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気分は黒澤明

3月3日(木)

昨日は都内で、1年後に控えたイベントの打合せを5時間かけて行い、今日はその打合せにもとづいてプロットを整理してみようとしたのだが、あまりにやることが多く、すっかり途方に暮れた。

本来ならばもっと早くから準備すべきだったのだが、この2年間は職場の仕事に忙殺され、おまけに新型コロナウィルスの感染拡大の影響でロケハンもできず、先延ばしにしていたのである。いよいよお尻に火がついたのだった。

イベントをするためには、プロットを練って、脚本を書いて、キャスティングをして、出演者のスケジュールをおさえて、セットを作り、演出をし、編集をする、という、まるで映画を製作するのと同じ過程をふまなければならない。

僕が思い出したのは、黒澤明監督である。

黒澤明監督は、映画の脚本を書くとき、複数の脚本家を集めて旅館にこもって、一斉に脚本を書く。誰が、どこの場面を書くというような役割分担ではなく、同じ場面をヨーイドン!で書き始めるのである。それをいっせいのせ!で持ち寄って、細部を煮詰めていく。

この複数脚本家体制は、なかなかよいアイデアである。そもそも僕は、ひとりでは何もできないので、それぞれのエキスパートに、プロットを考えてもらい、それを持ち寄って脚本を作り上げていくという手法でしか、イベントを仕上げることは到底無理なので、そうするしか方法がない。

黒澤明監督のもうひとつの真骨頂は、「編集」である。演出にもとづく俳優の演技や、それを撮影したフィルムは、あくまでも素材であり、「編集」こそが映画の生命である、と、黒澤明監督は信じて疑わなかった。映画を生かすも殺すも、編集の仕方如何なのである。だから黒澤監督は、編集作業に徹底的にこだわり、全部自分でそれを行ったのである。

米国資本の映画「トラ!トラ!トラ!」で監督降板の憂き目に遭ったのは、米国の映画界では監督に編集権がないことが、黒澤監督を憤慨させたからだと、読んだことがある。映画監督が自分で編集までしていたのはヒッチコック監督ぐらいじゃないかな(いいかげんな知識)。

黒澤明監督から編集権を奪うことは、映画を奪うことに等しいのだ。

「映画は編集こそが命」という黒澤監督の信念に倣えば、イベントに際しては編集に力を入れることが、僕が最もやらなければならないことだ、ということが、なんとなくわかってきた。

プロットや脚本を共同作業で行い、キャスティングやスケジューリングは予算の都合上、なるようにしかならない、ということになれば、あとは編集でなんとかするしかない。それが僕の役目である。

つまりこのイベントを作り上げることは、黒澤明になったつもりで映画を作ることと同じだと考えれば(大きく出たねぇ)、映画製作に憧れていた僕にとって、いくらか士気が上がろうというものである。…こんなこと書いても、ナンダカワカンナイね。

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