浜の朝日の嘘つきどもと
大地震のあった3月16日、僕は、最大震度6強を観測した、震源地に近い町のホテルにいた。
地震が起こる数時間前。
ホテルのフロントでチェクインの手続きをしていると、フロントの後ろの壁に、何人かの芸能人のサイン色紙が並んでいることに気づいた。
僕はそういうのは見逃さないほうなので、誰のサインだろうと、色紙を一枚一枚、目で追った。
甲本雅裕、大和田伸也、六平直政、…それに、あと何枚かの色紙。
僕が、甲本雅裕と大和田伸也のサインを強烈に覚えているのは、この二人が、朝の連続テレビ小説「カムカムエブリバディ」で親子役をしていたから。
まさか、朝の連ドラのイベントがあったわけじゃないよね。だいいち、あのドラマの舞台は岡山、大阪、京都なので、まったく関係ない。
六平直政さんのサインを覚えているのは、高校の大先輩だからである。
あと、何枚かあったのだが、誰のサインがあったのか、いまとなっては覚えていない。
もうひとつ気づいたのは、どのサインも、同じ日付が書いてあるということだった。
ということは、それぞれの俳優がバラバラに来たわけではなく、同じ日に来たのだな。
僕は、そのことが無性に気になった。その日に、俳優がいっぺんに来て、何があったのだろう?
チェックインの手続きが終わったあと、どうしても気になったので、聞いてみた。
「あのう、…つかぬことをおうかがいしますが、後ろのサイン…」
そういうと、ホテルのフロント係の人が、後ろを振り返った。
「みんな同じ日付ですよね。その日に何かイベントでもあったのですか?」
「ああ、これですね」
といって、僕から向かって左側にある柱を指さした。
「あれです」
柱を見ると、ポスターが貼ってあった。映画のポスターである。
「この町で、映画のロケが行われたんですよ。そのときに泊まっていただいて、サインをもらったんです」
タイトルを見ると、『浜の朝日の嘘つきどもと』とある。
ポスターには、「ASAHIZA」と看板のある古びた建物の前で、高畑充希と、柳家喬太郎師匠と、大久保佳代子の3人が写っている。
「朝日座は、この町にある実際の映画館です」
「そうなんですか」
この町の古びた映画館を舞台にした映画らしい。大林宣彦監督がいうところの「古里映画」である。
そういえば思い出した。文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」に、大久保佳代子が出演したときに、この映画のことを宣伝していた記憶がある。そうか、この町の映画だったのか。
僕の質問に触発されたのか、フロント係の人は、この映画についてひとしきり紹介してくれた。
「なるほど、それはぜひ見なければなりませんね」
「ぜひ見てください」
僕は、この町が11年前の震災とそれにともなう原発事故の被害に遭う前から、仕事で深く関わっている。もう20年以上にもなる。震災後もこうして、引き続き仕事をさせてもらっている。
袖すり合うも多生の縁、これは僕が見なければいけない映画なのだ。
…と直感し、見ることにした。
どの俳優もすばらしいが、とりわけ出色なのは、大久保佳代子である。主人公の高畑充希を、映画の世界に引きずり込んだ高校教師の役。大久保佳代子がいなければ、この映画はもたなかったかもしれない。
高校のとき、ああいう雰囲気の先生、いたな。そう、現代文の先生が、あんな雰囲気の先生だった、と思わせる演技だった。
物語の序盤の方で、大久保佳代子扮する高校教師が、高畑充希扮する生徒に、映画のフィルムの話をするのだが、それが、こんな内容である。
「映画の投影装置は、映像を素早く取り替えてスクリーンに映し出すために、フィルムと映写レンズとの間にシャッターがあって、1秒間に24回、スクリーンを闇にしている。時間にして「4/9秒」。つまり一秒の半分近くが闇。私たちは、映画館で半分暗闇を見ているのよ」
これはまさに、大林宣彦監督が『4/9の言葉』という本で述べていることそのものではないか。もちろん、映画人にとっては常識に属することなのだろうけれど、それを言語化したという意味では、両者を関係づけないわけにはいかない。
そう考えてみると、この映画は、古きよき映画館を愛した大林宣彦監督への、アンサー映画ではないか、という気がしてきた。
震災後の大林監督の映画には、この町の名前が2度ほど登場する。ひとつは、『この空の花 長岡花火物語』(2012)である。この映画の中では、原発事故のためにこの町から長岡に引っ越してきた高校生が登場する。
もうひとつは、『野のなななのか』(2014年)。たしかセリフの中でこの町の名前が登場していた。
大林監督は、いつかこの町を舞台に、映画を撮りたかったのではないだろうか。しかも、「映画館愛」にあふれた映画を、である。
それに応えたのが、この映画ではなかったのか、と、僕は勝手に想像している。
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