« オダジマおじさんの諦念指南 | トップページ | 往復書簡 »

ああ音楽教室

7月1日(土)

5歳の娘は毎週土曜日、音楽教室に通っている。ふだんは妻が連れていっているのだが、今日は仕事ということで、私が連れていくことになった。

折しも来週の土曜日はピアノの発表会があり、発表会前の最後のレッスンである。

そのピアノ教室に行くには、自宅からは少し距離がある。妻はいつも自転車に娘を乗せて往復しているが、僕は体力がないので、僕が連れていくときは、路線バスを使って往復している。

毎回30分の個人レッスンである。娘が初めて体験した昨年の発表会では、娘が右手だけを使ってメロディーを弾き、伴奏をピアノの先生がしてくれたのだが、今回の発表会からは、娘が一人で演奏をする。つまり、右手と左手を同時に使うのである。

少し早く音楽教室に着いた。僕が娘を音楽教室に連れていく今まで数えるほどしかないのだが、行く度に、自分も音楽教室に通ってレッスンしたい、という思いに駆られる。

僕は高校時代に吹奏楽部に入り、そこでアルトサックスを始めた。高校卒業後も、OBの有志たちと楽団を作ってしばらく活動を続けていた。20代の後半まで続けていたが、自分には才能がないことがわかっていたし、なにより仕事が忙しくなったこともあり、すっかりと楽器からは遠ざかってしまった。

その後、いまから10年ほど前に、前の職場の学生たちとバンドを組んで学園祭で演奏をしたことがあったが、このときに久しぶりにアルトサックスを手にし、かなり熱心に個人練習を積み重ねた。このときは本当に楽しかった。

しかしそれから、またアルトサックスとは無縁になっている。

少し早く着いた、と書いたが、その音楽教室には練習室がいくつもあり、そこではピアノに限らず、いろいろな楽器のレッスンが行われている。もちろん、サックスの教室もある。

サックスを持って音楽教室にやってくる人を見ると、定年退職をしたのかな、と思われる年代の人がけっこういて、余生の趣味として始めたのか、それとも「むかし取った杵柄」とやらなのか、と、そんな想像をかき立てる。

娘のピアノのレッスンが始まるまで、練習室の廊下に置かれている椅子に座って待っていると、他の練習室から、サックスを合奏している音が漏れ聞こえた。

演奏している曲は、「見上げてごらん夜の星を」(いずみたく作曲)である。

何度も何度も繰り返し練習しているのだが、聴いているうちに、僕の中に、ある郷愁が芽生えた。もう一度、アルトサックスを吹いてみたい、という郷愁である。

12年前の震災直後、僕は坂田明さんの『ひまわり』というアルバムを繰り返し聴いた。坂田明さんの奏でるアルトサックスの音が泣いているような、まぎれもない名盤である。このアルバムの2曲目が「見上げてごらん夜の星を」だったことも思い出される。

しかしいまの体力ではアルトサックスを演奏するなんて、もう無理なのではないだろうか、という思いもよぎる。

娘を音楽教室に連れていくたびに、その逡巡は続くだろう。

 

|

« オダジマおじさんの諦念指南 | トップページ | 往復書簡 »

育児」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« オダジマおじさんの諦念指南 | トップページ | 往復書簡 »