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おつりで生きる

9月19日(火)

今日は職場で朝から夕方まで1日中忙しかった。

明日の早朝から1泊2日の出張である。

ちょっと戻って、9月16日(土)の話。

その数日前、あるプロジェクトを一緒にしている、僕より少し若い仕事仲間からメールが来た。

9月15日(金)に、広島の原爆関係の聞き取り調査で、鬼瓦さんの近くの職場に行きます。もう一人、その聞き取り調査のために広島からお客さんが来るのですが、せっかくなので1泊して、翌16日の午前中から鬼瓦さんの職場に広島からのお客さんをお連れしたいと思うのですが、この日は空いてますか?できればせっかくなのでご挨拶したい、という内容だった。

三連休の初日なので、休みたかったが、その仕事仲間には忙しいという理由で最近はいろいろと不義理をしているし、なにより広島からわざわざお客さんが来るとなれば、行かないとは言いづらい。

朝に家の用事を済ませてから家を出ます、家から職場まで車で2時間以上かかるので、ちょっと遅れますけどいいですか、というと、来ていただけるだけでありがたいです、と返信が来た。職場の業務ではないから、たんなるボランティア出勤なのだが、まあ仕方がない。当日の朝、家の用事を少し済ませてから、車で2時間以上かけて職場に向かった。

お昼前に職場に到着すると、すでに仕事仲間と広島からのお客さんの二人が来ていたので合流した。

その広島からのお客さんというのは、原爆の被害に遭った関係者の方なのかなと思っていたのだが、そうではなく、広島の大学の学部4年生だった。

しかしその大学生は、自分が小学生の時に、8月6日に行われる広島の平和記念式典で作文を読み上げたという。つまり、広島のこと、平和のことを子どものころから考えてきた若者だったのだ。で、いまは広島の大学に通っていて、卒業後は大学院に進学したいと希望しているという。

お昼過ぎになったので、職場見学をいったん切り上げて、職場の食堂でいろいろとお話を聞いた。

いま大学4年生ということは、2020年4月に入学した、ということである。つまり、入学したと同時に、新型コロナウィルスの感染対策による行動制限を強いられたのである。当然、大学に通うことなどできず、授業はすべてオンラインとなった。

「サークルにはいりたかったし、アルバイトもしたかったんですけど、何もできなかったんです」

小学生の時に8月6日の平和記念式典で作文を読み上げた若者である。何ごとに対しても関心を持ち、いろいろな人たちとコミュニケーションをとりたい、というタイプの若者であることは、そのたたずまいからもわかる。

「でもその代わりに、だれにも会わずに、本を読んだり映画を観たりする機会が圧倒的に増えました。それって、いいことですよね」

僕は10代の終わりから20代前半のころの自分を思い出して答えた。

「僕が大学生とか大学院生とかの時は、ヒマでヒマでしょうがなくってね。仕方がないので本を読んだり映画を観たり、名曲喫茶に行ったりして時間を潰していたんです」

そう言うと、仕事仲間も、大学4年生も笑った。

「いまはそのおつりで生きているようなものです」

と言うと、さらに二人は笑ったのだが、僕が言ったことには、かなりの真実が含まれている。

当然のことながら、いまはヒマでヒマでしょうがなかった大学の時のように、フットワークを軽くして映画を観ることなどできないし、仕事に必要な本以外の、自分の読みたい本を買っても、忙しくて読む暇がない。

しかし、若いときに観た映画(そのときにロードショー公開されていたものだけでなく古い映画も含めて)や読んだ本が、いまでも「話の泉」となる場面に何度も出会うのだ。

いま流行りの言葉でいえば、インプットとかアウトプットって言うの?あんまり好きな言葉じゃないが。

「芸は身を助く」ならぬ、「エンタメは身を助く」なのである。

いまはわからないかも知れないけれど、30年経てば、その大学生も実感するかも知れない。

遅い昼食をとったあと、今度は僕の解説をまじえて、職場見学をしてもらった。仕事仲間によると、「飽きてしまうかも知れませんよ」と前もって言われていたのだが、その大学生は飽きるどころか、営業時間が終わるまで目を輝かせていた。

もう会うこともないだろうが、その大学生に幸あれ、と思わずにはいられない。

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