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コミュニケーションの違和感

8月23日(水)

今日のTBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」は、メインパーソナリティのジェーン・スーさんが体調不良でお休みで、代打は武田砂鉄さんだった。久しぶりに「生活は踊る」をradikoのタイムフリーで聴く。

番組中盤の名物コーナーは、「相談は踊る」という、人生相談のコーナーなのだが、今回は、幼稚園児の子どもがいる女性から、「子どもが通う幼稚園における、保護者間のコミュニケーションの違和感について」という相談だった。なんと、まさにわが家がいま直面している問題ではないか!

「幼稚園」と「保育園」の違いがあるのだが、保護者間のコミュニケーションのあり方は、まったく変わらない。その特徴としては、まず「グループLINE」を作り、そこに登録させられる。しかも、グループLINEに登録しているのは全員女性。つまりパパは1人もいない。

その女性によると、グループLINEの投稿内容は、イベントの告知やボランティア募集、行事の写真や動画なのだが、投稿があると、ほぼ全員が即レスをする。そればかりか、返信するほぼ全員が、過度に気を遣い、へりくだる表現をするというのである。

たとえば、幼稚園周辺の清掃のボランティア募集という投稿がある人から発せられると、

「企画、ありがとうございます。ぜひ参加させてください!」

と、自分(この相談をしている女性)以外の全員が返信するという。参加させてください、って、一人ひとりはだれかの下僕ではないのだから、とてもイヤな言い回しに感ずる、という。

「気遣いとへりくだりを組み合わせた表現は、保護者の世界の定型文なのでしょうか?」

この女性は、ほかにも事例をあげながら、保護者間のコミュニケーションにおける「過度の気遣いとへりくだり」という問題に違和感を覚え、その違和感が自分だけなのではないかと、相談しているのである。しかしこれは、わが家の悩みそのものでもある。

この相談に対して、武田砂鉄さんと小倉弘子アナのフリートークが続くのだが、結論は、

「幼稚園児(保育園児)を持つ母親の愚痴のほとんどは、グループLINEによる保護者間のコミュニケーションへの違和感である」

ということに落ち着いた。

「基本的にコミュニケーションというのは、違和感からできてますからね」

という武田砂鉄さんのひと言が、元も子もない気がするが、本質を突いていると思う。

というのは、昨日、本日と、長時間の会議に参加していた僕は、コミュニケーションにおける違和感という問題を、痛切に感じたからである。

昨日は2時間のオンライン会議があり、本日は4時間以上におよぶ対面の会議があったのだが、いずれも僕にとってはまったく「アウェイ」な会議で、僕以外の人たちがこれまで培ってきた人間関係の機微といったことがまったくわからない。それに、その人間関係の中で構築された議論の内容が高度すぎて全然ついていけない。何もわからない僕は、「いま、その議論は噛み合っているの?噛み合っていないの?」と、つい疑問を差し挟みたくなるのである。

しかし、たいていの場合は、「とても刺激的なお話ですね」とか「いまの意見はとても重要ですね」とか、「あなたの意見は、一見私の意見とは違うように思うかもしれませんが、実は私はあなたとまったく同意見です」とか、僕にとってはおよそ理解不可能なコミュニケーションが成立しているのである。

わからないのだから黙っていればいいものを、つい手を上げて発言をしてしまうのだが、どうもまったくお門違いな発言のようで、「おめえいまごろ何言ってんの?」的な空気を感じたり、なかったことにされて議論が進行したりして、言わなきゃよかったと反省すること頻りである。もちろんすべての原因は僕の勉強不足にあるので、僕自身が精進しなければいけないことはいうまでもない。

ただ、僕がいくら精進しても、あいかわらず、何らかのコミュニケーションには違和感を覚えつづけるであろう。なぜなら、「基本的にコミュニケーションというのは、違和感からできあがっているから」である。その諦念にたどり着くことで、少しは気持ちが楽になる。

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