素浪人になりたい
ガリ版刷りの手書きのミニコミ誌を僕が定期購読しているという話は以前に書いた。そのミニコミ誌には高校時代の恩師がエッセイの連載を持っている。僕が高校時代にはまったく知らなかった恩師の苦労話が語られていて、それを読むのが楽しみだった。少し前のある号では、ちょっと映画みたいな体験談が書かれていて、僕はその文章にあまりにも感動して、ミニコミ誌の編集代表者の方に思わず感想のメールを送った。そうしたところ、編集代表者から「次回の号の読者感想欄に掲載させてください」と言われ、僕は晴れてミニコミ誌デビューをすることになった。
どういう経緯か忘れたが、編集代表者は僕の素性について知るところとなり、僕に連載の打診が来た。僕の本職のエピソードについて書いてくれという依頼である。正直言って自分は学校の勉強をサボっていたのでまったくちんぷんかんぷんな世界だが、そういう人間にもその面白さがわかるような文章を書いてくださいとあった。
あこがれのミニコミ誌から連載の打診をもらって、もちろん嬉しかったのだが、僕はちょっと困ってしまった。僕がミニコミ誌を購読しているのは、自分の本職とは違う世界に少しでもふれておきたいという思いがあったからである。そのミニコミ誌は、これまで長年社会運動などに関心を持ってこられた方によって支えられてきた、いわば意識の高いミニコミ誌である。そんな中にあって、僕の本職の話を書いたところで、読者が面白いと思うだろうか。本職から遠い世界に身を置きたいと思って購読している雑誌に、本職のことを書くのはいささか興の醒める話でもある。そもそも、まったく興味のない人に面白く伝えることなど、僕にはとてもできない。
それでも僕はこれまで一般読者向けに書いてきた本職の文章のいくつかを、編集代表者に紹介した。なかにはその文章を収めた本じたいをお送りしたこともある。社会運動を手がけておられる方々にも興味を持ってもらえるかなという内容の原稿も少しは含まれているのだが、どうもその編集代表者の反応はあまり芳しくないようで、それ以降、パッタリと連絡が来なくなった。
それでよかったのだと思う。僕はやはり一読者としてそのミニコミ誌を楽しむ側の人間なのだ。来月からうちの職場で始まる、僕も少しだけお手伝いしているイベントでは、社会運動やミニコミ誌を取りあげているコーナーもあるので、その御案内を差し上げようかなとも一瞬思ったが、連載を持たせてくださいというこちらからのメッセージとも受け取られかねない可能性もあるので、逡巡している。せめて高校時代の恩師にだけはお知らせしようかとも思うが、そのためにわざわざ足を運んでいただくのも気が引けて、それもまた逡巡している。
人間はどうしても、その人の立場という視点で人物を見てしまう。そういうのを「立場主義」というのかもしれないが、立場を越えて人間は助け合わなければならないと思っている人の中にも、無意識に立場主義に立ってしまうこともありうることである。高校時代の恩師が御自身の名刺に「素浪人」と書いていたことが思い起こされる。僕も最終的には「素浪人」になりたい。
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