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末は素浪人

8月11日(木)

最近は、たとえば人生の大先輩にあたる人にメールを出す場合には、ちょっと躊躇してしまうことがある。

まあ、あまり縁起でもない話なのだが、このところ、感染症が爆発的に流行し、しかも猛暑日が続いているなかで、体調を崩していたりするのではないか、いや、ひょっとすると、あまり考えたくはないが万が一ということも…と、不安がよぎるのである。

昨年から今年にかけて、「眼福の先生」が突然に亡くなったことや、コラムニストの小田嶋隆さんが亡くなったことが、影響しているのかも知れない。

ご高齢の方ばかりではない。直接は面識がなくたんに僕が一方的に知っているだけなのだが、知り合いの知り合いにあたる紀行家の方が、つい先日、僕より10歳ほど若くして、重い病にかかって亡くなってしまったことを知り、とても驚いた。数か月前までは、元気な姿をオンライン配信のトークイベントで見せており、たしか亡くなる1カ月半ほど前には海外旅行もしていたと聞いている。

まったく、人生は、一寸先が闇である。

僕には尊敬する恩師がひとりいて、それは高校時代、3年間担任だった「Keiさん」である。高校を卒業してからずっと、年賀状のやりとりだけでかろうじてつながっていたのだが、数年前から、ふとしたことをきっかけに、メールのやりとりをするようになり、コロナ前には、2度ほど実際にお目にかかって、いろいろとお話しをした。

ここ1年ほどは、メールを差し上げてなかったのだが、先日、メールで先生にお伝えしたいことができて、メールをお送りした。

Keiさんは、生まれた年は僕の父と一緒だから、今年81歳になるのではないかと思う。1年ぶりにメールを出すにあたり、少し躊躇したのは、冒頭に書いたような心配事が、僕の頭をよぎったからである。

しかしその心配はまったくの杞憂に終わった。ほどなくして送られてきたKeiさんの返信は、元気に満ちあふれたものだった。

「きょうは朝から、沖縄戦と牛島満のことをにわかに勉強して、牛島中将のお孫さんの話を聞きながら考えるという刺激的な一日でした。昼近くにメールをいただいていることに気がついたけれど返信が遅くなったのはそういう事情からでした。

牛島満のお孫さんは、昭和28年生まれ、僕よりもちょうど一回り若い。40歳過ぎてから思い立って初めて沖縄に行き、祖父の足跡をたどる研究を始めたそうです。たいへんな勉強家です」

僕はこのメールをいただいて感動した。81歳になるKeiさんは、いまも自分の知りたいことを知ろうと、勉強を続けている。「たいへんな勉強家」なのは、Keiさんも同じなのだ。

思い出すのは、20年くらい前だったか、高校時代の同級生の結婚式の披露宴で、Keiさんとお会いしたときに、

「鬼瓦君、呉清源って、知ってる?」

「いえ…、知りません」

「有名な天才棋士でねえ。この人の人生がとてもおもしろいんだ。それでいま、彼が生きた時代の歴史を勉強している」

そう言って、いま読んでいる文庫本を見せていただいたことがあった。

Keiさんはまた、友人が多く、恐ろしいまでの人脈がある。勉強する過程で、いろいろな人に会い、直接話を聞き、人間関係をどんどんと広げていくのだろう。僕は何度も、Keiさんの人脈の広さと不思議な縁に驚かされた。

ただKeiさんは、勉強したことを、たとえば本にしたりとか、形に残したり、ということを、ほとんどしない。ご自身の中ではしているのかも知れないが、それをとくにひけらかすようなことは決してしないのである。ただただ、学ぶことを楽しんでいるようだ。

僕が早くいまの仕事を辞めて引退したいのは、たぶん、Keiさんのこうした生き方にあこがれているからだと思う。

僕もいつか、名刺に「素浪人」という肩書きを書きたい。

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