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ヨカナーンの首

8月9日(火)

今日から夏休みをとった。しばらく涼しいところに滞在するために車で移動したが、滞在先も暑くて閉口する。

1週間、仕事のことは考えないと誓い、仕事と関係のない本を大量に持ち込んで、読みたいものを読むことにしたが、たぶんそんなには読めないだろう。

書くことがないので、禁じ手の、他のSNSでの話を書く。

高校時代の部活の2年後輩のジロー君が、夜空に浮かぶ雲の写真をSNSにアップしていた。そこには、「餃子に見えなくもない雲」と、本人のコメントがついていた。

なるほど、言われれば餃子に見えなくもないが、他のものにも見えそうな気がする。

僕はそれを見て思い出した。

横溝正史の小説『真珠郎』の冒頭である。

物語の主人公、大学講師の椎名耕助は、いささか神経が疲労していたときに、ふと空を見上げた。すると、空に浮かぶ雲が、まるで人間の首に見えたのである。しかも、西日をうけて真っ赤に染まった雲は、まるで血のしたたり落ちる「ヨカナーンの首」のように見えて、急に恐ろしくなったというのである。

そこに通りかかったのが、同僚の乙骨(おつこつ)三四郎だった。椎名は、乙骨に雲の話をするのだが、乙骨にはそうは見えないという。実はこの乙骨との出会いがきっかけで、椎名はまがまがしい事件に巻き込まれていくことになる。

僕は「雲が餃子に見える」というジロー君のコメントから、この『真珠郎』の冒頭を思い出したのである。

そこで僕は、SNSの彼の記事にコメントを書いた。

「横溝正史の小説『真珠郎』では、神経衰弱の主人公が、空の雲を見て、血のしたたる『ヨカナーンの首』を連想したことから、まがまがしい事件に巻き込まれることになる。餃子を連想したということは、餃子にまつわる事件に巻き込まれるぞ」

じつにくだらないコメントである。

そしたら、さっそく僕のコメントに対してジロー君から返信が来た。

「先輩!早速事件が!昨日妻が行った中華料理屋店で餃子関係メニューがすべて売り切れだったそうです」

くだらない。くだらなすぎる。しかしちゃんと対話になっている。僕は思わず笑ってしまった。

『真珠郎』の読書体験が、こんなくだらないやりとりに使われてしまってよいのだろうか。

こういうのを「知識のムダ遣い」というのだろう。

しかし僕は、「知識のムダ遣い」が嫌いではない。役に立たない知識ほど、尊いものはないと考えるからである。

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