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関係性の消費

自らをふり返ると、集団のなかで、居心地がよかったという経験があまりない。

いままで属していた集団のほとんどすべてにおいて、アウェイという感覚を拭い去ることができない。

ある会合の休憩時間での会話を聞いていると、僕以外は内輪のノリでみんなが喋っていて笑ったりしているのだが、どこが面白いんだろうと、憮然とした表情を浮かべながら黙って別の作業をしていることが常である。

マキタ・スポーツさんが、たしかそうした笑いを指して「関係性の消費」と言っていたような覚えがあるが、僕はその「関係性の消費の笑い」が好きではないのである。

お笑い芸人についても、「関係性の消費」を前面に出した笑いを得意とする人がいるが、やはり苦手である。

同じ丁々発止でも、内容で笑わせるのは好きだが、個人の属性に頼った、つまり個人をキャラ付けした上でのやりとりというのがダメなのである。笑わせるなら中身で勝負しろよ!と言いたくなる。ま、お笑い芸人はともかく、素人にまでそんな要求を突きつけるのもヘンな話だが。

もちろん僕自身も、そういう内輪のノリの会話で笑わせるということがしばしばあり、他人様のことは言えないので、日々反省はしている。

内輪で笑わしあったり、慰め合ったりしている現場にいると鼻白むことが多いのだが、まあそこはそれ、大人の対応でなんとか乗り切っている。

たまに、「○○さんが××なんですよ」と、さも僕が○○さんのことを知っているかのように話しかけてくれる人がいるのだが、そもそも僕はその○○さんを知らなかったりすることがある。その人にとって、僕はいつの間にか○○さんの仲間だと思っているのだろう。これもまた、説明なしに周囲の人を巻き込む内輪のノリの1つといえる。

しかし、僕と同じ違和感を抱いている人が必ずいるはずで、僕はそういう人と話が合う場合が多いのである。むしろそういう人と結束が固くなる。内輪ノリで親しげに喋っている人同士以上に、である。

内輪ノリの中に入っている方が心地よいのだろうか?僕はその楽しそうな会話を聞いていても、あまり魅力を感じない。居心地の悪いままでいる方が、心地よいと感じることがあるから不思議である。

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コメント

「立派な人間は親しく交わるが、馴れ合わない。つまらぬ人間は、馴れ合ってはいるが本当に親しいわけではない。」『論語』為政篇

投稿: ひ | 2024年3月13日 (水) 23時00分

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