2月2日(日)
イベント2日目。昨日はゆっくり休んだはずなのだが体調は昨日と変わらない。
今朝、教え子のOさんからショートメッセージが来た。
「本日、ご講演ですよね。楽しみにしております」
Oさんは年に1度のこのイベントに毎年来てくれている。今年もまた来てくれるという。ただ、「講演」じゃないぜ。偉い先生が午前中にやるのが「講演」で、僕は20分程度のお話をする「ただの人」で、講演者でも何でもないのだが、Oさんはそう表現するしかなかったのだろう。
ホテルから会場までは歩いて約5分。僕の足では10分かかる。2日目は午前10時開始で、登壇者は9時40分までに来てくださいと言われたので、9時20分にチェックアウトして、重い荷物を引きずりながら会場に向かって歩き出した。
さあ、ここからがハードだ。午前10時から偉い先生の講演が2時間続く。学生時代は落研に入っていたと聞いたことがある。与えられた2時間を使って緩急をつけたお話しする話芸はさすがだよなと思ってしまった。
講演のあと、間髪を入れずに昼食会場に連れて行かれた。恒例の昼食会である。昼食会といっても別室に行って偉い人たちとお弁当を食べるという行事にすぎないのだが、登壇者には参加する義務がある。でも僕はこの昼食会が苦手だった。
目の前に出されたお弁当は、水戸黄門の家臣の名前のようなお店のもので、僕もこのあたりの名店であることは知っていた。たしかにハンバーグはとても美味しかったが、まったく食欲がなく、あろうことか弁当を残してしまった。もったいない。
弁当を食べ終わると、昼食休憩ギリギリの時間まで、偉い人たちの話を聞かされるのが恒例である。これが苦手なのだ。時間を潰すために、ひたすらクソどうでもいい話を聞かされる。偉い人のお話だから愛想よく聞かなければならない。ときには適切な言葉を返さなきゃいけないこともあるのだが、今日の僕はまったくそんな気になれず、「早くこの場から立ち去りたい」と思うばかりだった。
それを察したのか、このイベントの実務を担当している方が、
「そろそろ戻りましょう」
と言ってくれて、休憩が終わる15分前にこのクソどうでもいい時間を切り上げてくれたのだった。
思えば今回、このイベントの実務を担当してくれた方々に、本当にお世話になり、いろいろと助けてもらった。だからこの縁はこれからも大切にしていきたいと思うのだが、あの昼食会だけは勘弁してほしい。
昼食会場の階からイベント会場の階にエレベーターで降りると、そこにOさんが「出待ち」していた。Oさんもこのイベントの流れを完全に把握している。
「先生、お久しぶりです」
「お忙しいところ、来てくれてありがとう」
「これ、娘さんに」
と、わざわざ手作りしたというものをいただいた。
ほんの二言三言会話しただけで、午後の第2部の時間になってしまった。だから昼食会はイヤなんだ。
午後の部での僕の出番は3番目。20分という決まりを2分ほど超過してしまったがつつがなく終了した。
僕はもう限界、とばかりに、実務担当のHさんに、
「あのう、次の休憩時間になったタイミングで帰っても大丈夫ですか。体調があまりよくなくて」
と相談した。
「大丈夫ですよ」とHさん。それを横で聞いていたSさんが、
「僕が車で送ります」
と言ってくれた。本当に、このプロジェクトの人たちは優しい人ばかりだ。
休憩時間になり、偉い人たちに
「すみません。今日はこれで失礼いたします」
と挨拶をして、舞台裏の控室に置いてあった荷物をまとめて出ようとすると、またひとり「出待ち」をしている人がいた。
「先生、覚えてますか?」
マスクをしているのでよくわからない。
「以前、小さなプロジェクトでお会いした者です」
僕はそこで思い出した。
「Sさん!」
「そうです。覚えていらっしゃいましたか」
「ご自分の名前を検索するとトップに消臭剤の名前が出てくると言っていたことが未だに忘れられません」
「そうですそうです!」
Sさんはこのイベントの主催者側の一つである職場に、昨年4月から正式社員として採用されたという。
「よかったですねえ」
「ええ、これまでずっとフラフラしていましたから。…今日のプログラムを見て、『あ、鬼瓦先生だ』と思ってぜひ挨拶をと思いまして」
「このプロジェクトは今年度で終わりですが、またちょくちょくこの県には寄らせてもらうことになると思います。またいつか一緒に仕事ができるといいですね」
「そのときはぜひよろしくお願いします」
車で駅まで送ってくれる方がやきもきしている。
控室を出て会場の外に出ると、今度は教え子のOさんが「出待ち」していた。僕が心変わりして早退するということを察知したらしい。
「先生、お帰りですか?」
「うん。俺、ちゃんと喋れてた?」
僕は最近すっかり滑舌が悪くなり、声も小さくなった。おそらく脳の問題だろう。
「はい。大学時代の授業を思い出しました」
「またいつかお会いしましょう」
ようやく車に乗り込み、駅に向かった。
最近のコメント