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集合知

いまやカルト教団問題で、ジャーナリストの鈴木エイトさんはマスコミに引っ張りだこだそうだ。僕は最近テレビを観ないのでテレビのことはわからないのだが、ラジオやYouTubeでは、その活躍ぶりはよく知っている。

ある動画配信のトークイベントで、鈴木エイトさんの話をじっくり聞いたのだが、これがなかなかおもしろかった。

取材対象が取材対象だけに、怖い目にあったりもするようなのだが、それに対して臆することもなく、むしろ自分への対応の仕方から、その人の人間性とか、カルト教団との距離感とかが可視化されることを楽しんでいる。なかなかメンタルがタフな方である。

もっと感服したのは、自身を「野良系ジャーナリスト」と称し、大手マスコミが取り上げない問題を地道に追いかけてきたにもかかわらず、それを自分の手柄として独占することなく、大手マスコミにも惜しみなくそのデータを提供しているという。

自分ひとりの取材だけでは限界がある。そういうときには、大手マスコミに投げて、組織の力で調査してもらう。そうすることで、それぞれのマスコミが切磋琢磨してスクープ合戦をすることも可能になり、ジャーナリズムが健全化する、というのである。

ふつう、ジャーナリストが手にした「特ダネ」は手放さないものだが、鈴木エイトさんはそんなことにはこだわらないという。

たとえば、カルト教団の総裁と複数の人物が並んで写っている写真があるとする。カルト教団の総裁の周りに並んでいる人物は、名前と顔が一致する人もいれば、「この人だれだろう?」と思う人も並んでいる。

そんなとき、SNSに写真をアップして、人物の特定を呼びかける。そのSNSを見た人から、瞬時にその答えが返ってくることがある。「左から2番目の人は○○党の○○議員ですよ」とか。そのおかげで、カルト教団と政治家との関係が明らかにすることができる。

わからなければ人に聞けばよい、というスタンスで、SNSを活用して成功した事例といえる。

つまり、自分ひとりでは限界があることでも、多くの人の知識をたぐり寄せれば、大きな力になるということだ。いわゆる「集合知」である。

なぜこんなことを書いたかというと、僕がいま準備している来年のイベントも、「集合知」によって成り立っているからだ。

僕がいま準備しているイベントというのは、かなり飛躍した比喩でいうと、「人探し」をするイベントなのである。ある写真をもとに、この写真に写っている人はだれだろう?今どこにいるのだろう?ということを調べる、そんなイベントである。

当然、ド素人の僕にそんなことが解明できるはずはない。そこで、その道に詳しい人に聞く。すると、そういう人たちは、みずからが持っている知識や情報を惜しみなく提供してくれる。そしてその知識や情報を僕が集積して、「集合知」として披露する。そんなふうに、たくさんの人に助けられながら、イベントの準備を進めているのだ。

その過程で、「集合知」がいかにすばらしいことかを今、実感しているのである。若い頃は、手柄は全部自分のものだ、なんて考えがあったりしたけれど、今はもう、あんまりそんなことにこだわらなくなった。この業界、手柄は自分のものだと自分で主張していかないと這い上がれない世界で、それはそれで生きづらいこともある。それよりも、「集合知」によっていろいろなことが明らかになったほうが、視野や知識は広がり、世の中はもっとおもしろくなるんじゃないだろうか。

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