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長い一日・後編

7月7日(金)

斎場は、JRと私鉄を乗り継いで、いままでまったく降りたことのない駅から、歩いて10分ほどの訪れたことのない町にあった。都内といっても、交通の便がよいというところとはいえない場所だった。

午後6時を過ぎても蒸し暑い。冬用の礼服しか持っていなかった僕にはこたえる暑さである。

斎場に着くと、祭壇のある部屋の前にすでに多くの人が3列になって並んでいる。

無宗教の式だそうで、お焼香ではなく、献花を手向けるようである。

やがて列が動き出し、少しずつ祭壇のある部屋に近づいた。

決して広くないその部屋には、お焼香の煙もなく、全体にお花が飾られているものの、白を基調とする花で統一されており、なんというか、すっきりとしている。

式の案内に、「ご供花・お香典につきましては、謹んでご辞退申し上げます」とあるのを思い出した。個人や団体からの供花が飾られていないからだろうと気づいた。

いよいよ祭壇のある部屋に入る。入ってすぐの右手には、幼少期から最近までの彼の写真が、彼の好きだった音楽をBGMにしたスライドショーとして投影されていた。写真を選び、選曲をしたのは、彼自身だったのかもしれない、と僕は思った。

献花をした先に、彼の棺がある。棺は開かれた状態で部屋の中央に据えられており、さながら参列者のひとりひとりに別れの挨拶をしているように思えた。

そして正面には、彼の遺影と、彼が編集を手がけた本が並べられていた。

こんな言い方はおかしいが、全体が素敵な空間である。彼は自分の葬式までも、こだわった「編集」をしたのだろう。

ひと言ふた言、お連れあいの方と挨拶を交わして部屋を出ると、係の人に、「そのまま2階に上がってください」と言われた。いわゆる「通夜振る舞い」が行われる部屋に移動しろということである。

僕はこの「通夜振る舞い」の場が、ひどく苦手である。

以前、仕事でお世話になった同業者が亡くなったときに通夜に参列した。もともとそういう場に出向くのは苦手なのだが、そのときは、お世話になった方だったので、行かないわけにはいかない。

お焼香をすませると、通夜振る舞いの会場に案内されるのだが、そこでは、故人のことはそっちのけで、同業者たちがひしめき合いながら業界の噂話に興じていたりして、僕は居たたまれなくなったのである。

今回は、言ってみれば部外者みたいなものだから、その時ほどのストレスはないだろう。

それでもやはり、どんな話をしていいかわからない。居たたまれないまま、そして引き際を見極められないまま、時間だけが過ぎていった。

すると、ようやくお通夜の儀が終わったのか、喪主であるお連れあいの方が2階の通夜振る舞いの部屋にお見えになった。

このタイミングかな、と思い、僕はお連れあいのところに挨拶に行った。

「落ち着いたころに郵送しようかと思っておりましたが、せっかくなのでお渡ししようと思いまして…」

と、僕はかばんから密封した封筒を取り出し、お連れあいの方にお渡しした。

「いま、開けてよろしいですか?」

「いえ、落ち着いてからでかまいませんので」

中身は、訃報を聞いてから思い立って編集した、彼とのメールのやりとりをまとめた手作りの小冊子である。余計なものを作ってしまったかな、と思いつつも、彼の生前の言葉を少しでも多く残したいという思いの方が勝ってしまった。

僕は1階に降りて、再び祭壇のある部屋に向かい、スライドショーを一通り見てから、斎場を後にした。

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