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サイケデリックトレイン殺人事件

9月3日(日)

実家に戻ると、僕が中学生の時に使っていた通学鞄を母が見つけて僕に見せてくれた。僕が通っていた中学校では、男子中学生は肩からかけるタイプの白い通学鞄を使っていた人がほとんどだったが、僕は、手に持つタイプの革製の黒い鞄を使っていて、実際に手に取ると、鞄自体がけっこう重くて、中学生が使うにはあまり合理的なものとは思われない。しかし当時僕は、かたくなにこの通学鞄を使っていて、肩からかける通学鞄のほうが楽だよと何度説得しても、意に介さなかったと、母は述懐した。

さてその通学鞄はチャックが締まっていたが、中に何か入っているかもしれないと、チャックを開けて中を見てみると、音楽の教科書や五線紙のノート、そして点数を付けて返された、わら半紙に印刷された試験用紙が数枚入っていたが、さらにもう1枚、わら半紙に鉛筆で書いた不可解な紙が発見された。筆跡からすると僕が書いたもので、中学校の通学鞄に入っていたので、当然中学生の時に書いたものである。以下、原文のまま引用する。

「サイケデリックトレイン殺人事件

主役 名探偵 デビッドパーサー

   助手  カリントピーナツ

二月二十二日(水)、私は久しぶりの休かをとり、サイケデリックトレインを利用して私の郷里であるステネに向かった。助手のカリントピーナツもいっしょだった。ふと私は、「ステネにキテネ」という言葉を思い出した。などと言っている場合ではない。大変なことが起こったのだ。その時である………。

「大変だ!!人が死んでるぞ!!」

私のとなりの部屋にいる乗客ケントチャクソンがさけんだ。」

…わら半紙に書かれた文章は、ここで終わっている。

筆跡はまごうことなき僕の字なのだが、こんな文章を書いた記憶がまったくない。

だいたい、「サイケデリックトレイン」って何だ?

「郷里であるステネ」って、ほんとうにある地名なのか?

名探偵の名前が「デビッドパーサー」で、助手の名前が「カリントピーナツ」というのも、意味がわからない。

もう一人の登場人物「ケントチャクソン」は何者なのだ?

すべてが謎なのだが、これだけの文章から明らかにわかることは、どうやら僕は推理小説を書こうとしていたらしい。

名探偵の名前「デビッドパーサー」というのは、1983年末のYMOの散開コンサートでドラマーとして唯一ゲスト出演した「デビッドパーマー」を捩った名前だろうか。当時僕はYMOに心酔していて、YMOの散開がショックだったので、たぶんそれ以外には考えられない。ということは、YMOの散開後、つまり中2の終わりか中3になった1984年に、この文章が書かれたということになる。さらに調べてみると、冒頭に「二月二十二日(水)」とあるが、実際1984年の2月22日が水曜日だったことも、その傍証になろう。

謎なのは、なんとなくアガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』をモチーフにしているような書きぶりなのだが、この時点で僕は、『オリエント急行殺人事件』を読んでいない。『オリエント急行殺人事件』の概要について知ったのは、大人になってからである

そして最大の謎は、このあと、僕はどのように事件を展開させて、名探偵に推理させようとしたのか?ということだ。あるいは、何も結末を決めずに書き始めたのかもしれない…。

書かれている文章のすべてが謎なのだが、ただひとついえることは、僕は中学時代、どうやら推理作家になりたいと思っていたということである。

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コメント

「大変だ!人が死んでいるぞ!!」

車窓から外を見ると、どこかの学校の体育合宿だろうか、数隻のカヌーの浮かぶ中、こぎ手の体重で「くの字」にまがったゴムボートカヌーが見えた。

「コロナ後最初のカヌー体験なのに、何でボートに水が入ってきて、沈むのか!!もしや奴に謀られたか!」

そう叫ぶと、男はボートから、雪解け水で満たされた沼の水面へと落ちていった。

見たか、カリント君。いわゆる「沈(チン)」だ。

ええ、つい数時間前に起こった実話のようですね。

はたして、なぜゴムボートカヌーは浸水したのか。

そして今日からまた旅の空のこの男は、本当に死んだのか。

謎は深まるばかりであった。

投稿: 湖ぶぎ | 2023年9月 4日 (月) 19時47分

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