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あらかじめ号泣するママ友たちよ

この記事のタイトルは、「あらかじめ失われた恋人たちよ」(清水邦夫・田原総一朗共同監督、1971年公開)のパロディーである。

3月7日(木)

保育園の卒園式が2週間後に迫った。

卒園式という公式行事が終わったその日の夕方に、ママ友たちが企画して「卒園パーティー」を2時間かけて行う、ということはすでに述べた。卒園する子どもたちと保護者が参加することになっている。

いきなり話が逸れるが、「ママ友」という言葉はいつから使われるようになったのだろう?少なくとも僕が子どもの頃は、そんな「概念」などなかった。

「ママ友」という概念ができあがってしまうと、そのコミュニティーに参加しなければならないという同調圧力が生まれる。「ママ友」を作らないと、子どもの将来を脅かしかねないという「脅し」のようなワードでもある。「ママ友」とカテゴライズすることにより、「パパ」は排除される。僕も妻も、そういうコミュニティーにおもねることが大嫌いなので、「ママ友」からは距離を置いている。だが、それが「ママ友」たちにとっては不快らしい。「ママ友はこんなに一生懸命役割分担しているのに、なぜあなた方は何もしないの?」と。生きにくい世の中だ。いったい誰だよ?ママ友なんて言葉を発明したのは!

話を戻すと、2時間の卒園パーティーに、「司会の台本を作ります!」と名乗り出たママ友がいた。「私、そういうの得意なんです!」

司会の台本、という言葉に驚いた。そもそも2時間の卒園パーティーに司会なんかいるのかよ!いや、司会がいたとしても、台本なんて必要なのかよ!参加する子どもたちが大人が考えた進行に素直に従うとはとても思えない。

ママ友軍団は、卒園パーティーを開くに際して役割分担をしており(わが家はその中に入っていない)、その役割分担の一つとして、「司会の台本を作る」という、なくてもいい仕事をすると名乗り出たママ友がいたのである。

司会なんてどーでもいいじゃん、と思いながら、先日の打合せの時は聞き流していたのだが、今日になって、エクセルで編集された「完全台本」が送られてきた。

見ると分刻みのスケジュールになっていて、「食事・歓談」の時間が、前半10分、後半10分のわずか20分しかない。あとはひたすら余興なのである。

しかも、司会のセリフが全部決まっているではないか!ま、完全台本なのだから仕方ないのだが。

最初に驚いたのが、司会をするのが司会の台本を書いたママ友二人ではなく、全然関係ない二人の「パパ」だということである。

何?この「昭和」のジェンダー意識は!オモテに出るのはいつも男性ってか?不適切にもほどがある!

司会はこんなふうに始まる。

本日は、卒園おめでとうございます!

(子供たち「ありがとうございますー」)

パパたち、ママたちも、保育園生活、お疲れ様でした!

皆さん!

みんなのとても素敵な卒園式の姿に、パパママたちも号泣でした!

今日は、パパママたちより、皆さんに、卒園おめでとうパーティーをプレゼントします。

なななな、なんと!

(中略)

ではでは、これからの約2時間、最後までみんなで楽しみましょう!」

「なななな、なんと!」という陳腐なフレーズは措いといて、僕がいちばん気になったのは、「みんなのとても素敵な卒園式の姿に、パパママたちも号泣でした!」という一節。

おいおい、俺は号泣なんかしないぞ!どうして他人の号泣を勝手に決めているのだ?

この「号泣」というキーワードは、このあとも1回出てくる。

保育園での活動の様子を撮影した写真を20分のスライドショーとして上映するそうなのだが(20分は長い!準備をしたママ友はご苦労様です)、そのスライドショーが終わった後の司会のセリフが、

ちょっと、泣いちゃった?

あそこに号泣してる人いますね!

ちょっと感想聞いてみようかな?

あっ、あとその時保育園で一番思い出に残ってること教えてもらおうっかなー!

(数人に聞いてみる)」

まるで、生放送の番組なのに新聞のラテ欄に「涙の対面」とか「マル秘ゲスト乱入」とか書いているのと同じではないか。それとも号泣する人を仕込むつもりなのか?

なぜ、号泣を前提としているのだろう?僕には全然わからない。

そのあと、「保護者が恥ずかしいことをする」という謎の余興があって、絶対にやるもんか!と心に誓った。

最後の挨拶のところの、

「楽しい時間は、あっという間ですね」

というセリフにも違和感。やる前から「楽しい時間」と決めている。恐るべき予定調和である。

僕は何が言いたいかというと、すべては「机上の空論」であるということ。たくさんの未就学児が集まるパーティーで、大人が考えたように上手くいくのか、はなはだ疑問である。それは、どの家庭も日常で経験していることではないのか?

子どもたちが求めているのはカオスなのではないだろうか?つまりこのパーティーは、「保護者のエゴ」以外の何物でもないのである。ま、それでいいのだというのが多数意見なのであれば仕方がない。

…僕はどんな顔をして参加すればいいのだろう?

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