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ある授業の思い出

7月21日(木)

「宅急便で本が届いているよ」と、実家から連絡があった。

「誰から?」

「高校の第○○期卒業生の××という人から」

第○○期、というのは、僕の代よりもはるかに上である。それに名前にも心当たりがない。

「開けてみて」

開けてもらうと、ある新興宗教団体の発行している本だった。

新興宗教団体、といっても、いま世間を賑わしている、あの団体ではなく、ま、それとちょっと近いのだが、政界に参入しようとしている、有名な団体である。

同窓会名簿をたよりに、おそらく片っ端から本を送っているのだろう。まったく、迷惑きわまりないのだが、いままでそんな本が送られてきたことはなかった。

これは邪推だが、ここ最近、政治と宗教の関係が取り沙汰されていて、そこに危機感を抱いた別の新興宗教団体が、私たちはあやしいものじゃございません、これを読んでいただければおわかりになるはず、と、片っ端から本を送る運動を行っているのではないだろうか?だとしたら逆効果だと思うのだが。

新興宗教団体、ということで思い出した。

大学1年生の時、宗教史の授業を受講した。その先生は、その分野ではたいへん有名な先生である。

授業の内容に、僕は面食らった。

ある一つの新興宗教団体を対象にし、その信者のもとにインタビューに行くことが、受講生一人ひとりに課されたのである。それも、学生ひとりにつき、5~6組の信者の家に行くのがノルマとして課された。

その新興宗教団体は、ほとんど聞いたこともない名前の団体であった。

当然、受講生のひとりである僕にも信者へのインタビューが割り当てられたのだが、住んでいる場所を考慮して割り当てられたものの、隣県に住む信者にもインタビューに行った記憶がある。交通費は自腹だったと思う。

一人ひとり、僕が電話でアポを取り、日程を調整して、個人のお宅にお邪魔したのである。いまだったら考えられない授業だよね。

インタビューの質問事項は、なぜその新興宗教に入信したのか、とか、入信して自分のどういうところが変わったか、とか、そういった内容だったと思う。

当然ながら、あらかじめその先生から新興宗教団体には話を付けてくれていたので、インタビューにはみなさん快く応じてくれた。

ご夫婦でインタビューに答えてくれる人もいれば、おひとりで答えてくれる人もいた。誰ひとりとして悪印象の人はいなかったと記憶している。むしろ僕の先入観とは違い、みんなごくふつうの人のように思えた。

目の前でインタビューしている僕を、その宗教に勧誘しようとした人は、誰ひとりいなかった。

それらをレポートにまとめて提出することで、単位をもらうことができた。

授業期間の最後の方で、先生の引率のもと、その新興宗教団体の集会に参加させられた。

都内23区のはずれのほうに、その新興宗教団体の施設があり、行ってみると、畳敷きのだだっ広い大広間みたいなところに、集まった信者がすし詰めの如く座っていた。

(信者の数がこんなにいたのか…)小さい団体ながら、老若男女さまざまな人がいることに僕は驚いた。

その集会で何をやるかというと、この宗教に入信してよかったこと、ためになったことを、何人かの信者がスピーチをする、というものだった。

教祖はすでに亡くなられたそうで、教祖の思い出話をする人もいた。狂信的、という印象はまったくなく、それぞれの人がじつに穏やかにスピーチをしていた。

僕が一番記憶に残っているのは、ある若い女性のスピーチである。この宗教に入信して、自分が変わったことについて述べていた。

公共施設とか他人の家とかのトイレをお借りしたとき、いままでの私は、用を足してトイレのスリッパを脱ぐとき、脱いでそのままにしていたのだが、いまは、あとに入ってくる人がスリッパを履きやすいように、スリッパの向きをトイレのほうに揃えてからトイレを出るようになった、と、そんな内容だった。

それを聞いていた僕は、それ、宗教とあんまり関係ないじゃん、と思ったのだが、逆にその宗教団体の本質は、そこにあったのではないか、とも思えたのである。

インタビューに答えてくれた方々が、どなたも快く迎えてくれたのも、おそらくそういうことなのだろう。

僕はその宗教に入信しようとは決して思わなかった。要は心の持ちようなのだ。心の持ちようによって行動が変わる、ということがわかれば、僕にとって宗教は必要ない、と確信したのである。一方で、その心の持ちようについて迷っている過程において、宗教が必要な人もいるのだろう、と。

いまはコンプライアンス的に、こんな授業はとてもできないとは思うが、僕にとっては貴重な体験だった。

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