人生の予告編
水道橋博士は、人との縁をたぐり寄せる達人である。
水道橋博士の『藝人春秋Diary』(スモール出版、2021年)を読むと、人生のあらゆるところで起こっている出来事が、まるで一つにつながっているような錯覚を受ける。一見関わりのない人との出会いも、旅先で見たふとした偶然も、すべてあらかじめ仕組まれていたのではないかという気になってしまう。
「50歳を過ぎてから、人生の前半生は物語の「伏線」。読書で例えれば「付箋」だらけだと気づいた。その回収に向かい、物語のページをめくるのが後半生だ。」(504頁)
これは僕も常日頃から感じていることである。若い頃に、一瞬出会った人とか、かつて一緒に仕事をしたことがある人と、人生の後半生になって、再会してまた一緒に仕事をする、という経験を、ここ最近何度もしてきたのである。ま、考えてみれば、長く生きていれば、必然的にそうなるのであろうけれども。
「倉敷人・前野朋哉とMEGUMI」というエピソードが好きだ。
母親の四十九日のために実家のある倉敷に帰る、その折にたまたま岡山制作のローカル番組を見た。『レシピ 私を作ったごはん』という番組である。その中で、同郷の俳優、前野朋哉とMEGUMIが、青春時代に通いつめた映画館として「千秋座」の名をあげたのをふと耳にして、たちまち10代の頃の思い出がよみがえる。
千秋座は、岡山県倉敷市に古くからあった劇場で、明治14年(1881)年に芝居小屋として開座した。そこで若き小野正芳少年は、人生初のアルバイトをすることになる。最年少だった少年は、古参の従業員たちに可愛がられ、映写室でフィルムの掛け替え作業を教わることもあった。「それは、まるで映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のような毎日だった」と述懐する。なんとノスタルジーにあふれた文章だろう。
しかし10代の頃に見た映画は、実は本編ではなく「人生の予告編」だった。その後、自分が味わうことになるさまざまな苦楽こそが、人生の本編だったのだ。
このエピソードは、こうまとめられている。
「母親の四十九日に同郷の前野朋哉から千秋座の思い出を聞くという偶然は、55年前に倉敷でボクを作った母の「レシピ」が「一日千秋」の想いで引き寄せ、この『藝人春秋』に書かせるという必然だった」
偶然と必然の狭間で、人は生きている。いや、偶然は、必然なのかもしれない。
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