伝説の劇作家
9月22日(木)
サブカル界隈では、劇作家の宮沢章夫さんの訃報が、衝撃を与えている。
昨日の「大竹まこと ゴールデンラジオ」では、大竹さん、きたろうさん、えのきどいちろうさんが、宮沢さんの思い出話をしていた。シティボーイズの初期の頃、宮沢さんはシティボーイズの座付き作家のような位置にあった。「宮沢がいなかったら、いまのシティボーイズはない」と言わしめるほどの存在だったという。
残念ながら、僕はその頃のシティボーイズのコントを見た記憶があまりない。「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」は伝説的なコント集団だったと聞くが、その頃まだ僕は10代後半だった。
話としてよく聞くのは、「砂漠監視隊」というコントである。砂だらけの何もない砂漠を、ひたすら監視する隊員たち。もちろん、何も起こらないのだが、それでも監視を続けなければならない。ラフォーレ原宿の8階に何トンもの砂を持ち込んだ、伝説的なコントだったという。えのきどさんはそのコントを、「ゴドーを待ちながら」みたいなコンセプトだ、と評した。見てみたかったなあ。
シティボーイズは、宮沢章夫を作家に迎えて10年、三木聡を作家に迎えて10年、僕は三木聡が座付き作家をつとめてからのコントから、シティボーズにのめり込むようになった。
いま思うと、三木聡作のシティボーイズのコント「鼓笛隊迷う」(1993年公演『愚者の代弁者、西へ』)は、鼓笛隊のパレードからはぐれてしまった3人の奏者が、砂漠に迷い込んでしまう、という内容だったが、あれは「砂漠監視隊」を意識したコントだったのかな、とも思う。違うかも知れない。
ということで、僕は劇作家としての宮沢章夫さんの偉大さというのを、肌感覚で実感したことがない。これはきっと、悲しむべきことなのだろう。唯一、以前に宮沢さんが講師をつとめた「ニッポン戦後サブカルチャー史」というNHKの番組シリーズを何回か観たくらいで、そのときに宮沢章夫さんのことを初めて知ったというほどのていたらくである。あの番組は、むちゃくちゃ面白い番組だった。僕にとっては、正真正銘の「伝説の人」である。
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