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癇に障る電話

ひどい会合

4月21日(金)

僕が某国のプロジェクトの日本チームの班長として、数年前からひどい目にあっている。

最初にこの話をいただいたときから、この話、スジがよくないな、と思いつつ、いろいろな義理で引き受けなくてはならなくなってしまったのである。

とにかくこのプロジェクトはいちいち癇に障る。その原因のほとんどが、実は某国側の窓口になっている日本人であることに気づいた。

僕はその人とほとんどお会いしたことがなく、当然親しくもない。僕よりも年下で、僕を「先生、先生」と持ち上げ、メールも慇懃無礼と言うべき表現に満ちあふれている。一見、丁寧な表現が尽くされているように思えるが、別の言葉で言い換えると、卑屈なのである。そんな表現をすれば僕が喜ぶとでも思っているのだろうか。よくわからない。そのくせ、そのへりくだりすぎた表現で無理難題を押しつける。

そんな調子で、いつもメールが来るので、正直言って、この人から来るメールは開きたくないほど、僕は強い嫌悪感を抱いていた。

昨日、メールが来た。

「実はメールでは細かいニュアンスが伝わりにくいので、お電話を差し上げてもよろしいでしょうか。お時間をご指定ください」

だいたいの場合、「メールでは細かいニュアンスが伝わりにくいので電話したい」と言ってきたときは、無理難題を依頼されるときと相場が決まっている。

僕は昨日は病院で診察を受け、精神的にも肉体的にも疲れ切ってしまったので、電話を受ける気にもならない。電話の内容は、おそらく、10月末に、そのプロジェクト主催でおこなわれる、某国での国際会議に現地参加しろ、という内容だろうということは容易に想像できた。以前にその件でメールが来たことがあるからである。

僕は先手を打って、メールの返信をした。曰く、今の自分は体調が悪く、入退院をくり返している。実際、来週も入院をする。こういう状況では、とても現地参加できる体力的な自信がない。オンライン参加を許してもらえないだろうか、電話の時間については、明日の午前中が会議で、午後1時半からはイベントの来客対応があるので、午後1時から1時半の間にかけてもらえないだろうか、と。

実際、今の自分の体力を、どこに優先的に振り分けるかを考える際に、このプロジェクトに割く余裕はないのだ。

その後すぐにメールがあり、「ぜひ現地参加をお考えください。みなさん待望されております」とあったので、やはりその話題だったのだなと判明した。「みなさん待望されている」というのも、嘘だということが丸わかりできるほど上滑りの表現だった。

さて翌日。

午後1時に電話が鳴った。電話番号を見ると海外からである。その人から来た電話であることは間違いない。

「もしもし」

「ヨボセヨ、チョヌン ○○○○イムニダ…」

か、韓国語…?

午後1時半から韓国の友人がイベントを見に来るので、その友人からの電話だろうか、と一瞬思った。

「…びっくりしましたか?」

「……」

「ハッハッハ、僕の韓国語、どうでしたか?」

「……」

そいつ(もう「そいつ」呼ばわりする)が、ふざけて韓国語で挨拶をしてきたのだ。

横にいたら、絶対殴ってやろうと思うくらい、腹が立った。これからこっちに何らかの依頼をする人間が、なんという挨拶だ!俺の心がそれで和むとでも思ったか!おれは具合が悪いんだ!しかも、そんなふざけたことを言い合える関係になんかない。少なくとも、俺はおまえよりもキャリアのある人間で、それをコケにするような挨拶がよくできるよな!

「どうしました?」

僕はそいつの冗談めいた韓国語の挨拶をまったく無視して、無表情に聞いた。

「あの…、10月末の件ですけれど、そんなに体調がお悪いとは知りませんでした。僕も、某国に赴任してから入院直前まで体調が悪くなったことがありますので、健康は大事だなと思います」

…これも、よく聞くとカチンとくる話である。こっちは入院するんじゃ!入院直前まで体調が悪くなったという自分語りを引き合いに出したところで、なんの慰めになるだろう。

「やはり、小さな娘さんとご一緒に運動会に参加されている写真なんかを拝見しますと、こちらとしては体調にお気を付けてくださいとしか申し上げられませんよ、フッフッフ」

なんだよ、「フッフッフ」って!

というか、僕は娘の写真をSNSなどで公開したことはない。いわんや運動会の写真をやである。

そいつとはまったく親しくないので、自分のプライベートについて話をしたこともない。なのに、なぜこちらのプライベート情報を知っているのか?しかも写真を見たことをほのめかしているのである。僕は急に怖くなった。

考えられるとしたら、年賀状である。僕の娘の写真は、年賀状でのみ公開しているからである。

年賀状に運動会の写真を載せたのかどうか、記憶がないのだが、おそらく「あいつ」が、僕から受け取った年賀状を「そいつ」に横流ししたんじゃないだろうか?

「あいつ」は、むかしっからそういう性格だと知っているし、あいつならやりかねないだろうと諦めが付くが、問題は、それを見たそいつが、俺に向かって、「小さい娘さんもいらっしゃいますからね、フッフッフ」とこちらのプライベート情報を握っていることをほのめかしたことである。あまりにもキモチワルイではないか!

そいつはその後もたびたび、「小さな娘さんと一緒に運動会に参加するお姿を見ると、くれぐれも体調にお気を付けてと思わずにいられません。フッフッフ」という言葉を繰り返し、僕はそのたびに背筋が寒くなった。

僕はこの時点でカチンときて、電話を切ろうと思った。「どうしてそんなことを知っているんです?」と聞こうとも思ったが、ここは無視するに限る。

「…で、用件はなんですか?」

やっと本題に入ったのだが、説明が下手すぎて内容が頭に入ってこない。しかも、ところどころ「フッフッフ」と笑いながら喋るので、まじめに聞いているこっちにとっては不快極まりないのである。

「国際会議の全体テーマは、決まっているのですか?」

「いえ、とくに決まっていません。お好きなテーマでお話しください」

「登壇するとなると、発表時間はどのくらいになりますか?」

「10分です」

じ、10分??!!

「もちろん、その代わりにハンドアウトは存分に書いていただいてけっこうです」

だれが存分になんぞ書くものか!

適当な話を言葉の通じない人たちに10分喋ってもらえばよい、というのだ。あまりにも人をバカにした話ではないか!

「すみません。登壇者の人数が多くなってしまったもので、ひとりあたりの発表時間が10分になってしまいました」

出た!いつもの「中身のない国際会議」だ!

「いえ、発表だけが重要なのではありません。もっと大事なのは交流なんです。その場で立ち話をしたり、懇親会で話したり、そういうことが重要なので、それで現地参加をお願いしているわけです」

今まで、それをやって有益な結果になったためしがない。発表の内容こそ重要であるという僕の主義に反する。

事と次第によっては、前言を翻して現地参加してやってもよいとも考えていたのだが、もう完全に心が折れてしまった。断じて現地参加はしないことに決めた。

だって、たった10分喋るためだけに、わざわざ体力を使って飛行機で長時間往復するなんて、バカバカしいにもほどがあるではないか!

電話は終始、そいつが半笑いで話すのを延々と聞かされる結果となり、きわめて不愉快のうちに30分が経った。

気を取り直して、ロビーで待っている韓国の友人のもとに向かった。

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