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ひとみばあさん

毎日毎日、リハビリ以外はヒマでヒマで、特段書くこともなくなってきた。

ま、毎日毎日こんな文章を読まされたんじゃ、読者(ダマラー)もたまったもんではないわな。

数日前に、ちょっとイラッとした話。

入院中の病院は、すべてがリハビリ患者なので、リハビリのための専用スペースだけではとてもまかないきれず、各階の廊下を使ってリハビリをしている。よく言えば病棟全体がリハビリスペースなのである。

いつものことだが、僕の病室の前の廊下でもリハビリが行われている。

その日の朝は、年をとったおばあさんが、若い男性療法士のもとでリハビリをしていた。

ところが、おばあさんが腰掛けるパイプ椅子がない。おばあさんは足下がおぼつかないのだ。

そこに通りかかったのが、別の若い男性療法士。

椅子がないのに気づき、

「俺が持ってきてやるよ」

と、近くの洗面台にあったパイプ椅子をおばあさんのところまで持ってきた。

そこまではよかった。

その時、椅子を持ってきた若い男性療法士は言った。

「はい、持ってきたよ、高級椅子」

「はあ、あんだって?」

「高級椅子!」

「え?」

「こうきゅういす!」

「わからない」

「こうきゅういす!」

おばあさんはひどく耳が遠いらしい。たとえて言えば、志村けんの「ひとみばあさん」みたいな感じだ。若い男性療法士は、冗談のつもりでパイプ椅子を「高級椅子」と言ったのだろうが、それを何度も言ったあと、からかうように「きゃはは!」と笑った。

僕はそのやりとりを聞いてとても不愉快になった。

まず、パイプ椅子を「高級椅子」という冗談がサブいねん!おもろいこともなんともないぞ。しかもその冗談を連呼するものだからよけいにサブいねん!

次に、おばあさんは「高級」という言葉が不意に出てきたので意味がわからなかったのだと思う。椅子のことを言っているとは思わなかったのだろう。

そこで素直に「椅子をもってきましたよ」とか言っていれば、おばあさんは理解していたかもしれない。その若い男性療法士のサブい冗談が、おばあさんの理解をじゃましたのだ。

…僕の言ってることわかる?

さて、無事に椅子に腰掛け、リハビリが始まった。

リハビリを担当している若い男性療法士が、おばあさんに必死に語りかけている。

どういうわけか年賀状の話になり、おばあさんがいまでも年賀状を出していると言うと、

「じゃあ、文通しているんだね」

「え、あんだって?」

「文通」

「ふんどう?」

「文通」

「こんどう?」

「文通」

若い男性療法士の声は次第に大きくなり、何度となく「文通」と叫んだが、それでもおばあさんは理解できない。

思うに、「文通」という言葉がおばあさんにとっては難しいのではないか。「文通」なんて言葉、ほとんど使う機会がないからね。

だったら、ほかの易しい言葉に言い換えればいいのに、と思うのだが、若い男性療法士もボキャブラリーが貧困とみえて、かたくなに言い換えようとはしない。

結局「文通」の押し問答は10回以上も続き、若い男性療法士もその話題を諦めた。

自分があたりまえと思っている言葉が、他人にも通じると思ってはいけない、ということを学んだ。

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