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テレビで会えない芸人

2月17日(木)

病院での診察が終わり、車で職場に向かうと、ちょうど文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」の時間で、聴きながら運転していた。

今日の「大竹メインディッシュ」のゲストは、芸人の松元ヒロである。いま、「テレビで会えない芸人」というドキュメンタリー映画が話題になっている。

松元ヒロは、以前「ザ・ニュースペーパー」というコントグループに属していて、テレビでよく見ていた。たしか、フジテレビで日曜のお昼にやっていた「上岡龍太郎にはだまされないぞ!」(1990~1996年)という番組の中で、ザ・ニュースペーパーがコントをやるコーナーがあり、そこで松元ヒロとレギュラーの大竹まことは顔を合わせていたんじゃないかな。

…と思ったら、「お笑いスター誕生」時代からの芸人仲間だったことを、ラジオを聴いてはじめて知った。

ラジオのトークの中では、松元ヒロと立川談志、永六輔との交流について語られていた。

松元ヒロがむかしある劇場で一人でスタンダップコメディをやっていたら、客席で見ていた立川談志が終演後に感激のあまり壇上に上がり、松元ヒロを激賞した、というエピソードで、松元ヒロは談志がそのときに語った言葉を、おそらく一言一句忠実に再現して語ってみせた。その語りじたいがじつに見事だった。

永六輔の最晩年、病気のためにもはや直接会うことがかなわなくなった松元ヒロに対してひと言、「9条をよろしく」という言葉を残した。

それで思い出したのだが。

前の職場にいたときだから、いまから15年くらい前のことだったと思う。

ちょうど「9条の会」が盛り上がりを見せていた時期で、うちの職場でも、その支部みたいなものが作られ、僕も参加していた。

そのときの支部長が、T先生といって、学部長もつとめられた方である。T先生は厳格な法学者で、いつも背広姿で、紙を七三に分けた、まことに品格のある先生だった。物腰は柔らかいが、ときに毅然とした態度をおとりになる方で、言うべきことは言う、という、学部長としても尊敬すべき先生だった。

うちの職場で「9条の会」を盛り上げるために、何かイベントをした方がよいのではないか、という話し合いをしたことがあった。そのとき僕も、その話し合いの末席に連なっていた。

いろいろと案が出されたが、リーダーのT先生は、

「松元ヒロを呼んだらいいんじゃないか」

と提案した。「松元ヒロがいい、松元ヒロがいいよ」

僕は意外だった。厳格なT先生が、松元ヒロのことを知っている。知っているばかりか、その芸風を認めて、ぜひうちの職場に呼んだらどうか、と提案したのである。

いま思うと、松元ヒロが、はたしてどれだけ大学生に知名度があるのか、そしてどれだけ若い人の心をつかむかどうかは、わからないのだが、それでも、あの確信に満ちたT先生の発言は、いまでも時折思い出すのである。

結局、その夢は叶わなかったが、いまになってみると、T先生は、じつに先見の明のある方だったのだと、しみじみと感じるのである。

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