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出張生前葬

10月13日(金)

新幹線で4時間かかる北の町に出張する。明日はこの町で講演会なのだ。

企画したのは、僕がもう27年ほど、つまり人生の半分をお世話になっている事務所で、その事務所が開設して50年を迎えることを記念して大規模なイベントを開くことになり、その関連イベントとして僕を呼んでいただいたのである。

「前日にいらっしゃいますよね」

「ええ。前泊します」

「前日の夕方に夕食会を開きたいと思います」

「そうですか」

「この夕食会には歴代の担当者が参加します」

なんと、僕がこれまでにお世話になった歴代の担当者がお見えになるというのである。これは大事(おおごと)だ。

夕方、ホテルにチェックインし、ホテルから歩いて10分ほどのところにある夕食会場に向かうと、30代の頃から一緒に仕事をしてきた歴代の担当者が勢揃いしていて、それはそれは感激的な空間だった。たとえていえば、「ウルトラ兄弟勢揃い」といったようなものだ。

ひとり、Yさんは他の重要な懇親会とバッティングしていたので欠席だったが、途中、その懇親会を抜け出してわざわざ顔を出してくれて、それもまた感激的な出来事だった。

ふだん座持ちの悪い僕も、同窓会のような和やかな雰囲気のなかで、いろいろなお話をすることができた。夕食会は、2時間半に及んだ。

生前葬だな。

これは僕の生前葬なのだ。僕がこの先どのくらい生きるのかはわからないけれど、僕の個人史のなかでも重要な意味を持つ方々がこうして一堂に会するなどということは、夢のようでもあり、この先、このような機会があるかどうか、わからない。

これからは、こうした出張を通じて、今まで各地でお世話になった人たちに恩を返していきたいという思いを強くした。

10月14日(土)

午前9時、ホテルを出発して、イベント主催者の一人、Sさんの車で講演会場に向かう。

講演会は13時半からなのだが、午前中に、同時開催中のイベントを見る予定になっていた。

会場に着くと、歴代担当者のひとり、Yさんがいた。たしかYさんは、娘さんの大事な行事があり、講演会を欠席すると言っていたはずだった。

「午前中だけでもと、準備のお手伝いに来ました」

最初に今回の講演会に声をかけてくれたのがYさんだったので、義理堅く来てくれたのだろう。ありがたい。Yさん、そしてSさんの案内で同時開催中のイベントを見て回ったのは充実した時間だった。

熱量の高いイベントをひとしきり見たあと、Sさんの車で昼食場所に向かう。Sさんとは今回がほとんど初対面だったが、車中の会話は楽しくて途切れることがなかった。

昼食が終わり、控え室に戻ると、歴代担当者のひとり、Tさんが来て、さまざま雑談をする。

その間にも、前の前の職場の教え子だった旧姓Fさんがお子さん2人を連れてやってきた。

「今日の講演会、聞きたかったんですけれど、息子二人がいるので…」

小学校3年生と1年生のお子さんが恥ずかしそうにしていた。

「わざわざ来てくれてありがとう」

「Sさんは、今日はお仕事なので、来られないといってました」

Sさんというのは、前の職場で一緒に仕事をしたSさんである。

FさんとSさんは、今同じ職場で仕事をしている。この数奇な縁については、以前に書いたことがある

「Sさん来られないのか…。残念」

ではまた、と、Fさんはお子さん二人を連れて控え室を出た。それからほどなくして、

「おひさしぶりです」

と今度はSさんが控え室に入ってきた。

「あれ?今日、仕事だったんじゃないの?」

「休んじゃいました」

なんと!不意な再会で、僕はびっくりした。

「私、先生にずっと借りっぱなしになっていたCDがあるんです」

「(6代目)円楽のCDでしょう?いま思い出しました」

「いつか返さないとって。持ってくればよかった」

「そんなのいいですよ」

僕は不意に思い出した自分に吹き出してしまった。

そしていよいよ講演会。ここから90分ノンストップである。

90分話し続けるのは、体力が要る。しかも歴代の担当者や、知り合いが聴いているので、なかなかの緊張感である。僕は自分の衰えを感じた。出来がよくないことにも落ち込んだ。それでも90分、なんとか無事に終えることができた。

講演会が終わったあとも、また別の知り合いと仕事の話をしたりして、あっという間に帰る時間となった。

さまざまな人と再会した密度の濃い2日間。2日目もまた、僕にとっての生前葬となった。

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