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にじいろ広場

5月29日(日)

土日は、仕事のことをあまり考えたくないので、仕事に関することは何もしていない。

日曜は、4歳2か月の娘を実家に連れて行くことにした。

実家に行く途中に、「にじいろ広場」という公園がある。ここ最近、娘はその公園がお気に入りで、今日も行きたいという。自分自身もそこそこ運動になるし、娘も喜ぶので、一石二鳥と思い、「にじいろ公園」に行くことにした。

にじいろ広場は、敷地が広く、さまざまな遊具がある。そのせいか、いつもたくさんの親子連れが集まっている。今日は日差しも強く、30度を越える真夏日を記録していたにもかかわらず、多くの親子連れが集まって遊んでいた。

「マシュマロくん」という遊具がある。小さい山状の形のもので、トランポリンみたいに飛び跳ねて遊ぶものなのだが、トランポリンほど高くは飛べず、誰かが飛び跳ねると、その振動で小山全体が揺れて、その揺れを楽しむものらしい。

娘が一心不乱にジャンプしていると、1歳くらいの、やっと歩けるようになったくらいの「赤ちゃん」が娘に近づいてきて、娘に触れてきた。

どうもそのとき、娘に雷が落ちたらしい。つまり、ビビッときたのである。

サアそれからというもの、娘は、その赤ちゃんのことが気になって気になって仕方がない。その赤ちゃんの、若い両親が、赤ちゃんを抱きかかえてほかの遊具に移動すると、娘も、その赤ちゃんのあとをついていき、なんとかその赤ちゃんの視界に入ろうとする。

ほかの子どもはどうなのかわからないが、うちの娘は、公園で気に入った子、それがたとえ知らない子であっても、を見つけると、ロックオンして、その子の周りを離れなくなるのである。今回も、そのパターンだろうな、というのが容易に想像できた。

「どうしてあの子についていこうとするの?」

「だってあの赤ちゃん、○○ちゃん(娘のこと)のことが好きなんだもん」

「え?どういうこと、○○ちゃんがあの赤ちゃんのこと好きなの?」

「ちがう。赤ちゃんが、○○ちゃんのこと好きなの」

どうやら、「マシュマロくん」で遊んでいたとき、赤ちゃんに触られたことで、その赤ちゃんが自分のことを好きなのだと思ったらしい。娘にしてみたら、その気持ちに応えたい、と思ったのだろう。しかし、おそらく1歳の赤ちゃんは、そんなことは微塵も考えていなかっただろう。すべては娘の妄想である。

そんなことを考えているうちにも、その若い両親が赤ちゃんを抱きかかえてほかの遊具に連れて行くたびに、娘はその赤ちゃんの行方を追いかける。

やがてブランコのところにやってきた。

ブランコ、といっても、ふつうのブランコではない。「皿型ブランコ」といって、座る部分が大きなお皿状になっていて、その上には、寝そべったり、あるいは何人かで一緒に乗ったりすることもできる。かなりの人気遊具なので、いつも、順番待ちの行列ができる。

くだんの若い両親と1歳児の赤ちゃんは、その皿型ブランコの列に並んだ。それをめざとく見つけた娘は、急いで皿型ブランコの列に駆け寄り、その赤ちゃんの後ろにピタッと並んだ。

「ねえねえパパ」

「なに?」

「○○ちゃん、赤ちゃんと一緒にブランコに乗りた~い」

「乗りたいの?」

まあたしかに、二人で乗ったとしても十分なスペースのある皿型ブランコなので、理屈では一緒に乗ることは可能である。

しかし、まったく知らない赤の他人同士なのだ。しかも、先方は、うちの娘がその赤ちゃんをずっとロックオンしていたなんぞ、知るよしもない。

「じゃあ、○○ちゃんが、自分でお願いしてみたら?」

「なんて?」

「一緒に乗っていいですか?って」

「…恥ずかしい」

「でも言わなきゃ、わからないよ」

しばらく考えたあげく、娘は、

「あ~あ、誰か一緒にブランコに乗ってくれないかなあ~」

と、目の前に並んでいる若い両親と赤ちゃんに聞こえるような大きな声で言った。

「『誰か』じゃわからないでしょ!そんなボンヤリしたことを言っても相手に気づかれないよ!」

「だって恥ずかしいんだもん…。じゃあ、パパが言ってよ」

「どうしてパパが言わなきゃならないの?」

泣きそうな顔をしたので、仕方なく、前の若い両親に声をかけた。

「あのう…」

後ろのおじさん(つまり僕)に不意に声をかけられて、若い両親が一瞬、警戒した顔をした。

「この子がどうしても、一緒にブランコに乗りたいと言ってきかないのですが、一緒に乗ってもらってもいいでしょうか」

若い両親は戸惑った様子だった。

「う~ん。どうでしょう…。一緒に乗って、そちらのお子さんが万が一ケガをしたりすると心配ですからねえ」

おっしゃるとおりだった。実際にブランコを揺らすのは、若い両親のほうなので、何かあったときの責任は、その若い両親の過失ということになってしまう。

諦めようと思ったが、娘があまりに一緒に乗りたいという顔をしていたので、その若い両親も娘の心を汲み、一緒にブランコに乗せてもらうことにした。

娘も、自分のせいで何かあっちゃいけない、ということがわかっていたようで、皿型ブランコに乗って揺らされている間中、その1歳の赤ちゃんがブランコから落ちないようにと、うつ伏せで乗っている赤ちゃんの背中にずっと手を当てて、自分も迷惑をかけないようにと、ブランコの上で身動き一つとらずにじっとしていた。

1歳の赤ちゃんも喜んでいる様子だったし、娘の思いも遂げられて、結果的にはよかった。これで、娘の気も済んだであろう。

「○○ちゃん、これでいいでしょう?じゃあ、赤ちゃんにバイバイして」

「うん」

その赤ちゃんにバイバイして、ようやく気持ちの踏ん切りがついたようだったが、しかしそうは簡単に諦めがつかない様子で、その後も、その赤ちゃんが次はどの遊具に行くのだろうと、その行方をずっと目で追っていた。

情の深い人間に育つのだろうか。

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