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申請書祭り、からの同業者会合

8月26日(土)

月末は、書類の締切が多くてなかなかに忙しい。とくに例年行われる「申請書祭り」の企画書の締切が、この時期なのである。昨年は企画書が不採用になってしまったので、捲土重来、今年も企画書を仕上げなければならない。

昨日、韓国からのお客さんが来る前にひとまず仕上げてみたのだが、まだ修正する時間はある。ほかにも月末までに提出しなければ書類が多く、締切を過ぎてしまった原稿も早く仕上げなければならないし、来月の講演会の準備もしなければならない。もうどこから手をつけていいやらわからない。

そんな中、この日の午後は、実に久しぶりに「同業者会合」に参加した。

僕はここ最近、とくにコロナ禍になってから、「同業者会合」に自発的に参加することは、すっかりなくなってしまった。若いころは、そういうところに参加して、新しい情報を仕入れて、懇親会にまで出て、人間関係を築くことが大切、と思い込んで参加しまくっていたが、大病を患って以降、体力の限界も見えたし、これ以上、業界人の人間関係をつなぎ止めておいても、あまり意味を持たないのではないかと思うようになった。幸いなことに、この年齢になってそのような努力をしなくなっても、僕の存在を覚えてくれている人がいるのか、ちょこちょこといろいろな仕事の依頼が来るので、もうそれだけで十分である。

なんとも後ろ向きな理由だが、今回、久しぶりに自分から同業者会合に参加しようと思ったのは、以前大変お世話になった韓国のK先生が久しぶりに来日し、その同業者会合で1時間ほどお話になる、というので、ごあいさつがてら参加することにしたのである。

その同業者会合は、何人かの登壇者が順番に1時間近くお話をし、その都度質問を受け付けるという形式で、とくに最後に総合討論のようなものはしないというシンプルなものだった。しかも会場が広いので間隔をあけて座ることができ、参加する同業者も30~40人ていどだったので、多くの同業者にペコペコと頭を下げて「業界人酔い」することもなかった。

韓国から来たK先生は、僕が会場に入ってきたことがわかると、すぐに僕のところにいらして、握手を交わし、少し会話をした。あいかわらず明るくて社交的な先生である。

驚いたのは、K先生は、「日本語で発表をするのは4年ぶりです」といって、1時間近くの発表を日本語でおこない、質問に対しても日本語で答えたことである。

なぜ驚いたかというと、K先生はたしか20年以上前に、日本に1年間滞在しただけで、日本語も、とくに語学学校に通うということもなく、独学で勉強したからである。僕も15年ほど前に1年間ほど韓国に留学し、僕の場合は留学中に語学学校に通って韓国語を勉強をしたが、では韓国語だけで大勢の前で1時間喋れと言われると、とてもムリである。何しろ、昨日職場で来客対応した韓国の社長さんとうちの社長との懇談の通訳も、「とてもできません」といってプロにお願いしたほどである。

K先生は、決して流暢な日本語とはいえなかったけれど、内容はとてもよく伝わった。いつも思うが、決して流暢な言葉でなくても、伝えたいという気持ちが伝わるように話せば、それを受け取る側は表現や内容を補って聴いてくれるのだ。

見たところ、会場には韓国語で日常的にコミュニケーションをとれる人が僕以外にだれひとりいない中で、だれに対しても臆することなく、K先生はコミュニケーションをとることを厭わなかった。

僕は例によって同業者会合のあとの懇親会には参加しない。本来であればそこでK先生とじっくりお話しするべきなのだろうが、会合が終わったあと、K先生と短い挨拶を交わすにとどまった。

「韓国にいらしたら必ず連絡ください」

「ええ、ソウルに行くことになったらご連絡差し上げます」

「ソウルと言わず、どこにでも参上しますよ」

「実は、来年の1月末に国際会議のために韓国に行くのです」

「会場はどこですか?ソウルでなくても、私は行きますよ」

「実は、会場は○○島なんだそうです」僕はマニアックな島の名前を挙げた。

「○○島ですか!…」K先生は一瞬、それは遠いなあという表情を見せながら、

「わかりました。ではそこでお会いしましょう」

有言実行の方だから、K先生とはほんとうにそこでお会いすることになるだろう。どこまでも胆力のある方だ。

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