったことになるからである。

「全国どこからでも、リアルタイムで受講できなくとも、オンライン講座なら受講できます」という謳い文句があるにもかかわらず、である。

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長い前フリの「もしもシリーズ」

「令和3年8月18日、菅総理は、都内で日本経済団体連合会の十倉雅和(まさかず)会長と会談を行いました。

総理は、会談の冒頭の挨拶で次のように述べました。

『本日は、御多忙中にもかかわらず、また、突然の依頼にもかかわらず、こうして皆さんにお集まりいただきましたことに感謝申し上げます。常日頃から十倉会長を始め経団連の皆さんには、コロナ禍の中で、様々な御協力を頂いていますことに感謝申し上げます。

感染力が極めて強いデルタ株によって、陽性者が毎日のように数多く出ております。昨日、政府としては、東京始め首都圏の緊急事態宣言を延長し、あるいはまた、新規に全国的に指定する、そういう決断をさせていただきました。そういう中で、経済界の皆様には、更なる御負担をお掛けすることになりますけれど、是非、御協力をお願いしたいと思います。

国民の皆さんの命と暮らしを守る、これが政府の役割です。まず、医療体制の構築をすると同時に、感染を防止し、ワクチン接種。この3本の柱で、デルタ株収束に持っていきたいと思っております。

特に、今日お願いに参りましたのは、これを乗り越えるために、やはり人流、それと、クラスターがそれぞれの職場で、このところ発生いたしております。こうしたことを何としても食い止めなければならない。それと同時に、対策に効果的なのは、やはりテレワークでありまして、昨年の春に約7割削減のテレワークを行っていただきました。皆さんにとって、それぞれ、様々な業種があって難しい点もあろうかと思いますけれど、是非、このお盆明けから、テレワークに御協力いただきたいと思っています。

また、政府としても、事業者に対しての協力金だとか、あるいは雇用の確保、そこはしっかり支援させていただきます。さらに、ワクチン接種も進めて、経済社会の回復の道筋をしっかりと見出していきたいと思っています。

今日は、経団連の皆さんと忌憚(きたん)のない意見交換をして、また、皆さんの思いをお聞かせいただければと思っています。どうぞよろしくお願い申し上げます。』」

「令和3年8月19日、菅総理は、都内で経済同友会の櫻田謙悟代表幹事と会談を行いました。

総理は、会談の冒頭の挨拶で次のように述べました。

『本日は、大変お忙しい中を時間を頂きましてありがとうございます。また、常日頃から櫻田代表幹事を始め経済同友会の皆さんには、新型コロナ禍の中で様々な御協力を頂いていますことに感謝と御礼を申し上げます。

感染力が極めて強いデルタ株によって、感染者数が急激に増加いたしております。そういう中にあって、政府は、一昨日に、東京都を中心とする緊急事態宣言を延長させていただくことに致しました。そういう中にあって、医療体制、さらに、感染防止、ワクチン接種、こうしたことを3本の柱として、この感染を収束に持っていきたいと思っています。

そういう中で、本日は、こうした危機を乗り越えるために、やはり人流抑制。そして、クラスターが企業の職場の中でも発生しています。こうしたことを何としても防ぐためには、テレワークというのは極めて重要だと思っています。昨年の春には、出勤者7割減のテレワークを実現していただきました。極めて厳しい状況にあろうかと思いますけれども、是非、テレワーク。7割減の達成に向けて、御協力いただければと思っております。

また、政府としても、事業者への協力金や雇用調整助成金など、しっかり対応させていただきたいと思います。また、ワクチン接種も今進んでおりますけれども、その先には、経済社会の回復、そうした出口もしっかり考えていきたいと思っています。

是非、このような機会の中で忌憚(きたん)のない意見交換をして、感染防止に向けて進んでいきたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。』」

「令和3年8月19日、菅総理は、都内で日本商工会議所の三村明夫会頭と会談を行いました。

総理は、会談の冒頭の挨拶で次のように述べました。

『本日は御多忙の中、こうして時間を取っていただきまして、ありがとうございます。また、日頃は三村会頭を始め日本商工会議所の皆さんには、コロナ禍の中で様々なことに御協力いただいていますことに感謝申し上げます。

感染力の強いデルタ株によって、今、感染者が毎日増え続けているような状況です。そうした中にあって、政府としては何としても、医療体制、さらに感染防止、そしてワクチン接種を3本柱として収束に向かわせていきたいという思いであります。一昨日、東京については緊急事態宣言を延長して、体制をしっかり構築していきたいと思っています。

こうした状況を乗り越えていくためには、人流を減少させる。そしてまた、職場の中のクラスターが発生していますので、これを何としても食い止めていかなければならない。そうしたことを考えたときに、テレワークをお願いさせていただきたい。そういうことで、今日、お伺いいたしました。特に、昨年春には、勤務されている方、7割減を達成していただきましたので、色んな業態があって、それぞれ特色があって、大変だと思いますけれども、特に中小企業、小規模事業者の皆さんに、できる限りの御協力を是非お願いしたいという思いで、今日はお伺いさせていただきました。

そしてまた、政府としても、協力金だとか、あるいは雇用調整助成金だとか、やるべきことはしっかり対応させていただきたいと思います。ワクチン接種等によって、経済回復の道筋もしっかりつけてまいりたいと思っています。そういう意味において、御協力いただきながら、この危機を乗り越えていきたいという思いでいますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。』

僕「…あのう…ひとつ、意見を申し上げてよろしいですか?」

菅「はい、どうぞ」

僕「テレワークを推進するというお願いを、わざわざ対面でおこなうって、どういことですか?」

菅「それは、その……テレワークって、何だっけ?」

僕「ダメだこりゃ!」

ところで、僕たちは、このコントみたいなちぐはぐな首相の行動を笑えるだろうか?

いまでも、けっこう対面による打合せが多い。とくに、公式な会議よりも非公式な打合せは、対面によることがほとんどである。

「現在、シャレにならないほど、全国の感染状況が悪化しているので、早急にこれまでの職場の各部署での対応の見直しを行わなければならない。ついては、対面による臨時の打合せをおこなって対応の整理を行う」

「リモートではダメなのですか?」

「こんなこと、リモートでやっていてはまとまらない」

これではいつまで経ってもテレワークによる出勤7割削減などと言った目標は達成できない。

テレワークに対する不信感、というのが、一定ていど組織内に存在する、というのがわかってきた。

とくに、上に立つ人間ほど、テレワークに対する不信感や不安感が大きいのではないだろうか。上に立つ人間が対面での打合せを望んでいたら、それに反対することなどできない。

そこが変わらない限り、テレワークの未来は、明るくない。

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ヘビーリスナーとは、口が裂けても言えない

8月16日(月)

放送の翌日、番組製作を担当したディレクターから電話があった。

「昨日、放送が無事に終わりました。ありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました」

「ご覧いただけましたか?」

「ええ、リアルタイムで最初から最後まで観ました」

「それはありがとうございます」

「放送のあと、番組を観たという何人かの友人からメッセージをもらい、『よい番組だった』という感想を口々に言ってました」

「そうでしたか。それは励みになります」

そんな会話が5分ほど続いたが、「番組のDVDを送りたいので、送付先を教えてほしい」というのが、どうやらこの電話の用件のようだった。

僕のような人間にも電話をかけてくるくらいだから、あの番組で取材をしたすべての人に、同じような電話をかけて、感謝の言葉を述べたのだろう。その誠実さが、番組の作りにあらわれていると、僕は感じた。

用件がすんだあと、今度は僕の方からディレクターに言った。

「あのう…ナレーションをしてくれたアナウンサーの方がとてもよかったです」

「そうですか。ひょっとして、お知り合いか何かですか?」

「いえいえ、違います。私はそのアナウンサーのナレーションや朗読のファンなのです。むかしからナレーションには定評があるでしょう?」

「それはまた、通ですね。その通りです」

「いわば、ナレーションに関しては、局のエース級ですよね」

「そうです。実はそのこともあって、ぜひナレーションをと、その方にお願いしたんです」

「そうでしたか」

それだけでも、番組作りに対するこだわりがうかがえる。

「それはまた、通ですね」と言われたときに、「ヘビーリスナーですから」とはさすがに言えなかった。

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ひそかな誇り

8月15日(日)

先月に取材を受けた番組が今日、放送された。

1時間半の特番だったが、僕は3時間半以上にわたって取材を受けたにもかかわらず、実際に流れたのは、例によって数十秒であった。

まあそれは予想していたことだったので別にかまわないのだが、何よりも気になったのは、テレビに映った、具合の悪そうな僕の顔である。

その週の水曜日に退院したばかりで、取材を受けたのが日曜日。今回はいつも以上に、退院後も体調がキツかったこともあり、そのしんどさが画面にも映っていたようだ。…といっても、たぶんそんなことは他の人は気づかず、気にしているのは僕だけかもしれない。

番組の内容についてはふれないことにして、個人的に感慨深かったのが、番組の全体を貫くメインテーマの曲として、あの音楽家の、あの曲が採用されていたことである。僕は中学生の頃からの大ファンなので、間接的であるにせよ、僕はその音楽家と同じ番組の中で共演できたということであり、それはまるで夢が叶ったような瞬間である。

番組の内容とその曲のメッセージ性が、いかにも「ベタ」な感じがするという意見もあるのかもしれないが、そんなの関係ねえ!僕にとっては、僕が喋っている背後にその曲が流れていることが、一ファンとして重要なのである。

もう一つ感慨深かったのが、ナレーションである。いまやナレーションや朗読といえばこの人、というアナウンサーによる、贅沢なナレーションである。

他人にとってはどうでもいいことであるが、僕にとっては、それがひそかな誇りである。

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フラットになる境地

塩見三省、という役者の名前を初めて知ったのは、中原俊監督の映画「12人の優しい日本人」(1991年)である。この中で塩見さんは、「陪審員1号」の役を演じていた。

それからいろいろなドラマや映画で見かけるようになったが、そのあとしばらく見かけなくなり、2019年の大河ドラマ「いだてん」で、犬養毅役で出演していたのを観たのが、じつに久しぶりだった。

調べてみたら、7年前、66歳の時に脳出血を患い、左半身が麻痺して、闘病生活を続けてこられたという。

先日、塩見三省さんが、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」のメインコーナー「大竹メインディッシュ」に、ゲストとして出演されていた。そこで、これまでの7年間の闘病生活などが語られた。

懸命なリハビリをしていたが、まだ左半身の麻痺は残っており、完全に回復したわけではないという。

とつぜんの病に襲われた最初の頃は、「この壁は乗り越えられないのではないか」と思い、泣いて嘆いて恨んで、という日々だった。

そうした精神状況が1年ほど続いた。「そういう時って、最近はすぐに前を向けとか言いますよね。病にかかったときとか、事故に遭ったときとか、災害に遭ったときとか…。でも僕はそうではなくて、とことん泣いて、とことん苦しんで、そこからようやく自分の中のフラットな感じを取り戻せて、誰かの助けを借りれば何かができるんじゃないかな。というところまで来ました」

ラジオの中で、次のようなやりとりが印象的だった。

塩見「自分の中で、許容範囲が自分でもわかっていて、その許容範囲を、何かになろうとして、ちょっと越えたところで病気になったんじゃないかな、と思ったりもするんですよね」

大竹「でも破竹の勢いの時だから、やっぱりちょっと…」

塩見「やらないわけにはいかないですよね」

大竹「仕事が来たからにはね、役者はそれを常に待っているわけですからね」

塩見「でも今ね、倒れて7年経って、すべてがやっとここでフラットになった、という感じがあるんです。自分はこれまでマイナスだったけど、ここから新しいスタートを切れるんだな、と。みんないま、病でも事故でもコロナでも、苦しんでいる方は大勢いらっしゃると思うんですけど、俺はあなたたちの味方だ、ゆっくりと、自分のペースで、『俺は俺なんだ』という感覚でいてほしいな、と」

自分に重ね合わせてみると、僕も4年前に大病を患ったものの、まだその境地には達していない。これからは、できるだけ自分なりのペースで、無理をせずゆっくりと仕事をしたいと思いながらも、なかなか現実にはそうはならない。これでも以前に比べれば、かなり仕事は断っているのだが、それでもまだ、もともと許容範囲が狭い僕が、それ以上の仕事をしているという感覚は変わらない。まだ野心の方が勝っているのかもしれない。

自分がフラットになる感覚になるのは、いつのことだろう。

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ちょっと久しぶりですが長々と失礼

鬼瓦殿

こんにちは。「高校時代の友人・元福岡で今堺」のコバヤシです。

相変わらず忙しそうですし、体調もすぐれないようですね。こちらは、いくつか持病はあるものの日常生活では支障はなく、まあそれなりに元気にやってます。

今日は、そんな持病でちょっと離れた街の病院に行くときに車窓から見える風景で貴君と昔旅した時のことを思い出し、久しぶりにメールする次第です。

ちなみにその風景は、毎日通勤時に見ているのですが、うっかりすると何でもない風景として過ぎ去ってしまいます。

最初は全く気に留めもしなかった、その緑の風景、少し距離を置いて点在する森というのか林というのかを見ていたある日、街中に森が点在するのも変だよなあと考えていて、漸くここは堺、あの緑は古墳か!と気付いた次第。

堺には世界遺産に登録された巨大な古墳群があるのですが、残念ながら古墳群は高いビルの上からでも見ない限り、大きすぎて何だかさっぱり判りません。

と前置きが長くなりましたが、今朝この古墳を車窓から見ながら思い出したのは、30年以上も前の大学時代に、貴君の車の乗せられ(私は車が嫌いで自ら何処かに行こう!と言い出す筈も無いので、貴君に無理やり連れていかれた筈?)、当時高校時代の友人が住んでいた信州松本を訪ねた時に、貴君が非常に貴重な遺跡が近くにあるので見に行くぞ、と車で1時間近くうろうろするものの一向にその遺跡は見つからず、最後に小さな丘というのか山というのかに白い棒が1本建っいるのを見つけ、それが遺跡の印というのが判り、貴君が感慨深げに満足している横で、私は、何この棒1本だけ?それがどうしたって言うの?と呆れていた、という思い出です。

それから、同じ時だったと思うのですが、もう一つ重要な遺跡があるから、これも行かねば!と言うので、まだ行くの?と半ばウンザリしながら、やはり車で連れていかれた先にあったのは、少し大きめの石が3つぐらい積み重なって置いてあるだけというもので、これも貴君が満足げにしている横でやはり呆れていたことも思い出しました。

その方面の素養が全くない私には残念ながらその貴重さが全く理解出来ませんでした。

やはり私のような即物的な人間にはもう少し具体的な、何か見て判るものが無いとピンと来ません。

家の近所にあるザビエル公園は、堺の豪商がフランシスコ・ザビエルを招いてもてなしたお屋敷の跡地らしいのですが、ごく普通の公園なのでフランシスコ・ザビエルと言われてもなあ...、と思ってしまいますし、やはり歩いて5分ぐらいのところに与謝野晶子の生家跡というのがあるというので見に行ったら看板一枚あるだけで、これもう~んという感じです。

千利休の屋敷跡なんてのも近くにあるようですが、これも推して測るべしと行くのは止めました。

それはそれとして、ちょっと話は変わりますが、貴君はワクチンを既に二度打ったようですが、私は漸く今日の午後、病院から帰ってきてから、また大雨の中20分ぐらい歩いて、1回目のワクチンを打ちに行って来ました。

今のところ何の体調変化も無いので、まあ大丈夫かと考えています。

せっかく歩いて少し遠くまで行って来たので、700年近く続く和菓子屋さんで堺の名物と言われるスイーツを食べて帰ろうと10分ほど雨の中を歩いていったのですが、この悪天候の中、店の中は人で一杯で、これは無理と諦め店を出ました。

ちなみに、この店は秀吉が大阪城を築城した際に、当時の店主がその屈強振りを称えられ今の屋号を貰ったとのこと。

とは言え、何か甘いものを食べたくなり、ふと思い出せばもう10分ほど歩けば前述の与謝野晶子が幼少時に好んで食べたというあんころ餅が名物の、これまた400年ぐらい続く和菓子屋があるのを思い出し、大分小雨になった中てくてく歩いて行ってみましたが、こちらはお客は全くおらず、それでは名物のあんころ餅を買って帰ろうかと思って店内を見ると、先ほどの店で食べられなかったお菓子が売っていたので、これを買って帰り食べました。

ということで、私には珍しく朝から歴史に想いを馳せる?一日となりました。

ワクチンの2回目は9月の初めに堺市役所の21階で打つ予定で、ここからは堺の古墳群が見えるようなので、気が向いたらまた報告します。

と、ここまで書いて読み返してみると文章は長いし、内容もだから何なんだという感じでもあり、メールするのを辞めようと思いましたが、折角書いたのでやっぱりメールします。

ぐでぐでとくだらない話をメールしてしまい申し訳ありません。

関東も雨で鬱陶しい天気が続くようですが、あまり滅入らないようにお過ごしください。

では、またそのうち。

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4時間600円

8月10日(火)

昨日から、Wi-Fi環境のないところに滞在している。

ところが今日の午後に、Zoomを使ったオンライン打合せをすることになってしまった。

最初は、「俺なんかいてもいなくても同じだから」と思い、スマホのデザリング機能を使って接続してみて、通信が不安定だったら仕方がない、という気持ちくらいでいたのだが、スマホのデザリング機能を使ってZoom打合せを2時間やるとして、いったいいくら通信料がかかるのだろうと、不安になってしまった。

そこで、近くにテレワーク的なことができるようなスペースがあるかどうか、調べてみたところ、なんと車で5分くらいのところに、セミナーハウスみたいな施設を擁する村の複合施設があって、そのセミナーハウスの中にある小さな会議室が、600円で借りられるというのだ。ただ、Wi-Fiが使えるのかどうかは定かではない。

しかし、いきなり午前中に電話をかけて、今日の午後の会議室は空いてますか、ってのはさすがに無理だろうな。

ダメ元で電話をかけてみた。

「あのう…、本日、会議室は空いていますか」

「会議室ですか?…空いてますよ」

なんと!セミナーハウスで1室しかない会議室が、空いているというのだ。

「あのう…その部屋はWi-Fiを使えますか?」

「使えますよ。ただしフリーWi-Fiなので、タイミングの問題もあり、確実につながるかどうかについては、保証しかねますが」

「あのう…リモートの会議に参加するという形で利用したいんですけど、可能でしょうか。つまり、私一人がノートパソコンを使って遠方の会議に参加する、という意味です」

「大丈夫ですよ」

「会議室の利用料はどれくらいですか?」念のため聞いてみた。

「600円です」

「1時間あたり600円ということですか?」

「いえ、午後1時から午後5時までで600円です」

なんと!4時間で600円である!都内の貸会議室のことを考えると、破格の安さである。

「冷房はお使いになりますか?」と逆に質問された。「冷房をお使いになる場合は、使用料として別途500円いただきます」

おいおい、バランス悪いだろ!

「いえ、使いません」

「では午後1時に受付までいらして下さい」

「わかりました」

午後1時に行くと、受付の方が、会議室まで案内してくれた。

「こちらです」

会議室の扉のところで、一人の男性が何やら作業をしていた。

「どうぞお入り下さい」

その声は、先ほど僕がかけた電話で応対してくれた男性の声だった。

その男性はこの会議室までLANケーブルを必死に引っ張ってくるという作業をしていたのだ。

「LANケーブルにつないだほうが、確実に通信環境が安定しますので」

ここからは僕の妄想。

僕が午前中に電話したあと、その男性はおそらく「はたして会議室で確実にWi-Fiがつながるだろうか」と気に病み、それで急遽LANケーブルの突貫工事をしたのではないだろうか。

ということは、この会議室を、テレワーク代わりに使ったのは、僕が初めてなのかもしれない。

さて、パソコンにLANケーブルをつないだおかげで、通信環境もきわめて安定し、快適な状態で打合せに参加することができた。

この会議室を年間契約したいくらいだ。というかここの子になりたい、というくらい、快適な空間だった。

こういうのを「ワーケーション」というのだろうか。しかしこの言葉、「プレミアムフライデー」なみに流行らなかったね。

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蛇腹の道は蛇

8月6日(金)

広島の原爆死没者慰霊式・平和祈念式を、リアルタイムで見ていた。

黙祷のあと、首相のスピーチ。

「…ヒロシマ、ナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない、核軍縮の進め方をめぐっては、各国の立場に隔たりがあります」

意味が通じないなあ、と思って聞いていたら、とつぜん字幕が消えた。

しばらくして、字幕が復活する。

この一連の流れを見て、「はは~ん。首相は原稿を読み飛ばしたな」ということが、すぐにわかった。

NHKの紅白歌合戦でも、歌手が歌詞を間違えたりすると、すぐに字幕が消えたりする。字幕を瞬時に消すことについては、NHKはお手のものだし、何のためらいもないのだ。

ほどなくして、ニュースは、首相の「読み飛ばし」の件を伝えていた。

それはそうだろう。あのテレビを見ていた人たちは、その瞬間、誰もが不審に思ったに違いない。

それからしばらくして、首相側は「読み飛ばし」の事実を認めたが、その理由は驚くべきものであった。以下、共同通信の配信記事を引用する。

「政府関係者は6日、菅義偉首相が広島の原爆死没者慰霊式・平和祈念式でのあいさつの一部を読み飛ばした原因について、原稿を貼り合わせる際に使ったのりが予定外の場所に付着し、めくれない状態になっていたためだと明らかにした。「完全に事務方のミスだ」と釈明した。

 原稿は複数枚の紙をつなぎ合わせ、蛇腹状にしていた。つなぎ目にはのりを使用しており、蛇腹にして持ち運ぶ際に一部がくっついたとみられ、めくることができない状態になっていたという。」(2021/08/06 21:14)

「糊が貼り付いていたので、一緒にめくっちゃったため、1ページ読み飛ばした。という、予想の斜め上を行く言い訳、しかもそれは「完全に事務方のミスだ」という責任転嫁、など、もはや開いた口が塞がらない。首相は徹頭徹尾、責任を部下に押しつけたいようである。

そもそも挨拶を自分で考えてなかったのかよ!とか、大事な式の挨拶文なのだから下読みくらいしろよ!とか、国連総会の場で行った自分の言葉を読み飛ばすのかよ!とか、読んでいておかしいなと思ったらその場で仕切り直せよ!とか、読み終わっても気づかないようならばもう末期症状だよ!といった、数々のツッコミが考えられるのだが、僕が気になったのは、少し別のところにある。

では、読み飛ばした部分にはどんなことが書かれていたのか?

「ヒロシマ、ナガサキが繰り返されてはならない。この決意を胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵器のない世界の実現に向けて力を尽くします。」と世界に発信しました。我が国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、「核兵器のない世界」の実現に向けた努力を着実に積み重ねていくことが重要です。
 近年の国際的な安全保障環境は厳しく、核軍縮の進め方をめぐっては、各国の立場に隔たりがあります」(首相官邸ホームページによる)

と、赤字に書かれた部分である。これもすでに、報道等で公開されているし、なにより首相官邸ホームページに、本来の挨拶文の全文が掲載されている。

僕が気になったのは、挨拶文のレイアウトがどうなっていたのか?ということである。

周知の通り、この種の挨拶文は蛇腹式に折りたたまれていて、話者は、見開きの2ページを次々と目で追いながら、読み進めていく。2ページ分を読み終えると、次の見開き2ページ分をひらきながら読み続ける、というしくみである。

つまり、読み飛ばされた部分は、まるまる見開き2ページ分ということである。

さらに、「近年の国際的な安全保障環境は厳しく、」というところでページが変わることが明らかであることや、ここが段落の変わり目であることから、読み飛ばしたページの一番最後の行は、「近年の国際的な安全保障環境は厳しく、」であったと考えられる。ということはつまり、1行は19字程度だったことが推測できる。ちなみに読み飛ばし部分の見開きは、123文字である。

読み飛ばし部分を1行19字に設定すると、

「世界の実現に向けて力を尽くします。」と世

界に発信しました。我が国は、核兵器の非

人道性をどの国よりもよく理解する唯一の

戦争被爆国であり、「核兵器のない世界」の

実現に向けた努力を着実に積み重ねていく

ことが重要です。

 近年の国際的な安全保障環境は厳しく、」

となり、見開き2ページあたり7行ていどが書かれていると推定できる。

さて、そこで次に気になるのは、挨拶文全文が、蛇腹の紙にどのようにおさまっていたのかである。

首相官邸のホームページから、平和記念式典の挨拶文を全文コピーして、Wordに貼り付け、1行19字と設定する。

それと、ありがたいことに、首相官邸のホームページには、首相が挨拶している一部始終が動画撮影されており、その手元には、蛇腹の挨拶文がわずかに映っている。

首相はどのタイミングで、蛇腹の挨拶文をめくっているのか、一部わかりにくいところもあるが、映像をよーく観察すると、あるていどはそのタイミングを確かめることができるので、それを参考にしつつ、「全体として挨拶文はどのように蛇腹におさまっていたのか」を復元してみた。少し長くなるが。

「本日、被爆76周年の広島市原爆死没者慰

霊式並びに平和祈念式が執り行われるに当

たり、原子爆弾の犠牲となられた数多くの

(ここで蛇腹をめくる) 

方々の御霊(みたま)に対し、謹んで、哀

悼の誠を捧(ささ)げます。そして、今な

お被爆の後遺症に苦しまれている方々に、

心からお見舞いを申し上げます。

 世界は今も新型コロナウイルス感染症と

いう試練に直面し、この試練に打ち勝つた

めの奮闘が続いております。

(ここで蛇腹をめくる) 

我が国においても、全国的な感染拡大が続

いておりますが、何としても、この感染症

を克服し、一日も早く安心とにぎわいのあ

る日常を取り戻せるよう、全力を尽くして

まいります。

 今から76年前、一発の原子爆弾の投下

によって、

(ここで蛇腹をめくる) 

十数万とも言われる貴い命が奪われ、広島

は一瞬にして焦土と化しました。

 しかし、その後の市民の皆様のたゆみな

い御努力により、廃墟から見事に復興を遂

げた広島の美しい街を前にした時、現在の

試練を乗り越える決意を新たにするととも

に、

(ここで蛇腹をめくる) 

改めて平和の尊さに思いを致しています。

 広島及び長崎への原爆投下から75年を

迎えた昨年、私の総理就任から間もなく開

催された国連総会の場で、「ヒロシマ、ナガ

サキが繰り返されてはならない。この決意を

胸に、日本は非核三原則を堅持しつつ、核兵

器のない

(ここで蛇腹をめくる、はずだったが読み飛ばした) 

世界の実現に向けて力を尽くします。」と世

界に発信しました。我が国は、核兵器の非

人道性をどの国よりもよく理解する唯一の

戦争被爆国であり、「核兵器のない世界」の

実現に向けた努力を着実に積み重ねていく

ことが重要です。

 近年の国際的な安全保障環境は厳しく、

 (ここで蛇腹をめくる)

核軍縮の進め方をめぐっては、各国の立場

に隔たりがあります。このような状況の下

で核軍縮を進めていくためには、様々な立

場の国々の間を橋渡ししながら、現実的な

取組を粘り強く進めていく必要があります。

 特に、国際的な核軍縮・不拡散体制の

 (ここで蛇腹をめくる)

礎石である核兵器不拡散条約(NPT)体

制の維持・強化が必要です。日本政府とし

ては、次回NPT運用検討会議において意

義ある成果を収めるべく、各国が共に取り

組むことのできる共通の基盤となり得る具

体的措置を見出す努力を、核軍縮に関する

「賢人会議」の議論等の成果も活用しなが

ら、

(ここで蛇腹をめくる) 

引き続き粘り強く続けてまいります。

 被爆の実相に関する正確な認識を持つこ

とは、核軍縮に向けたあらゆる取組のスタ

ートです。我が国は、被爆者の方々を始め

として、核兵器のない世界の実現を願う多

くの方々とともに、核兵器使用の非人道性

に対する

 (ここで蛇腹をめくる)

正確な認識を継承し、被爆の実相を伝える

取組を引き続き積極的に行ってまいります。

 被爆者の方々に対しましては、保健、医

療、福祉にわたる支援の必要性をしっかり

と受け止め、高齢化が進む被爆者の方々に

寄り添いながら、今後とも、総合的な援護

施策を推進してまいります。

(ここで蛇腹をめくる) 

 先月14日に判決が行われました、いわ

ゆる「黒い雨」訴訟につきましては、私自

身、熟慮に熟慮を重ね、被爆者援護法の理

念に立ち返って、上告を行わないこととい

たしました。84名の原告の皆様には、本

日までに、手帳交付の

 (ここで蛇腹をめくる)

手続きは完了しており、また、原告の皆様

と同じような事情にあった方々についても

、救済できるよう早急に検討を進めてまいり

ます。

 今や、国際平和文化都市として、見事に

発展を遂げられた、ここ広島市において、

核兵器のない世界と恒久平和の実現に向け

 (ここで蛇腹をめくる)

力を尽くすことをお誓い申し上げます。原

子爆弾の犠牲となられた方々の御冥福と、

御遺族、被爆者の皆様、並びに、参列者、

広島市民の皆様の御平安を祈念いたしまし

て、私の挨拶といたします。

令和3年8月6日 」

以上が、挨拶文全文と、首相の挨拶映像から復元した、「見開き2ページあたりの文字数」案である。見開き2頁ごとの文字数が90字から120字程度とばらつきがあり、これでよいかと言えば、あまり自信がない。

冒頭の見開きの文字数が短いのは、最初に開いた見開きの右側が白紙で、左側から挨拶文が始まっていることを示しているのではなかろうか。

いくつか気づいたことがある。

挨拶文の原稿には「核兵器不拡散条約(NPT)」が出てくるが、挨拶の際には首相が「(NPT)」の部分を読んでいないので、次にもう一度出てくる「NPT」が唐突に聞こえてしまい、核兵器不拡散条約=NPTであることがわからない人にとっては、文意がとりにくい。

それと、「被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる支援の必要性をしっかりと受け止め」とある「保健」は「保険」?

また、映像からは、例の読み飛ばしの部分の蛇腹をめくるとき、糊がくっついていたせいで2枚いっぺんにめくれてしまったのか、あるいは、首相自身が2枚いっぺんにめくってしまったのかは、確認できなかった。

この記事のタイトルを「蛇腹の道も蛇」としたが、その含意については、わかる人がわかればよい。

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マチズモの岩盤

8月6日(金)

2回目のワクチン接種から2日経ったが、さしたる副反応はなし。

昨日の文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」では、カナダからリモートで光浦靖子さんが出演していた。

木曜パートナーとして出演していたのだが、番組の冒頭はWi-Fiの調子が悪く、本来パートナーを務める光浦さんに代わって、ヒコロヒーがパートナーの席に座っていた。いわば大竹まことへの合いの手を打つ役割である。

このヒコロヒーがなかなかよかった。まだ番組の準レギュラーになって間もないというのに、まったく不自然な感じがしない。パートナー役として十分に成立している。

さて、「カナダからの配信」はというと、音声がとぎれとぎれになりながらも、カナダでの語学留学生活の楽しさが十分に伝わっていた。

バスで40分かけて語学教室に通う。バスの時刻表の関係で、教室にずいぶんと早く着いてしまい、いつも一番乗りである。そのうち、自分よりも若い生徒が次々と教室にあらわれる。

50歳の光浦さんからしたら、自分以外はかなり若い人ばかりである。語学学校は、できるだけ日本人が少ないところ、できれば誰もいないところがいいと思い、カナダのバンクーバーを選んだ。しかしコロナの影響で、留学先をカナダに帰る日本人が増えたこともあり、いま通っている語学学校にも何人か日本人がいる。それでも少ない方なのだそうだ。

聴いていて、40歳の時に韓国に留学したときのことを思い出した。

自分以外は20代の中国人留学生。日本人は僕1人。最初はどうやってコミュニケーションをとろうかと思ったけれど、最終的にはみんなと仲良くなり、とても楽しかった。人生で、あの時を超える楽しい時間は、もう訪れないのだろうか。

50歳の光浦さんが、「いまが楽しくてしょうがない」と言っているのを聴いて、また留学したいと思った。

今日の午後は、オンラインによる打合せがあった。僕にとってはどちらかといえば気が進まない打合せで、時折会話の端々に出てくるマチズモの発言に、耐えられなくなった。マチズモの岩盤は、とても固いのだ。

すっかりふてくされてしまったのだが、金曜夜のTBSラジオ「アシタノカレッジ 金曜日」で気持ちを立て直すことにする。

今日の番組後半の「ニュースエトセトラ」は、澤田大樹記者に代わり崎山敏也記者だった。

僕はSession22の「原発ニュース」時代からの崎山記者のファンである。忘れ去られそうになる小さな声に耳を傾け、それを忘れてもらわないように伝えることを信条とする。アナログな方法に裏打ちされた、たしかな取材に、つい、耳を傾けてしまう。

武田砂鉄氏も、いつものような澤田大樹記者との丁々発止のやりとりではなく、崎山記者の言葉にじっくりと耳を傾けている。

崎山記者のようなまなざしで、取材対象とじっくりと関わり、それを形にできることが、記者の本来の姿なのではないか、と、最近の記者会見などでの記者のふるまいを見ていると、そう思う。これはうちの業界についても同じことがいえる。

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ワクチン接種・2回目

ワクチン接種・1回目

8月4日(水)

2回目のワクチン接種の日。

前回と同じ、かかりつけのクリニックに行き、午前9時過ぎにワクチンを打ってもらう。チクッとはしたが、痛い!という感じではなかった。

それから15分、その場に待機して、家に帰った。

「2回目の方が副反応がキツいよ」といろいろな人に言われた。先日、出張の際に乗ったタクシーの運転手さんからも言われた。

午後1時からは、外部のオンライン会議である。1年に1回のこの会議、昨年度は書面審議だったし、その前の年度は体調が悪くて欠席したので、画面上とはいえ顔を合わせるのがじつに久しぶりである。

前日に接続テストをしたのだが、先方の機関の方が、Zoomをほとんど使ったことがないみたいで、それが初々しかった。きっと1年半ほど前の僕も、そんな感じだったのだろう。

そのおかげからか、今日の本番の会議では、じつにうまくいった。オンラインで参加されている委員のみなさんのほうが、Zoomを使い慣れているようだった。

副反応に怯えているのだが、いまこの時点、すなわち1日目の夜になっても、とくに変わった様子はない。

いまもっぱら気になっているのは、前回も書いた、米国在住の日本人ジャーナリストから依頼された、77年前に日本人が書き残した手帳の持ち主のことである。

どうやらその人物の行動履歴が復元できそうだ、ということを書いたが、その過程で、ある一人の同世代の方の名前が浮かび、その方に聞いたら、何らかの手がかりが得られるのではないか、ということに気づいた。

調べてみると、その方は、戦後に新聞記者をしていた方で、手帳の持ち主と同じような体験を77年ほど前にしていたらしい。ただ、経歴から考えるに、その方と手帳の持ち主とは直接の面識はないようだ。だが同じような体験をほぼ同じ時期にしているので、手帳に書かれている符牒のような言葉の数々について、何かしらの解説をしてくれるのではないか、と期待したのである。

しかもその方は、どうやら撲の住む市に住んでおられるようだということまでわかった。

そのことを、その方が勤めておられた新聞社の、知り合いの現役記者の方に伝えると、さっそくOB名簿みたいなものを調べてくれて、住所や電話番号が特定できた。

住所を聞いてみて、Googleマップで計算してみたら、僕の自宅から歩いて20分ほどのところに住んでおられるではないか!

知り合いの現役記者が、登録されている電話番号にさっそく電話をかけてくれたのだが、「現在使われておりません」と返ってきた。

不安な気持ちを抱えながら、これは実際にたずねた方がいいのかな、と思っていると、しばらくして、新聞にその方の訃報の記事が載っていたことを、米国在住の日本人ジャーナリストの方が見つけてくれた。2020年3月20日の新聞だった。享年92歳。ほんの1年半ほど前のことである。

もっと早くに、この手帳の存在を知っていたら、いろいろなことが聞けただろうに、と、残念でならない。痛恨の極み、とはこのことである。これでまた、手がかりが遠のいてしまった。

…と、ここまで読んでもらえればわかるように、この手帳は戦争体験に関する内容を含んでいる。こうして戦争体験が風化されていくのだろうか。聞きたいと思っても、聞く術がだんだん失われていくことを、僕はいまさらながら実感したのである。

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ミッション

8月1日(日)

久しぶりの出張である。新幹線と私鉄を乗り継いで、西に向かう。

ずいぶん前から決まっていたことで、先方の事情もあることなので、こんな状況でも、行かなくてはならない。

今回は1泊だけで、前日の日曜日は移動日なのだが、本務とは別に、ミッションがあった。

このブログでも何回か書いているが、米国在住の日本人ジャーナリストから、78年前に日本人が書き残した手帳が米国にあるので、それを解読してほしいという依頼が来ていた。なぜ日本人が書き残した手帳が米国にあるのかについての説明は省略する。

手帳の持ち主だった人の名前はわからないのだが、手帳に書かれているメモから、その人物の行動履歴を復元できるのではないかと思い、断片的な記述から、あれこれと想像して読んでみた。だがなかなか手がかりはつかめない。

すると、そのジャーナリストの方から、ひょっとしたら手がかりになる可能性のある本が、僕が出張に行く県の図書館にあるかもしれない、という連絡を受けた。そのジャーナリストの方は、すでにその図書館の司書の方と連絡をとっているらしく、司書の方も、それについて関係しそうな本を探し出してくれているという。

ぼくはたまたまその県に出張する機会があり、しかも日曜日が移動日なので、少し早く家を出て、その日は図書館で手帳に関わるかもしれない本について閲覧できるかもしれない、と、ジャーナリストの方に伝えると、さっそくその図書館の司書の方に連絡をとってくれて、

「その日は司書の方も出勤されていて、鬼瓦さんが行けばあらかじめ関係ありそうな本を準備してくれるそうです」

と返事が返ってきた。

こうなるともう、引くに引けない。僕はその県の図書館に行ったことがないので、その興味もあり、体調を気にしながら家を早めに出ることにした。

家を出てから4時間半ほどかかって、午後2時過ぎに、その図書館に到着した。

司書の方にご挨拶すると、すでにカートの中にたくさんの本が準備されていた。

「関係ありそうな本を集めてみました」

本には1冊1冊、その司書の方による付箋が挟み込まれていて、その本が何に関する本なのかが端的に書かれていた。その丁寧な仕事に、司書の方のプロ意識を垣間見た。

あまり時間もないので、1冊1冊めくりながら、関係ありそうな頁を選び、最後にまとめて複写することにした。

そんなこんなで4時間半、ぶっ続けで閲覧をし、最後の方にはもう目がショボショボして頭がはたらかなくなった。

結論から言うと、その手帳の持ち主に関わる直接的な情報は得られなかったのだが、手帳に書かれた断片的な記述から、その人物の立場や行動履歴をあるていど復元できそうである。ホテルに戻り、そのことを簡単にまとめて、米国在住の日本人ジャーナリストに速報的にメールを書いた。

すっかり疲れてしまった。明日の本務に差し支えないようにしないといけない。

 

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