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2023年11月

文にあたる

11月28日(火)

体中が痛いのは、薬を変えたせいだろう。先々週に変えた薬の副作用が、いまになってようやく牙をむきだしたのである。もちろんそれだけではなく、自らの運動不足も祟っている。

ということで、昨日の大がかりな作業も、今日の納品の立ち会いも、全盛期の半分以下の体力でかろうじて終えた。

1月末の韓国での国際会議の原稿も、今月末締切なのだが、まだ仕上がってはいない。

以前に大変お世話になった方から、メールをいただいた。原稿を書いたのだが、事実関係が間違っていないか不安なので、確認してほしいという内容だった。

添付されたPDFファイルを開くと、けっこうな分量の原稿である。短い期間だったが僕はこの方と一緒に仕事ができたことがよい思い出として残っている。わざわざ僕に事前の確認を求めるということは、先方もどうやらそう思ってくれているらしいと解釈した。そういう人の原稿を読んでも、まったく苦にならない。むしろ頼ってくれることがありがたかったので、よし今日は、空いている時間をすべてこの原稿の校閲に使おうと決めたのである。

業務が終わり、職場の図書室に籠もり、すでに再校となっている組み原稿をアタマからチェックした。読みながら気になるところを青い字で書き込んでいく。文章はわかりやすく、興味を引く表現をしているので、もちろん地の文はまったく直さず、データだとかそういったものをチェックするだけにとどめた。それでもけっこうな直しが入った。

僕はそれを数時間で仕上げ、先方に返送した。自分の原稿なら、こんなに熱心に、そしてこんなにテキパキと校正は終わらせないだろう。やはり読んでいて苦にならないのはその人を信頼しているからである。何度もくり返すが、「文は人なり」である。

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立場、って何だろう

先日、ある会合に出席したときに、

「○○さん、△△という立場からコメントをお願いします」

と、4人くらいの人に対して、それぞれの「立場」からのコメントを求めていて、ちょっと違和感を覚えた。

「立場」というのは「属性」という言葉でも置き換えることができて、つまりそのような依頼をするということは、その人をそういう属性の人だと分類している、ということである。

しかし、その人にとってみれば、その「立場」は自分自身の中の一部であって、すべてではない。しかも、その「立場」の人たちを代表しているわけでもないのである。

いまの首相が、大臣に女性を起用したことについて「女性ならではの感性で…」と発言して炎上した。男性に対しては「男性ならではの」という言い方は決してしない。

少し前のテレビのワイドショー番組などでも、司会者が女性のコメンテーターに、「女性の立場としてはどう思いますか」という質問をよく投げかけていた。いまでもそんな質問をしたりしているのだろうか。

男性は「個人」として尊重され、女性はその属性ばかりが強調され、個人が埋没してしまう。

「○○の立場から発言する」というのは、まるで自分がその立場の代表者であるが如く発言する、という意味であり、これは単に男女の問題だけにはとどまらない。ありとあらゆる局面で、個人を埋没させる魔法の言葉なのである。

自分もうっかりと「○○の立場としてはいかがですか」と言ってしまいそうだ。そのように言えば、どんな人物も簡単にあるジャンルに落とし込むことができるからである。これを防ぐためにはまず自分自身が、特定の立場には安住しないと意識することが大事なのかもしれない。

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謎のインタビュー

11月24日(金)

在宅勤務で、午前中と午後のオンライン会議をこなす。合間には、1月末の国際会議の原稿作りを進めるが、なかなか進まない。

そういえば、昨日から一歩も家の外に出ていないことに気づき、午後の会議が終わった夕方に、散歩がてら近くの喫茶店に行くことにした。どうしても読んでおかなければならない本があったことも念頭にあった。

喫茶店、といっても、よくあるチェーン店の手軽なコーヒーショップである。

安価なコーヒーを買って店内の席に座って本を読み始めたのだが、隣の隣の席あたりに、女性二人がやってきて座った。イメージとしては、そうねえ、「OVER THE SUN」の世代。

ふつうに雑談でもするのかと思ったら、ふたりのうちで若干若いと思われる女性のほうが、

「さっきまで、IKKOさんにインタビューしてきたんです」

と言ったので、僕の耳はその人にロックオンされた。

「で、これ、IKKOさんから貰ったものですけれど、よかったらお持ちになりますか?」

と、もう一人の女性に小ぶりの箱を渡した。石鹸とか入浴剤とか、その類いのものと思われた。

もう一人の女性はその箱を受け取り、

「IKKOさんって、肌きれいだよねえ」

としみじみ言い、

「とても61歳には見えません」

と、そのインタビューした女性が相づちを打った。インタビューした女性のほうは、何かの雑誌の編集者だろうか?するとその女性が、

「では、はじめましょうか」

とスマホの音声録音をセットし、鞄からノートと筆記用具を取り出した。

(え?いまから目の前の女性のインタビューをするのか?)

僕は俄然、インタビュアーの女性の目の前にいる女性に興味を持った。有名人なのかもしれないと思ったからである。

しかしどう見ても、僕がまったく知らない人である。

芸能人なのかな?とも思ったが、いわゆる芸能人のオーラというものがまったく見られない。「OVER THE SUN」のふつうの互助会員、といった趣である。

ならば、たとえば小説家とか、ライターとか、そっち方面?そう言われれば、そんな顔立ちをしていらっしゃるようにもみえる。

その女性が語り始めると、インタビュアーの女性は「ふむふむ」とノートを取り始めた。

僕は必死になって聞き耳を立てたのだが、その女性が語っている話というのが、

「夫はああ見えて自分勝手なんですよ」

「息子が中学生になって…」

と、自分の家族の話ばかりしている。というか、ほとんどが家族に対する愚痴である。

それを「ふむふむ」と必死にノートに筆記しているインタビュアー。

このインタビュアーが直前までしていた仕事が、IKKOさんへのインタビューだとしたら、目の前の人もそれくらい有名な人に違いないとだれだって思うじゃないの!しかし目の前にいる女性は、いたってふつうの人のように見える。

いったいこのインタビューは何なのだろう?すべてが謎である。

何週間か経って、そのインタビュー記事が載っている雑誌を偶然僕が見つける、なんてことはあるだろうか?ま、ないだろうな。

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逵さん

先日、NHKのニュースを見ていたら、台湾の総統選挙の話題が取りあげられていた。台湾の総統選挙については、「ヒルカラナンデス」というYouTube番組でも取りあげていて、どうやらおもしろいことになりそうだということだったので、どういうことになっているのだろうと、画面を注視した。

すると、台北支局の支局長が解説者として登場したのだが、お名前を見ると「逵健雄」さんと書いてある。

「逵」???見たことのない漢字だ。一緒に見ていた妻に聞いても、

「あれ、なんて読むの?」

「さあ」

と、やはりわからない。他人の名前をどうこう言うのは気が引けたが、

「日本にない姓だとしたら、ひょっとしてこれは台湾にある姓で、この方は台湾に出自を持つ方なのかもしれない」

「そうかもね」

という、何ともいいかげんな結論で終わってしまった。

なんと読むのか?僕はとっさに「陸羯南」を思い出し、「くが」と詠むのではないかと思ったが、よく考えれば「陸」という文字だし、陸羯南の出身は津軽である。

そんなことも忘れて、今日。

職場で、必要があって、いま取り組んでいるテーマについて図書室から本を借りて、その中にある職業的文章を読むことにした。1960年頃に書かれた職業的文章である。

すると、その文章を書いた人の姓が「逵」とあった。

「逵」…どこかで見たことがあるぞ。

思い出した!昨日だったか一昨日だったか、NHKのニュースで見た台北支局の支局長の姓だ!

わずか数日の間に、僕は「逵」という珍しい苗字の人に2人出会ったことになる。しかも2人の間には、60年以上の開きがあるのだ。

こんな偶然って、ある?

こうなるとますます「逵」を何と読むのか興味がある。調べてみるとすぐにわかった。正解は「つじ」である。ふつうは「辻」と書くのだが、その変形らしい。全国に700人くらいいると、あるサイトには書かれていた。

ところで、「辻」は国字である。つまり日本にしかない姓なのである。ということは、同じく「つじ」と読む「逵」も、同じく日本にしかない姓なのではないだろうか。

これでもう、「逵」という姓を持つ人の名刺をもらっても、「つじさんですね」と即答できるだろう。

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引き出し狂想曲

11月20日(月)

5月に、韓国から突然訪れて対応に苦慮したY先生

それからしばらくして、うちの職場にある「大きな引き出し」を見せてほしい、という連絡が来た。

実は5月にいらしたときに、「9月頃に、こちらにある大きな引き出しを見てみたい」という話をしていたのだが、9月になってもいっこうに話が来ないので、あの話はなくなったのだな、と安堵していたら、10月半ばになってメールが来て、11月後半に「大きな引き出し」を見てみたいと、正式な申請書が送られてきた。具体的な候補日も書かれていて、「このうちのどれかの日に見たいです」という。

さあ、この連絡を受けて、担当事務は上へ下への大騒ぎ!なぜなら、大きな引き出しは倉庫から出し入れするのに、ひどくめんどうなのだ。並大抵の面倒くささではない。なにしろ引き出しの大きさは2メートル四方もあり、ひとりで運べる大きさではない。当然、雑な扱いはできないから、ひとつひとつ台車に乗せて運ぶ必要がある。

しかも引き出しの数は12枚ある。引き出しは一つずつしか運べないから、倉庫と見学部屋との間を12往復して運ばなければら七位のである。

しかし、その大変さについて知っているのは、職場内のごく一部の人間である。当然、韓国のお客さんは、そんな大変な作業が必要だなんて知るよしもない。だから、「スナック感覚」で申し込んできたのだ。

申し込まれた以上は断るわけにはいかない。しかも韓国のお客さんなので、断ると外交問題に発展する。さあ、ここから大がかりな「引き出しプロジェクト」が始まる。

まず、当日のタイムテーブルを作る。先方の希望は12枚全部の引き出しをみたいと言うことだったが、最後の3枚はあまり見ても意味がないだろうと判断し、先方に「最後の3枚は見なくてもいいですよね」と私が交渉し、先方の了解を得た。これだけでも、ずいぶんと省力化が図れることになる。

事前に入念なシミュレーションをおこなうと、少なくとも引き出しを運ぶのに10名くらいの人が必要だということが判明し、職場から人をかき集める。

韓国からのお客さんは全部で3人。この3人は当日の朝から引き出しを見る気満々なので、当然、前泊をしなければならない。その前泊の手配も僕のほうでおこなった。で、僕も、何かあっちゃいけないと思い、職場の近くに前泊することにした。それが前日の日曜日。

さて月曜日の今日。

朝からお客さんがやってきて、とりあえず荷物置き場や昼食会場として確保した会議室にお通しする。実はお客さんは韓国から来た人だけでなく、日本在住の方も「大きな引き出し」を見に5人来ることになっていたので、合計8名のお客さんである。

僕は8名のお客さんが到着したことを確認し、「準備ができたらお呼びしますのでこの部屋で待っていてください」と言ってすぐに走って倉庫に向かう。

倉庫では、「大きな引き出し移動作戦」がおこなわれようとしていた。ありがたいことに総勢10名ほどのスタッフが力を貸してくれるという。僕はいちおう現場監督の役割のような者なので、僕がいないと作業が進められないことになっていた。

お客さんのアテンドもして、同時に倉庫から「大きな引き出し」を出す現場監督もするのは、なかなかしんどい。

予定より少し遅れて、9枚出す引き出しのうちの4枚を出して、見学場所に並べた。ちなみに見学場所は、大きな引き出しを4枚並べることで限界の広さである。まずは4枚を見てもらって、午後に残りの5枚を見てもらうことにしたのだった。

そのうちに昼食休憩の時間になった。お客さんには、荷物置き場兼昼食会場である会議室に戻ってもらい、彼らが昼食を食べている間、今度は午後の部の準備である。

午前に並べた4枚の引き出しを1枚ずつ倉庫に戻し、こんどは5枚の引き出しにすべて交換しなければならない。でも見学場所には一度に5枚は並べられないから、最後の1枚は台車の上で待機させ、頃合いを見て、4枚のうちの1枚と交換する。これもまた重労働である。

しかしなんとか予定の時間までに、韓国のお客さんには9枚すべての引き出しを、心ゆくまで見てもらった。最後の3枚をオミットしておいてよかった。ちょうどいい時間に終了した。

この間、僕はお昼休みの30分だけで、あとはずっと「大きな引き出し」とつきっきりだった。

韓国からのお客さんは、いずれも満足そうな顔をして、「おかげで引き出しをよく見ることができました」と言った。そりゃあそうだ、そのためにこっちはまる一日時間を潰して、献身的に準備したんだから。

「韓国に来たら必ず連絡してください。ごちそうしますから」

とお決まりのセリフを言って別れたが、お気持ちだけ受け取っておきます、という思いで、「また会いましょう」といって別れた。

…ナンダカヨクワカラナイ文章でしょう。こっちは半分眠りながら書いているのだから。

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だれも知らないKAN

KANさんといえば、「愛は勝つ」である。僕はちょうど大学生のころで、「愛は勝つ」が収められているアルバム『野球選手が夢だった』を買った覚えがある。

しかし僕の中でKANさんといえば、大林宣彦監督の映画『日本殉情伝 おかしなふたり ものぐるほしきひとびとの群』(1988年作品)で、劇伴音楽を担当していた、ということのほうが、思い出深い。しかしこの映画は、映画業界のさまざまなトラブルに巻き込まれ、ごくわずかの劇場でしか公開されることがなかったが、大林映画の集大成ともいわれている。

で、その映画の劇伴音楽を担当したのが、KANさんであった。Wikipediaから引用する。

「音楽は後に「愛は勝つ」を大ヒットさせるKANが担当。山本又一朗主宰のフィルムリンク・インターナショナルの関連会社に、当時KANが所属していたことから話が持ち込まれた。レコードデビューする以前の作曲で、KANにとってはプロとしての初仕事であった。予算がないため、全てシンセサイザーによる作曲で、録音は無料で使えたヤマハのスタジオで行った。サントラは当初発売されなかったが、大林宣彦サントラコレクションシリーズの中でCD化されている。(バップ、1998年発売)」

僕はこの映画のDVDを観て、その音楽に取り憑かれ、だれだろうと思ってクレジットを確認すると「KAN」とあった。え?KANって、あのKAN?と、最初は「愛は勝つ」の人と同じなのか別人なのかわからなかったので、それで僕はそれを確かめようと『野球選手が夢だった』を買ったのである。しかし、あの劇伴音楽の、もの悲しさをイメージするような曲は、片鱗もなかった。それでも当時、このアルバムを繰り返し聴いていた。

1998年に映画のサントラが発売になって、さっそく手に入れてこれも繰り返し聴いた。この曲は、紛れもなく心に残る名曲である。いまでも僕はKANさんの楽曲の中でこの映画の劇伴がいちばん好きである。たぶん、これはKANさんが手がけた曲ですよといわれても、ファンですら驚くに違いない。

俺は、デビュー前からKANの音楽を知っていたんだぜ。

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俺たちに未来はあるか

11月18日(土)

先週に引き続き、5歳の娘をピアノ教室に連れていく。

先週、「ガラガラ抽選器」の思う壺になってイタい目に遭った。今週も同じ場所にガラガラ抽選器が置いてあるのを見つけたので、先週とは違う入口から入ることで、事なきを得た。

そのビルの6階のフロアーはまるまる音楽教室になっていて、ピアノのほかにも、さまざまな楽器の教室がある。

娘を連れて何度かこの音楽教室に通っていると、あることに気づいた。

おそらく会社を定年退職して悠々自適に過ごしているのであろうオジさんの姿がちらほらみられるのだが、音楽教室を行き来するオジさんたちは、かなりの高確率で「アルトサックス」を手にしているのである。つまり、オジさんたちのほとんどが、アルトサックスを習っている。というか、アルトサックスを習っている人のほとんどが、定年退職後のオジさんなのだ。

僕は高校時代に、吹奏楽の部活に入り、アルトサックスを吹いていた。たしかにアルトサックスは、ひとりで楽器を習得するには手軽なのである。ほかの楽器と違って、音が出しやすいし、大きさも手頃だし、それを持ち歩いている姿もなかなか絵になる。そういう諸々の理由で、定年退職後のオジさんの間でアルトサックスがもてはやされているのではないだろうか。そうか、俺ももう一度アルトサックスを習ってみるかな、という気持ちにさせてくれる。

音楽教室のフロアには30部屋近くの個室があるのだが、娘がいつもピアノのお稽古をする部屋のはす向かいから、いつもアルトサックスの音が漏れ聞こえてくる。

練習している音楽が、ジャズとかフュージョンだったら、まあわかるのだけれども、そうではなく、練習している曲はドリカムの「未来予想図Ⅱ」なのだ。それも、延々と、くり返しくり返し、耳について離れないほど、アルトサックスの音色の「未来予想図Ⅱ」が聞こえてくる。アルトサックスだけなので、当然、バックバンドのようなものもなく、ひたすら、「未来予想図Ⅱ」のメロディーだけをもの悲しく吹いているのである。

おいおい、「未来予想図Ⅱ」を演奏したいためにアルトサックスを習ったのかよ!いや、それは別に人それぞれに好みがあるのだから、全然かまわないのだけれど、ただ僕自身が、せっかくアルトサックスを習いたいといったときに、課題曲が「未来予想図Ⅱ」というのは勘弁してほしい。もちろんいい曲だということはわかってますよ!でも2007年の曲ですよ!どうしてその曲をチョイスしたのか、逆に知りたい。

さてそうなると、どんな人が演奏しているのか、気になって仕方がない。そんなことを詮索するのが下品だということを百も承知で、やはりどうしても見たくなる。

僕はその部屋に何気なく近づいていって、ドアのところにある小窓みたいなところから見てみると、やはり定年退職後のオジさんとおぼしき人が、「未来予想図Ⅱ」を吹いていた。

いや、全然それはかまわないんです。かまわないんだけど、定年退職後の「未来予想図」って…。どんな予想図を思い浮かべながら演奏しているのだろうと、僕は切なくなった。

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憂鬱な年末調整

11月16日(木)

すっかり失念していたのだが、今年度から年末調整が、紙で提出するのではなく、パソコンに入力する方式に代わったのだった。

いよっ!デジタル社会!

今年度から入力方式になりますよ、と連絡が来たのが11月2日(木)。入力の締切を確認すると、11月16日(木)厳守だった。

何だ、けっこう時間の余裕があるじゃん、と思っていたら、意外と余裕がないことに気づいた。

通知文をよく読むと、職場の外からは入力できません。職場内でのパソコンからしか入力できません、とある。

ゲゲッ!

翌3日(金)から3連休、5日(日)から11日(土)までの1週間は妻が出張で、保育園の送り迎えは僕がやらないといけない。もちろん送り迎えの合間に出勤するのだが、職場には短時間しかいられず、仕事が多すぎて入力する時間がない。

12日(日)の休日をはさんで、13日(月)~15日(水)は「ひとり合宿」のために休暇を取った。16日(木)の日中は、車で片道1時間半ほどかかる総合病院での診察がある。

ゲゲゲッ!!職場に行って入力するチャンスがあるのは、最終日・16日(木)の午後遅くの時間だけじゃん!全然時間がない!

16日(木)、病院での検査を終えると一目散に職場に向かう。到着したのが15時半だった。

そのまま担当部署に向かう。実は入力のやり方がよくわからないので、担当事務の部屋に行ってパソコンを使わせてもらって、説明を聞きながら入力しようと思ったのだ。なんとか勤務時間には間に合った。

IDとパスワードを入れる。

「IDは何を入れればいいのですか?」

「ここで働く人ひとりひとりが持っている個人番号です。」

「ああ、あれね」

IDとパスワードを入力してログインしようと思うのだが、何度やっても「IDが間違っている」という表示が出る。

おかしいなあと思ってIDを見直してみたら、自分の個人番号ではなく、銀行の口座番号を入力していたのだった。間抜けな話だ。

あらためて個人番号とパスワードを入力したら、ようやくログインができて、入力すべき項目を開くことができた。

「え~っと、この欄は何だっけ?これでいいのか?」

「ここの記入欄は何も入力しなくてよかったんだな?」

と、ブツブツと独り言を言いながら入力していくのだが、1回もエラー表示を出さずに入力できたページは、ただの一つもなかった。エラーが出るたびに原因を究明するのだが、そのすべては私のタイプミスである。

結局、年末調整の書類を入力するだけで1時間もかかってしまった。

しかしまあこれからは徐々に慣れていくのだろう。慣れていけば、紙で書くときより大幅な省力化が図られるはずである。これぞデジタル化社会である。

「すみません。ところで保険会社から年末調整に必要だというはがきが来たのですが、どうすればよいのですか?」

「台紙にのりで貼って提出してください」

えええぇぇぇっ!!!そこはアナログなのかよ!

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「時代の趨勢」ではかたづけられない

11月15日(水)

3日目の「高気圧酸素治療」も終わり、お昼前に「ひとり合宿」から解放された。

ふと思い立ち、途中下車して、あるE電の駅南口に隣接する本屋さんに立ち寄ることにする。僕はこの沿線に住んでいるので、この路線に乗るときに、時間ができれば途中下車をすることは何度かあったが、その本屋さんには、2,3回訪れた程度だった。その印象は、「品揃えは非常によく練られており、決して広くはない空間にメガ書店にまったく引けを取らない豊かさがあ」った(日野剛広『本屋なんか好きじゃなかった』十七時退勤社、2023年より表現をお借りしました)。なにより、地元が頼りにしている本屋さんだった。このE電の沿線には、そういう本屋さんが多い。

久しぶりに入口に立ってみて驚いた。立て看板が立っており、こんなことが書かれていた。

「お客様各位 大変残念ですが、当店は2024年1月8日をもって閉店致します。皆様のご利用によりこの地で40年以上書店として存在できた事は大変な喜びです。この地から退く事は大変な悲しみですが、時代の趨勢として受け入れざるを得ません。長い間本当にありがとうございました」

おいおい、閉店しちゃうのかよ!

店の中に入ると、それなりにお客さんがいる。本棚を眺めながら店内を歩いていると、お客さんが店員さんに向かって、口々にお店がなくなることの寂しさを語っていた。

「本当にやめちゃうの?」

「淋しくなるねえ」

「私はこれから、どこの本屋さんに行けばいいの?」

お客さんの声をそれとなく聞いていると、別の町からはるばるこの本屋に通っている人もけっこういるようだった。

しかし、40年も続いた本屋さんが、幕を閉じるとは。同じ町の南の方には、もう1軒、同じような規模で50年続いた、やはり品揃えがよく練られた本屋さんがあったそうだが、そのお店も2017年にすでに閉店している。

決してさびれた町ではないのに、しかも駅に隣接した一等地なのに、お客さんもそこそこいるのに、それにもかかわらず、閉店に追い込まれるというのはどういうわけだろう?

この先、本屋さんは「メガ書店」と「インディーズ書店」の二極化がますます進み、粛々と営んでいた「町の本屋さん」は、どんどん廃業していってしまうのだろうか。

いったい、だれを恨めばいいのか?

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ひとり合宿の楽しみ

11月14日(火)

「ひとり合宿」2日目。

メインイベントが終わり、あとは明日の「高気圧酸素治療」と「解放」を待つばかりである。

ありがたいことに、朝刊と夕刊を部屋に持ってきてもらうサービスがある。朝刊と夕刊は違う新聞社のものなのだが、いずれの新聞も僕の思想信条とは真逆のものなので、ふだんまったく読む機会がない。「ひとり合宿」のときが唯一その機会なので、僕はその2種類の新聞に目を通すことにしている。

とくに注目しているのは、夕刊として渡される某新聞1面のコラムだ。コラム、といっても、新聞社の論説委員みたいな人が書くものではなく、日替わりで大企業の経営者とか作家とか、たぶん新聞社のおめがねにかなった人が選ばれて書いているようである。書いてある内容が、さりげない自慢だったり、無意識に上から目線だったりすると、そこはかとない芳ばしさを感じさせる。

本日の夕刊コラムの執筆者は有名な作家だった。ふだんから権力志向が感じられる人で、どちらかというと僕はちょっと苦手である。内容は曰く、こんな感じである。

自分の財布がパンパンに膨れているのは、現金のせいではなく、さまざまなお店のクーポンカードのせいである。たとえば化粧品売り場で商品を買うと、会員登録させられてカードをもらう。化粧品や洋服だけではなく、スーパーやドラッグストア、焼き肉屋やちょっとしたカフェに至るまで、1回行っただけでポイントカードを勧められ、それが積もり積もって財布を膨らませる。

そこからの作家の文章がすごい。

「それならば断ればいいではないかと言われそうであるが、拒否するととたんに店員さんの態度は冷たくなる。それがイヤで、カードに記入するぐらい、と考えてしまうのである」

ここからその作家は、通りすがりの人として商品を求める自由が許されないのは世の中が窮屈なのではないか、という持論を展開するのだが、僕はこのコラムを違和感なしには読めなかった。僕がその作家に対して偏見を持っていることは認める。そのことを差し引いたとしても、である。

「カードの作成を拒否するととたんに店員さんの態度が冷たくなる」というのは、本当のことだろうか?僕はいままで、そんな店員さんに出会ったことは一度もない。「カードをお作りしましょうか?」「いえ、けっこうです」と答えて、気分を害する店員がいるのだろうか?

いや、僕が言いたいのは、そんなことではない、「自分がカードを作ってしまうのは、店員さんの態度に責任がある」と言わんばかりの論調を何の疑いもなく書いている作家の方に問題があるのではないか、ということなのである。どうしてこんなことをコラムで書けるのかが、僕にはよくわからない。批判は、店員に向けるべきではなく、何らかの目的でそのような仕組みを作って利権に結びつけようとする、より大きな組織に向けられるべきではないのか。その作家がすでに大きな権力を持っている存在なので、攻撃の矛先を店員に向けるのはなおさらおかしい。これだけ有名な作家なのに、そこに対する想像力が欠けているのは至極残念である。

ちなみに僕の財布もカードで膨れ上がっている。しかしそれは僕自身の問題であり、だれのせいでもない。

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気分は飛行機移動

11月13日(月)

「ひとり合宿」1日目。

前回から新しい治療が加わった。「高気圧酸素治療」というものである。

密閉されたカプセルの中に入り、高気圧の酸素を1時間半程度浴びせるという治療である。

これには、いくつかの注意点がある。

高気圧の酸素は発火しやすいので、化繊系の服は着てはいけない。ただ、最近はほとんどが化繊系の服なので、病院から支給される化繊のない病衣と、なんと大人用の紙オムツが支給されるのである。パンツには化学繊維が含まれているから、パンツはダメなのである。

大人用の紙オムツをはくというのは、なんとなく屈辱的に感じるが、それと同時に「原点回帰」を連想させる。

もう一つの注意点は、耳抜きである。

カプセルの中では、はじめに徐々に気圧が上がり、最後に徐々に気圧が下がる。つまり気圧の変化が激しいのだ。飛行機に乗ったときとか、新幹線がトンネルに入ったときのように、耳がつんとなるのである。最初、担当医から、

「耳抜きはできますか?」

と聞かれ、

「はあ。鼻をつまんだ状態で、鼻から思いっきり息を出す、みたいなことですよね」

と答えたら、

「とんでもない。そんなことをしたら鼓膜が破裂します。唾を呑んだりして耳抜きをするのです」

「はあ、できると思います」

「念のため、あめ玉を舐めていただきます」

大人用の紙オムツをしてあめ玉を舐める、となると、いよいよこれは原点回帰である。

背に腹はかえられないから、なんとかなるだろうと、前回の治療の時に初めて体験したが、思いのほか耳がつんとなり、かなり不快な思いをした。あめ玉を連続して4つ舐めたが、どの程度の効果があったのかはわからない。ただたんに、あめ玉であやされているだけのようにも思える。そうなるといよいよ原点回帰である(しつこい)。

今回の「ひとり合宿」は3日間。つまり1時間半の苦行を3セット行うことになり、メインの治療ではないにもかかわらず、こっちの方が憂鬱である。

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文フリって何だ?

11月12日(日)

午前中、父親の七回忌法要を済ませたあと、午後に市内の小規模書店に向かう。ちょっとした知り合いがトークイベントをするというので、聴きに行くことにしたのだ。

前日は、東京の流通センターというところで、「文フリ」があった。

「文フリ」。今年になって初めて覚えた言葉である。「文学フリマ」のことだが、それをわざわざ「文フリ」と略すのはどうだろう?

「文学フリマ」とは、文学作品展示即売会のことで、公式ホームページによると、「小説・短歌・俳句・詩・評論・エッセイ・ZINEなど、さまざまなジャンルの文学が集まります。同人誌・商業誌、プロ・アマチュア、営利・非営利を問わず、個人・団体・会社等も問わず、文芸サークル、短歌会、句会、同人なども出店しています。参加者の年代は10代〜90代まで様々です。現在、九州〜北海道までの全国8箇所で、年合計9回開催しています」とある。行ったことないけど、「コミケ」みたいなものなのだろうか?

「文フリ」の話題は、「武田砂鉄 プレ金ナイト」でも、TBSラジオの澤田大樹記者が「ZINE」を出すという話をしていて、その存在自体は知っていた。というか「ZINE」という言葉も、最近知った言葉である。かつての「同人誌」みたいなものと勝手に理解している。

知り合いからぜひ来てみてください、と誘われたのだが、昨日はとても無理だったのでお断りした。

僕の究極の夢は、ミニコミ誌を発行することだと以前に書いたことがあるが、「文フリ」はそのためにおあつらえ向きの空間なのかも知れない。行ってみたいという衝動に駆られるが、そもそも混雑しているところに行くのは好きではなく、「文フリ界隈の人々」とコミュニケーションをとるのは苦手だし、とくにそこまで文フリに思い入れがあるわけでもないので、たぶん今後も行くことはないだろう。

たまたま文フリに出店した知り合いが、市内の書店でトークイベントをするというので、文フリに参加する代わりに、文フリ気分をちょっとでも味わえればと参加したわけである。

…なんか、「文フリ」と言いたいだけの人みたいだな。

トークイベントは、昨日の文フリに出店していた2人による対談という形式でおこなわれた。当然、昨日の文フリの振り返りみたいな話題も出たので、僕はそれだけで十分だった。おそらく文フリの現場に行ったら、見境なく同人誌を買ってしまうかも知れない。それが怖いので、行かなくて正解だった。昨日の娘のわがままをたしなめる資格はない。

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思う壺

11月11日(土)

午後、5歳の娘をピアノ教室に連れていく。

そのピアノ教室は、繁華街の町の、著名な店舗がいくつも入っている建物の6階にある。

いつものように入口から入ろうとすると、入口のところに、大きな…、あれ、正式名称は何だろう?商店街の福引きなんかで、ガラガラとまわして色の付いた玉を出すヤツ…、ガラガラ抽選器が置いてある。どうやら、地下1階のゲームコーナーにかかわる抽選器のようで、その横には、「景品は地下1階で交換してください」みたいなことが書かれたのぼりが立っている。

それを娘がめざとく見つけた。というか、あんなに大きなガラガラ抽選器だったら、イヤでも目に入ってくる。

「あれ、やりた~い」

と娘が言い出した。そりゃあそうだろう。僕が5歳だったとしても、絶対にやりたいと言うはずだ。娘からこの言葉が出るともうおしまいだ。こちらがいくら否定しても後には引かない。しまいには大泣きして、こっちが悪いみたいな状況が作り出されてしまう。僕は何度か「ダメ」といったが、予想どおり娘は一歩も引かなかった。

僕はイヤな予感がした。「無料で景品に交換」みたいなことがのぼりに書いてあったからである。「無料」と謳っているほど怪しいものはない。

しかし娘はそこからテコでも動かないという意志を固めていたようなので、仕方なく1回だけガラガラをさせることにした。

すると、黄色の玉が出て、「お菓子引換券を差し上げますので、地下1階の店の奥のカウンターで、交換してください」と言われて、「お菓子引換券」と書かれた紙を渡された。

これが、ふつうの紙だったら、僕は娘に「残念、ハズレでした」と言い含めて、その引換券を捨てて地下1階には行かなかったであろう。しかし、敵はそういう心理を見越して、「お菓子引換券」にある工夫を凝らしていた。それは、紙にパウチをしていて、この引換券はくり返し使うものなので必ずお店のカウンターで交換してください、といわんばかりの作りになっていたのである。

僕が懸念していたのは、地下1階のゲームコーナーというのがクレーンゲームばかりを集めた空間で、店内に1歩入ったが最後、娘の欲望に火が付いてしまう。そうなると、無料のお菓子だけでは済まないことになる。

しかも「店内の奥にあるカウンター」というのもトラップである。否が応でもひととおりさまざまなクレーンゲームを目にしたあげくに、お菓子交換にたどり着く仕組みだ。そうなると、娘の欲望はますます加速してしまう。

どうしようか、逡巡したが、やはりパウチされた「お菓子引換券」をお菓子に交換しないのはキモチがワルい。仕方なく地下1階に降りることにした。

降りた途端、僕は後悔した。なんという、クレーンゲームのパラダイスだ!

早く店内のカウンターを見つけてお菓子を交換して、この場を立ち去りたいと思ったのだが、店内は迷路のようになっていて、否が応でもクレーンゲームのパラダイスの中をウロウロしなければならない。ようやくカウンターに辿り着いてお菓子引換券を渡すと、店員は10円相当のお菓子を渡した。

「さあ、帰ろう」

僕は早くこの場を立ち去りたかったが、まるでお釈迦様の掌の上で遊ばされているように、娘は「ゲームやりた~い」と言い出した。

奴らは、これが狙いだったのだ。大きなガラガラ抽選器に「無料でお菓子交換」という文句で小さい子どもを引き寄せて、なんとか地下1階に誘い出す。そうなるともう、クレーンゲームをやりたいと思わずにはいられなくなる。なんという騙しのテクニックだ!

僕は強引に、娘を連れてエスカレーターの地上階に出ようとしたが、「ゲームしたい!」と、娘は泣き出す始末。仕方なく「1回だけだよ」と、1回100円のクレーンゲームをするが、僕はこの種のゲームをまったくしたことがないので、目的の品をつかむことができない。

「失敗だったよ。さあ行こう」

100円をドブに捨てたようなものだ。

「お願い!取れるまでやって!」

また泣き始めた。こうなるともうダメだ。僕も腹をくくって、目的の品をつかむまで諦めないぞと誓った。

結局、何度か挑戦し、数百円かけてようやく目的の品を手に入れた。

結局、10円そこそこのお菓子ひとつで、数百円の出費をしたことになる。もう完全にお店側の思う壺だ。

「無料で抽選」は絶対にやめた方がよい。

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最も雑な国際会議

11月10日(金)

以前、韓国の知り合いから、国際会議で何か話をしてくださいと依頼された。

その知り合いは、わざわざ私費で日本に渡航して、僕が手がけた今年春のイベントを見に来てくれたので、断るわけにはいかない。

「どんな話をすればいいのですか?」

「なんでもけっこうです。今年春のイベントについてお話しになってはいかがですか」

なんでもけっこう、って、その国際会議はいちおうテーマがあるんだろうに、なんでもいいということは、国際会議を開くことだけが決まっていて、あとはなりふり構わず登壇者を集めるということなのだな。

韓国では、3カ国以上の人が参加しないと「国際会議」とは名乗れないと聞いたことがあるから、明らかに僕はたんなる「数合わせ」である。

現地参加が原則のようだが、日程を聞くと、僕がとうてい韓国に行くことができない時期である。

「現地参加はできませんが、オンライン参加だったら参加できます」

と条件をつけたら、

「それでけっこうです」

と答えが返ってきた。ホントに、なりふり構わないんだな。

僕は、今年春のイベントにかかわる内容のお話をすることにし、韓国人にもわかるように原稿を作り直して送った。パワポも作ったのだが、先方が求めている内容なのかどうかわからない。

会議は2日間あるそうなのだが、自分がどの日時に発表するのかわからない。こっちは保育園の送り迎えがあるのだ。

しばらくして、「登壇日時は11月10日(金)の16時10分から30分程度です」という答えが返ってきた。と同時に、国際会議の2日間のタイムテーブルも送られてきて、僕のプレゼンは一番最後だということがわかった。ほかのプレゼンターの内容も見てみたのだが、それでもどうもよくわからない。ただ、明らかに僕のプレゼンだけが浮いているということだけはたしかなようである。

いつまで経ってもZoomのアカウントが送られてこないので、催促したら、直前になってアカウントが送られてきた。僕はそれを見てびっくりしたのだが、Zoomの設定、つまりカメラ機材の設定は11日(金)の13時~14時の間におこないますので、その時間に適当に入ってきてくださいとのことだった。

えええっ!!どうやらオンライン参加は僕だけで、僕の登壇時間の付近だけ、Zoomの設定をするということらしい。極端なことをいえば、僕は自分の登壇の時間だけ、この国際会議に顔を出せばよいということなのだ。

それはそれでありがたいが、手を抜きすぎだろ!

で、接続の状況とか画面共有の確認とかの必要上、午後の部が始まる14時少し前に入室したところ、案の定、会場の音声がひどく悪い。マイクを使っても、音声がぼやけていて何を言っているかわからないのである。どうやらZoomのホストアカウント用のノートパソコン1台を雑に置いているだけのようだ。会場の映像も、アサッテの方向を漫然と映し出している。

機材のトラブルを、韓国語で先方とやりとりするというのはかなり難易度が高い。日本語の通訳なんて、当然ながら用意されていないので、頼れるのは僕の貧弱な韓国語しかないのだ。うーむ。これは最大のピンチである。とにかく、自分のプレゼンの前に、ほかの人のプレゼンを見ながら対策を考えるしかない。

14時。午後の部が始まった。

登壇者は韓国人なのに、司会の韓国人はなぜか英語で喋っている。国際会議という体裁のためだろうか。

例によって、僕に会場のぼんやりした画面が見えるだけで、プロジェクタに映し出されたパワポはまったく見えない。だから内容が全然入ってこない。音声も途切れ途切れで聞こえない。この時間はいったい何なのだ?

案の定、各人のプレゼンは順調に予定時間をオーバーしている。こうなると気が気でない。席を離れることができず、ノートパソコンの画面に張り付いて、自分のプレゼンがいつ始まるのかを見極めなければならない。

僕の2人前のアメリカ人は、大げさに身振り手振りをしながら、ミュージカル「ウェストサイドストーリー」の話を延々としているようだった。そういえばスピルバーグ監督がリメイク映画を作っていたしね。話は、「ウェストサイドストーリー」と「ロミオとジュリエット」の近似性についても及んでいるようで、「それ、たしか映画評論家の町山智浩さんが『たまむすび』で言ってたぞ。町山さんの話を聞けば十分なんじゃねえの」といった感じの内容だったのだろう(推測)。

さて、僕の出番は、予定より20分遅れて16時30分からだった。「30分でお願いします」「わかりました」

最初だけ韓国語で挨拶をして、本題に入ると同時に写真いっぱいのパワポを使いながら日本語で話をした。原稿はすでに韓国語訳されているので、内容を理解する分には困らないはずだ。

ちょうど30分でプレゼンを終え、そのあとは討論者による質疑がある。これがいちばんの問題だった。通訳はいないし、会場の音声は途切れ途切れにしか聞こえてこない。その場でのヒアリングは絶望的に難しい。

そんなこともあろうかと、あらかじめ討論者から送られてきた討論文(韓国語)を読み、それに対する回答を考え、それをパワポに簡単な韓国語であらわし、画面共有しながら説明する、という方法を事前に思い付いた。こうすれば、日本語を喋って回答しても、先方が理解できないということはない。僕はまじめにそれを実行した。

討論者のコメントが始まった。予想どおり、討論者は自分のコメントをまくし立てるように早口で喋った。それはあまりに義務的なしゃべり方だった。耳をそばだてて聞いてみると、あらかじめ僕に送付した討論文をひたすら読んでいるようだ。

そのコメントが終わったかな、と思われるタイミングで、こちらもあらかじめ準備していた討論者の質疑に対する答えを、パワポを画面共有しながら説明した。一通りやりとりが終わると拍手が起こった。どうやら無事に終わったようだ。

この最悪で雑な環境で、よく破綻せずに終われたものだと、その奇跡に僕はドッと疲れがでた。画面の共有を停止すると、会場の様子が大きく映し出された。僕はそれを見て驚愕した。

会場には、討論者の先生のほかに、学生とおぼしき若者ばかり8名しかいない!偉い人たちはみんな、俺の話を聞く前に帰っちゃった!

討論者や学生は義務感から仕方なくでていたのだろうけれど、偉い人たちは、最初から僕の話なんぞ聞く気がなかったのだ。それどころか、僕をこの国際会議に呼んだ当事者の人も、会場にいなかった。なんという雑な扱いだ!

僕はいったい、だれに向けて話をしていたのだろう?

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いちばん目立つ車

職場に通勤するときは、片道2時間以上かけて車で通っている。

通勤のたびに何百台、何千台の車を見ることになるのだが、その中でいちばん目立つ車というのは何でしょうか?

正解は「トヨタ・センチュリー」です!

朝、首都高速の入口から入ると、かなりの確率で、気がついたら隣の車線で「センチュリー」が走っている、という場面に出くわす。

「センチュリー」といったらあーた、日本を代表する超高級車ですよ!子どものころ、自動車図鑑みたいなので、高級車の代名詞として必ず紹介されていたので、いくら車に興味がない僕でも、さすがに認識することはできる。黒塗りの車で、専用の運転手さんがいて、VIPが後部座席に乗るものと相場が決まっている。実際、よく見かけるセンチュリーは、後部座席側の窓すべてにカーテンがかかっている。これはもう、とても偉い人が乗っているに違いない。

ナンバープレートをちゃんと確認したわけではないが、僕がよく出くわすセンチュリーは、すべて同じセンチュリーなのだと思う。どんなに首都高が渋滞していても、センチュリーだけは見逃さないから不思議である。

何度かセンチュリーを見かけるうちに、どうやら、そのセンチュリーが僕と同じ入口から首都高に入って、都心へ向かっていることがわかった。そうなるともう、親しみを覚えずにいられない!

いったい、センチュリーに乗っているVIPというのは、だれなのだろう?

そんな想像をしながら出勤するのが常なのだが、今日はなんと、退勤の時に首都高で同じセンチュリーを見たぞ!

今日は職場を少し早めに出たのだが、午後5時前に首都高速を走っていると、同じセンチュリーが隣の車線を走っていることに気づいた。一般的には、退勤時間というには少し早い時間帯である。

なるほど、「重役出勤」というくらいだから、遅く出勤して早く帰るのだな。ますます乗っている人のことが気になった。

予想どおり、センチュリーは僕の車と同じ出口から首都高速を降りたのだった。

謎は深まるばかりだが、冷静に考えてみると、これだけセンチュリーを見かけるということは、俺自身が重役みたいなものなんじゃないだろうか。もっとも、こっちは保育園の送り迎えのために重役出勤にならざるを得ないのだが。

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橋幸夫のありがたみ

ちょっと前に、ある田舎町のカフェに入ったら、みんなにありがたがられる存在のおじさんが久しぶりにその店にやってきて、そのたたずまいがなんとなく橋幸夫を連想させた、といった内容の記事を書いた

そこでハタと思い出したのだが、橋幸夫が、橋幸夫役でドラマに出ていたことが、2回ほどあるぞ!

1つめは、三谷幸喜脚本のドラマ「王様のレストラン」。

没落しかけたフランス料理店のシェフ(山口智子)が、橋幸夫のファンという設定だった。いつも橋幸夫の歌を聴いている。そのフランス料理店は、奇跡のような出来事の連続で、有名なお店になっていくのだが、たしかその最終回で、本物の橋幸夫が、橋幸夫役でそのフランス料理店にやって来て、それを見たシェフの山口智子が感激する、という場面があった。

2つめは、宮藤官九郎脚本の朝の連続テレビ小説「あまちゃん」である。

主人公・天野アキ(能年玲奈、現のん)の祖母・天野夏(宮本信子)が、若いころに橋幸夫と一緒に歌を歌ったことがあって、その思い出を抱えてずっと生きてきた。東京に旅行する機会をとらえて、橋幸夫に会いたいと願う夏。そしてその夢が叶い、橋幸夫と再会する。このときも、橋幸夫が橋幸夫役で出ていた。

三谷幸喜と宮藤官九郎が共通して橋幸夫に注目し、しかも本人役で登場させているというのが面白い。

そう、橋幸夫は「ありがたい」存在なのだ。そしてそのありがたみは、本人役で登場してもらってこそ意味がある。なぜなら、橋幸夫自身に、「ありがたい雰囲気」がただよっているからである。これはそうそうにない才能である。

最近、引退宣言をしてしまい、とても残念である。あの「ありがたみ」を醸し出すことができるのは、橋幸夫をおいてほかになく、余人を以て代えがたいのだ。

 

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QRコードになった娘

11月7日(火)

今週の日曜日から1週間ほど、妻が出張で不在である。したがって当然のことながら僕が保育園の送り迎えをすることになるのだが、10月31日をもって保育園の「連絡帳」が廃止された。まるで、東海道新幹線の車内販売が10月31日をもって終了したのと同じくらいのショックである。

ではどうなったかというと、電子化されたのだ。保育園とのやりとりは、すべてスマホのアプリを通じておこなわれることになったのである。

高齢の親にとっては受難の時代である。手のひらサイズのノートに、1日1ページを使ってその日の娘の体調とちょっとしたエピソードを記す、というのは、いわば日記代わりだったのだ。もちろんスマホに入力する内容は連絡帳に書いていたことと変わらないのだが、ちょっと味気ないし、後で見返すなんてことは、ほぼなくなるだろう。

時代の流れには抗えないとはいえ、だれが言い出したことなのだろう?スマホを使いこなしている若い保護者が、紙の連絡帳なんていつの時代の話だよ!とクレームをつけたのか?あるいは保育士さんの負担を減らすために、ひとりひとりの連絡帳にコメントを書くことをやめ、クラス一斉に同じ内容のメッセージを送れるようにする方法をとることにしたのか、いずれにしても、問答無用でそれはおこなわれた。

僕もよくわからないながら、アプリをダウンロードして、マニュアルを見ながらあれこれと設定すると、スマホの画面上に大きなQRコードがあらわれた。娘の登園、降園の際に使用するQRコードである。保育園の入口にあるQRコードの読み取り機にスマホの画面上に現れたQRコードをかざすと、読み取り機が反応して、登園や降園の情報が登録されるのである。まるで、娘が二次元空間のQRコードになってしまったが如くである。

なるほどこれがデジタル化社会か。そう考えると、マイナンバーカードなんて、デジタルどころか、アナログもいいとこだな。だいたいカードなんてものは三次元の物体なのだから、「デジタル行政」なんて言うのはちゃんちゃらおかしい。その政策をデジタル庁と名のる役所が得意になって進めているのはどうかしている。究極のデジタル化とは、個人がQRコードになる社会なのではないだろうか。

そのうちわれわれ全員がQRコードになってしまうのだろうか?「このQRコードはたしかに俺だが、スマホを持っているこの俺はだれだろう?」落語「粗忽長屋」は、実はデジタル化社会を予言し、それを揶揄した落語なのではないか、というのが、僕の仮説である。

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じじょまる

11月5日(日)

今日から妻が1週間の出張なので、5歳の娘の子守は僕がやることになっている。

平日は保育園に預けるのでどうということはないのだが、問題は休日である。四六時中、目の届く範囲で子どもを遊ばせなければならない。

今日はどこに連れていこうかとノープランだったのだが、朝9時頃、市の防災無線を通じて、住民に向けて放送が流れた。

「本日10時から○○小学校において、防災訓練をおこないます。ふるってご参加ください」

市をあげての防災訓練のようだ。しかも、防災訓練がおこなわれる小学校は、自宅から比較的近い場所にある。午前中、とくに連れていく場所もないし、娘と二人で歩いて行くことにした。

どうせつまらないのだろうな、と思いきや、さにあらず、これがなかなか楽しかった。

校庭にはいくつものテント(運動会などで使うヤツ)が並んでいて、それぞれの場所でクイズに答えたり、訓練体験をしたりするたびに、スタンプが捺される。いわばスタンプラリーのようなもので、合計12コ以上のスタンプが捺されると、防災グッズなどの景品がもらえるというしくみである。

個々の体験は面白かった。火事の時の煙がどれほど恐ろしいかを体験する「煙体験」や、震度の大きい地震を体験する「地震体験」、消火器訓練や放水訓練、消防車乗車体験など、子どもたちをなかなか飽きさせないブース(テント)が並んでいる。非常時に自動販売機の飲料水がボタンを押すだけで無料で出てくるという夢のような機械とか、果ては「炊き出し体験」と称して、防災訓練に訪れた人たちにカレーライスとミネラルウォーターがふるまわれたりする。おかげで、お昼ご飯を炊き出しで済ませることができた。「炊き出し体験」とは、「炊き出しがこんなにありがたいものだと体験する」という意味だったのだ。お昼12時までのたった2時間でこのイベントが終わってしまうのは、なんとももったいない。

それよりも僕が気になったのは、この防災訓練のマスコットキャラクターである。みうらじゅん先生言うところの「ゆるキャラ」なのだが、これれがひどく人気なようで、そのゆるキャラが近づいてくると、各ブースを担当している防災訓練のスタッフたちが気もそぞろになり、訓練参加者への対応をいったん休んで、ゆるキャラの写真を撮りに行く始末。おいおい、訓練だとはいえ、持ち場を離れていいのかよ!

…いや、僕が気になっているのはそんなことではない。そのゆるキャラの名前である。

胸のところの名札を見ると「じじょまる」とある。「じじょまる」って漢字に直すとどうなるのだろう?まさか、「自助丸」?

インターネットで検索してみると、簡単に答えがわかった。やはり「自助丸」である。名前の由来を、公式ホームページでは次のように説明している。

「防災において最も重要な「自助」(自分で自分の身を守る)からじじょまると名付けられた」

僕はこの「自助」という言葉があまり得意ではない。コロナ禍の時に首相だった人が、

「自助、共助、公助、そして絆」

という言葉を何度か口にしており、自助を冒頭に持ってくると言うのは、自己責任論を声高に叫ぶ温床になるのではないかと懸念したものである。

だがよく調べてみると、この「じじょまる」の誕生日は、公式ホームページでは、「2015年10月に突如現れた!」とあるから、コロナ禍よりも前にすでにこの名前が決まっていたということである。

僕はコロナ禍になって「自助」という言葉が生まれたのだろうとてっきり思っていたのだが、そうではなく、それ以前から防災界隈では「自助」という言葉がふつうに使われていたらしい。

それにしても、コロナ禍で「自助」という言葉がいささかマイナスイメージを持ってしまったことは否めない気がする。要は、「だれが言うのか」という問題に尽きるのだろう。

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1勝1敗

11月3日(金)

さあみなさん!今日おこなわれた2つの行事がどうだったのか、気になっていると思いますけども。

まず、保育園有志によるハロウィンパーティー。

パーティー自体は午前中から始まっていたのだが、メインの「ゲームならびにお菓子配り」は午後2時からと聞いていたので、お昼ご飯は別に済ませ、午後から参加することにした。

会場となっている公会堂に行くと、すでに大人たちはデキあがっていた。つまり、父母問わず、お酒がそうとう入っていて、なかにはへべれけになっている人もいる。

うーむ。なかなかのカオスである。2時から開始予定のゲームが、いつになっても始まらない。5歳の娘は、それなりにお友だちと遊んでいるのだが、僕はたちまち手持ち無沙汰になった。

じゃあパパ友の輪に加わろうかと思っても、愚連隊みたいな連中ばかりで、とてもその輪には入っていけない。もとより僕は飛び抜けて年上の保護者なので、僕自身が扱いに困る人間なのである。

1時間ほど経った3時過ぎに、ようやくゲームが始まった。ゲームというのは、スタンプラリーのようなもので、子どもたちが公会堂の中や隣接する公園を探しながら、シールを入手していくというものである。で、シールをコンプリートしたあかつきには、お菓子がもらえるという、そういう遊びなのだ。

僕は、このハロウィンパーティーの準備に一切関わらないと心に決めていたのだけれど、準備をした人はたいへんだったろうなあ。

お菓子をもらったらすぐに娘を連れて帰ろうと思ったのだけれど、そのあとが長かった。隣接する公園で、鬼ごっこが始まり、子どもたちはそれに夢中になったのである。

で、大人たちはというと、再び酒を飲み始めている。ご親切に僕に話しかけてくれる人もいるのだが、ろれつが回らないので何を言ってるのかわからない。

僕は次の予定もあるので、できれば午後4時過ぎに出たいと思っていたのだが、娘は、

「もっと遊びたい!」

と言ってきかない。ま、それは当然であろう。

それでも、「そろそろ帰るよ」と何度か呼びかけるのだが、「ヤダ」といって泣きそうになる始末。

どうにか5時に解散となり、急いで娘を近所に待機していた妻に受け渡して、僕は駅に向かう。高校のクラス会に向かわなければいけないのだ。

高校のクラス会の会場は、高校がある町の駅前にあるイタリア料理店を貸し切っておこなわれていた。

僕が少し遅れて到着すると、すでにみんな集まっていた。

10年ぶりの再会である。

会場に入るなり、アベ君が、

「よお!YouTuber」

といきなり僕をからかった。

「おい、俺はYouTuberじゃないよ」

「だっておまえ、YouTubeに出てただろ?」

「あれは職場の公式YouTubeチャンネルに出させられただけだよ!」

このあともたびたび、

「おい、YouTuber!」

「だからYouTuberじゃないって!」

という会話がくり広げられたのだが、そのやりとりが自分でも可笑しくてたまらなかった。

10年前のクラス会の時にも、

考えてみれば、高校時代、クラスで地味だった私を、「面白いやつだ」と思ってイジッてくれたのが、当時テニス部で、底抜けに明るいアベ君だった。その関係性は、いまでもまったく変わっていない」

と書いたが、その執拗な「イジり」は、さらに10年経ったいまもまったく変わっていない。アベ君は、自分のことはほとんど語らず、まわりを常に引き立てようとする。根本にあるのは優しさである。アベ君がいてくれるおかげで、僕はクラス会に参加できるのである。

クラス会は、実に楽しかった。こんな楽しい会は久しぶりだ。「楽しかったー!」と大声で叫びたいくらいだ。懸念していたプロ野球の話題も出なかったし、当意即妙の会話の応酬は、実に心地よかった。

クラス会の最後に挨拶された担任のKeiさんの言葉が感動的だった。

「自分はもう82歳になるが、いまも20件くらいのプロジェクトに参加していて、2カ月に1度の映画自主上映会も160回を数える」

数あるプロジェクトのなかから、Keiさんが出席者のみんなに披露したのは、keiさんと僕を結びつけたプロジェクトの話だった。

「まさか鬼瓦君の仕事とつながっていたとは、本当に驚きました」と述懐された。

そして最後にこうおっしゃった。

「自分はむかしから身体が弱かったが、そんなことはおくびにも出さず見栄を張って生きてきました。これからも野次馬根性をまる出しにして、好きなことを見つけて遊び続けながら、見栄を張って生きていきます」

この言葉は、僕のこれからの生きる指針になるだろう。いつまでも、恩師は恩師である。

この会場まで車で来たというKeiさんがお店を出た。ほとんどの人がそのお店に残る中、僕とアベ君は車を停めてある駐車場までついて行って、Keiさんをお見送りした。

「さあYouTuber」

「だからYouTuberじゃないって!」

「みんながまだお店で待っている。もう少しつきあえ」

お店に戻ると、10人ほどがまだ残っていた。時間が許すまでワインを飲み直すらしい。

僕一人はウーロン茶だったが、ほかの人たちはみなワインをしこたま飲んで、へべれけになっていた。それでも会話は楽しかった。

「おいYouTuber」

「だから違うって!」

「Keiさんはクラス会に出るのは今回が最後だっておっしゃってたけれど、そんなのはいやだ。来年もクラス会やろうぜ。そのときはおまえが幹事な」

「勘弁してよ!」

最後の最後まで、アベ君は僕をイジっては笑っていた。

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グループLINEの憂鬱

11月2日(木)

うちの保育園は、もともと保護者会があった。

それがコロナ禍に入り、会費を払うばっかりで、保護者会の役割が薄れてきたということで、解体することになった。いまから思えば、この保護者会を残しておくべきだったかも知れない。

保護者会がなくなって落ち着いたかというと、決してそんなことはなかった。「保護者会がなくなると、行事がなくなって子どもたちがかわいそうだから」といって、代わりに有志が立ち上がったのである。

その有志、というのが、つまりはお祭り好きな人たちで、子どもに寂しい思いはさせたくない、という名目で、いろいろな行事を企画するようになった。そしてそのためのグループLINEを作ったのである。

このグループLINEというのが、なぜかママ友だけに限られているというのは、以前に書いたことがある。つまり父親はすっかり蚊帳の外になったのだ。

たまに、妻からグループLINEをみせてもらったりすると、ちょっと具合の悪くなるくらい頻繁なやりとりがおこなわれている。しかもそのメッセージの大半は絵文字で、実際の文字よりも絵文字のほうが多いのではないかというくらいちりばめられていて、僕は吐き気を催すほどである。あれは、文字ばかりだと圧が強いから、絵文字で薄めているんだろうな。おかげで、何が言いたいのかさっぱりわからない内容になる。

自分だけは悪者になりたくないとみんなが思うものだから、メッセージ一つ一つがほとんど中身のない、同調圧力のカタマリのような内容になる。

卒園アルバムの件で僕がひどい目に遭ったということは、前に書いたが、今度は、ハロウィンパーティーをするという計画がグループLINEにまわってきたらしい。それが明日、11月3日の祝日におこなわれるというのだが、もう、ハロウィン、終わってるじゃん!

ハロウィンの段取りは、なぜかテキパキと決まっていく。曰く、午前中は、ママ連中が昼食の準備をしたりゲームの準備をしたりして、その間、パパ連中は子どもたちを公園で遊ばせておき、その見張りをする。そして昼食後は、ゲームとかお菓子を子どもたちに提供したりして、夕方は2次会、と、こういう段取りのようである。何なのこの性別役割分担!?これひとつだけでムカムカする。

「みんなで楽しみましょー!(絵文字)」と書いてあるのだが、おいおい!一日仕事かよ!

保護者会があったころもハロウィンパーティーはおこなわれていたのだが、あくまでゲームをちょっとやって子どもにお菓子あげる、という簡易なもので、ハロウィンの衣装も、仮装が好きな人はそれなりの仮装をしたり、場合によってはふつうの格好でやってくる子どもも多かった。つまりなるべく負担が少ないように、簡易にすませていたのである。

だが保護者会がなくなると、たがが一気に外れた。ママ友有志たちは、子どもが仮装することは前提で、さらにメイクもするというのだ。どろ~んとした目玉もつけるなんて言ってる。めんどくせえ!!

それに加えて、まる一日拘束されるというのだから、たまったものではない。

いちばん気になったのは、前回のバーベキューの時もそうだったが、昼間っからビールだシャンパンだワインだと、大人がお酒を持ち込むことを大歓迎していることである。

保護者会主催の時は、子どもたちの手前、禁酒・禁煙だったものが、いまや無法者の集まりと化したのだ。

本当に子どものためにする行事だったら、絶対に禁酒・禁煙にしなければいけないのだ。つまりこれって、子どもをダシにした、完全な親のエゴだよね!

子どもにしてみたら、お友だちが集まっているのだから参加したいと思わないはずがない。その気持ちを思うと、参加しない、という選択肢も親のエゴになってしまうので、僕は苦しい判断を迫られることになる。

苦肉の策で、前後に予定があるという理由で、午前の昼食までの時間と、夕方以降の時間は参加をせず、メインの、すなわちゲームをしたり子どもたちにお菓子を配ったりする時間のみ、参加することにした。

さて、もう一つ気になったのは、このハロウィンパーティーの段取りが、いつの間にかテキパキと決まった、ということである。

通常の手続きであれば、グループLINEのみんなに呼びかけて意見を聞くはずなのだと思うが、今回の場合は決定事項のみが通達される。これはつまり、グループLINEのほかにもう一つ、コアメンバーによるグループLINEが存在していることを意味するのではないか。

ま、どうでもいいことなんだが、社会の縮図だなあとつくづく感じさせられる。

ママ友とかパパ友って、必要なの?

僕は、「人はむやみに出会ってはいけない」という大林宣彦監督の教えを胸に抱いて生きているので、この年齢になってバカ騒ぎをする友だちなんぞ持ちたくないのだ。

さて、明日(11月3日)は、ハロウィンパーティーを中座して、夕方からもう一つ行事がある。それは高校のクラス会である。

担任の恩師に会いたいという理由だけで参加することにしたのだが、僕はイヤな予感がしている。

高校のクラスの有志たちでグループLINEは、野球の話題で持ちきりである。

なんといっても、阪神が日本シリーズで、しかも日本一に大手がかかっているというのだ。っていうか、「日本一」って、何?

これも以前に書いたが、高校の時、阪神タイガースが日本一になって(だから「日本一」って何?)、阪神タイガースのファンという理由だけで散々馬鹿にされていたK君の形勢が逆転し、マウントを取り始めたことがある。

で、グループLINE上では、そのときのどうでもいいやりとりが、再現されているのである。

またあのどうでもいいやりとりが交わされるのかよ!野球にまったく興味のない僕には、めんどうな話である。

明日のクラス会でもプロ野球の話題で持ちきりなんだろうな。

ええ、もちろん明日は一日中「ピクニックフェイス」で過ごしますよ。しかしせめてその前に、愚痴を言っておきたかった。宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど。

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アロハの街

11月1日(水)

自宅からE電と在来線特急を乗り継いで、3時間ほどかかる北の町に向かう。在来線特急からは時折海が見えた。

用務先の最寄りの駅には、お昼少し前に着いた。このままタクシーで用務先に向かってしまうと、お昼ご飯を食べるところが見つからないだろうと思い、少し早いが、駅前で昼食を取ることにした。

駅を降りると、駅前にさびれた商店街のような通りがある。いわゆるシャッター街と呼ばれるような通りを200メートルくらい歩くと、1件のカフェを見つけた。昔ながらの「カフェ」といった感じで、中を見るとそこそこ広い。メニューの看板を見ると、洋食やサンドウィッチ、定食など、ランチにはもってこいの店である。

お昼ご飯の時間には少し早かったこともあり、僕がその店には行ったときはお客さんがいなかった。

「開いてますか?」

「どうぞ、お好きな席に」

席に座って注文を告げると、ほどなくして、お客さんが次々に集まってきた。地元のお客さんたちに人気のお店のようである。

その中に一組、3人の男性がやってきた。明らかに地元の人だ。3人のうちの一人は、僕より10歳上くらいの小柄で白髪のおじさんで、「若い衆」とおぼしき二人を引き連れている。おじさんのたたずまいには少し威厳が感じられるが、それでいて決して威圧的ではない。

そのおじさんがお店に入るなり、店員さんは、

「あら、どうもお久しぶりです。ずっとお待ちしていたんですよ。お忙しいとは思っていましたけど、本当に久しぶりですねえ」

その店員が店の奥に入ると、今度は店の奥から別の店員たちが次々と出てきて、

「どうもお久しぶりです。まあわざわざ来ていただきまして」

と、入れ替わり立ち替わりそのおじさんに挨拶をした。このおじさん、地元では有名な人なのか?というか、このお店には店員が何人いるんだ?

おじさんは「やあどうも」というばかりで、決して口数が多いほうではなさそうである。時折二人の若者と話しているのをそれとなく聞いていると、決して威圧的ではなく、実に穏やかな語り口調である。

そのうち、後からやってきた夫婦らしきお客さんも、そのおじさんを見かけると、

「あら、まあ、お久しぶりです!」

とびっくりしたような表情でそのおじさんに声をかけた。

そのうちの女性の方が、

「そういえばあの件について、ちょっと相談が…」

と言って、そのおじさんの横に座って何やら話を始めた。

僕は不思議に思った。その女性は、カフェで偶然、しかも久しぶりに会ってビックリしたのもつかの間、そのおじさんに何かの相談をしているのである。もしそこでおじさんに会わなかったら、相談事はどうするつもりだったのだろう?

おじさんは、突然の相談にも、事情がわかっているような感じで、穏やかにその解決策を語り始めた。僕はますますその会話にのめり込んでいったのだが、注意深く聞いても、どんな話をしているのか、その内容がまったくわからなかった。

それでも、どうやら問題は解決したらしく、その女性は自分の席に戻っていった。

うーむ。このおじさんは何者なのだろう?

みんなが久々の再会に感激しているところを見ると、地元の有名人であることにはまちがいない。

この駅の近くは温泉街なので、温泉の関係者である可能性が高い。温泉街専属の歌手とか、役者とかなのだろうか?そう言われれば、どことなく橋幸夫を連想させる雰囲気を持っている。全然似てないけどね。

いや、それにしては、先ほどの女性の相談というのが、けっこう込み入っていたようだったぞ。プライベートな相談というよりも、街の問題に関する悩みという感じだった。

とすれば、市会議員とか、お役所の人間か?

しかし僕が見る限り、そんなふうにも思えない。威圧的な態度は微塵も見られないし、事務的な話法も使っていない。

なにより最大の疑問は、若者二人を含む3人の服が、いずれもアロハシャツだったということなのである。つまりアロハシャツを着て歩いていても違和感のない人。…役人ではあり得ないだろう。

会う人だれもが再会に感激し、突然の相談にも乗ってくれて、決して威圧的ではなく、若者たちにも穏やかに接する物静かなおじさん。いったいこのおじさんは何者なのか?

そうそう、ひとつ書き忘れていたが、この町はアロハシャツで歩いていても違和感のない町なのだ。なにしろ商店街には、ハワイアンの音楽がスピーカーから常に流れているのだから。

旅先の町の日常の風景に接して、あれこれと妄想することは実に面白い。飽きないねえ。

思いのほかそのカフェに長居をしてしまった。その3人が店を出た後、僕も急いで会計を済ませて、本日の用務先に向かった。

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