迷走
9月25日(土)
午後からは、オンライン会合である。参加者は、ベテランから若手まで30余名。今回は受け身の会合ではなく、自分も30分ばかりコメントを言わなければならない役回りなので、気が抜けない。
コメントを事前に準備していたが、散々な結果に終わった。僕のコメントが、頓珍漢なものになってしまったに違いない、あまりに中身のないどうでもいいことを話してしまったので、画面の向こうでみんなが「チッ!」と舌打ちしていたに違いない。久々に軽く死にたくなった。
…ま、もちろんみんな優しい方々ばかりなので、これは例によって僕の被害妄想と誇大妄想なのだが。
そういうとき、肩肘を張らない演奏を配信している、ある音楽家のYouTubeチャンネルを観て、心を落ち着かせる。
調べてみたら僕と同い年のおじさんらしいのだが、ゆるゆるの感じの心地よい演奏の回があると思えば、一人オンライン飲み会を3時間以上やってとりとめのない話をする回や、これまた誰だかよくわからない人とオンライン打ち上げするなどの回などもあり、さほどおもしろい内容ではないのだが、つい観てしまう。
表現活動という点では、音楽も、人前で自分の考えを喋ることも同じである。
その音楽家が、誰だかよくわからない人とオンライン打ち上げで言っていたのは、「どうしても同業者の目を気にしちゃうよね」ということだった。
「それは業界に認められたいと言うことですか?」と、もう一人が聞くと、
「それもあるけれど、僕の演奏を聴いて、あいつが何を言うだろうか、って、その『あいつ』の顔がいくつも浮かぶんだよね。でもそういうことを気にしないようにしていったら、ずいぶんと気持ちが楽になっていった」
…と、これまたあたりまえのことを言っているに過ぎないのだが、自分の心の中に引っかかりがある人間にとっては、そのあたりまえの言葉も、案外と心に響いたりする。
今日の自分のコメントが、その場にいる人たちに認められようとして、ちょっと前のめりな感じだったことを思い出し、もう少し肩の力を抜いてゆっくりと喋ってもよかったなあと、思い直した。
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