慌ただしい昼食懇談会
8月25日(金)
8月の初頭だったか、韓国のHという会社の知り合いRさんから久しぶりにメールが来た。
「うちの社長が8月25日の夕方4時に都内のセレモニーに出るのですが、その前に、昼食をとりながらおたくの会社の社長と懇談をしたいというのです。その日の社長のご予定はいかがですか?」
さっそく秘書にたずねてみると、24日当日は社長が休暇をとる日だという。
韓国のHという会社は、7年くらい前からわが社と交流協定を結んでいて、それにもとづくイベントなども数々おこなってきた。当初からその窓口担当になっていたのが僕だった。一方で相手方の窓口担当はRさん。それでRさんから僕のところに久しぶりにメールが来たのである。コロナ禍は連絡が途絶えていたから、ほぼ4年ぶりくらいである。
僕はすっかり忘れていたのだが、Rさんとはカカオトーク(カトク)の友だち登録をしていた。カトクとは、日本でいうLINEとほぼ同じもので、韓国ではLINEよりもカトクの方が利用者数が多い。僕もカトクにはアカウントを作っていたので、いつの間にかRさんとのコミュニケーションツールがメールからカトクに変わった。
「25日のご予定はいかがですか?」とカトクで頻繁に聞いてくるので、「いまは社長は夏期休暇中なので、8月10日(木)に聞いてみます」
と答えると、8月10日当日になって、「今日は社長と打ち合わせする日ですよね。予定が大丈夫か確認をお願いします」という念押しのメッセージが来た。とにかく、かけてくるプレッシャーがすごい。社長に対して下手を打たないようにかなり神経を使っているように見受けられた。
8月10日、社長室に行く。
「社長、この日(25日)は休暇をお取りになる予定ですよね…」
「かめへんよ。わが社にとっては会っておいた方がよい会社なら会うよ」
「そうですねえ。いままでの交流実績を考えると、会っていただいた方がよいと思います」
「よしわかった。じゃあ休暇を返上して会おうじゃないの」
かくしてうちの社長の予定は大丈夫だとRさんに伝えると、Rさんはひどく喜んだ。
さあたいへんなのはここからである。
まずは社長に、これまでのH社との交流実績をレクチャーし、懇談の話題となるような素材を提供する。
一方、先方との実務的な話は、H社のYさんとメールで打ち合わせることになった。Rさんは来日せず、実質はYさんという若い社員が段取りを組むらしい。
Yさんから聞いたスケジュールがタイトだった。
25日当日の11時20分に飛行機が到着し、その後、わが社に車で直行する。懇談が終わったあと、また車に乗って都内に向かい、16時開始のセレモニーに参加することになっているという。あいかわらず、予定を詰めるのが好きな国民性だな、と思う。
逆算すると、おそくとも14時にはわが社を出ないと、都内のセレモニーには間に合わない。ということは、ほとんど昼食をとる時間しか確保できないではないか。
しかも昼食は、社外に出て小洒落たお店に行く、などという時間的余裕はない。そもそも、わが社の周りには小洒落たお店がまったくないのだ。
そうなると残る選択肢はただ一つ。社長室で弁当を食べながら懇談する、という選択肢である。
当然、コンビニの弁当というわけにはいかない。高級弁当を注文しなければならない。
弁当を注文するということは、あらかじめ懇談(会食)に参加する人数を把握しておかなければならない。僕はYさんにそのことを確認した。
「当日は何人いらっしゃいますか?」
「社長と、部下2人と、通訳1人と、運転手です」
「すると5人が会食に参加するのですね?」
「いえ、運転手は会食には参加しません。別行動です」
ということで先方の弁当の数は4個。わが社は社長と僕の2人だから弁当の数は2個。ということで弁当の数は6個と確定した。
「プレゼントはどうしよう…」
向こうもお土産を持ってくるだろうから、当然こっちもお土産を用意する必要がある。いわゆるプレゼント交換である。これも吟味して決めていった。記念撮影もしなければならないからちゃんとしたカメラも用意しなければならない。
ほかにも当日の段取りや席次など、細かい準備を詰めていく。
先方のYさんとは、カトクの友だち登録をしたので、
「当日の連絡はカトクでやりとりしましょう。空港について車に乗ったら連絡ください」
「わかりました」
で、いよいよ8月25日当日を迎えた。
11時20分到着のはずが、待てど暮らせど連絡が来ない。航空会社と空港のホームページで運航状況を確認すると、到着時間が遅れるらしいことが書いてあった。
1時間後の12時20分頃、Yさんからカトクにメッセージが来た。
「いま車に乗りました。30~40分ほどかかると思います」
その後、ちょっと道に迷ったようで、ご一行を乗せた車がわが社に着いたのが12時50分過ぎだった。
(これでは滞在時間が1時間しかないじゃないか…)
僕はご一行を玄関でお迎えして、あいさつもそこそこにすぐに社長室に連れて行った。まずはプレゼント交換、次に記念写真、いよいよ昼食懇談会が始まるという頃には、13時をまわっていた。
(あと1時間しかない…)
わずか1時間だったのだが、双方の社長の座持ちのよさで、話は思いのほか盛り上がり、いい雰囲気のまま昼食懇談会が終わった。
先方の社長は、社交辞令なのかもしれないが、うちの社長と僕をいたく気に入ってくれたようで、「ぜひお二人で韓国にお越しください。そのときは歓待いたします」と何度もくり返した。
よほど機嫌がよかったのか、あるいはこれが本題だったのか、
「コロナ禍をはさんでしまったが、これからもますます実質的な交流を頻繁に行っていきましょう」
と先方の社長は言った。海外交流を進めることは、先方の社長にとって実績を積むことであり、さらなる出世につながることなのだろう。
なかなかの盛り上がりだが、実際に交流イベントをやることになったら、結局窓口担当である僕に全部仕事が回ってきてしまうなあ、と少し複雑な気持ちになった。
ともあれご一行は、滞在時間が1時間しかないなかで、結局談笑しながらお昼のお弁当だけ食べて、怒濤のように去っていった。
「結局お昼だけ食べて、肝心なことは何も決まらなかったなあ」
「外交儀礼なんて、そんなものです」
「そうだな。外交儀礼としては成功だったな」
社長は、まんざらでもない、という顔をした。
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