告訴
最近は書くことがないので、昔のことを思い出してネタを探している毎日である。
大学生の頃、突然見知らぬ人から電話があった。
「あなたを刑事告訴しました」
と。
突然のことでビックリした。
話を聞くと、ある雑誌が、ある人物を批判する特集を組んだところ、その人物の信奉する人が「ウキー!」となって、その雑誌に関わった人間を刑事告訴することにしたという。つまり電話をかけてきた人は、「ある人物」その人ではなく、その信奉者というわけだ。
で、僕がなぜ刑事告訴されたかというと、たまたまその雑誌に名を連ねていたからだという。
しかし僕はその特集にまったく関わっておらず、というかその特集に関わりたくなかったので、まったく身に覚えのない刑事告訴だったのである。もらい事故のようなものである。
ここまでは話についてきてるかな?
当時大学生だった僕は、刑事告訴したと言われてうろたえた。俺は犯罪者になってしまうのか???
急に不安になって、その特集記事を企画した人に電話をかけた。
「あのう、かくかくしかじかで、僕を刑事告訴したという電話があったんですけど…」
「あなたのところにも電話がかかってきたのですか」
「ええ」
するとその人は、深刻な感じではなく、余裕綽々の感じの声で、こんなことを言った。
「刑事告訴したと言ってもねぇ、起訴される可能性はほとんどないと思いますよ。告訴には刑事告訴と民事告訴があって、民事告訴にはお金が必要で、お金を払って民事告訴されると裁判に持ち込まれますけれど、刑事告訴は訴えるのにお金がいらないんです」
「そうなんですか?」
「ええ。だから只で刑事告訴ができるということで、民事告訴と比べて誰でも気軽に告訴できるんです。その代わり、何でもかんでも起訴するわけではなく、箸にも棒にもかからない告訴は起訴されません」
「つまり、玉石混淆というわけですか」
「そうですね。今回の場合、訴えの内容が箸にも棒にもかからないので、起訴されることはないと思いますよ。ですから安心してください」
「わかりました。ありがとうございます」
電話を切ったあと、心が軽くなった。
そして実際に、起訴されることはなかった。
僕はそのとき無知で、同じ告訴でも刑事と民事があって、2つの告訴には大きな違いかあることをまったく知らなかったのである。そのことを身を持って体験した。
しかしいくら問題がないとはいえ、刑事告訴をしたと言われたこと自体、精神的にプレッシャーであり、一種の脅迫行為である。うちのボスを批判するなという、いわば言論の自由を萎縮させる行為である。それを妄信的な信奉者がやっているというのだから、信奉者は恐ろしい。自分はどんな場合でもそうならんとこ、と自分を戒めた。
こんなことを思い出したのは、今年の7月22日の兵庫県知事の定例会見で、時事通信の女性記者が、兵庫県知事の不審な答弁に疑問を持ち、その点を質問したところ、それを知った兵庫県知事を支持する政治団体の代表が、自分のSNSでその記者の名前と時事通信社の電話番号を公開し、それを見たその政治団体の信者たちが、その日のうちに時事通信社に苦情の電話をかけまくってその記者を誹謗中傷し、翌日には時事通信社がその記者を県政担当からはずし、配置替えをした、という事件があったからである。
…なんとも長ったらしい説明で、説明が下手で申し訳ないが、今風の言葉で説明するならば、
「兵庫県知事に批判的な質問をした時事通信の女性記者を気にくわないと思った、兵庫県知事を支持する政治団体の代表が、自分の信者たちや兵庫県知事を狂信的に支持する信者たちに『犬笛』を吹いて、その『犬笛』を聞いた信者たちが、こぞって時事通信社に『電凸』して、この案件が『炎上』し、困った時事通信社はその翌日、記者を配置替えをすることで県政担当からはずし、今後兵庫県知事の記者会見に出席させないことにした」
ということである。これでも説明が長いな。
これの何が問題かというというと、信者らによる根も葉もない苦情電話の圧力に時事通信が屈したということである。これは言論の自由を萎縮させる事案であり、こんなことを許してはならないと、言論界では大変な騒ぎになっている。合わせて、女性記者ばかりが狙われるので、ミソジニーという問題も孕んでいる。
僕は40年ほど前にそれに近い体験をしているので、こうした手口はずっと前から存在していたことは明らかである。それがSNSが登場してから、より大規模に行われるようになった。問題は言論の自由を萎縮させる手口がより巧妙に、そしてより深刻になってきていることである。言論界に生きる人々は、不肖僕も含めて、こんなことで言論の自由を萎縮させてはいけないし、それに対しては声をあげていかなければならないと思う。
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