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ラジオ業界の知られざる一大勢力

8月11日(木)のTBSラジオ「荻上チキ Session」と、翌12日のTBSラジオ「アシタノカレッジ金曜日」は、神回の名にふさわしいものだった。

以前、ライターの武田砂鉄氏が評論家の荻上チキ氏にインタビューしたときに、チキ氏は高校時代に放送部に所属していて、そのときに「聴くだけで洗脳されるテープ」というものを作成した、と語っていた。おそらくいまでも、母校に残っているかも知れない、というひと言が、砂鉄氏を動かした。

砂鉄氏はチキ氏の母校に、チキ氏が放送部時代に作った「聴くだけで洗脳されるテープ」を探してほしいと呼びかけたのである。

それを聴いていた、TBSラジオのヘビーリスナーである同校の教諭が、校内を大捜索して、高校の視聴覚室から、荻上チキ氏が脚本、演出、出演、編集をしたラジオドラマのテープを発見した。それは、NHKのコンクールにエントリーしたときのテープだった。残念ながら、「聴くだけで洗脳されるテープ」は発見されなかったが、「夢限」と題するそのラジオドラマのテープが、TBSラジオに持ち込まれたのである。

「アシタノカレッジ金曜日」の中で、そのラジオドラマがノーカットで放送されたが、聴いてみて驚いた。音響やタイミングなど、作り込み方が尋常ではない。脚本も、星新一のショートショートの世界観をモチーフにしながら、チキ氏のいまにつながる社会批評的な視点も盛り込んでいる。放送機材について使いこなせていなければ、なかなかここまでの作り込みはできないのではないか。荻上チキ氏の、ラジオでのマルチタスクぶりの片鱗がうかがえる、貴重な音源だった。評論家でありながら、ラジオ界においても頭角をあらわしたのは、高校時代の放送部の経験が大きいのだと、あらためて認識したのだった。

三谷幸喜監督の映画『ラジオの時間』に、「ラジオドラマには無限の可能性がある」というセリフがある。三谷幸喜氏が、どのていど意識して、このセリフを書いたのかはわからないが、これはラジオの本質を言い当てたセリフであると思う。「夢限」というラジオドラマは、まさに無限の可能性を感じさせるものだった(夢限だけに)。ちなみにこのラジオドラマは予選で敗退したという。落選理由は当たり障りのないものだったらしいが、僕が推測するに、あまりにも社会批評的で、高校生らしくないと審査員が判断したからではないか、とも思う。

さて今回の特集で判明したことは、ラジオに携わる人たちの中には、高校の部活としての放送部、あるいは、学校の放送委員会を経験した人が、けっこうな数いるということだった。

武田砂鉄氏も高校時代に放送委員会だったというし、南部広美さんも小学校の時に放送委員会だった。そればかりか、TBSラジオで交通情報を伝えるキャスターも、そしてはぴねすくらぶで商品を紹介する人も、放送委員会に所属していたというではないか。

いちばんの驚きは、「大竹まこと ゴールデンラジオ」火曜日レギュラーの、コラムニスト・深澤真紀さんは、荻上チキ氏と同じ高校の、放送部の先輩だったという。こうなるともう、ラジオで重宝される文筆家の多くが、放送部や放送委員会を経験しているのではないかという仮説を立てたくなる。

いままで明らかにされてこなかったが、ラジオ放送業界に入り込む放送部・放送委員経験者の一大勢力の存在が、この番組によって白日の下にさらされた。それはまるで、反社会的勢力のカルト教団が、一大勢力として与党の政治団体に入り込んでいることを知ったのと同じくらいの驚きである。

つくづく、僕も高校時代に放送部に入っていればなあと、後悔する。でも当時の僕は、(いまもそうだが)自分の声が大嫌いだったので、放送部に入りたいという選択肢はまったくなかった。放送部に入っていたら、その後の人生は変わっただろうか?いや、たいして変わっていないだろうな。

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