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『大奥』からの『川島芳子自伝』

10月12日(火)

ひとり合宿2日目。

2日目は、午前中に「不動時間」がある。それが20分で終わる場合もあれば、2時間近くかかることもあるのだが、今回は、どうやら30分以内で終わるらしい。

毎回、「不動時間」には、せめてもの慰みで、お気に入りのCDをかけていいことになっている。だいたい、渡辺貞夫さんのCDを選ぶことが通例なのだが、今回は少し趣向を変えて、寺尾紗穂さんのCD『Thousands Birdies`LegsⅡ』を選んだ。寺尾さんは、以前にある本の中で文章をご一緒したことがあり、さらにそのご縁で、エッセイ集『流星の孤独』にサインをもらったことがある。面識はないのだが、その文章や音楽のファンなのである。

今回の「不動時間」は、CDを全部聴き終える前に、思いのほか早く終わってしまった。

部屋に戻り、やや落ち着いたところで、気分転換の読書を再開する。『大奥』1巻~6巻は読み終わってしまったので、それ以外に持ってきた本の中から、文庫になったばかりの川島芳子『動乱の陰に 川島芳子自伝』(中公文庫、2021年)を読むことにした。文庫版の解説が寺尾紗穂さんなので、つまりは寺尾さんつながりで持ってきたわけである。

それだけではなく、「男装の麗人」と称された川島芳子という人物は、前日に読んだ漫画『大奥』ともどことなくリンクする感じがする。内容はまったく関係ないのだが。

この時代のことは、映画『ラストエンペラー』とか、愛新覚羅溥儀の自伝『わが半生』にふれたくらいで、じつに乏しい知識しかないのだが、10代の頃に『ラストエンペラー』を観て衝撃を受けた僕は、清朝末期から満州国建国に至る過程というのは、言葉が適切ではないかもしれないが、なんとなく祝祭感を抱かせる時代なのである。それも、頽廃的な祝祭感。

この本には、『ラストエンペラー』や『わが半生』などでもなじみのある名前が登場しているので、異なる視点からこの時代を知ることのできる貴重な本である。

自伝、というので、川島芳子自身が書いたものかと思ったら、伊賀上茂という人物が祐筆として書いたという。昭和15年(1940)刊行とは思えないほどわかりやすく臨場感あふれる文体なのは、伊賀上茂の筆力によるものなのだろう。自伝というより、まるで一編の小説を読んでいるような筆致である。

巻末の年表によると、昭和8年(1933)に村松梢風による『男装の麗人』が刊行されている。寺尾さんの解説によれば、こちらの方はかなりフィクション性が強く、それにくらべれば本書は大分抑えられているということなのだろう。

さらに巻末の年表を見てみると、昭和4年(1929)、川島芳子22歳の時に、すでに『講談社倶楽部』という雑誌で「男装の王女」という文章が掲載されていた、という。ほかに、昭和9年(1934)には『男装の麗人』という舞台が上演されているというから、同時代の人たちにとって、川島芳子がいかにセンセーショナルな女性であったかがわかるというものである。好むと好まざるとに関わらず、「東洋のジャンヌ・ダルク」と称されるのも宜なるかな、である。

読んでいて驚くのは、ここに登場する人たちが、いくつもの言語を操っていることである。川島芳子はもともと清国の王女だが、中国語のみならず、日本語、英語を駆使してコミュニケーションをとる。他の登場人物もそうである。もちろん、エリートだからなのだろうが、それにしても、いまの時代よりもある意味、グローバルである。

もう一つ、さまざまな名前を持っている。川島芳子の本名は、愛新覚羅顕し(王+子)、字は東珍、漢名は金璧輝、俳名は和子、ほかに、芳麿、良輔と名乗っていた時期もあるという(Wikipediaより)。もちろんいまでも、芸名とかペンネームとか雅号とかを持っている人もいるが、それ以上に、その人物が生きてきた歴史を名前が負っている。いまはどうだろう。結婚しても別姓を選択する自由すらないのである。

もちろんこれらは、その時代の制約によるもので、生き残るための術だったのかもしれない。だから一概に同列に論じることはできないにしても、いまの硬直化した時代もまた、生きにくい時代であることには変わりないのである。

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