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右と左に泣き別れ

3月1日(火)

毎月第1火曜日の午前は、僕が司会の会議である。今月でようやくその役目が終わる。いろいろあったが、ひとまず2年のお勤めを終えた。あとは3月末まで、いくつかの会議を乗り越えるだけである。これまでの経験では、「一寸先は闇」である。3月末日ギリギリまで、油断はできない。

午後は、諸方面にメールを書いたり、プロジェクトの打合せをしたり、さまざまな案件に対応したりと、あっという間に1日が過ぎた。

というわけで、書くことが特にないので、先週土曜日のラジオのことを書くことにする。

先週土曜日午後1時からの文化放送「ロンドンブーツ1号2号田村淳のNewsCLUB」をradikoのタイムフリーで聴いた。TBSラジオの澤田大樹記者が出演するという情報を得たからである。

僕は以前から、ラジオパーソナリティーとしての田村淳に、アレルギーを感じていた。

ずっとむかし、「田村淳のオールナイトニッポン」を聴いたとき、リスナーから送られてきたはがきやメールなどの読み方が、ひどく下手だなあという印象を抱き、それ以来、その印象が拭えず、ずっと尾を引いていた。

僕は、よいラジオパーソナリティーの条件は「はがき読み」の上手さだ、という考えを持っていて、「はがき読み」が下手なパーソナリティーは、ラジオに対する愛着のない人間だ、という、いまから思えば変な偏見を持っていた。

その身勝手な基準からすると、「はがき読み」の下手な(と僕が思っている)ロンブーの田村淳は、ラジオを片手間にやっているお笑い芸人なのではないかと、自分の中で勝手に結論づけていたのである。

そんな印象から、僕は田村淳のラジオ番組を聴こうともしなくなっていた。

今回、澤田大樹記者が出演するという理由で、久しぶりに田村淳のラジオ番組を聴いたところ、その印象は払拭された。じつに聴きやすく、時事問題についてもひるむことなく自分の言葉で語っている。

田村淳の聞き方が良いのか、澤田大樹記者もいつも以上によどみなく、饒舌である。

ところで、なぜTBSラジオの澤田大樹記者が文化放送の田村淳の番組に出たのか?「アシタノカレッジ金曜日」のアフタートークで武田砂鉄氏が言っていたことだが、武田砂鉄氏が隔週の火曜日に出演している「大竹まこと ゴールデンラジオ」と「田村淳のNEWSClub」のプロデューサーが同じで、武田砂鉄氏が澤田大樹記者の番組出演を推薦したというのである。

考えてみれば、東京五輪の組織委員会の森会長の発言に疑問を呈して聖火ランナーを辞退した田村淳と、森会長の女性蔑視発言を追求し、結果的に辞任に追い込んだ澤田大樹記者とは、森喜朗という人物を介して共通点を持っていたのだ。

番組はかなりいい雰囲気で終わったのだが、僕はそのとき、「大竹まことの後継者は、田村淳ではないか」と、勝手なことを想像したのだった。

さて、その「田村淳NewsCLUB」の真裏の時間帯に、TBSラジオでは「週末ノオト」という番組をやっていて、パーソナリティーのバービーが新型コロナウイルスの陽性になったため、代打で武田砂鉄氏がパーソナリティーをつとめていた。つまり、「アシタノカレッジ金曜日」のコンビが、「右と左に泣き別れ」となったわけである。

こちらのほうも、radikoのタイムフリーで聴いてみたが、こちらは、すでに番組の進行や段取りが決まっており、その段取り通りに武田砂鉄氏が番組を進行していたため、いつものような伸びやかさがなかった。ゲストも武田氏の人選によるものではなく、あらかじめ決まっていたキャスティングだったようで、今ひとつ武田氏が乗れていなかったように感じた。

武田砂鉄氏と澤田大樹記者との裏番組対決は、澤田記者に軍配が上がった。もちろんこれは、僕の身勝手な意見。いや、真の勝者は、田村淳かもしれない。

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