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こむら返りの代償

3月25日(金)

今日も無事にTBSラジオ「アシタノカレッジ 金曜日」のアフタートークにまでたどり着きました。たんに面倒な案件を先送りしているだけなのだけれど。

今日の日中は、久しぶりに都内に出た。自分の仕事と関わるイベントがもうすぐ会期末になるので、滑り込みで観に行ったのである。

都内も都内、ド都内である。めったに行く場所ではないので、地下鉄の駅を降りて、方角もわからず歩きながら、何とか目的の場所にたどり着いた。もう、都内を歩くのが完全に億劫になっていることが自分でもよくわかる。ふだん、車で通勤しているのでなおさらである。

せっかく都内に出たので、もう1カ所、自分の仕事に関係する場所に立ち寄ろうと思い、まったく違う場所まで電車で移動し、そこからまた歩いた。こちらの方は、僕が若い頃によく歩いた町である。

そのあと、その近くの古本屋街を少し歩いた。都内の古本屋街を日がな一日歩き回っていた若い頃が懐かしい。あの頃はまったく苦にならなかったが、いまではインターネットで検索すれば、どの古本屋に在庫があるかすぐにわかるし、それを注文して取り寄せることができる。そのせいもあって、いまは一軒一軒、古本屋の中に入って本を探すという作業など、すっかり億劫になってしまい、まったくやらなくなってしまった。と言うか、そもそも行かなくなった。

なので、いまはせいぜい店の外にあるワゴンに並んでいる本を眺める程度である。

ある小さな古本屋の前にあったワゴンに、ちょっとおもしろそうな文庫本があったので、中を開けてみると、その本を翻訳した訳者のサインと、その著者が献呈した先の人の名前が書いてあった。訳者は、僕でも知っている有名な作家であり評論家であり翻訳家。献呈された人の名前は、苗字は読みとれるのだが、名前のほうは達筆すぎて読みとれない。

そして献呈した人の名前「○○○○○様」と「Sep25‘90」(1990年9月25日)という日付とともに、

「緑の野こそ我が共通のフィールド」

というメッセージが書き添えてある。「緑」には「みどり」とルビがふってある。

このメッセージは、どういう意味だろう?

この人個人に当てたメッセージなのか、それとも訳者の座右の銘なのか?

「我が共通の」とあるので、訳者とその(献呈先の)人との共通の、という意味にもとれる。

だが僕の経験では、本の著者にサインを求めると、座右の銘を書き添える人もいる。

そもそもこのメッセージは、本の内容とはあまり関係なさそうだし、訳者のこれまでの仕事のイメージからは想像のつきにくい言葉でもある。

さらに興味深いことに、この本を献呈された人は、どうやらこの本をまったく開いたことがないようなのだ。年月がたって文庫本の表紙自体はくすんでいるが、中身は新品同然で、読んだ形跡が見られないのである。

ますます不思議である。このふたりはどういう関係なのだろう?

値札を見ると「200円」とあるので、おもしろそうな本ではあるし、まあ200円だったら話のネタに買ってみるかと、店内に入って、奥のレジのところに座っているおばあさんのところに行った。

そこには絵に描いたようなおばあちゃんが座っていて、下を向いて、何やら古い占いの本を夢中で読んでいる。僕がレジの前に来たことに気づいていないほど夢中である。おいおい、セキュリティーは大丈夫なのか?

「あ、いらっしゃい」

ようやく僕の存在に気づいたので、その本を差し出すと、値札をみるなり、

「100円です」

と言った。

「え?いいんですか?」

「ええ、外にあるワゴンの本はすべて半額ですから」

おいおい、そんなことで生活していけるのか?とちょっと心配だったが、僕は100円だけ払ってその店を出た。

僕は100円で、その本の訳者がある人に向けて書いたメッセージの謎と、それを献呈された人がまったくその本を開かなかった謎を、買ったのである。これでしばらく妄想が楽しめる。献呈された人のフルネームが読めれば、もう少し何かわかるかも知れないのだが。

で、夕方に自宅に戻ったのだが、夜になると、やたらと足がつる。いわゆるこむら返りというヤツである。

久しぶりに歩いたから、足の筋肉がびっくりしたのだと思うが、そもそもたいして歩いていないのに、どんだけ運動不足なんだよ?!

自分の病気やコロナ禍のせいにして、運動をしてこなかった自分を後悔した。徐々にでも歩いたりして体力をつけないと、大規模イベントまでのこの1年は乗り切れないぞ。

しかし、どうやってもこのこむら返りが治らない。

仕方ないので、湿布を貼ることにした。以前に、腰を痛めたときに、医者が処方してくれるような湿布を貼ったところ、一晩で治ったことを思い出したのである。

しかし、医者が処方してくれるような湿布というのは、わが家にあと数枚しかない。こむら返りていどのことで使うわけにはいかない。もっとひどい腰痛になったりしたときのことを考えて、とっておかなければならないのである。

で、市販されている湿布があったので、それを貼ることにした。

するとあら不思議、たちまちこむら返りは治ったのである。

むかしは古本屋街をいくら歩いてもこんなことはなかったのに、今は古本屋で100円の本を1冊買っただけでこむら返りになるのだから、もうだめかもわからんね。

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