絶対に笑ってはいけない国際会議
2月23日(水)
いよいよ、僕が主催のオンライン国際会議。
最初はこぢんまりした会合を想定していたのだが、話が大きくなり、会議の冒頭に、両機関の社長の挨拶を入れることになった。そうなると、下手なことはできない。
本務やほかの仕事が忙しく、直前まで準備に関われなかったが、カウンターパートの友人のおかげで、オンライン環境の設定やら、原稿の集約と翻訳、進行の段取りなどを取り仕切ってくれた。おかげでなんとか形になった。
僕の役割は、両社長の挨拶のあとの趣旨説明と、最後の総合討論の司会である。
難しかったのは、最後の総合討論である。オンライン形式で、しかも通訳をはさむとなると、どうしても対話がまどろっこしくなり、核心に至らない結果になるのだ。僕はそんなことを何度も経験してきたので、自分が司会のときはそうならないようにしようと心がけたが、やはり難しかった。
そんな緊張を強いられ、いよいよ総合討論も大詰めを迎えようとしたそのとき、玄関の開く音がした。
僕はこのとき、自宅のリビングでオンライン会合に参加していたのだが、予定よりも早く、3歳11か月になろうとする娘と妻が帰ってきたのである。
狭いマンションなので、ちょうど僕が座っているテーブルの真っ正面の方向に玄関が見える。
玄関を開いたとたん、まだ国際会議が続いていることに気づいた娘は、右手の人差し指を口に当てて、「しーっ!」のポーズをしながら、抜き足差し足で廊下を歩いてこちらに近づいてきた。
この時点で、もう可笑しい!まるでコントの一場面のようである。
しかし僕はこのとき、登壇者のやりとりを仕切るために、発言しなければならない。僕は慌てて目を伏せて、娘と絶対に目を合わせないようにするのだが、可笑しさがつのるばかり。笑いをこらえながら、何事もなかったように進行を続ける。もちろん、僕は司会なので、常にビデオをオンにしておかなければならない。
すると今度は、娘が僕の横に来て、パソコンの画面をのぞき込み、「トントントン」と、僕の肩を叩いた。
ダメだ!これで横を向いたら、絶対笑ってしまう!
何とか歯を食いしばり、娘のアクションを無視して、会議に集中しようとするが、集中しようとすればするほど可笑しくなる。だが、絶対に横を向いてはいけない。娘はいないものとして会議を続けなければならない。
すると今度は、ピンク色の風船が、僕の視界の端っこにチラリチラリと見えた。外出していたときに娘がもらったもののようだ。
見ないように見ないようにと思いながらも、ピンク色の風船は、ゆらゆらと揺れながら、僕の視界の端っこに入ってくる。
しかもその風船には、どうやらマジックで描いたような顔の絵があるみたいだ。
どんな顔だなんだ!!!と気になったが、確認したが最後、僕はおそらく突然脈絡もなく吹き出してしまうことだろう。僕はガマンガマンと自分に言い聞かせ、とにかく笑いをこらえた。
微動だにしない僕に気づいた娘は、もう一度僕の横に来て、「トントントン」と肩を叩いた。
やめろー!!!これ以上やると僕が撃沈して会議が台無しになってしまう!しかしそんなことは娘に伝えられるはずもなく、僕がひたすら耐えるしかなかった。
…おいおい、そんなことをしていたおかげで、討論の中身がまったく入ってこないじゃないか!!!
そこはそれ、僕もいちおうプロなので、なんとか総合討論を終え、引き続き閉会の挨拶となった。
この閉会の挨拶もくせものである。総合討論に入る少し前に、Zoomのチャット欄で、「閉会の挨拶をお願いします」と急に依頼され、何も考えていなかった僕は、「勧進帳」形式で挨拶をする羽目になった。
相手もあることなので、閉会の挨拶は間違いのないようにしなければならない。僕は娘の攻撃に怯えつつ、ひと言ひと言言葉を選びながら、誠にスリリングな「閉会の挨拶」を終えたのだった。
「本日はまことにありがとうございました!」
ようやく終わった、とホッとしていたら、相手方のスタッフの声が聞こえた。
「まだ退室しないで下さい!これから記念撮影をします。オンラインで参加の方はビデオをオンにして下さい!」
するとその声に反応したのか、娘がつかつかつかっ、と私の横に来た。
「一緒に写りたいの?」
「うん」
僕は娘を抱きかかえ、画面に登場させた。記念撮影が終わると、みんなは三々五々、画面から退室した。
そのとき、思い出したのである。
娘はそのときのことを覚えていて、また記念写真に写るために、そのタイミングを待っていたのだ。
僕の肩を何度もトントン叩いていたのは、早く記念写真にまぜて、というメッセージだったのだ。
それに気づいたとき、ようやく、今日1日の緊張の糸がほぐれたのであった。
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