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ひな壇芸人の憂鬱

いつぞや、スジの悪い企画の本への依頼が来て、困ったというを書いた。

スジが悪い企画だ、と思ったのは、内容もさることながら、依頼が直接出版社から来たからである。

そんなの、あたりまえじゃないか、と思われるかもしれないが、本来であれば、その企画を立ち上げた編者という人がいて、ま、通常は「○○○○編」みたいに、本の表紙に名前が出る人のことなのだけれど、その編者が、執筆者一人ひとりに企画の趣旨を説明したうえで執筆の依頼をして、内諾をとったあとに、あらためて出版社から正式な承諾の手続きを行う、という流れなのである。

いま僕は、来年のイベントのために、いろいろなところに直接電話なりメールなりで協力をお願いして、内諾をいただいた上で、担当事務から正式な文書を出す、という段取りを進めている。必要に応じては、直接おうかがいして交渉する場合もある。それがけっこうたいへんなのだが、でもそれが、この業界の常識となっており、僕自身も、それくらいやるのは当然だと思っている。

しかしこの本の企画の場合は、編者から一切の連絡もなく、出版社からいきなり依頼状が来ているのである。これは、編者がまじめに考えていない証拠である。最低限、執筆者には編者から事前に一言入れるべきなのだ。

で、つい最近、出版社から「目次が確定しました」とメールが来たのだが、見てみると、執筆者はざっと30人はいる。いろいろなところに目配りをした結果、執筆陣が30人になりました、という感じの目次である。で、なんとなくのイメージでキャスティングしていることが、僕の目から見ても明らかであった。なにしろ僕自身が、なんとなくのイメージでキャスティングされていることが明らかだからである。各人の執筆テーマも、「置きに行っている」感じのテーマばかりで、まったく魅力的ではない。

この本をぜひ作りたい、という編者の思いがまったく伝わってこない本に、魂が吹き込まれるはずはない、と思う。

…と、我ながらひどい愚痴を言っているが、事実なのだから仕方がない。

ここまで書いてくると、ではおまえはなぜそんなひどい企画に乗ったのか?断ればよかったではないか、と言われるだろう。たしかに断ればよかったと、反省している。

だが最近思うのは、優先順位が高くて、絶対に失敗のできない仕事ばかり抱えてしまうと、逃げ場がなくなる。逃げ場がなくなって精神的に追い詰められたら、優先順位の低い、こういうひどい企画の仕事をすれば、失敗してもいいや、と、息抜きになるのである。

これもまたなんともひどい理屈だ。今回も最悪の愚痴だな。反省。

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