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秘境探検を追体験する

8月21日(日)

今日からしばらく、ほんとうの意味での「ひとり合宿」である。いや、「セルフ監禁」というべきか?

昨日の午前中、受付開始と同時に電話で申し込もうとしたが、いまはたいへん需要があるようで、何度かけても通じない。

100回以上電話して、ようやくつながった。

「あのう…セルフ監禁を申請したいのですが…」

「そうですか、では、こちらからいくつか質問させていただきます」

かくかくしかじか、と、説明をした後、

「それでは後ほど、別の担当からあらためてお電話をしますので、それまでお待ちください」

「はあ」

いまの電話は、たんなる窓口だったらしい。

しばらくして、別の担当の人から電話が来た。

「ただいま、たいへん混み合っておりまして、ご希望に添えるかどうかわかりませんが、ご了承いただけますか?」

「はい」

「それではこれから、いくつか質問いたしますのでお答えください」

どうやら「セルフ監禁」には審査があるようだ。

現在の症状はもちろん、過去の病歴についても事細かに聞かれた。僕はありのままに話すと、先方は驚いた様子だった。

「…あのぅ…ご自身でお歩きになれるのでしょうか…」

「大丈夫ですよ。ふだんは職場に通って仕事しているのですから」

どうやら、僕が言葉だけで説明すると、かなり深刻な病に聞こえるらしい。

「わ、わかりました…。それではいったん電話を切って、またご連絡いたします」

しばらくして、また同じ人から電話が来た。

「あのう、先ほどの、過去の病歴の件ですけれども…」

「なんでしょう?」

「今回の『セルフ監禁』について、念のため、主治医の先生に許可をいただいてくださいますでしょうか」

「主治医?」

「ええ、お二人いらっしゃるでしょう?」

「はあ」

「そのお二人の主治医の先生に、許可をもらっていただきたいのです」

おいおい、そこまでする必要があるのか?

しかしそこで反論するのも無駄なので、「わかりました」と答えた。

「午後2時にまた電話をしますので、それまでに許可をもらってください」

「はあ」

いまは午前11時。あと3時間しかない。しかも主治医に許可をもらうといっても、この日は土曜日なので、どちらの病院の主治医も、当然、お休みである。

ダメ元で、1つめの病院に電話をかけてみた。

当然、主治医の先生はおらず、受付の若い女性が電話に出た。

「かくかくしかじかで、先方は主治医の先生の許可が必要だと言うんですが…」

「そんなの、大丈夫ですよ。うちの患者さんには同じような人がいくらもいましたから、大丈夫です」

ということで、1つめの病院は受付の女性に許可をもらった。

2つめの病院でも、やはり主治医はおらず、看護師さんを通じて、別の先生に聞いてもらい、許可をもらった。

午後2時、また電話が来た。

「いかがでしたか?」

「お二人の主治医の先生の許可をもらいました」

「それはよかった。それではこれから書類をととのえて、別の担当に引き継ぎます。もし空きがあれば今晩にでも電話か来ると思いますが、空きがなければ電話は来ません。「セルフ監禁」の終了予定日までに空きがなければ、自動キャンセルということにさせていただきます」

「はあ。そのときは全然電話が来ないということですね」

「そうです」

この日ほど、携帯を肌身離さず持っていた日はない。いつも「消音」にしているのだが、今日は朝からいつでも電話がとれるように着信音をonに設定した。着信音設定は、この先しばらく続くだろう。

僕は漫然と待っていても仕方がないと思い、「セルフ監禁」の準備を始めた。ふと思い出したのは、僕が愛読している探検作家が、これから僕が体験するであろう「セルフ監禁」について、ラジオで自らの体験談を喋っていたことである。で、その体験談は、ネットのサイトにも詳細に書かれていたと記憶する。

僕はその探検作家の体験談を見つけ出し、読んでみた。その冒頭に、こんな一文があった。

「「知られざる秘境」へみなさんをご案内したい」

そうか!「セルフ監禁」ではなく、これは「秘境探検」なのだ。

読んでみると、なるほどこれは僕がこれからどんな秘境に連れて行かれようとも、役に立つ情報が満載である。少し気が楽になった。

夜、電話がかかってきた。秘境探検ツアーを手配する、別の担当からである。

「鬼瓦さんの探検先が決まりました」

「どこですか?」

かくかくしかじかです、と聞いた僕は、驚いた。

あの探検作家と、同じ秘境ではないか!

僕は日本屈指の探検家が訪れた秘境を、追体験することになったのである。

そう思っただけでも、少しうれしくなった。

「これが最後の電話となりますけれど、キャンセルするならいまですよ。ほんとうによろしいですか」

「はい、お願いします」

「では、明日のお昼頃、お迎えの車の運転手から鬼瓦さんの携帯に電話がかかりますから、そのときに出発時刻を聞いてください」

「わかりました」

また別の人から電話が来るのかよ。

さて、本日。

お昼過ぎに車の運転手から電話が来た。

「おそらく2時過ぎ頃に到着すると思います。当初の予定で、変更ございませんね」つまり、思い直していませんよね、という確認である。

「はい、変更ありません」

「最初に別の方をお乗せしてから参りますので、相乗りという形になります」

「はい」これも、探検作家の体験記で予習済みだ。

午後2時過ぎ、運転手から電話が来て、さっそく乗り込んだ。探検作家の体験記には「ワンボックスカー」と書いてあったが、僕が乗ったのはふつうのタクシーだった。

すでに後部座席に一人、若い小太りな女性が座っている。

僕は荷物を後ろに詰め込み、後部座席に乗った。

こういうときって、雑談をしてもいいものだろうか?

「これからたいへんですねえ」とか、隣の人に話しかけたいと思ったのだが、隣の人はグッタリしていて、僕よりも元気がない様子である。

ま、こういうときは「黙食」ならぬ「黙乗」がマナーなのだろうと、目的地までひと言も言葉を発することはなかった。

さて、目的地の秘境に到着した。

車の運転手は、「秘境の番人」に関所札のような紙を見せた。それに対して、「秘境の番人」は、筆談のような形で次の指示を出している。

ようやく車から降り、秘境の中に入る。

謎の封筒をもらい、それぞれが個室に黙って入っていく。個室で荷を解き、ようやく封筒を開けると、そこにいくつかの指示が書いてある。さらにその封筒には、「同意書」というものも入っていた。

外部との連絡は、電話のみである。ほどなくして据え付けの電話が鳴った。

電話を取ると、その封筒の説明をしてくれた。

「この同意書は、いつ、どうやって提出するのですか?」

「夕食を取りに来られたときに、箱が置いてありますから、そこに入れてください」

「わかりました」

この秘境では、朝、昼、夜の3回、時間を限って、食事を取りに行くために個室から出ることが認められる。当然、食事は各自の個室に持ち帰って食べる。反対に、それ以外の時間は出ることができない。最初に「セルフ監禁」と書いたのは、そういうことである。

ちなみに、家族や友人からの差し入れも許されているようだが、直接受け渡しをすることができない。「秘境の番人」が受け取って、それを1日3回の限られた外出時間に受け取るのである。

差し入れを持ってくる時間は、15時~17時に限られる。また、あらかじめ前日までに、差し入れに来る人の名前などを、受け取る本人が「秘境の番人」に伝えておかなければならない。つまり、サプライズで差し入れをする、なんてことは許されないのである。しかも、何でも差し入れしていいというわけではなく、差し入れの品は限られる。

…と、ここまで書いてきて、これは秘境というより、監獄なのではないか?という気がしてきた。僕が自宅から乗ったタクシーは「護送車」、「秘境の番人」は「刑務官」、自分がいる個室を「独房」に置き換えれば、すべてが矛盾なく説明ができる。

…ま、せっかく「秘境探検」に見立てたのだから、あまりそのたとえのことは考えないようにしよう。

さて、午後6時、食事が用意できたので取りに来てくるようにとの館内放送があった。扉を開けて目的の場所に行くと、すでに多くの人が並んで食事を受け取っている。しかも列に並んでいる全員が、ひと言も喋らず、元気がない。その様子は、さながら「塀の中の懲りない面々」である。

僕は、先ほど「秘境の番人」に言われた「同意書」を箱に入れようと思って、箱を探すのだが、見つからない。

うろうろしていると、後ろに並んでいた、背の高い恐そうな人が、

「あそこにあるよ」

と教えてくれた。指を指した方向を見ると、たしかに「同意書」と書かれた箱があった。

「ありがとうございます」

ということは、教えてくれた人は、僕よりも先輩の受刑者で、僕は新人の受刑者なのだ。

…どうしてもたとえがそっちに行ってしまうなあ。ここはあくまでも秘境で、いま僕は秘境を探検しているのだ。

ということで、秘境到着までの顛末でございました。続きを書くかどうかは、わからない。

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