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2021年9月

ワクチンは接種、カフェインは摂取

9月30日(木)

昨晩は、まんじりともしなかった。

いや、正確に言うと、昨晩は夜9時過ぎくらいにいったん眠ったのだが、夜11時半くらいに目が覚めてしまった。サアそこからが眠れない。

どうしようか。無音だと余計な心配事ばかり頭の中を駆けめぐってしまうので、とりあえず、僕がよく立ち寄る、難しい政治談義をしている動画サイトをiPadで流しながら眠りにつくことにしたが、それでもなかなか寝付かれない。

深夜3時を過ぎてもまんじりともしないのだ。焦れば焦るほど、眠れなくなる。そのうち、空が明らんできて、鳥の鳴き声が聞こえてくるんじゃなかろうか、と、それを考えると、いよいよ眠れなくなる。

どうしてこんなに眠れないのか?

さまざまな心配事があって眠れないのか?しかし心配事が多いのは今に始まったことではない。

あれこれ思いめぐらすうちに、ある仮説に行き着いた。今日の昼間は、喫茶店でコーヒーを4杯も飲んだからではないか?

昨日は都内の病院で定期検査を受けたことは前回書いたが、定期検査前の時間調整に喫茶店に入ってアイスコーヒーを飲む。

定期検査が終わった後も、検査が終わった開放感から喫茶店でアイスコーヒーを飲む。

移動中にスマホに転送された職場からのメールを見ると、すぐに返事を書かなければならない案件がある。だが少々込み入った内容だから、スマホを使って返信するのはちょっと難しく、ノートパソコンを使って返信を書いた方がよい、ということで、フリーWi-Fiが利用できる喫茶店を探して、アイスコーヒーを飲みながら、メールへの返信を書く。

…みたいなことをやっていたら、気がついたら1日で4杯のアイスコーヒーを飲んでいたのである。

僕は最近、家や職場でほとんどコーヒーを飲まなくなくなり、言ってみればカフェインに対する耐性がすっかり弱くなってしまったのである。つまりふだん摂取しないカフェインを、久しぶりに摂取したから、夜眠れなくなったのではないだろうか。

そういえば、思いあたるフシがある。

僕は都内の病院で「ひとり合宿」をすると、必ずと言っていいほど眠れなくなるのだ。それは枕が変わったから、とか、緊張しているから、と思っていたが、ひょっとすると、コーヒーのせいかもしれない。

ひとり合宿の前は、時間調整のために近くの喫茶店に入ってアイスコーヒーを飲むのが習慣化している。それが眠れない原因なのではないだろうか。今度のひとり合宿の時には、事前にアイスコーヒーを飲むのをやめてみようか。

それとも、いまから毎日、アイスコーヒーをガンガン飲んで、カフェインに対する耐性をつけておこうか。そうすれば、多少のコーヒーを飲んでも、眠れなくなることはないのではないだろうか。いや、そんなことをすると、むしろもっと眠れなくなってしまうのではないだろうか?

…とここまで書いてきて、このどーでもいい文章が、どこまで科学的根拠にもとづいているのか、わからなくなってきた。こういうことで気に病むこと自体が、眠れない原因である。

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続・もしも病院

もしも病院

9月29日(水)

定期検査で、久しぶりに都内に出る。

予想していたとおり、安定の「ひとり合宿」が決定したのだが、ひとり合宿が決定すると、採血をしなければならない。

この採血が憂鬱である。

この病院で、男性の看護師さんに採血をしてもらうのは、初めてかもしれない。

これはもう完全に僕の偏見なのだが、採血は女性の方が上手、という意識がすり込まれている。男性の看護師さんだと、とたんに不安になる。

だが不安なのは僕よりも、むしろ男性の看護師さんの方だったようだ。不安な手つきで、採血の準備をする。

僕は血管が出にくいので、いままでの人もけっこう苦労していたのだが、今回もご多分に漏れず、血管を探すのにひと苦労な様子である。

ようやく狙いが定まったようで、

「チクッとしますよ」

といって、注射針が血管に入った。

すると、

「あれ?あれ?」

と不安げな声を出している。

おいおい、と思いながら、我慢していると、

「いったん抜きますね。看護師さんを呼びます」

と、針が抜かれた。どこかで聞いたセリフだと思ったら、4月の採血のときと同じである。

彼は臨床検査技師だったのか!

彼はすぐに看護師さんのところに内線電話をかけた。

「すみません。採血に失敗しまして…」

失敗!!??おいおい、本人の前で失敗って言っちゃったよ。

するとほどなくして、ベテランの女性看護師さんが現れた。

「どうしたの?」

「針をさしても血が採れないんです」

すると看護さんは、僕の腕を確認しながら、

「血管が曲がっているから難しいのよね」

と言った。

ほどなくして、採血は終了した。

いつも思うことだが、最初から看護師さんにお願いすればよいのに。前から、僕の血管が出にくいことを再三言っているのだが、できると思っちゃうのだろうな。まあ僕も、できないことをできると思っちゃって失敗することが多いから、他人様のことは言えた義理ではない。

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ボケの萌芽

9月28日(火)

午前、午後とオンラインの会議で、とくに午後は、会議の後に、その会議の結果をふまえた内容を関係者に個別に周知するメールを書いたりしていたので、ホトホト疲れてしまった。

…こんな内容ばかり書いていてもツマラナイので、3歳半になった娘のことについて書く。

気がついたらもうすっかりオムツが必要なくなり、おしっこやうんちをトイレでできるようになった。ただ、たまに一人でトイレに入って用を足しているものの、たいていは、娘が「おしっこ」というと、親がトイレまで連れて行って、便座に座らせて、おしっこをさせる。

そういうときはトイレのドアを全開にして娘と相対して、おしっこをするのを待っているのだが、その間、ずっと娘の顔を見つめていると、娘と目が合い、

「無」

の表情をしているのがたまらなく可笑しい。人間、排泄するときは「無の表情」になるのがよくわかる。

いまは、情緒不安定なんじゃないか、と思えるほど、突然泣き出したり、突然笑い出したりする。以前は「魔の2歳」という言葉をよく聞いたが、冗談じゃない、3歳もまた、「魔の3歳」と呼ぶにふさわしい、手に負えない怪獣である。

夕方、保育園に迎えに行くと、保育園の玄関のところで上履きを脱いで、靴に履き替えなければいけないのだが、ここ数回は、上履きを脱ぐのではなく、ズボンを脱ぎかけて、

「あ、間違えちゃった!」

というギャグをやるようになった。そんなたけし軍団みたいなボケを、いつ、どうやって編み出したのか、あるいは誰かがやっているのをまねしたのか、よくわからない。

ただ、ほかの園児がやっているところは見たことがない。

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迷走

9月25日(土)

午後からは、オンライン会合である。参加者は、ベテランから若手まで30余名。今回は受け身の会合ではなく、自分も30分ばかりコメントを言わなければならない役回りなので、気が抜けない。

コメントを事前に準備していたが、散々な結果に終わった。僕のコメントが、頓珍漢なものになってしまったに違いない、あまりに中身のないどうでもいいことを話してしまったので、画面の向こうでみんなが「チッ!」と舌打ちしていたに違いない。久々に軽く死にたくなった。

…ま、もちろんみんな優しい方々ばかりなので、これは例によって僕の被害妄想と誇大妄想なのだが。

そういうとき、肩肘を張らない演奏を配信している、ある音楽家のYouTubeチャンネルを観て、心を落ち着かせる。

調べてみたら僕と同い年のおじさんらしいのだが、ゆるゆるの感じの心地よい演奏の回があると思えば、一人オンライン飲み会を3時間以上やってとりとめのない話をする回や、これまた誰だかよくわからない人とオンライン打ち上げするなどの回などもあり、さほどおもしろい内容ではないのだが、つい観てしまう。

表現活動という点では、音楽も、人前で自分の考えを喋ることも同じである。

その音楽家が、誰だかよくわからない人とオンライン打ち上げで言っていたのは、「どうしても同業者の目を気にしちゃうよね」ということだった。

「それは業界に認められたいと言うことですか?」と、もう一人が聞くと、

「それもあるけれど、僕の演奏を聴いて、あいつが何を言うだろうか、って、その『あいつ』の顔がいくつも浮かぶんだよね。でもそういうことを気にしないようにしていったら、ずいぶんと気持ちが楽になっていった」

…と、これまたあたりまえのことを言っているに過ぎないのだが、自分の心の中に引っかかりがある人間にとっては、そのあたりまえの言葉も、案外と心に響いたりする。

今日の自分のコメントが、その場にいる人たちに認められようとして、ちょっと前のめりな感じだったことを思い出し、もう少し肩の力を抜いてゆっくりと喋ってもよかったなあと、思い直した。

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ヘンテコ世界からの脱出

9月23日(木)

3歳の娘と、映画館に映画を見に行った。

僕にとって、映画館で映画を見るのはほんとうに久しぶりだし、娘にとっては、もちろん初めての体験である。

観に行った映画というのは、もちろん、

「おかあさんといっしょ ヘンテコ世界からの脱出!」

という、「おかいつ」の映画版最新作、通算3作目の作品である。

1作目、2作目は、テレビ放送時に見たのだが、劇場で観たのは初めてである。しかも一番前の席!

最近は、「ネタバレ」をしてはいけない風潮があるので、どこまで書いてよいかわからないのだが、まず結論としては、

たいへん素晴らしい!

のひと言である。

1作目、2作目とくらべると、格段に進化していて、完成度が高いのである。

1作目は、とりあえず映画版を作ってみました、という感じの作品で、ストーリーもやや平板だった。その難点を少しでも解消しようと、おそらく第1作の問題点を洗い出し、改良をしたのが第2作である。

今回の第3作は、過去の2作の作り方とはまったく違う。前2作が、やや「ぶつ切り感」があったのに対して、今回は、個々のエピソードがすべて有機的に結びついているのだ。ストーリーもたいへん深い。

もともと「おかいつ」の映画版は、映画館の中で、大声を出してスクリーンの中のキャラクターに呼びかけてもよいことになっていたのだが、コロナ禍で、声を出すことが禁じられてしまった。だが、それに代わる双方向のコミュニケーション手段をあれこれと考えられていることに、すっかり感心してしまった。

それと、今回は、4人のおねえさん、おにいさん(歌のおねえさん、歌のおにいさん、体操のおねえさん、体操のおにいさん)が、4人で一緒に行動をするという場面が少なく、4人それぞれに個々のエピソードが用意され、そのどれもが素晴らしい。ひとりずつの出演場面を大幅に増やしたのは、やはり感染防止対策の観点からの配慮なのだろうと思われたが、それが結果的に、よりストーリーに深みをもたらしたのである。

映画全体を貫いているのは、「歌のおねえさん(小野あつこ)」が、自分が歌のおねえさんであることの存在意義に悩み、自己否定に苦しみ続ける中、仲間の支えやたくさんの子どもたちの応援によって自分を取り戻していく、という再生の物語で、これは歌のおねえさんの年度末の「卒業」を暗示しているのか、それとも「存続」を暗示しているのか、なんとも思わせぶりな展開だった。

こうした物語の核となる部分以外にも、その周辺のエピソードにも注目すべきところが多かった。

体操のおねえさんこと「あづきおねえさん」のエピソードは、一見して物語の本筋とは関わらない、地味なエピソードなのだが、僕は、この場面に登場する小池徹平の達者な演技も含めて、個人的にはこのエピソードがいちばんグッときたのだった。詳細な内容は書かないが、「選択肢を勝手に絞ることに騙されないことの大切さ」を気づかせてくれるエピソードである。

総裁候補を勝手に4人に絞り、この中からだと誰がいちばんいいかなあ、と、いつの間にかそう思わされてしまっているいまこそ、観る映画である!「犬と猫と、どっちが好き?」と問われて、「ウサギ!だってほんとうにウサギが好きなんだもん!」という気持ちをストレートに出すことのできる社会こそが、生きやすい社会ではないだろうか。

僕はこの映画を観て、1時間泣きっぱなしだった。3歳の娘にも伝わっているといいんだがなあ。

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ヘビーリスナーとは、やっぱり口が裂けても言えませんでした。

9月23日(木)

僕も少しだけお手伝いした、8月15日に放送された特別番組のディレクターから、SMS(ショートメッセージ)が入った。

「ご無沙汰しております。祝日に失礼します。そういえばお伝えしていなかったことがあったと思い、連絡差し上げました」

ではじまるそのメッセージは、先日の放送の一部、僕が出演している部分が、動画サイトで公開していることを伝える内容だった。

「周りで放送を見たいという方や、放送を見逃した方などには、こちらのURLを送っていただければ、インターネット上で見ることもできますので、ご参考までに送らせていただきます!」

僕はすぐに返信した。

「ありがとうございます。実は放送直後に、地方に住む友人がこの存在に気づき、教えてもらいました。さっそく地方に住む知り合いの人たちのもお知らせしました。このような形で見ることができて、本当にありがたいです」

するとすぐに返事が来た。

「そうでしたか!こちらからお伝えするのがおそくなってしまい、すみません。インターネット上でも特に若い方が映像を見て感想を寄せてくれるなど嬉しい反響が続いております。鬼瓦さんをはじめ、コロナ禍の状況のなか取材に協力してくださった方々のおかげです。改めて感謝申し上げます!」

どこまでも律儀な人だなあ、と思い、僕もあらためて感謝の気持ちを伝えた。

さて、驚いたのはここからである。

「ちなみに『VTRに出ていただいた鬼瓦さんという方がナレーターをつとめたアナウンサー(注:原文では実名)を知っていて、ナレーションに感激されていた』と、そのアナウンサーご本人に伝えたところ、そのアナウンサーも大変喜んでおりました。」

なんと!放送翌日、律儀にもディレクターからお礼の電話がかかってきたときに、僕がうっかり口にした「実はそのアナウンサーのナレーションのファンなんです」という言葉を、ご本人にお伝えしたというのだ!

すげえ恥ずかしい!…というか、どこまで律儀な人なんだ、この人は。

ふつう聞き流すだろう、と思うようなことまでも、律儀に伝えるという人というのは、テレビマンには存在しないだろうと思っていたが、それは僕の思い込みに過ぎなかったのかもしれない。

僕は今回も「ヘビーリスナーですから」とは書けず、「またご縁がありましたらお仕事をご一緒にできればと思います」と、通り一遍の挨拶で締めくくった。

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硝子戸の中

友人から久しぶりに来たメールに、

「漱石が読みたくなり、未読だった『硝子戸の中』を読んでみたら、貴君のブログが思い出されて仕方がなかった。とてもよく似ている」

とあったので、まさか文豪の随筆とこのブログの駄文が似ているはずもないと思い、このたびはじめて『硝子戸の中』を読んでみたら、たしかによく似ていることに、我ながら驚いた。

しかし漱石の方は文学史に残る名作となったのに対して、このブログは読み流されてすぐに消えてなくなる、というのは、どういうわけだろう。

それはともかく。

『硝子戸の中』は、病床にある漱石が、硝子戸に囲まれた書斎で思いつくままに書いた、漱石晩年の随筆である。読んでいくと、漱石と同い年の親友だった正岡子規の『病牀六尺』を思い出させるが、子規を意識して書いたのかどうかはわからない。

いくつも共感するところはあるのだが、印象深い文章の一つをあげると、

私は宅へ帰って机の前に坐って、人間の寿命は実に不思議なものだと考える。多病な私はなぜ生き残っているのだろうかと疑って見る。あの人はどういう訳で私より先に死んだのだろうかと思う。

 私としてこういう黙想に耽るのはむしろ当然だといわなければならない。けれども自分の位地や、身体や、才能や――すべて己おのれというもののおり所を忘れがちな人間の一人として、私は死なないのが当り前だと思いながら暮らしている場合が多い。読経の間ですら、焼香の際ですら、死んだ仏のあとに生き残った、この私という形骸を、ちっとも不思議と心得ずに澄ましている事が常である。

 或人が私に告げて、「他(ひと)の死ぬのは当り前のように見えますが、自分が死ぬという事だけはとても考えられません」と云った事がある。戦争に出た経験のある男に、「そんなに隊のものが続々斃れるのを見ていながら、自分だけは死なないと思っていられますか」と聞いたら、その人は「いられますね。おおかた死ぬまでは死なないと思ってるんでしょう」と答えた。それから大学の理科に関係のある人に、飛行機の話を聴かされた時に、こんな問答をした覚えもある。

「ああして始終落ちたり死んだりしたら、後から乗るものは怖いだろうね。今度はおれの番だという気になりそうなものだが、そうでないかしら」

「ところがそうでないと見えます」

「なぜ」

「なぜって、まるで反対の心理状態に支配されるようになるらしいのです。やッぱりあいつは墜落して死んだが、おれは大丈夫だという気になると見えますね」

 私も恐らくこういう人の気分で、比較的平気にしていられるのだろう。それもそのはずである。死ぬまでは誰しも生きているのだから。」

正岡子規の「平気で生きる」という考え方にも通ずる文章と思われるが、それだけでなく、「戦争へ行っても自分だけは死なない」という心理も語られており、現代にも通じる、死についての普遍性を語っているように思われる。

折しもテレビのニュースでは、コロナ禍にもかかわらず3連休の最終日は高速道路が大渋滞していたと伝えていた。

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2分間の副産物

前回、NHKーFM「細野晴臣作曲講座」を録音したカセットテープを3時間45分かけてMP3に変換したあと、動画サイトにすでにアップロードされていて徒労に終わった、という内容の記事を書いたが、実はまったく徒労に終わったわけではなかった。

この番組は45分番組だったので、片面45分、両面90分のカセットテープに番組を録音していた。つまり片面に1回分の番組をまるまる録音したのである。

当時はタイマー録音の機能などなかったが、どうやら当時の僕は相当に律儀だったらしく、番組が始まる数分前から録音のスタンバイをして、時報とともに録音ボタンを押し、番組のエンディングテーマがフェイドアウトするとすぐに停止ボタンを押していた。

カセットテープは片面45分といっても、きっちり45分で終わるのではなく、2~3分ていどの「のりしろ」があった。

細野さんの番組のエンディングテーマが終わると、当時の僕はすぐに録音の停止ボタンを押したのだが、いま聴き直してみると、さらにそのあとのところに、以前に録音した番組の音源が残っていたことに気づいた。つまり前に録音した番組の上に、「細野晴臣作曲講座」を重ねて録音していたのである。

では、その上書きされてしまった番組とは何だったのだろう、と注意深く聴くと、近石真介さんと平野文さんのトークが聞こえてきた。

なんと、NHK第一放送の「おしゃべり歌謡曲」の音源だったのである!

このブログのヘビーリスナーにはおなじみの、あの「おしゃべり歌謡曲」ですよ!

残っていたのは、わずか2分ほどであった。どうやら誰かのお便りを読んで(そのお便りを読んだ部分は残っていない)、そのお便りを受けて、二人が他愛もないエピソードトークをふくらませる、という、近石さんが得意とする「はがきでこんにちは」的な展開の場面である。

わずか2分間だけであるが、当時の二人の丁々発止のやりとりを垣間見るには十分な時間であった。

さて、この「おしゃべり歌謡曲」の音源は、NHKにもほとんど保存されていないらしい。「NHK番組発掘プロジェクト通信」というサイトによれば、「2020年度、こんなラジオ番組を探しています!」という番組の中に、「おしゃべり歌謡曲」が含まれていた。

ということは、2分間だけでもこの番組の音源が残っていたというのは、かなり貴重なのではないだろうか?

さて、そのサイトにあがっている番組データは、以下の通りである。

「◆おしゃべり歌謡曲(1978~82年 ラジオ第1)

趣向をこらした歌謡曲のディスクジョッキー番組。男女コンビのパーソナリティーが担当。月曜から金曜午後8時台に放送。(年度前半は月・水・金)保存はほとんどありません。

主なDJ:春日三球・照代、ケーシー高峰・山本百合子、千昌夫・Jシェパード、浜村淳・三浦弘子、浜村淳・平野文、タモリ・三浦弘子、近石真介・平野文」

これだけの情報しかないが、これを読むと、「おしゃべり歌謡曲」のパーソナリティーがけっこう頻繁に変わっていたことがわかる。僕が聴いていたのは、「近石真介・平野文」コンビの時だけである。

いや、正確に言うと、「近石真介・平野文」コンビは長らく名コンビとして好評を博していたが、番組の終わりの方は、平野文さんと「みつおかまり」さんという方が交替で近石さんとコンビを組むようになったと記憶している。だがこのデータには、「みつおかまり」さんがパーソナリティをつとめていたという記載がない。

「みつおかまり」で検索をしてみると、「光丘真理」さんという児童文芸作家のお名前があがった。この方は以前に俳優をされていたということなので、おそらく「おしゃべり歌謡曲」のパーソナリティを短期間つとめた「みつおかまり」さんと同一人物とみて間違いないと思う。

…というか、こんなニッチな情報、誰が求めているのか?

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作り置き

9月18日(土)

お彼岸が近いので、娘を連れて、実家の母や妹と一緒に、父のお墓参りをする。

台風の影響で、朝から大雨が降っていたので、当初はお墓参りを延期しようかとも考えたのだが、どうやら降ったりやんだりの天候になったので、雨が上がっている間に、お墓参りを済ませた。そのあとは実家に娘を連れて行く。

だいたい1ヵ月に1,2度ていど、週末に娘を連れて実家に行くことにしている。そこで日がな一日過ごすのである。

最近僕は実家に帰ると、娘の相手をしながら、その傍らで「むかしのカセットテープをパソコンに取り込む」という作業をしている。

こぶぎさんがコメントで書いてくれたように、アナログからデジタルへのダビングには実時間(1時間の番組はダビングも1時間)がかかるので、かなり気長な作業である。

カセットテープで録音したFM東京(現TOKYO FM)の「渡辺貞夫 マイディアライフ」が10本程度残っていたので、そのダビングをすべて終えた。

次に、MALTAのライブ音源が5本程度残っていたので、そのダビングも終えた。

しかしまあ、カセットテープをMP3に変換する作業は、思いのほか忍耐が必要となる。もうこれでやめようかな、と思っていたのだが、1984年の元旦から5日間にわたってNHK-FMで放送された「細野晴臣作曲講座」が第1夜から第5夜まですべて残っていたので(1回の放送時間は45分)、せっかくだからこれもダビングすることにした。

YMOが散開したのが1983年、その翌年の元旦から放送されたこの番組は、YMOロスの人たちにとっては、たぶん必聴の番組だったと思う。

「作曲講座」といっても、第1夜から第4夜までは、細野さんが若い頃にどんな音楽の影響を受け、いままでどんな音楽を手がけてきたか、といういわばヒストリーもので、いってみれば座学である。実際に作曲の実践をするのは第5夜だけである。

ただ、聴いていて興味深かったのは、他人に楽曲を提供するために、あるていどの数、曲を「作り置き」しておいて、依頼が来たときにすぐに対応できるようにしておく、というやり方を取っていた、ということを述べていたことである。

あるいは、ある歌手のために作曲したメロディーのアイデアがボツになった場合、そのメロディーを別の曲として転用することもあるそうなのである。

とくに当時、この番組を聴いていて衝撃的だったのは、第4夜で語られたエピソードである。細野さんが作曲を担当することになった中森明菜の「禁区」について、最初に出したデモテープがボツになり、そのメロディー案が後にYMOの「過激な淑女」となって生まれ変わったというのである。実際番組では、そのときにボツになったデモテープを流していたが、たしかに曲調は「過激な淑女」であった。

なるほど、たとえボツになっても、ほかの曲に転用すれば無駄がない。やはり「作り置き」は大事なのだ。

さて第5夜は、いよいよ作曲の実践編である。

この番組のパーソナリティーをつとめているのが、シンガーソングライターの遠藤京子(現・遠藤響子)さんである。遠藤さんが作詞し、細野さんが作曲をすることになり、その作曲の過程の一部始終を放送するという回だった。

遠藤さんがこの番組のために書いた歌のタイトルは「オー、ミステイク」である。

最終的に細野さんによって完成した「オー、ミステイク」は、じつにポップで耳に残る感じの曲となった。ちなみに同じ歌詞に遠藤さん自身が作曲してピアノで弾き語りするバージョンも流れたが、これはこれで耳心地がよく、同じ歌詞でも曲調によってぜんぜん違う雰囲気になるのだということが実感できた。

さて、この「オー、ミステイク」は、この番組のためだけに作られた、1夜限りの曲となってしまったが、その後も僕の中には細野さんの「オー、ミステイク」のメロディーが頭の中に残り続けた。

この放送から3年近く経ったある日、テレビで松本伊代が「月下美人」という歌を歌っているのを聴いて、僕は驚愕した。メロディーが「オー、ミステイク」そのものだったのである。

いまでこそ、このことは広く知られる事実になったが、当時僕は、中森明菜の「禁区」でボツになったメロディーがYMOの「過激な淑女」として生まれ変わったことを思い出し、

(なるほど、曲を作り置く、というのはこういうことなのか)

と、あらためてその極意を実感したのである。

さて、45分×5回、3時間45分もかかって「細野晴臣作曲講座」のダビングを終えたのだが、あとで調べてみると、誰かが動画サイトに、それもかなりの高音質で、この番組の全5回をアップしていた。

木村大作監督の映画「剣岳、点の記」のラストシーンのような心境である。

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歯車が回転し始める

9月17日(金)

職場に出勤するたびに自暴自棄になってしまうような感覚に襲われるが、それでも、たまには心が震えるような出来事がある。

1年ほど前から定期的に、数人の仲間と、80年前の小学生が書いた日記を読み進めている。それも、近畿以西に住んでいた小学生の日記である。

内容が小学生とは思えないほどとても立派でおもしろいので、読んでいて飽きない。だから1年半も続いているのだ。

ただ、いささか気になることがある。

その日記の書き手の名前や、大まかな経歴はわかるのだが、80年前に小学生だった方なので、いまでもご存命なのかどうかもわからない。

もしご存命だとしたら、ご本人の知らないところで、赤の他人の僕たちがむかしの日記を読んでいるというのは、なんとも後ろめたくて仕方がない。一刻も早くそのことをお知らせしなければと思っていたのだが、お知らせする手立てがわからないまま、1年が過ぎた。

ところが去る7月、ふとしたことでその方の住所がわかった。ただその住所もかなり古いものなので、はたしてご存命だとしても、いまもそこに住んでおられるかはわからない。しかし、手がかりはその住所しかない。僕は、その住所に宛てて、手紙を書くことにした。

めぐりめぐって、あなたが小学生の頃に書かれた日記を読んでいます、ということを手紙では率直に伝えた。その日記が、当時書かれたものとしてはとても素晴らしいものであること、その当時を知らない私たちにとっては、いろいろなことを知ることができる貴重なものであること、などを誠心誠意書いたつもりである。

宛先不明で戻ってくるだろうな…、とダメ元で投函したのだが、1週間経っても2週間経っても、僕が出した手紙は戻ってこなかった。

(戻ってこない、ということは、いまでもその住所に住んでおられる、ということだろうか?)

1か月たっても手紙は戻ってこない。

実は7月の時点で判明した住所とともに、電話番号もわかっていた。思い切って、その電話番号に電話をかけることにした。

「おかけになった電話番号は、現在使われておりません…」

イヤな予感がした。もう打つ手はないのか。こうなったら、あとは直接現地に行くしか手はない。しかし新型コロナウィルス感染拡大の影響で、おいそれと新幹線に乗って訪ねていくわけにもいかない。

諦めかけていたところ、今日、急展開があった。

今日は午前と午後に1つずつオンライン会議がある。僕が主体的に関わらなくてもよい会議なので、気を張る必要はなかったのだが、それでも、毎日会議だの打ち合わせだのと、そればかりで、憂鬱な気分は最高潮に達していた。ああ、消えたい…。

午前のオンライン会議中に1通のメールが届いた。日記を一緒に読んでいる仲間の一人が、たまたまその方面に用事があったので、せっかくだからと、その方の住所をたどって行ったところ、該当するマンションの一室にその方のお名前が書かれた表札があったというのである。メールにはその表札の写真が添えられていた。

「ご本人がいらっしゃる可能性がある!」

とその仲間は伝えてくれた。

サプライズ情報である!僕はその情報だけでも浮き足立ち、会議どころではなかったのだが、さらに驚くべき展開を見せる。

午後のオンライン会議にまた1通のメールが届く。職場内のある部署からで、ある年配の女性から僕宛てに電話があったことを伝えるメールである。電話を受けた同僚は、僕が会議中だと思ったので僕に取り次ぐのをためらったのであろう。その代わりに詳細な電話の内容を教えてくれた。

電話の主は、「その方」の姪御さんだという。その姪御さんの話は、次のようなものであった。

「その方」(つまり電話の主にとっての「伯母さん」)はいま92歳だが、ふるさとの施設に入居している。身寄りがないので、姪である自分とその姉、つまり姪姉妹が定期的に会いに行き(いまはオンライン画面でしか会えないが)、お元気に過ごしている。

伯母が施設に入居したので、もと住んでいたマンションの名義は残しているが、いまは空き家で、姪姉妹がときどき様子を見に行っている。

先日の9月9日に久しぶりにマンションに行ったところ、僕が出した手紙が届いていることを発見した。

僕はその手紙の中に、自分の名刺を入れておいたので、その名刺を見て電話をかけてきた、というわけである。なるほど、それで手紙が戻ってこなかったことや、電話が使われていない理由がわかった。

まずは、ご本人がご健在だったということに安堵した。それにしても、仲間の一人が住所をたどってその方の表札を見つけたその日に、それを裏付けるかのように、身内の方からお電話をいただくというのは、何という偶然だろう。

そうなるともう、いてもたってもいられない。午後の憂鬱なオンライン会議が終わった後、最初に電話を受けてくれた同僚が書きとめてくれた姪御さんの電話番号に、こんどはこちらから電話をかけてみることにした。

最初の2回は空振り、3回目でようやくつながり、直接お話しすることができた。

その姪御さんは、とても明朗な方で、電話の向こうでおしゃべりが止まらない。お電話の様子から、姪御さんは伯母さんのことが大好きで、とても慕っている様子がうかがえた。

伯母はご高齢なので、直接にお返事を出すことができず、代わりに姪御さんの姉の方が、つい昨日、僕に返信のお手紙を投函したそうである。

僕は電話口で感謝の気持ちを伝え、コロナが落ち着いたらお会いして直接お話をうかがいたいです、と申し上げた。

一筋の光明。これで胸のつかえが取れた。今日は会議どころではなかった。歯車が一気に回転した1日となった。

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穏やかな諦観

最近、あまりにも理不尽な仕事が多く、こんなことを続けていていいのかと、日々悩む毎日。

どう身を処したらいいのかが、よくわからない。

ポッドキャストで配信中の「OVER THE SUN」のEpisode50の回で、ジェーンスー氏が、アラフィフの心境を、こんな風に語っていた。

「いいよいいよ、俺はよくやってる、これで十分だ」と、執着を手放すという意味での「穏やかな諦観」が必要だけれども、まかり間違うと、「だったらいいよ、どうせ俺なんか」という緩やかな自暴自棄に向かう危険もある。

では「穏やかな諦観」で納得できるかというと、若いときと同じように、「ネバーギブアップ」の精神で、年齢に関係なく新しいことにチャレンジしたい気持ちも残っている。

この「三角形」の中で、バランスを取るのが難しいという。

たしかにそうである。僕は体調のことを考えると、「ネバーギブアップ」の精神には戻れないし、緩やかな自暴自棄に向かうのも怖すぎる。

「穏やかな諦観」が理想なのだが、現実世界での無茶な仕事への対応に汲汲とする毎日との折り合いをどうつけるか、という戦略をいつも考えては、結局何もできないままに時間がすぎてしまう。

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零下140度の対決

9月12日(日)

NHK-BSプレミアム、朝8時からの「ウルトラセブン 4Kリマスター版」。今日放送された第25話「零下140度の対決」は、いま読んでいる片山夏子『ふくしま原発作業員日誌 イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版、2020年)と、重ね合わせて考えてしまう部分が多い。

ポール星人による地球氷河期化計画。その手始めに、地球防衛軍の基地を凍りつかせる作戦を考える。地下にある動力室を破壊して、基地の全電源を喪失させる。すると基地全体が停電、当然、温度管理もままならなくなり、たちまち基地内は外気温と同じになる。ちなみに外気温は、最終的には零下140度にまで下がる。

急いで作業員は、地下の動力室の復旧を試みるが、これがなかなかうまくいかない。そのうち寒さで凍死したり倒れたりする人たちが続出する。

次々と倒れていく作業員に、見かねた医療班のアラキ隊員(幸田宗丸)が、ヤマオカ長官(藤田進)に進言する。

アラキ隊員「長官。300名の全隊員を基地から退避させてください」

ヤマオカ長官「退避?」

アラキ「そうです。基地内部の気温は零下90度。このままでは全員凍死してしまいます」

ヤマオカ「隊員の命が危険だというのか」

アラキ「はっ…、医者としてとても責任がもてません…。お願いします、すぐ退避命令を…」

ヤマオカ「基地を見捨てることは、地球を見捨てることと同じだ。我々は地球を守る義務がある。退却はできん!」

懸命に復旧作業が続いたが、次々に隊員たちが倒れ、医務室に運ばれていく。

たまりかねたアラキは、再度の意見具申のため、再び長官の下へ向かう。

アラキ「長官!もうガマンができません。長官、隊長。隊員が、どうなってもいいとおっしゃるんですか!全員ここで、討死にしろとおっしゃるんですか!」

キリヤマ隊長「アラキ隊員!君には、長官の気持ちがわからないのか?」

アラキ「わかりません!…わかりたくありません!使命よりも人命です。人間一人の命は地球よりも重いって、隊長はいつも私たち隊員に…」

キリヤマ「……」

ヤマオカ「キリヤマ隊長、アラキ隊員のいうとおりだ。地球防衛軍の隊員も一個の人間。人間の命は何より大切だ。…退却しよう」

退却をはじめようとしたとき、動力室に1人残ったフルハシ隊員の努力で、電源は奇跡的に回復する。

動力源が原子炉なのに、ドラマでは誰一人放射線のことを気にしていないとか、零下140度の寒さの中でコート一枚を羽織っただけで作業しているとか、いろいろとツッコミどころはあるのだが、そんなことはどうでもいい。問題は、そこで作業している人と、それを命じている人の心の葛藤の問題である。

このくだりは、「フクイチ」で必死に(いまも)復旧作業をしている作業員さんが直面している現実と、重なり合うところがある。

復旧作業をあきらめてしまうと、この国がたいへんな事態に陥ってしまう一方で、現場で作業している作業員さんたちは、自らの健康を犠牲にして作業にあたらなければならない、という矛盾。

宇宙人による謀略でなくとも、現実にいま、こうした問題が起きていることに、ぞっとする。そしてこの国のリーダーがそうした問題から目を背けていることにも、さらにぞっとする。

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素性がバレた

9月10日(金)

「保育園で、仮に保護者の集まりがあったときなどは、絶対に下の名前を言わないように」

というのは、子育ての先輩である義妹からのアドバイスだった。

理由は、「フルネームで自己紹介すると、インターネットで検索される恐れがあるから」という。なるほど。だからみんな、「○○ちゃんのパパ」「○○ちゃんのママ」という言い方をしているんだな、とそのときは納得したものである。

さて今日、保育園に娘を迎えに行った妻から聞いた話だが。

娘のクラスの担任の保育士のH先生(男性の保育士さん)が、

「先日、8月15日に放送された特番の一部がYouTubeで配信されていたのでたまたま観てみたら、○○ちゃんのパパ(つまり撲)が出演されていたので、ビックリしました」

と言っていたという。

なんと!あの番組を娘のクラス担任の保育士さんが観ていたとは!

その番組では、僕のフルネームと、勤務先と、肩書きが、バッチリ書かれていたのだ。

もちろん、保育園には個人調書があり、保育士さんは僕のフルネームや勤務先を見ようと思えば見られるのだろうが、具体的にどんなふうに仕事をしているのかということまで、その番組を観るとわかってしまうので、とっても恥ずかしい!

これからは、汚ったない格好でお迎えに行くのは、やめておいたほうがいいかも。

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打合せ栄えて国滅ぶ

今週は、絶望的なほどに無駄な打合せが多かった。

問題をややこしくする打合せ、何のための打合せかよくわからない打合せ、打合せのための打合せ、など、打合せを減らしたらどれだけストレスが解消されるかわからないほどである。

つかみ所のないテーマで打合せをすることで、仕事をした気になっているんだな。きっと。

そういえば、ちょっと前に、厚生労働省の健康局長がNHKの取材に答えていて、その中で、局長の1日のスケジュールというのが公開されていた。それは、次のような驚くべき内容だった。

前日の24:00 退庁 終電で帰宅

翌日5:45 始発で登庁

5:50 国会対応

9:30 国会へ移動

10:00~12:00 厚生労働委員会で答弁

12:15~12:45 医療機関とのWEB会議

12:45~13:30 省内の幹部で打合せ

13:50~14:10 大臣打合せ

14:30~15:00 官邸会議に同席

15:10~16:00 局内に戻る。協議案件や報告案件の対応

16:00 厚労省アドバイザリーボード(途中抜け)

17:00 政党のコロナ本部対策会議に出席

18:00~21:00 厚生科学審議会(コロナ関係検討部会、調査会)

21:00 局内に戻る。協議案件や報告案件の対応

23:00 メールチェック

23:30 退庁

…ご覧の通り、ほとんど打合せばっかりである。こんなスケジュールでは、どんな超人でも思考停止してしまうのではないだろうか。これでは新型コロナウィルス対策について落ち着いて判断することなど、望むべくもない。

しかし本人にとっては、仕事をした気になっているのだろうな。

いまのこの国の社会、とりわけ官公庁では、多かれ少なかれこのようなことが常態化しているのだと思う。「1億総打合せ社会」、「打合せ地獄」、「打合せ栄えて国滅ぶ」。

よし!無駄な打合せを減らすためにはどうしたらいいかについての打合せをしよう。

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群集心理

NHK-Eテレの「100分de名著」の「ル・ボン『群集心理』」が、期待通りおもしろかった。

武田砂鉄氏が、ラジオパーソナリティーとしての伊集院光氏の葛藤をうまく引き出していて、インタビュアーとしての実力を遺憾なく発揮していた。

番組の中で、伊集院氏が「1人はだませても、10人はだませませんよね、というのはなんとなく説得力があるじゃないですか。でも、もしかしたら、1人よりも30人の方がだましやすいんじゃないか」というと、それに対して、武田氏が「分母が増えると誰が決定したのか、なぜこうなったのかが追いにくくなる」と応じている。

このやりとりを聞いて、僕には思い当たることがあった。

よくいろいろな「打合せ」をするのだが(それは多くの場合、僕にとって無駄に思える打合せなのだが)、まあ、僕がまっとうな提案をするかどうかは措いといて、それでも、いろいろ考えて建設的と思われる提案をしても、いつの間にかその提案は打ち消され、しだいに議論は本質とはかけ離れたところに向かってしまう、といった経験を、とくにここ最近、何度もしたことがある。結局最終的な結論は、誰にとっても腑に落ちないものになってしまうのだ。

しかもその結論は、時間をかけて話し合ったという事実の前に、容易に変更できない(後戻りできない)ことになってしまう。

「烏合の衆」とは異なる、こういう現象を、ひと言で言い表すとしたら、なんだろうか。

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地味な回ほど記憶に残る

9月5日(日)

日曜日の朝、たまに早起きをすると、朝8時からNHK-BSプレミアムで放送中の『ウルトラセブン4Kリマスター版』を観ることにしている。

この日、たまたま放送されていたのは、「第24話 北へ還れ!」というエピソードだった。

フルハシ隊員(石井伊吉、現・毒蝮三太夫)が主役の回である。詳しい内容は省くが、ウルトラホーク3号に乗ったフルハシが、民間機との衝突を避けるために、自爆することを覚悟した。自爆スイッチを押し、カウントダウンがはじまったときに、キリヤマ隊長のはからいで、フルハシとその母が、無線を通じて会話をする場面が印象的である。

母は、息子が人生の最後の瞬間になるかもしれない状況に陥っていることを知らずに、パトロールはどうだい?と聞き、それに対してフルハシが、何事もなかったかのように「なに、どうってことないさ」と言って、2人は笑い合う。

僕はこの場面がとても印象に残っていたのだが、それ以外の場面はほとんど覚えていなかった。

いまになって観てみると、カナン星人という宇宙人は出てくるのだが、ウルトラセブンと怪獣が戦う場面はなく、強いて言えば、カプセル怪獣のウィンダムが脳波に異常を起こしてウルトラセブンに刃向かう、という謎の行動が、けっこう長い時間続く。カナン星人の目的もよくわからないまま、最後にはあっけなくやられてしまう。

予算がなかったので怪獣を登場させなかったとはよく聞く話である。脚本は市川森一で、当時若手脚本家だった市川の回は、しわ寄せを食って予算を減らされ、怪獣と戦うような派手な演出ができなかったのだ、と聞いたこともある。

それよりも僕が気になったのは、フルハシ親子の場面があれほど感動的なのに、それ以外の場面がいたって意味不明だということである。

思うに、市川森一が描きたかったのは、フルハシ親子の無線を通じての会話、という1点だったのではないだろうか。しかしそれでは30分のドラマにはなり得ない。そこで、あの手この手を使ってなんとか時間を持たせようとしたために、謎の展開になったのではないだろうか。

無線を通じた会話の最後に、フルハシ親子が「ハハハ」と笑い合う。母親にしてみたら、息子が立派に仕事をしていることへの安堵の笑いであり、息子にしてみたら、母親に心配をかけまいとする空元気の笑い、という、これもまた切ないシーンなのだが、この笑っている時間が不自然に長いのだ。これもまた、「尺をかせぐ」ためなのではないか、と勘ぐってしまう。

しかし、そうした数々の問題を差し置いても、フルハシ親子の無線を通じての会話は、ずっと僕の記憶に残り続けたのである。

もう一つ、僕の中で好きな回は、「盗まれたウルトラ・アイ」。これも脚本は市川森一で、やはり予算の関係でウルトラセブンが怪獣と戦う場面はないのだが、物語は普遍性を持っている。

いま観ると、アフガニスタンに取り残された人たちの想いとも重なってくる。

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コロナと戦争と原発事故

新型コロナウィルスのいまの状況と、戦争と、原発事故は、なんとなく似ているな、という漠然とした印象を以前から持っていたのだが、それがどういうことなのか、うまく自分の中で整理がついていなかった。

片山夏子さんの『ふくしま原発作業員日誌 イチエフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版、2020年)を読んでいたら、こんなことが書いてあった。

「仮に目の前で鼻血を出して倒れた人がいれば怖いけれど、そういったこともない。線量計がピッピッて鳴ると、放射線量は上がっているな、そこを早く通り過ぎなければと思うけれど、だんだん慣れてきてしまう。慣れてはいけないのだけど」。戦争に行っても自分には弾が当たらない、と思ってしまうのと同じ、と話していた」(36頁)

これを読んで、これが正解なんじゃないか、と思った。

戦争に行っても自分には弾が当たらない、と思うのと同様に、市中で新型コロナウィルスの感染が拡大していても、自分だけは感染しない、と思っている人が多いのではないか。感染者数が増えているな、と思うけれど、だんだん慣れてきてしまうのは、放射線量が上がっていることを数値で確認しても、それに慣れてしまうのと同じことなのではないだろうか。

かくいう僕も、その一人である。

 

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寝落ち

9月3日(金)

オリンピック期間中だけでなく、パラリンピック期間中も、首都高速の通行料は片道1000円上乗せされる。つまり往復で2000円が上乗せされることになる。ただし1000円上乗せの時間帯は、午前6時~午後10時の間である。

この期間はなるべく在宅勤務ですませたいところなのだが、今週は木曜、金曜とどうしても出勤しなければならない。1000円上乗せの時間帯を避けるためには、午前6時より前に首都高速に入って、午後10時以降に首都高速に入るようにすればよいのだが、それでは僕自身の身体がもたない。せめてどちらか一方だけでもと思い、朝は午前6時より前に首都高速に滑り込むことにした。

それを2日間続け、しかも往復5時間近くを運転するのだから、さすがに身体がしんどい。

しかも金曜日は、午後の短い会議を終えたあと、家にとって返して、午後6時までに保育園のお迎えをしなければならない。この日の夕方は、妻が200名近くが参加するオンラインイベントをとり仕切ることになっているので、僕が迎えに行くことになっていたのだ。

しかも、妻は8時近くまで、自宅を使って重要なオンラインイベントをすることになっているので、保育園に迎えに行っても、直接自宅に戻ることはできない(狭い部屋なので)。幸いなことに、同じマンションに義妹と姪が住んでいるので、娘を連れて、自宅に戻らずに、義妹の部屋に避難することになっていた。

義妹と姪は、8時半まで帰ってこないので、この間は娘と二人で、義妹の部屋で過ごすことになる。

その間に、おしっこに行かせて、お風呂に入れて、ご飯を食べさせて、咳止めの薬をだましだまし飲ませて、という帰宅後の一連の行為をおこなうのだが、他人様の家なので、なかなかいつものようにはいかない。好きなように使ってかまわない、と言われたけれど、お風呂ではどのシャンプーを使ったらよいのか、とか、どこに食器があるのか、とか、冷蔵庫の中身はどんなものがあるか、など、一つ一つ確かめなからでないと先に進めないのが、地味なストレスである。

その間にも、娘からは、「どうしておうちに帰れないの?」とか「ママはどうしたの?」と言った質問を矢継ぎ早に浴びせてくる。

とにかく僕は、娘が駄々をこねないようにしなければならない。ま、ふつうに子育てをしている家庭ではあたりまえのことばかりなのだが、僕が歳をとってからの娘であることと、僕自身の体調の問題もあり、ちょっとしたことでもしんどくなってしまうのだ。

それでもようやく午後8時前までにすべてのミッションを終わらせたところ、妻がオンラインイベントを終えて、義妹の部屋にやってきた。妻は妻で、大がかりなイベントを終えたことで、かなり疲弊していた。妻もまた、義妹の部屋の風呂に入り、作り置いていた夕食をかっ込み、さあ帰ろう、というタイミングで、義妹と姪が帰ってきた。夜9時前にようやく自宅の戻ることができた。

ところで僕の金曜日の夜の楽しみは、TBSラジオの夜10時から2時間の生放送「アシタノカレッジ 金曜日」を聴き、さらに番組終了後にYouTubeで配信される武田砂鉄氏と澤田大樹記者のアフタートークを最後まで見ることで、これによって、自分がこの1週間無事に過ごせたことを確認しているのだが、この日ばかりは、さすがに疲れてしまって、布団に入りながら聴こうとしたら、9時48分までは記憶があるのだが、その後、うっかり寝落ちしてしまったらしく、ラジオをまるまるリアタイできなかったのである。

ハッと目が覚めたら深夜2時過ぎだった。そこから2時間半、リアルタイムで聴けなかったラジオをYouTubeで聴いたのであった。

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続・セレブの会

セレブの会

僕は、とあるセレブの会に入会している。といっても、年会費は払ったことがなく、定期的に会報が送られてくるだけで、その会報も、ほとんど読んだことはない。

今日、会報の最新号が送られてきて、パラパラと見ていたら、コラムみたいなところに、こんな文章が載っていた。正確に言えば、会報ではなく、会報に挟まっていたペラ1枚の「かわら版」と称するものである。ま、封を開いたらまっ先にゴミ箱に捨てられる運命にある広告である。

前回と同様、そこにコラムが載っていた。おそらく読み捨てられる運命にあるコラムである。捨てる前に読んでおこう。

「9月の声を聴き日差しも幾分和らいだとは言え、まだまだ暑い日が続いております。

長引く自粛による社会や心身の疲弊や、豪雨による自然災害に心を痛める一方で、東京オリンピックでのアスリートの方々のひたむきな努力による活躍は私たちの記憶に刻まれ感動と勇気を与えていただきました。日々のネガティブな報道の中で、不安な気持ちになっている国民への熱いエールになったと思います。スポーツが持つ力によって、日本中に笑顔の花が咲きました。そして、五輪運営を陰で支えていただいた医療従事者の皆様や、警察・消防他関係各位の皆様に敬意を表すとともに感謝申し上げます。

○○○○は行政からの要請に沿い変則的な営業となりご迷惑をおかけいたしますが、引き続き感染症対策に万全を期し、味覚の秋をご満喫いただけますよう準備を進めております。

従業員一同、皆様のご利用を心よりお待ち申し上げます。」

以上、ほぼ全文引用。

すごくない?

「新型コロナウィルス」とか「コロナ」って言葉が、まったく使われていないんだぜ。かろうじて「感染症」という言葉のみ。

とくに2段落目だけを読むと、「長引く自粛による社会や心身の疲弊」とか、「日々のネガティブな報道」という言い方をしていて、コロナがなかったことになっている。それでいて、「豪雨による自然災害」の方は具体的に書いている。

そもそも、コロナに関するニュースを、「ネガティブな報道」と片づけてしまっていいのか?事実だろう!

前回のこのコラムでも、新型コロナウィルスについての言及はまったくなかったのだ。これはもう、コロナという言葉を使うなと言うお達しが出ているに違いない。セレブの世界では、新型コロナウィルスがなかったことになっているのだ。

最近の報道によれば、東京でコロナに感染した患者が自宅に放置されている数は、2万人を超えているという。全国では10万人に届く勢いだという。

日本中に笑顔の花は、咲いているのだろうか?

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