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消化試合

6月15日(土)

娘のピアノ教室の日、なのだが、結局、娘はピアノ教室をやめることを決断した

やめる手続きをするためには、仮に今月中にやめる場合だと、その月の15日までに退会届を提出しなければならない。ただし、あらかじめピアノの先生と相談した上で、退会届を教室の受付に直接提出しなければならない。もし15日を1日でも過ぎれば、来月分の月謝も引き落とされることになる。

つまり、「やめる」ということを先生に伝え、退会届を出すとするならば、ピアノ教室の日である今日しかチャンスがないのである。

娘を連れて、繁華街にあるピアノ教室に向かう。そして練習の時間になった。

練習室のドアが開き、先生があらわれると、僕は「実はちょっとお話しがあるのですが…」と切り出した。

「とても残念なことなんですけど、今月でピアノ教室を辞めます」

先生はひどく驚いた。そりゃそうだ。前回までは何事もなかったのだから。

「どうしてです。上手くいってましたよ」

「ええ、でも、家ではどうしても練習しないのです。どんなに言っても、泣き叫ぶばかりで…。これでは、来月のピアノの発表会も無理だろうと思いまして…」

「そうでしたか…。課題曲がイヤだったんでしょうか?」

「いえ、そういことではありません。小学校に上がって、急にやることが増えて、毎日クタクタになって帰ってくるのです。ピアノの練習に使うエネルギーがないのだと思います」

「……せっかくセンスがあるのにねえ…」

「私たちが、娘をピアノの練習に上手くいざなえなかったことも原因の一つで、反省しています」

ピアノの先生にはまったく責任はないことを強調したかった。実際、先生の教え方は上手だったし、先生には何の落ち度もない。

「ピアノの発表会、残念ですねえ」突然のことで、先生もかなり動揺している。無理もないことである。

「そこで先生にお願いがあります」

「何でしょう」

「今月の練習は、今日を含めてあと2回あります。この2回の練習は、娘に楽しくピアノを弾いてもらいたいのです。娘がピアノが嫌いにならないように、楽しく練習をしてあげてください」

「わかりました」

「いまは学校や学童でめいっぱいの生活だとしても、いずれまた、ピアノの練習をしたいという気持ちが本人の中に生まれてくるかもしれません。そのときはまた入会しますので、よろしくお願いします」

「そうですね。わかりました」

娘にもう一度ピアノをしたいという気持ちが芽生えてくるかどうかは、実際のところよくわからない。もう無理かもしれない。それでも、そのように言わないと、この場はおさまらないと思った。

「さ、練習を始めましょう」

私は練習室の後方に座って練習の様子を見ることにした。

娘はピアノの発表会の課題曲の練習から解放され、ピアノを弾くこと自体は嫌ではなさそうだった。一方、先生もふだん通りの練習を心がけているのは重々感じられたが、さすがに動揺していたようで、実際には「楽しい練習」という雰囲気まではいかなかったように見えた。そりゃそうだ。今月で辞めると突然聞かされて、平常心でピアノを教えることなどできるはずもない。それは仕方のないことである。僕は「消化試合」という言葉が頭をよぎった。たとえ「消化試合」になってもいいじゃないか。娘は嫌がることなくピアノを弾いているのだから。

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