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2025年10月

同姓同名

10月30日(木)

書くことがないのでほんとうにどうでもいい話を一つ。

あることがきっかけで、各病室の前の名前を確認することが癖になってしまった。ひょっとしたら、知っている人がいるんじゃねえか、という気がしたからである。

ある病室で、心当たりのある名前を見つけた。

高校時代の1学年上の先輩の名前である。

別に部活の先輩というわけではない。在学中はおろか、いまに至るまでお話をしたことがない先輩である。

なぜ僕がその名前を知っているかというと、その先輩は後に世界的なミュージシャンとして成功するからである。その先輩のことは、このブログのどこかに書いたはずだが、ヒマな人は探してみてほしい。ま、探したところでたいしたことは書いていないのだが。

しかしそのお名前のお方が、病室から出てくる姿を一度も見たことがなく、ますます僕をミステリアスな気持ちにさせた。早く会いたいと、僕はその先輩の幻影にすっかり取り憑かれてしまった。

しかし今週、意外なことが起こった。

今週の火曜日から、4人一組で行うリハビリをすることになった。このリハビリは申込制になっていて、毎日、固定メンバーが同じ体操をするというものである。今週になって、リハビリがハードになったのは、新しくこの体操をはじめたことによる。体操と言ってもとてもキツいのだ。

で、各人は、ラジオ体操の時にもらうようなカードをもらい、そこに体操した回数だけリハビリスタッフのハンコをもらう。

その各人のカードを見るとはなしに見ると、なんとそこに、高校の1学年先輩の名前が書いてあるではないか!

とうとう僕は、その名前の方と対面できたのである!

しかし、その方は、僕よりはるかに年上の女性で、はっきり言うとおばあちゃん、だったのだ。

結論を言ってしまえば、同姓同名の別人だった、ということになる。

しかしそれで、僕は胸のつかえがとれた。

ああ、僕は病室の名前を見て以来、何度その幻影に取り憑かれたことであろう。僕は福永武彦の小説「廃市」の「なんと僕は長い間、見たこともない郁代さんの幻影に憑かれていた」という一節を思い出した。

同時に僕は、山田洋次監督の映画『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』のある場面を思い出した。わかる人がわかればよろしい。

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監獄での話題

10月29日(水)

この病院は、まるで監獄である。1日のスケジュールは管理され、建物の外に勝手に出ることも許されない。患者はおろか、病院スタッフも同様である。

廊下を歩いていると、病院スタッフが患者を叱責する様子をしばしば見る、といっても、たいていはいい人なんだが、ひとり、『カッコーの巣の上で』の婦長みたいないけ好かねえオバさんがいて、ちょっと意識の遠い患者さんが勝手な動きをとろうとすると、

「ここはふつうの病院とは違うんですよ。この病院の規則を守ってもらわないと困ります!」

と大声で詰るのである。遠くからその様子をじっと観察している僕は、(まるで看守だな)と思って、そのオバさんにはひどく嫌悪感を感じる。なるべくなら会わずに済ませたいのだが、廊下ですれ違ったりすると、気分が悪くなりそのオバさんをつい睨みつけてしまう。患者なんて所詮言うことを聞かない人種だと、心の底で差別しているのだろう。

…と、そんなことを書きたいのではない。

この病院のリハビリスタッフは若者しかいない。唯一、話の通じるいぶし銀のベテランのリハビリスタッフが1人いるのだが、めったに担当に入ることはない。

リハビリは1対1で行われるので、その時にどんな話題を出していいかわからない。ま、無理に話題を出す必要もないんだが。

「トランプ大統領が日本に来ましたね」と嬉しそうに床屋政談をする若いリハビリスタッフはいる。しかし、申し訳ないが政局の話題はしたくないので、聞き流すことにしている。

あとは、無難に天気の話題だけである。

「寒くなりましたね」

「そうですね」

「このままだと夏から一気に冬に向かっているみたいです」

「そうですね」

と相づちを打つだけなのだが、そもそも建物の外に出られないので空気を感じることはできない。

何かないだろうか、とリハビリ室を見わたしてみると、リハビリ用の靴の宣伝らしきポスターを見つけた。

イメージキャラクターは俳優の小山明子さんらしい人物である。

僕はその話題を出そうかと思ったが、多分話が通じないだろうと思ったので、すんでのところで言葉を飲んだ。多分こんな会話になっていただろう。

「あそこに見える靴の宣伝のポスターに写っている人は、小山明子さんでしょうか」

「小山明子さんって、誰です?」

「俳優の小山明子さんですよ。映画監督の大島渚さんのパートナーの」

「オオシマナギサ?全然知りません」

「大島さんは亡くなってしまったけど、小山さんはご健在なんですかね」

「さあ」

きっとこんな無駄な会話が繰り広げられるだろうと思い、絶望的な気持ちになった。

当然僕と同世代なら知っているよね…。え?知らない?

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ひと言で説明してください

10月28日(火)

日に日にリハビリが厳しくなり、疲れきってしまい何も書くことがないので、これからは不定期投稿にしようかと思う。

以前、職場でかかわったイベントのアンケートだったかで「ひと言で説明してください」と言われて、

(しまった、知性の低い人に対する配慮が欠けていた!)

と思った。ちなみにここでいう「知性の低い人」とは、揶揄する言葉ではない。

しかし冷静に考えてみると、ひと言では説明できないから、数百文字で説明しているわけで、それをひと言で説明することは、かえって事実を歪めてしまうことになる。

たしかに複雑な世界をひと言で説明できたら、これほど気持ちのいいものはない。

かつて小泉純一郎首相は、「ワンフレーズポリティクス」を得意とすることで有名だった。たとえば「郵政民営化」。この言葉に人々は熱狂し、支持率は爆上がりした。

いまでも覚えているが、各党首がテレビのニュース番組に出演した時に、キャスターが、各党首に「郵政民営化は…」と書いたフリップをもたせて、

「このあとに続く言葉を書いてください」

とお題を出した。

第一野党の党首は、「かくかくしかじかという理由で、問題がある」と、長々と言葉を続けたのに対し、小泉純一郎氏は、

「改革の本丸」

としか書かなかった。つまり「郵政民営化は、改革の本丸」と続けたのである。

どちらがわかりやすいかと言えば、当然、後者だろう。

しかし「ワンフレーズポリティクス」は、ほんとうに正しかったのか?

武田砂鉄さんの本に『わかりやすさの罪』というタイトルの本があって、わかりやすいことがいいこととされる世間の風潮に対して疑問を投げかけている。

僕も以前はわかりやすい文章が良い文章だと思っていたフシがあるが、必ずしもわかりやすい文章が良い文章とは限らないと思うようになってきた。

いまも政治の世界ではわかりやすくて短いフレーズの主張が人々の熱狂を集めている。それがひどい差別発言やデマだったとしても、である。

ここから推測できるのは、そのわかりやすさに熱狂する市民のリテラシーの問題なのではないか、という仮説である。

だとすれば僕たちが行うことは、ひと言で説明できるような技術を磨くのではなく、市民のリテラシーを高める方向に努力することではないだろうか、と、ふと思った。…やっぱりわかりにくかったか。

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それって面白いんですか?

10月27日(月)

昨日久しぶりに面会に来た妻が、僕がAmazonで買って自宅宛てに郵送した本を持ってきてくれた。数冊ていどだが、置く場所がないため、ベッドの横のテーブルに平積みにしておいた。

毎日、午前中のリハビリの合間に、日中担当の看護師が体温や血圧をはかりに病室の中に入ってくるのだが、毎日変わる担当看護師の中には、やたら個人情報を知りたがる人がいる。

その男性看護師は、病室に入るや、ベッドの横に積んである本をめざとく見つけた。以前もそんなことがあった。

「小説を読んでいるんですか?」

「ええ」

「『時の扉』…ふうーん、それって面白いんですか?」

出た!「それって面白いんですか?」!

僕は、

「これから読むので面白いかどうかわかりません」

と、あたりまえの答えをした。

そのあと、

「いま小説って売れないんですってね」

というクソどうでもいい知識を披露して帰っていった。興味がないならイッチョカミするなよ!と言いたくなる気持ちをぐっと抑えた。

自分に置き換えてみてください。

例えばあなたが好きな映画があったとします。さほど親しくない人に、

「それって面白いんですか?」

と言われたらどう思いますか?

例えばあなたが好きなお笑い芸人がいたとします。さほど親しくない人に、

「それって面白いんですか?」

と言われたらどんな感じがするでしょう?

反対に、さほど親しくない人が好きな本や映画やお笑い芸人について語っている途中で、

「それって面白いんですか?」

と言う勇気がありますか?

つまり「それって面白いんですか?」はすべての会話を無力化するパワーワードなのです。

こんなバカな質問に対応するには、全力でその面白さを伝えるという方法が一つには考えられるでしょう。

しかし、「それって面白いんですか?」という質問は、「自分はそれには興味がない」と意思表示をしていることと同義ですから、相手にしないのが吉だと、僕は思います。

そのときは(この人はそういう人なんだな)と心の中で笑い飛ばしましょう。

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弘法は筆を選ばず

10月26日(日)

なんにも書くことがないので、高校のクラス会のことについてもう少しこすらせていただきます。もはや誰も関心がないだろうけど。

グループLINEの通知をオフにしたので、精神的にはずいぶん楽になった。あとは、頃合いをみて退会しようかと思っている。

「プロ写真家」のクラスメートによる写真撮影指南は、今日の深夜に至るまで続いた。専門用語の連続に、ド素人の僕にはサッパリわからないところがあるのだが、「写真を見たときに、見る側がエネルギーを感じ取るような力が備わった写真が撮れるとベスト」「またその一枚を見た時に、情景をイメージさせられるような写真だと良いでしょう」は、精神論を言っているのだなということだけはわかった。僕がバカだから意味は理解できなかったけど。

カメラの機種についてはとくに触れていなかったけど、撮影の時に必ず双眼鏡をもっていくようにというアドバイスがあり、双眼鏡ならこれを買えという指定まであった。ということは、カメラもまた、プロ仕様のいいカメラを揃えなくてはならないという暗黙の示唆があるものと思われる。この点は僕の勘違いかも知れないが。

いい写真を撮るには、その技術に耐えうるいいカメラを用意しなければならない、ということは、いいカメラでないとプロのような写真が撮れない、ということ?つまり写真の善し悪しは結局はカメラの善し悪しに左右されるってこと?という批判は、多分しちゃいけないんだよね。

そんな批判をしたらお前は何もわかっていない、と叱られるだろう。

なぜなら、むかしから「弘法は筆を選ばず」という格言があるからである。当然、写真芸術の世界も、カメラの善し悪しなど関係がないのだ。

音楽の世界もそうだ。以前に書いたことがあったが、むかしNHKの番組で、老境に入ったYMO の3人が、しょぼい楽器で「ライディーン」を戯れに演奏したことがあった。この時の演奏がすばらしく、視聴者に絶賛され、いまでも「どてらYMO」の名で語り継がれている。これはまさに現代の「弘法は筆を選ばず」の最適な事例である。

…とここまで書いていて僕が勘違いしていたことに気づいた。「弘法は筆を選ばず」は凡百の「プロ」に対して言った格言ではなく、「天才」に対して言った格言なのではないか、と。

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肩書きの多いクラスメート

10月25日(土)

昨日のクラス会終了後から、高校のクラス有志のグループLINEの盛り上りが止まらない。

深夜から翌日の午後まで、着信を知らせるバイブがずっと震えっぱなしなのである。

原因は、例の「一人旅愛好家」による投稿である。

相変わらず大量の写真がアップされている。

その過程で、彼の肩書きが複数あることが、本人により明らかにされた。

「プロ写真家」と「プロ料理家」。「プロ」というくらいだから、それで収入を得ているということである。

「嘘じゃない証拠に仕事道具の包丁コレクション送っておきます」

と、ご丁寧に包丁コレクションの写真も送られてきた。

「私は確かに『プロ写真家とプロの料理家』ですが副業でやってて本業は別にあります」

とも書いていて、本業はまた別にあるらしい。

そのあと、別のクラスメートが撮った「鳥の写真」をとりあげて、素人と一緒にしないでほしいと、やんわりディスっていた。

そのあとも五月雨式に今の自分の肩書きを写真とともに紹介していた。曰く、「自動車修理工房」「走り屋」「モータージャーナリスト」「その他」。

「その他」ってなんだよ(笑)

そこにはご丁寧にも車を運転している動画も添えられていた。

そのあとには次のようなコメントが書いてあった。

「あまり自身の正体明かすの好きじゃないですが、皆さまも人生楽しんでもらいたいと思ってね」

おいおい、「自身の正体明かすの好きじゃない」って、さんざん正体を明かしてるじゃん!(笑)

もうこうなると可笑しくて可笑しくてたまらない。本当は正体を明かしたくてたまらないんじゃないの?(笑)

最後にはこんなコメントで締められていた。

「もう私にはやり残した事は無いです。いつ死んでも良いように」

これにはちょっとカチンと来た。健常者の論理だ。僕みたいに生きるか死ぬかの瀬戸際にいる人間にとっては、いつもそのことで葛藤している。それをこんなふうに軽々と言ってしまわれると、複雑な気持ちがする。

ともあれ、リア充ぶりを惜しげもなく披露してくれたクラスメートの写真と文章には大いに楽しませてもらった。僕はこういうツッコミどころ満載の文章が大好物なのである。

同時に、別のクラスメートが趣味でアップした「鳥の写真」を、いかにも「プロ写真家」の立場からこてんぱんに非難し、「きちんと真面目にやってください」と言ってのけたのはさすがに不愉快きわまりないことであった。プロ意識とはそういうものではない。

しかし「素人写真」と非難されたそのクラスメートは、ちゃんと大人の対応をしていた。みんなあたたかい人たちだなあ。僕だったら頭に来てグループLINEからすぐに退会するのに。

そういえば、高校3年間、彼とは一言も会話を交わしていなかったことを思い出した。

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古い友人からのメール

10月24日(金)

連日のリハビリがキツすぎて体がぶっ壊れそうだ。

大学院時代から知っている友人から久々にメールをもらった。

出身大学こそ違ったが、同じアルバイト先だったことで、話をするようになった。

その後、僕は職場を転々としたが、今の職場に腰を落ち着けたとき、その友人と再会し、ごくたまに立ち話をするようになった。その友人は、僕の今の仕事のよき理解者、というところだろう。

ところが僕が今年の春頃から体調不良により仕事を休むことになり、その話を聞きつけた友人は、ごくたまに、ほんの1,2回程度だが、様子を気にするメールを送ってくれていた。

で、久しぶりに体調を聞くメールを送ってくれたのだが、僕は夏以降、新たな病気を発症して長期入院中だと伝えると、驚いた様子で、さっそく返信が来た。

「リハビリがハードなのはさらに大変だと思いますが、自分の身体、精神の能力を信じてぜひ頑張って復帰してください。待ってます。

何かあれば私の方からも連絡しますし、リハビリと免疫力増加に専念してください。

寒くなったりしたので、風邪などに気をつけて!

無理はしないで、でもハードリハビリに慣れながら復帰を楽しみに日々お過ごしください。

頑張って、という声かけは嬉しくない場合もあるようだけど、それでもやはり頑張って!と思っています」

もちろん先方は、僕の病気がどのていどのものなのか、知っているわけではない。僕は「毎日のリハビリがキツい」と弱音を吐いたくらいである。それだけに、このくらいの励ましの言葉が、僕にはちょうどよかった。その匙加減を知っている人だからこそ、長く友人でいられるのだろう。

あまりこういう内容は書きたくないのだが、書くことがなかったのでつい書いてしまった。

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クラス会の日だった

10月24日(金)

今日は高校のクラス会の日だったようだ。

新宿で飲み会をしたらしく、写真が送られてきた。出席したのは7人。

写真を見ると、みんなそれなりに年齢を重ねていることがよくわかるが、注目したいのはそこではない。

写っているほぼ全員がテニス部だったのである。1人だけサッカー部がいた。

完全に体育会系の人たちばかりである。高校時代にもほとんど接点がなく、かえすがえすも、なぜ僕がそのLINEグループに入っているのかがまったくわからない。僕は目立たない文学青年だったに過ぎない。だからあのメンバーの中で今さら何を話せばいいのかもわからない。

まことに世の中は不可思議なことばかりである。

そしてそして。

深夜に大量の写真をグループLINEにアップする者がいた。「一人旅愛好家」と自ら名乗っているヤツである。最近訪れた場所の風景写真を大量にアップしていた。そればかりか、「人生は一人旅であると知ろう」というスピリチュアルな格言も添えている。

あいつ、昔はそんなヤツじゃなかったはずなのにな。最近になって一人旅に目覚めたのだろうか。そしてスピな格言にハマってしまったのか?

もう一人、それに負けじと、自分が撮影した鳥の写真をアップするものが現れた。お前は池中玄太か!と突っ込みたくなってしまった。

僕が不思議に思うのは、それをグループLINEとはいえ、どうだ!とばかりに披露するという心理である。人間、歳をとると、自分の趣味を披露したくなるのだろうか。僕もこうしてブログを書いているので他人様のことは言えないが、別にむかしのクラスメートに読んでもらおうとは思わない。むしろ一切宣伝をしない。読んでくれる人に届けばいいだけの話だ。

しかし彼らの気持ちもわかる。久しぶりにクラスメートに会って、したたかにお酒に酔って、気分が高揚したのだろう。今の自分を知ってもらいたくて誇りたくなったのではないだろうか。そう思うと、彼らはいまも高校のクラスメートを大切に思っているのだろうなと微笑ましくなる。冷たい人間なのはむしろ僕のほうだ。

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この世はすべてが背理

「この世のことは、すべてが、道理に背き、何一つとして、納得ゆく、正しい道すじのものはないのだ。お前さんが青ざめた顔をしておれを睨むのが目に見えるようだ。だが、この世が背理であると気づいた者は、その背理を受けいれるのだ。そしてそのうえで、それを笑うのだ。だが、それは嘲笑でも、憫笑でもない。それは哄笑なのだ。高らかな笑いなのだ。生命が真に自分を自覚したときの笑いなのだ。」(辻邦生『嵯峨野明月記』(中公文庫版、414頁)。

さあ、みんなで高らかに笑おうぜ!

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「コミュニケーション能力」といえば思い出すこと

以前にも書いたが、「コミュニケション能力」で思い出すのは、鴻上尚史さんが、TBSラジオ『武田砂鉄 プレ金ナイト』で1年ほど前に発言した言葉である。以前はエッセンスだけ書いたが、今回はできるだけラジオで喋ったとおりに発言を引用する。

「コミュニケーション能力って、誰とでもすぐに友達になれるみたいな能力のことを、コミュニケーション能力と思う人が多いんだけど、僕が思うコミュニケーション能力っていうのは、物事が揉めたときになんとかできる能力のことをいうのです。揉め方はさまざまなわけですよね。『この揉め方の時はこういうふうにしよう』ということができる人なんです。『この子は社交的だからコミュニケーション能力がありそうだ』という話とは全然違う、ということですよね」

僕はこの言葉に感化されて、ある揉め事を解決したことがあった。だいたい揉め事というのは、水面下で起こることであって、できるだけひっそりと行動を起こさなければならない。限られた人と相談し、対応を決めた上で、揉めている双方に礼儀をつくすことからはじめなければならない。その上で、どちらも気を悪くしないように粘り強い説得をするのである。

僕はそのことでメンタルがやられそうになったが、ひとまずまるくおさめた。僕は決して社交的ではないが、その揉め事をなんとかできる人間は僕のほかにいなかったと今でも自負している。

なぜこんなことを思い出したかというと、新しく誕生した首相にその能力があるのかどうか、不安に思ったからである。しかし政局を語るのは不愉快になるばかりなのでこの辺でやめておく。

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それぞれのこだわり

10月22日(水)

作業療法士さんからこんな話を聞いた。

リハビリ室には、日常の生活に戻るために簡単なキッチンが用意されている。

まあそんなに複雑なキッチンではないので、そんなたいそうなものは作れない。素材は病院の方で用意してくれるという。

しかし患者さんの中には、プロの料理人さんもいて、リハビリが終わって退院したら仕事に戻りたいというケースが多い。

そうすると、妙なこだわりが発揮される。

リハビリ室に置いてある包丁では、とても自分の料理が作れない。自分のお店からマイ包丁を持ってきてもよいか?というのである。そうでないと料理は作れないと言い出す始末。

いやいやいや、病院に包丁を持ち込むなんてダメでしょう。何らかの法律に引っかかる可能性もあるのだ。

と説得をして、やっと納得してもらったそうである。

料理っていったって、短時間でたいしたものを作るわけではないし、そもそも患者がそれを口にしてはいけないルールになっている。できた料理は、療法士さんが「美味しくいただきました」で終わりである。

それでも、料理人はこだわるのだなあと、すっかり感心してしまった。

「僕が担当した患者さんには、こういう例もありましたよ」と、別の作業療法士さん。

家族で定食屋さんを経営している、その夫が病気になり、リハビリが必要になってしまった。

その人は調味料にやたらこだわる人で、自分のお店から調味料を持ってきてもらったのだという。

ご夫婦でやっている定食屋さんなので、奥さんは当然、お店で使っている調味料についてはよくわかっている。

持ってきてもらった調味料を見ると、スーパーマーケットでは見たことがないような調味料だったという。プロ仕様の調味料だ。

どうせ1回しか料理リハビリをやるチャンスないのだからちゃちゃっと作っちゃえばいいじゃんと思うのだが、プロというのは、どんな場面でもおろそかにせず、こだわるものなのだとそれらのエピソードを聞いて思ったものである。

と、そこまで聞いて、自分に置き換えて考えてみた。

ノートパソコンで文字入力をする、というリハビリがある。最初は病院の備品のノートパソコンを使ってみたのだが、どうもしっくりこない。日本語の入力システムが、僕のふだん使っているものと違うため、誤変換がやたら多くなったりするのである。

そこで、ふだん使っているノートパソコンを家から持ってきてもらい、その後はもっぱら自分のノートパソコンをリハビリで使わせてもらうことにした。

どうせ文字入力するなら、できるだけ滑らかに行いたい。

これもまた、こだわりだろうか。

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司馬遼太郎派、ではない

10月21日(火)

「大人になって愛読書が司馬遼太郎だという人は信用できない人物だと思ってよい」と、ある著述家が言っていた。司馬遼太郎をおもしろいと思うのは中学生くらいまでで、大人になれば司馬遼太郎は卒業するはずだというのがこの発言の真意のようだ。

僕が言ってるんじゃありませんよ。ある著述家が言っているんだ。

しかしその著述家の言葉には幾ばくかの真実があるような気がしてならない。司馬遼太郎のファンの人、ごめんなさい。

僕は一応高校生の頃、司馬遼太郎の本を読んでみた。『項羽と劉邦』が最初だったろうか。なかなかおもしろいと思った。

『関ヶ原』も読んでみた。司馬遼太郎の小説を原作にして早坂暁さんが脚本を書いたTBSテレビの大型時代劇『関ヶ原』を小学生の頃に見て、とてもおもしろかったからである。

しかし結果として、早坂暁さん脚本のドラマの方がはるかに面白かった。

『新選組血風録』も読んでみた。最初のきっかけは大島渚監督の映画『御法度』(1999年)を映画館で観たときだったと思う。

その後、三谷幸喜脚本のNHK大河ドラマ『新選組!』を観たのが2004年。それを観たのをきっかけに、むかしのドラマがあることを知り、結束信二が脚本を書いた連続ドラマ『新選組血風録』(NET、1965年)をDVDボックスで全編観てみたら、これがメチャクチャおもしろかった。原作にない、結束信二オリジナルのエピソードもあって、それがなによりおもしろかった。あんまりおもしろいので、結束信二の脚本集を買ったほどである。

いちばん最近買ったのは、『峠』である。10年近く前に仕事で河井継之助記念館を訪れたときに、河井継之助という人物に興味を持ち、『峠』を読んでみようと分厚い文庫本3巻を買ってみたが、なんとなく読む気が起こらず、いまに至っている。『峠』も2022年に小泉堯史監督によって脚本が書かれ、映画化されているようだが、私は未見である。

総じて、司馬遼太郎をおもしろいと感ずるかどうかは脚本家の腕次第ということになる。

なぜこんなことを思い出したかというと、本日誕生した新しい総理の愛読書の5冊のうちの一つに、『坂の上の雲』があげられていたからである(日本経済新聞の記事による)。僕はそれを見て、「ふ~ん」と思った。感想は「ふ~ん」だけである。いまでも愛読書なんだ、と。司馬遼太郎の小説をあげておけば万人受けするかも知れないという計算がはたらいたのではないか、という邪推まで生まれた。

ほかの4冊もパッとしない本ばかりで、やはり感想は「ふ~ん」であった。

僕は「大人になって愛読書が司馬遼太郎だという人は信用できない人物だと思ってよい」という言葉を、ふたたび噛みしめたのである。

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めんどくさい質問

10月20日(月)

はじめて担当してもらう若い療法士さんに必ず聞かれるのが、

「お仕事は何をされているんですか?」

という質問である。これに答えるのが死ぬほどめんどくさい。

「物書きです」と答えようと思ったが、そうなると「どんなものを書かれているんですか?」と質問が続きそうなので、嘘をつき続けるのが辛くなる。

仕方がないのでボンヤリとした言い方で答えると、若い療法士さんたちはドン引きし、次に何を聞いていいか迷ってしまうようだ。

あたりまえだ。彼らの中に僕の職業のカテゴリーは存在せず、どちらかといえば彼らとは正反対の世界の住人なのだから。

僕が何か言おうとすると、どんな言葉も上から目線になってしまう恐れがある。

「どうしてその仕事をしようと思ったのですか?」

と質問が続く。彼らの概念の中には存在しないカテゴリーなので、もはやどんなことを聞いていいのかもわからないようだ。

そんなときは、

「ひと言で言えば…社会不適合者だからです」

と自分を蔑んで言うことにしている。社会に自分を合わせられないのでこんな仕事をしているのでござんす、へへ。

実際、同業者にはそういう輩がいるから間違いではない。

しかし実際には、社会不適合者ではこの業界ではやっていけないことは他の会社と同じである。

「いるでしょう、どこの組織でも、そういう輩は」

「たしかにいますね」

こうやって、話を微妙にスライドさせてなんとかおさめることにしている。

ああ、めんどくさい。ウソの職業を言いたいのだが、何か適当な職業はないものだろうか。

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ウディ・アレンの映画

10月19日(日)

アメリカの俳優、ダイアン・キートンが亡くなったというニュースを聞いて、あるYouTubeでウディ・アレンの『アニー・ホール』が奨められていたので観ることにした。

僕はこれまでウディ・アレンの映画をちゃんと観たことがない。なんとなく自分には合わない映画だという思いがあったからである。だからウディ・アレンの映画を観るのをこれまで避けていた。

ま、それでもダイアン・キートンを目当てに観てみようと思い立ち、ウディ・アレンの映画をこの際ちゃんと観てみようと思った。

タイトルの『アニー・ホール』は、ダイアン・キートンの役名である。この映画はウディ・アレンの最高傑作ともいわれ、アカデミー賞4部門(作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞)を獲得している。

ダイアン・キートンが演じる女性像はたしかに素晴らしい。映像の演出や編集、脚本も斬新だと思う。

しかし僕はどうしてもなじめなかった。ウディ・アレンに、である。

ウディ・アレンとダイアン・キートンは一時期ほんとうに交際をしていたという。後に別れたらしいが。

ダイアン・キートンは生涯結婚をしなかった。自分らしく生きるために、結婚という形態に縛られたくはなかったのだろう。映画の中でも、アニー・ホールは結婚を選択しない人物として描かれている。ウディ・アレンもそのあたりのことをよく知っていたのだろう。最終的にはふたりは結ばれることなく別れてしまう。

…というかこの映画は、ウディ・アレンの経験談をそのまま映画にしたんじゃねえか、と思えてしまう。

この当時、2人が交際していたのかどうかわからないが、ただ、交際していたという事実を知ったときに、えらく生々しい話だと思ってしまい、公私混同なんじゃねえかと、ちょっとゲンナリしてしまった。

映画の中では、自虐的で悲観的なウディ・アレンだが、自分の人生の一部を曝け出すことに躊躇しないという側面があるというのは、どういう心理なのだろう。

やっぱり、ウディ・アレンにはちょっとついていけないという思いを新たにしたのである。

ウディ・アレンのファンってどのくらいいるのだろう。もちろんファンが多いからこそ一定の地位を占めたことは間違いない。ウディ・アレンの映画のファンからすれば、「ふざけんな、何も知らないくせに」と批判されるのは覚悟の上である。たぶん僕の頭が固いと思うので、蒙を啓いてもらいたいと思う。

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ご質問ありがとうございます

同業者会合、ええい面倒くせーや、学会とか研究会とかで、自分の発表に対して質問が出たときに、

「ご質問ありがとうございます」

と前置きする慣行は、いつごろから始まったの?

僕らの若い頃にはそんな慣行はなかったような気がするのだが、とくにいまの若い人たちは質問に対して「ご質問ありがとうございます」という場合が多いよね。気のせいかな。

僕も講演会なんかのときに、会場からの質問にうっかりそう言ってしまうことがあるが、基本的には「ご質問ありがとうございます」という挨拶があまり好きではない。礼儀正しいことはわかるが、なんとなく儀礼臭が漂うのである。そこはガチンコ勝負だろうと。

つらつら考えてみると、まったく根拠のない話なのだが、会場からの質問に対して答えるときに「ありがとうございます」と前置きするルーツは、れいわ新選組の山本太郎代表あたりにあるのような気がする。

れいわ新選組の集会を動画で見たりすると、山本太郎代表が会場からの質問に「ありがとうございます」と前置きした上で答えるというパターンがほとんどである。このあたりがルーツなのかもしれないと思ったが、まったくの思い違いかもしれない。というか、この場合、山本太郎はまったく関係ないだろう。

質問と言えば先日、とてもおもしろいものを観た。

ある全国紙の記者によるオンラインサロンについて、ここでも書いたと思うが、このときのメインゲストが僕の大先輩だった。

オンラインサロンの中では、適宜、視聴者からの質問が紹介され、それに対してゲストが答えることになっているのだが、その質問の中に、馬鹿じゃねえか、と思われる質問があった。

しかしその大先輩は、「大変良い質問です」とニコニコしながら対応した。

いまのが「大変良い質問」?僕がその場にいたら頭に血が上ってその質問に対してこっぴどい反論をしただろう。

しかしその大先輩は、時間をかけてネチネチと、ファクトを積み重ねて、最終的にはその質問がいかに間違っているかを理路整然と、そしてやんわりと反論した。これではぐうの音も出まい。

僕はこのとき気づいた。大先輩が「大変良い質問です」と前置きしたのは、イヤミでも何でもなく、いまのこのご時世に至ってもこんな馬鹿な質問をする人がいるのだ、ということを万座の前で可視化してくれたという意味で、「大変良い質問」だったのである。大先輩からすれば、こんな馬鹿な質問をする人がいるのは最初から織り込み済みで、来た来た、釣れたぞ、という思いだったのかもしれない。

どんな質問にも盲目的に「ありがとうございます」と応じるのではなく、質問によっては対応を変える必要があるということを教えてくれた。仕事、プライベートを問わず、馬鹿な質問やコメントに、ムキにならずにどう対応するかが、目下の私の課題である。

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七五三

10月18日(土)

今日は小2の娘の七五三参りだった。

七五三は数え年だから、ほんとうは昨年、6歳のときに済ませるはずだったのだが、昨年11月から僕は長期入院をしてしまったため、七五三参りは中止となった。

そして今年こそ、と思っていたら、またもや僕が長期入院となった。しかし七五三参りはこれ以上延ばせないので、今年にやることになったのである。妻が娘の着物の着付けをおこない、実家の母と3人で、近くの大きな神社に出かけた。

のちに妻から大量の写真と動画が送られてきて、七五三参りの様子がよくわかった。前回2歳のときの七五三参りの写真も残っているが、それと見比べてみると、あたりまえだが成長著しいことが一目でわかる。

いま入院している病院は、小学生以下は面会禁止という決まりになっているので、入院中は娘に会えない。写真と動画をよすがにその成長を見届けていくしかない。

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入浴の日

10月17日(金)

介護施設では、慢性的な人手不足に悩まされ、「外国人技能実習生」を受け入れているところが多いと聞く。いま入院中の病院は介護施設ではないが、それに類する患者も多い。わが病棟には外国人の看護補助の方が一人いる。言葉のイントネーションからして、東南アジアあたりを出自とする人のようにも思える。しかし日本語は達者であり、コミュニケーションをとることにまったく問題はない。

どのような身分なのかはよくわからない。たんなる技能実習生ではなく、永続的な在留資格である「特定技能1号」を取得しているかもしれない。

毎週火曜日と金曜日は「入浴の日」である。入浴といっても、湯船に浸かるわけではなく、シャワーで体を洗うだけである。私は車椅子移動なので、椅子に腰掛けながら体を洗い、シャワーを浴びるだけである。

浴室には看護師や看護補助からなる病院スタッフが2~3名いて、患者の介助を行っている。スタッフは固定メンバーではなく、ローテーションみたいなものがあり、その都度メンバーが変わる。男性もいれば女性もいる。

今日はその中のひとりに、その外国人の看護補助の方がいた。

僕は、最初こそ病院スタッフの人の介助で体を洗ったりしていたが、そのうち、自分でできるだろうと思われて、浴室に入るやいなや、あとは一人で勝手に体を洗ってください、とばかりに放っておかれてしまった。

いったん放っておかれると、シャワー室から出ていって、見守ることすらしなくなる。それはそれでかまわないのだが、滑りやすい浴室で転んだりしたらどうするのだろう。しかも浴室には僕だけではなくほかの患者さんも1~2名くらいいるのである。

で、なにをしているかというと、ほかのスタッフたちと着替え室で無駄話をしているのである。僕はその態度にちょっとだけカチンときた。

ところが一人だけ、浴室に残って患者を見守る人がいる。その外国人スタッフである。

彼女は常に「大丈夫ですか?」「何かお手伝いしましょうか?」と浴室にいる患者に聞いてまわっている。僕はひとりでできるつもりが、さすがに背中を洗うことに苦労している姿を見ると、すかさず背中をゴシゴシと洗ってくれる。

そのおかげで、全身をひととおり洗うことができた。

日本人スタッフが浴室に入ってきたのは、すべてが終わったあとである。

僕は別に、日本人スタッフだからいい加減で、外国人スタッフだから熱心だということを言いたいわけではない。

国籍にかかわらず、親切にしてくれる人はありがたい、ということを言いたいのである。その上で、こういう面倒くさい環境の中で、この国のやり方に合わせて、昼夜厭わずに仕事に前向きな外国人はとてもありがたい存在だと思うのである。

簡単に「外国人」を一括りにして排斥を声高に主張する政党が躍進しつつあるこの国の社会で、それでもこの国で働こうとする外国人がいることを忘れてはならない。

政治家は、いっぺんでも、介護施設で働く体験をすべきである。

「人民の海」に身を投じやがれ、政治家ども。

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一流の役割

あるとき、菊池寛と太宰治がバーに飲みに行った。当時文壇で華々しい活躍をしていた菊池寛は、有名人であったためか、そういうお店に行くと女性によくモテた。当時まだ無名だった太宰はまったくモテない。そのことを苦々しく思っていた太宰は言った。

「菊池さん、別にあんたに魅力があるからモテてるわけじゃないぜ。『菊池寛』という名前があるからモテてるだけだぞ」

すると菊池寛は答えた。

「バカヤロウ。『菊池寛』という名前だってオレのもんだ」

もう30年以上前、当時めちゃくちゃ儲けていたプロゴルファーのタイガー・ウッズに対して芸人の上岡龍太郎がこんなことを言っていた。

「ああいう人はどんどん儲けるべきだ。なぜならああいう人は自分のためだけではなく社会に尽くすための社会貢献の星の下に生まれてきたから。彼の収入は彼にしかなし得ないものであり、しかも社会の共有財産なのだ」

うまく思い出せないがそんなことを言っていた。

実際のタイガー・ウッズがその後どうなったのかはわからないが、これを聞いたとき、一流のプロスポーツ選手は社会の公共財であるという意味に受け取った記憶がある。凡百のプロスポーツ選手にはなし得ないからこそ、一流の看板を背負っている人間にそのことが期待され、財産も集まってくるのだ、一流の選手はそのことを自覚しなければならない、と。

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演出家はなぜリメイクを作ろうとするのか

10月16日(木)

今日も書くことがまったくないなあと思って、インターネットのニュースサイトをスクロールしてみるが、ゴシップ的な政局報道や、それに対する程度の低いコメンテーターの浅いコメントばかりが載っていて、ゲンナリしてしまった。

それでも下の方に画面をスクロールしていくと、黒澤明監督の『酔いどれ天使』を舞台作品としてリメイクする、というニュースが出ていた。

『酔いどれ天使』は黒澤明監督の初期の名作である。反骨漢で酒好きの貧乏医師、志村喬と、闇市を取り仕切るヤクザの三船敏郎が、ぶつかり合いながらもその絆を深めていくヒューマンドラマである。戦後の世相も描かれていて、そこに注目するのもまた、この映画を観る楽しみである。黒澤映画にはじめて三船敏郎が登場する記念碑的な作品でもある。

それをいまのこの時代に、舞台作品とはいえ、リメイクするということに、僕は若干の戸惑いを覚えた。

舞台を演出するのは、映画監督の深作欣二のご子息、深作健太さんである。

ニュースの中で出演者の一人が、

「深作さんがパンクにロックに令和版新解釈という形にしてくださった」

といっていて、僕はますます不安になってしまった。僕の不安というのは、出演者もスタッフも、本気で原作を超えようとする気持ちがあるのかということである。もちろん、誰でもその気概を持って作品をリメイクしようとがんばっているのは当然なのだと思うが、結果として、「やっぱり元の作品を超えていないんじゃね?」と思った経験が何度もあったからである。

映画やドラマのリメイクには2つのパターンがあるように思える。

ひとつは、元の作品の脚本を一字一句変えずにリメイクを作るというスタイルである。

黒澤明監督の『椿三十郎』を森田芳光監督が2007年にリメイクした。たしか脚本はそのままに演出をしたというふれこみだったと記憶するが、僕はあまりに黒澤作品が基準となりすぎていて、リメイクの演出やキャストが功を奏しているのかどうか不安で、観ていない。

向田邦子脚本、和田勉演出のNHKドラマ『阿修羅のごとく』(1979~80年)も、最近リメイクされたらしい。これも、向田邦子の脚本そのままだと聞いた。今の時代にあてはめても違和感がなかった、というのは観た人の感想だが、それだけこの国の社会が40年以上も変わっていないことを示しているのだろう。これはぜひ観てみたい気がする。

もうひとつのパターンは、元の作品を現代風にアレンジしたり、視点を変えてアレンジしたりするパターンである。こちらもまた微妙である。

そういう作品をある程度観てきたが、一つとして元の作品を超えるものはなかった(ただし映画のテレビドラマ版の中には脚本家の腕でおもしろくなっているものがあった)。

演出家となった以上、過去の名作を自分の手でリメイクしたくなる気持ちはよくわかる。しかしほんとうに元の作品を超えられると思っているのだろうか、それが演出家の自負というものだろうか。

僕にはよくわからない。

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自撮りと肩書きとナルシスト

10月15日(水)

夕食の時間が近づいた頃、廊下で病院のスタッフたちがある患者の悪口を言っていた。

「あいつほんとうにムカつく」

ほかにも悪口雑言を吐いていたが、どんな地獄だ!と背筋が寒くなった。

…という愚痴を言いたいのではない。

むかしの仕事仲間、といっても全然親しくなかったのだが、のブログを久しぶりにのぞいてみたら、相変わらずむかしと同じような実名のブログを続けていた。

僕もブログを続けているので、ブログを続けること自体はかまわないのだが、「相変わらず」と言ったのは、むかしと変わらず、自撮りを載せることに余念がない、ということだった。自撮りじたいは悪いことではないが、実名をさらして全世界に公開するメンタリティーがよく理解できないのである。

あともう一つの特徴は、肩書きに異様にこだわるという点である。彼のプロフィール欄をみると、職場の肩書きはもちろん、学位、資格、はては数人からなる小さなボランティア組織の「代表補佐」みたいな肩書きまで書いている。まるで勲章の多さを誇る軍人さんみたいなものである。

なるほど、世の中には私の理解の及ばないナルシストがいるものだなあと感慨に浸った。

最近、それと同様の例を見つけた。

全然親しくない「友達」のFacebookもやはり、記事の多くに自撮り写真、あるいは自分が写っている他撮りの写真を載せている。

それだけではなく、最近職場の管理職になったみたいで、肩書き(管理職名)と自分のフルネームが印刷されているネームプレートを、わざわざ写真に撮って公開している。管理職になったことがよっぽど嬉しかったのだろう。

僕も昨年度、1年だけ、彼と同様の管理職をつとめたことがあるが、そのことを自分からは公言しなかった。おそらくこのブログにも書かなかったんじゃないかな。だって恥ずかしいんだもん。

しかし世の中にはそれを誇りたい人もいるのだ。僕には理解しがたいことだが。

こういう人たちをナルシストというのか、という発言は、人間を乱暴に括っていることになるのだろうか?

しかし、どこぞの県知事も、自分のSNSに「自撮り」や「自分が写っている他撮り」の写真が多い、ということと、やたら自分の肩書き(県知事)にこだわるということで「ナルシスト」と認定されているから、この見立てはあながち間違っていないと思うのだが、どうだろう。

だからと言って、どこぞの県知事のようにそれが害悪であり批判の対象となる、というわけではない。ただ僕は、その二人のナルシストぶりを、ブログやFacebookを通じて楽しく読んでいる一読者に過ぎない。

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大谷翔平と天気の話

10月14日(火)

毎日のリハビリですっかり疲れてしまい、しかもどれほど効果が上がっているかもよくわからない、先の見えない状況で、何も書く気が起こらない。

しかも病院はまるで監獄のように管理されているので、自分が囚人になった気がしてイヤになる。

いっそこのまま売文家として身を立てていこうかと思ったのだが、僕の書いたものはツマラネえから、カネの取れる文章とは到底思えない。実際、このブログもすっかり過疎っているし。

これが本当の絶望だ。

「今日はこれから雨が降るそうですよ」

とリハビリの療法士さんに言われても、こちとら外の風景を見る機会もないし、ましてや外に出てはいけないので、体感としての天気や寒暖の差を感じることはできない。つまり、一番無難な「天気の話」すら、受け答えができないのである。

「今日は大谷翔平選手の試合があるそうですよ」

天気に引き続いて無難な話題としてあげられるのは、大谷翔平の話題である。

「野球の試合は見ますか?」

「いえ、まったく見ません」

興味もありません、むしろニュース番組で大谷翔平が出たらチャンネルを変えるくらいですから、とまで言いたかったが、そこまで言うとドン引きされると思ったので言わなかった。

しかしどうやら世の中は、大谷翔平の話題をすれば、間が持つらしい。

だいたい僕は、スポーツ観戦全体が好きではない。スポーツを楽しむと言いながら、その実、ナショナリズムの発露の場に成り下がっているケースが多いからである。そのことを話しても、「どういう意味かわかりません」と言われる。ナショナリズムという言葉が難しかったのかな?それ以上話すのは無駄なのでやめた。

僕の大谷翔平に関する知識は、「大谷翔平が生まれた町に、仕事で訪れたことがあります」というくらいで、そんな話をしても、聞いてる方は面白くもなんともないはずである。

それよりも、

「奈良公園の鹿をいちばんシバいているのは、実は鹿せんべいを売っているおばちゃんなんですよ」

ということを話したかったが、のるかそるかの話題だったので諦めた。ま、ここで書けたからよしとするか。

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スポーツの日

10月13日(月)

若い療法士さんから必ず聞かれたのが、

「今日はなぜスポーツの日なのですか?」

という質問だった。

そのたびに、

「もともとは体育の日と言ったんですよ。しかもいまのようなハッピーマンデーではなく、10月10日に固定されていました」

しかしこれだけでは「スポーツの日」の説明になっていない。

「10月10日は、前の東京オリンピック(1964年)の開会式の日です。それを記念してその日を体育の日としました」

「へえ」

「何か気づきませんか?」

「さあ」

「むかしは季候のいい時期にオリンピックを開催していたのです。10月10日が『晴れの特異日』ということもありましたのでね。ところがいまはどうです?」

「……」

「真夏の暑い日オリンピックを開催しているでしょう?」

「たしかにそうです」

「あれは、アメリカの放映権の都合で、強制的に時期を移されたのです」

「アメリカ…ですか?」

「ええ、アメリカはオリンピックの放映権を独占しているのですけれど、ちょうど7~8月が人気のスポーツの大会がない「夏枯れ」の時期なのです。つまりテレビのスポーツコンテンツが何もない時期に、オリンピックを開催することになったのです」

「アメリカのテレビ番組の事情ですか…」

…と、ここまでが一連の流れである。これを若い療法士さんが質問をするたびに同じ会話をくり返している。それを得意げに話している僕は、とんでもない蘊蓄ジジイである。

それよりなにより、「体育の日」を知らないという世代と会話するのは難しい。

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オンラインサロン

ある全国紙の記者が企画するオンラインサロンに出演してほしいと依頼が来たのが今年の春だったか、初夏だったか。

その時すでに僕は体調不良で職場を休んでおり、とても出演できる状態ではなかったので、事情を説明して、代わりの人を推薦した。

代わりの人、と言ったら失礼だが、元同僚で、そのテーマに関して僕よりもはるかに適任の人である。逆になぜ最初にその人に出演依頼をしなかったのだろうと、不思議だった。

僕は、依頼者にその人を推薦した上で、ご本人にも、全国紙の記者から出演依頼が来ると思いますので前向きにご検討ください、と説明した。

最初は、出演していいものかどうか迷っておられたが、再度僕が説得し、出演を決めてくださった。

というか、出演するならその人しか考えられなかったのだ。

で、少し前に、出演したオンラインサロンが公開されたと、メールをいただいた。

その返信に、僕はこうお伝えした。

「実はいまはまた新たな病気が発症して長期入院中です」と。

それを読んで、その人は大変びっくりされていた。新たな病気を発症したことについてはもちろんだが、その人のお連れ合いもまた、15年ほど前に僕と同じような病気を患ったことがあり、復帰までに時間がかかったということを告白されたのである。つまりその人も、お連れ合いのご病気の看病というか介護というか、大変なご苦労をされていた。だから僕の病気の大変さをわかっていらしたのである。

僕は「今すぐには観られませんが、環境がととのったら絶対に観ます」と返信した。

そして今日、病室でそれを観る環境がととのったので、観ることにした。妻は先に観ていたらしく、「とてもおもしろかったよ」と言っていた。

1時間ほどのオンラインサロンだった。司会をする記者がいて、それとは別に、そのことに関して取材をした記者、そして元同僚の3人で番組は進行した。

1時間視聴して、最初から最後までおもしろかった。やはり元同僚に頼んで大正解だった、僕だったら、これほどおもしろくて論理的で深い話はとてもできなかったであろう。

番組の中では、僕の名前も出してくれていて、それも嬉しかった。

僕は、その元同僚のスピリットを受け継いでいると勝手に自負している。僕自身は無力な人間だが、もし復職できたら、なんとかその理想を実現したいという思いを強くした。

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仕事の極意

10月11日(土)

今日の午後は、年に1度の全館停電の日。正確には、午後1時~3時半までの2時間半なのだが、電気を使うすべての機能が停止する。電灯はもちろん、空調もエレベーターもトイレも給茶機も使えない。しかしそれでもリハビリだけは予定通り実施する。

リハビリに使う廊下はかなり暗かった。あたりまえだ、電気がついていないのだから。

そのため、廊下の辻々に、ランタンみたいな明かりを持った看護師さんが座っていた。考えてみれば、看護師さんの使う電子カルテみたいなものも停電のために使えないのである。つまり停電の間は仕事にならないわけで、それでランタンを持つ係をしているのかと気がついた。

停電というのは、どことなくテンションが上がるのだろうか。ランタンを持つ看護師さんはどこか嬉しそうである。

その灯りに助けられながら、僕は杖をついて廊下を歩く。もちろん横には、理学療法士さんがついてくれている。

「焦らないで。でも(歩みを)遅くしないようにしてください」

というアドバイスを横で言ってくれたのだが、その言葉である映画のセリフを思い出した。

「『宇宙戦艦ヤマト』って、知ってますか?」

「え、…ああ、パチンコ台のことですね」

ショック!若い理学療法士さんには、『宇宙戦艦ヤマト』がアニメ映画だということを知らなかったのだ!(もちろん、最初は30分番組のテレビシリーズから始まったのだが、ここではその話は措いといて)

「いえ、むかし、そういうアニメ映画があったんですよ」

「そうなんですか?パチンコでしか知りませんでした」

「で、その中に有名なセリフがあるんです」

「どんなセリフです?」

「『慌てず急いで正確に』というセリフです」

「『慌てず急いで正確に』…。なるほど、いまのリハビリの心構えにもピッタリの言葉ですね」

理学療法士さんはひとまず納得してくれたが、このセリフ、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』を観た人なら誰でも覚えている名台詞だよね!というか国民全員が当然知っている名台詞だと思ったのだが。空間騎兵隊隊長の斎藤始が真田技師長に向かって言うセリフですよ!読者(ダマラー)のみなさんはよくご存じでしょう?

もう一つ、『宇宙戦艦ヤマト』の名台詞と言えば、第1作の劇場版『宇宙戦艦ヤマト』での沖田艦長のセリフ、

「地球か…何もかもみな懐かしい」

だよね。小学生の時にこの場面を観て、滂沱の涙を流した。いまも書いていてウルッときたもん。

そんなことはともかく。

これこそがリハビリの極意ではないかと悟ったのだった。いや、リハビリに限らず、すべての仕事において、この言葉は有用なのではないかと今更ながら思ったのだが、気がつくのが遅かったか。

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私はお茶が飲みたい

10月10日(金)

各階には「食堂」というスペースがあり、「自立」できない患者(介助が必要な患者)は、自分の病室ではなく、その食堂で毎食の食事をとることになっている。食事の時間以外にも食堂で時間を過ごす患者も多い。食堂にはいろいろな種類のお茶や水が飲み放題の「給茶機」があり、紙コップを所定の位置に置けば容易にお茶や水を飲むことができる。

僕もしばしばお茶やお水を飲むためにその給茶機を利用しているのだが、そこでこんな光景に出くわした。

食堂で過ごしていた、一人の高齢のおばあさんが、突然立ち上がって、給茶機のほうの歩いて行こうとした。給茶機のある場所は、目と鼻の先である。

すると、病院のスタッフが慌ててそのおばあさんのところに駆け寄った。

「どうしたの?」患者は、立ち上がることすら許されていない。

「…お茶が飲みたい」おばあさんはお茶を飲み干してしまい、お茶をもう1杯ほしくなったらしい。

「テーブルの上を見てごらん、紙コップに入ったお水ならあるわよ」

「これは私のじゃない」

「何言ってるの?このお水は私が○○さんのためにもってきた水よ。これを飲めばいいでしょ?」

「でもお茶が飲みたい…」

「もうすぐお昼ご飯が来るからね。座って待っていてちょうだい」

お昼ご飯の時間まではまだ30分近くある。

病院のスタッフは再三にわたって「座って待っていなさい」「我慢しなさい」とたしなめるが、おばあさんは納得しない。

かくして、何度か押し問答が続いた。

僕は、イヤなものを見てしまったなあという思いにとらわれた。

すぐそこにある給茶機でお茶を入れればそれで解決するではないか。本人が難しければ、病院スタッフが代わりにお茶を入れてあげておばあさんのところに持っていけばすむ話である。時間にして20秒もかからない。

しかし病院スタッフは頑なにお茶を飲ませようとはしない。自分が持ってきてやった水を飲めという。

ここではお茶も自由に飲ませてくれないのか、と絶望的になった。

「お茶くらい飲ませてあげなさいよ」とよっぽど声をかけようと思ったが、そうすると、今度は病院スタッフのイライラが僕のほうに向かい、最悪の場合、僕が攻撃されて罰を与えられることになりかねないので、何も言わずに食堂を出た。

最終的に、おばあさんがお茶のおかわりができたのかどうかわからない。たぶん病院のスタッフと患者の力関係から考えて、できなかっただろう。

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どう断ったか

どう断ったらよいものか

以前、高校時代に同じクラスだった同級生有志による飲み会の誘いがグループLINEで送られてきた、と書いた。

当然、僕は入院中なので行けない。それをどう断るべきか、具体的な病名を言うべきか、迷っていた。

迷った結果、グループLINEに次のように返信を書いた。

「ふとした病に罹り、現在長期入院中です。大変残念ですが今回も欠席いたします。ご盛会をお祈りします」

結局、病名は明かさず、「ふとした病」と書いた。立川談志師匠がよく落語のマクラで使っていた言い回しである。サザンオールスターズの桑田佳祐さんも、大病から復帰して紅白歌合戦に出演したときに、「ふとした病に罹りまして…」と言っていて、談志師匠の言い回しをマネしたなと笑い転げた。

僕もそれにあやかって「ふとした病」と書いてみたのだが、反応はすこぶる悪い。「お大事に」と返してくれたのは15人中3人だった。

僕は吉本隆明の「他人は自分が自分のことを思っているほど、君に関心なんかないんだぜ」という言葉を抱きしめて生きてきたので、その言葉が実証できたようで安心した。

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先が見えたり見えなかったり

10月9日(木)

言語聴覚療法が、ようやくノルマのチェックテストを終えた。とくに問題がなかったので、これからは毎日ではなく、週1回くらいのペースで行うらしい。

以前にあったテストで「常識テスト」というものがあった。教科書に載っているような知識を試す問題が口頭で出されて、それを何も見ずに口頭で答えるというものである。

だいたいは簡単な問題だったのだが、どうしても答えられない問題があった。

「『不思議の国のアリス』の作者は誰ですか?」

不意に言われたので作者の名前が出てこない。というかそもそも作者に注目していなかった。映画は観たことはあるのだが。

「クレオパトラとはどんな人物ですか?」

「エカチェリーナ2世とはどんな人物ですか?」

どんな人物って言われても…。

この2問にもとっさには答えられなかった。考えてみればいずれも常識に属するクイズである。もちろん、読者(ダマラー)のみなさんだったら誰でもすぐに答えられるだろうが、僕は恥ずかしながら答えられなかった。どうも世界史に弱いらしい。それとも加齢による物忘れなのか?

今日は最後のチェックテスト。いくつか課題が出たのだが、その中にこんな課題があった。

①今までで一番面白かった休暇はどんな休暇でしたか?

②今までで一番印象に残った思い出はなんですか?

これを口頭でコンパクトにまとめなさいという課題である。考える時間はまったくない。

「①今までで一番面白かった休暇は、16年前の2009年に韓国へ1年間留学したことです。語学学校に通って韓国語を習ったりして、充実した休暇を過ごしました」

ほんとうは休暇ではなく研修で行ったのだが、別に正確さを求められているわけではない。

「②今までで一番印象に残った思い出は、2023年の春に僕が責任者として行った職場のイベントです。企画を発案し、そのために全国から貴重なものをお借りするために交渉したり、実際に借りに行ったりと、自分が満足ゆくまで準備をしました。会期中は友人や知り合いがたくさん見に来てくれて、自分にとっては生前葬になりました」

聞いている言語聴覚士さんは、なんのこっちゃわからなかっただろうが、そんなことどうでもよかった。

とにもかくにも、かくして言語聴覚療法は一段落した。これからは右の手足のリハビリが中心になるだろう。

その、足のほうの理学療法は、なかなか先が見えない。

以前にくらべれば格段に足が動くようになり、杖を使って少しずつ距離を伸ばして歩けるようにはなったのだが、相変わらず歩き方は不安定で、僕の実感では、リハビリが頭打ち状態になっている。

リハビリの頭打ちは誰にでもあることですと理学療法士さんは言うのだが、僕の理想は、杖なしで、この足で歩きたいという1点に尽きる。

しかし本当にその理想が実現するだろうか。先の見えないリハビリに、少しだけ落ち込む毎日である。

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傾聴の極意

10月8日(水)

同じフロアの患者さんに、かくしゃくとしたおじいさんがいる。

病棟を杖1本で一人で歩き回り、意識もしっかりとしている。

うらやましい反面、ちょっとイヤだなあと思うこともある。

それは、リハビリの間中、若い療法士さんに向かってずっと喋っていることである。

それは、蘊蓄を喋ったり、自分自身のいまの状況をクドいくらいに細かく喋ったり、むかしの武勇伝を喋ったり、とにかくおしゃべり好きなのである。

それを辛抱強く聞いた若い療法士さんたちは、「なるほど」「そうですか」と相づちを打ったりしているのだが、本当の気持ちはどうなのだろう?

僕だったら、

「あんたになんかそれほど興味はないよ!」

と思ってしまい、イライラが募るばかりだろう。療法士さんは、言ってみれば客商売だから、そんなことを微塵も表情に出せないのだろう。

こういうのを「マンスプレイ二ング」というのか?

かくいう僕も、自分がそうならないように気をつけている。ともすると蘊蓄を喋ろうとするきらいがあるので、こちらから喋ることはせず、何かを聞かれたときに最小限の答えをするように心がけている。しかしそれが守られているかどうかは心許ない。

それで思い出した。

むかし、芸人の上岡龍太郎さんが、「自分はラジオでフリートークをするのが苦手である。なぜならリスナーに求められていない話をしているかもしれないから。しかしリスナーからのはがきで「○○についてどう思いますか?」と聞かれたら、少なくともそのリスナーは聞きたいと思うわけで、そのときはなんぼでも喋るよ、と。

上岡龍太郎さんほどの話芸の達人ならばどんなフリートークも面白いはずだ、と思うのだが、そう言われてみると、上岡龍太郎さんは「受け」の達人である。

むかし「鶴瓶・上岡パペポTV」というテレビの二人のトーク番組があり、笑福亭鶴瓶師匠が「先日、こんなことがありましてん」と話を切り出すと、それを承けて上岡さんがその話を膨らませ、それに関連した話題を繰り出す、というのが二人のやりとりのパターンだった。

この番組では、上岡さんから口火を切ることはなく、鶴瓶師匠がもっぱら口火を切っていた。上岡さんはあくまでも受けの姿勢だったのである。

それでいて、二人の話芸は最高だった。そもそも、漫才のボケとツッコミというのはそういうものなのだろう。

聞かれたことにだけ答え、かつ、その答えが話芸として成立していること。相手が出した話題に対して、その話題を理解してパラフレーズしてしかも盛り上げること。

それが傾聴の極意かもしれない、と思い始めている。僕にはとても真似のできないことだけど。

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元アイドルの復帰

10月7日(火)

今日は朝から夕方までびっしりとスケージュールが詰まっており、疲れはてたので何も書くことはない。

しかし何か書くことがあるだろう、と思ってパソコンを開いてみたら、驚くべきニュースが目に入ってきた。

僕と同い年の元アイドルが、大病を患い、しかもそれと同じくらい大きな病気の合併症を引き起こし、芸能界を長期で休んでいて、このたび7か月ぶりにラジオ出演に復帰したというニュースである。

バラエティー系のアイドルとしてデビューしたその女性は、アイドルをやめてからも、芸能界で一定の地位を築き、露出は少ないながらも、要所要所で人気番組のレギュラーとしてテレビに出演し続けた。テレビだけではなくラジオのパーソナリティーとしても活躍した。

僕はアイドル全般にあまり興味がなかったが、同い年ということで、彼女がメディアに出演しているところをみると、なぜか安心した。

最近はテレビを観なくなったので、彼女の動向を追うこともなくなったが、大きな病を二つも抱えていたことを知り、たいへん驚いたのである。

その記事によれば、

「『最初のころは、もう私が言葉を話すことはないって家族は言われてたんだって』と声をつまらせた。『だから…しゃべれるようになって…。リハビリのおかげだね。ありがたいことに麻痺とかも残らずにね』と奇跡的な回復を見せたようだ。」とある。

僕の見立てでは、あれだけの大病で、7か月で仕事に復帰するというのは、驚異の回復力である。

ま、人によりけりだとは思うのだけれど、最近の僕は、本当に復帰できるのだろうかと、不安に苛まれてばかりいた。

しかしその元アイドルの復帰をニュースで知り、少しばかり希望をわいてきた。もちろん、この先どうなるかわからないが。

あと思ったのは、7か月くらい仕事を休んだところでどうってことはない、てことだ。それよりも、「仕上がった」状態で仕事に復帰する方がよっぽどいい。どうせ世の中は何も変わらないのだから。

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総回診

10月6日(月)

「財前教授の、総回診です」

という声が聞こえてきそうな、総回診の時間がやって来た。

主治医のほかに、看護師が数名、リハビリスタッフが1名が、大名行列のように病院の廊下を練り歩く。

直前に看護師が病室にやって来る。

「もうすぐ先生の総回診がありますからそのままお待ちください」

つまり、総回診が終わるまでは勝手に出歩くなと釘を刺してくる。

そのまま待っていると、やがて総回診がやってくる。

総回診な儀式的なものである。看護師やリハビリスタッフから、私の現状に関して主治医がその場で報告を受けて、ふんふんと聞いて、

「引き続きがんばってください」

と声をかけられて終わりである。

儀式的なものであるにもかかわらず、総回診はすべてに優先される。前回は、リハビリの時間に総回診が当たってしまい、リハビリを中断してまでして総回診を優先していた。

医師を頂点としたヒエラルキーがいまだに厳然と存在していることに驚かされる。一事が万事というか、神は細部に宿るというか、全体的に窮屈に感じられる理由は、こういうことにもあらわれているのだろう。

ちなみに転院前に入院していた地方の病院は、総回診などなかった。その代わり、主治医の先生がひとりで毎日、ご自身の外来診察の時間を避けて、病室やリハビリ室にフラッと訪ねてきて、

「顔を見に来ました。今日はこちらからは何も言うことはないんですが、何か困ったことはありますか?」

と声をかけてくれ、こちらが何か質問をするとクドいくらいに質問に答えてくれた。そのほうが気兼ねなく話すことができて、主治医の先生に対する信頼度が増した。よい意味で牧歌的な病院だった。その病院の名誉院長が僕でも知っている有名な人で、自由な感じの人だったので、その影響によるのかもしれない、と思ったりもした。

病院による個性の違い、といってしまえばそれまでの話である。

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異端の療法士

10月5日(日)

いよいよ書くことがなくなってきた。明日からしばらく休むかもしれない。

作業療法士のSさんは、若い療法士さんたちの中にあって、ちょっと年上に見え、非常に落ち着いた雰囲気のある人である。しかも必ず敬語で話す。

たまに担当に入っていただくのだが、言葉の端々に知性を感じる。最初の印象は、何でもよく知ってるなあ、と驚いた。僕がいろいろな場所に出張に行ったことがあると言うと、その場所についての知識をさりげなく披露する。もちろん、不自由な右手をもみほぐしてもらいながらの会話である。

「ひょっとして『乗り鉄』ですか?」

「ええまあ。最近は仕事が忙しくて乗っていませんけれど」

なるほど、乗り鉄が高じて、その土地に興味を持つ、ということなんだな。

僕は乗り鉄ではないが、仕事柄、各地に出張に行ってローカル線に乗る機会が多かったので、なんとか会話が成立したのだった。

乗り鉄だけではなく、読書家でもあるようだった。ここからは今日の出来事。

「私事ですが、先日、神戸で研究会がありまして行ってきたんですよ」

さあ話が振られた。この話から、話題をどう持っていっていいか?

僕も神戸には何度となく出張に行ったことがあるので、神戸のネタを広げるべきか?それとも研究会を深掘りするべきか?

迷った挙げ句、

「研究会は神戸のどの辺りで行われたのですか?」

というきわめて平凡な質問をしてしまった。

そこから、その療法士さんのひとり語りが始まる。

「実はその研究会というのは、精神医学に関する研究会でして、その方面で著名な先生が引退するとかで、最終講演をされたので、それを聴きに行きました」

リハビリの研究会ではなく、精神医学の研究会に参加したという話に、僕はたちまち惹かれた。

「その先生によると、介護には『支える』だけでなく、ときに『寄り添う』ことも必要だ、と。なるほどと思いました。リハビリもまったくその通りです」

今のご自分の仕事にも引きつけて共感したのだろう。私には、ありきたりのリハビリに限界を感じていて、自分なりのリハビリのやり方を模索しているように聞こえた。そうやって自分の仕事を相対化して、自覚的に変えていこうとしているように思えた。

「講演の中で、鷲田清一先生の本にも言及されておりました」

「鷲田清一さん、て、朝日新聞の『折々のことば』の方ですか?」

「そうです」

まさかリハビリで、哲学者の鷲田清一さんの話題が出るとは思わなかった。ほかの若い療法士さんにはまったく通じない名前である。

「その精神医学の先生はなんというお名前ですか?」

つい踏み込んで聞いてしまった。

「柏木哲夫という先生です。本を何冊も書かれています」

僕もつい調子に乗って口を挟んでしまった。

「いま僕もちょうど介護の本を読んでいるところです。やはり同じ趣旨のことを述べておりました」

「どなたの本です?」

「六車由実さんという方です」

「あとでチェックしてみます」

なるべく本を他人に薦めないように心がけていたのだが、今回ばかりは仕方がない。

次はいつ担当してくれるかはわからない。

しかし今回の会話で確信を持った。彼は異端の療法士であると。

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推しが強い

10月4日(土)

毎日リハビリでヘトヘトになり、もはや何も書くことがない。

YouTubeを見ていたら、いま飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍をしている文芸評論家のチャンネルがあったので、試しに見てみることにした。

その文芸評論家は、ベストセラーとなった新書を書いていたりするが、僕は読んだことがない。

文芸評論家の肩書きのとおり、とにかく本や読書が好きで、まだ若いと思われるのに、古今東西の小説やエッセイや評論に通じ、オタクといってもいいくらいの読書量を誇っている。

次々と繰り出されるお奨めの本に圧倒され、それはそれですごいなあと、チャンネルをみて感心するところ頻りなのだが、なぜか、僕が読みたいと思う本が見つからない。

もちろん、その文芸評論家のプレゼン能力は素晴らしいし、「面白いから絶対読んでみてください」という「推しの強さ」も、本や読書に対する愛情に溢れている。実際、コメント欄をみると、「さっそくお奨めの本を買います」「○○さんのおかげで本を読むことが好きになりました」と好意的なコメントが多い。それはそうなのだろう。

しかし僕はどうもお奨めの本を読もうという気になれないのである。なぜなのだろう。

僕と世代が違うからだろうか?でもその文芸評論家のファンは世代を超えているはずだから、そういうわけでもだいだろう。

私の中で、ものすごい圧で本を奨められること自体に抵抗感があるのだろうか。それも一理あるが、一概には言えない。

これを映画評論に置き換えて考えてみた。

たとえばラジオで、映画評論家の町山智浩さんとか、ライムスター宇多丸さんが「面白い」と評した映画評を聴くと、その映画を観たくなってしまう。

それは、長年をかけてその映画評に触れてきて、(おこがましいが)この人は信頼できる!となってはじめて、その映画が自分の中に入ってくるのである。

本でいえば小田嶋隆さんや武田砂鉄さんがそうだ。著書の中でさりげなく引用している本が、無性に読みたくなったりする。

友人から奨められた本を読もうと思う気になるのも同様である。長年の信頼の蓄積があるからこそである。

しかし、どんなに有名で売れている文芸評論家であっても、そこに信頼がないと、奨められた本を読む気にはならないのではないだろうか。

もっとも、僕みたいな偏屈な人間に向けたチャンネルではないことは前提としてあるのだろう。

もう一つ、ぼんやりと考えているのは、品揃えが豊富な大型書店でありながら、なぜか買う気が起こらない書店があるのだが、その感覚にも近いのかもしれない。

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強さは武器か

10月4日(土)

あまり政治の話はしたくないんだが。

自民党の新総裁が高市早苗に決まった。

そのニュースを知ったのは、リハビリの療法士さんからだった。若いアラサーの男性療法士さんである。

「たった今、自民党の新総裁が高市早苗さんに決まったそうですよ」

「そうですか」

「女性初の総理大臣が誕生すると、女性ばかりが優遇されるのかなあ?」

えっ?そっち?そっちの心配をしているの?

奈良の鹿の話とか外国人差別の話とかの心配じゃなく?

僕はすっかり呆れてしまったが、これから長くお世話になる療法士さんなので、ここで喧嘩はしたくない。

「大丈夫ですよ。高市さんは名誉男性ですから」

「名誉男性?…ひょっとして女性から男性へ性転換したんですか?」

そこから説明しなきゃいけないのかよ!

「いえ、そうではなく、女性であるにもかかわらず、男性社会で生きていくために男性的な思考をする女性のことです。だから女性を優遇することはないと思いますよ」(実際、選択的夫婦別姓にも反対しているし)

「そうですか。ああよかった」

読者(ダマラー)のみなさん。世間の人の認識なんてこんなものなんですよ。世の中を洗練した社会に変えていくことがいかにむずかしいかわかるでしょう?

このたびの総裁選では、やたらと「強さ」が強調されていた。

「強いリーダーシップ」

「日本列島を強く豊かに」

では弱い人はどうなるのか?これから高齢者や病人などの「弱者」はどんどん切り捨てられていくぞ。少なくとも弱者にとっては生きにくい社会になることは間違いない。

外国人排斥の次は、弱者排斥にむかう。弱者をなきものと考えられるようになる。

考えすぎだろうか。考えすぎであってほしい。

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質問攻め

10月3日(金)

3種類のリハビリのうち、言語聴覚療法は、脳トレみたいなチェックテストが毎回行われる。僕は意識レベルでは問題がないので、成績は健常者と変わらないのだが、それでも「試験」のようなものを課されるたびにいまだに緊張する。「クイズタイムショック」に出演している気分である。

僕はともかく、物忘れが激しい高齢者には、もっと基本的な質問がくり返される。「おいくつですか」とか「今の季節はわかりますか」など。

伊藤亜紗・村瀨孝生『ぼけと利他』(ミシマ社、2022年)に面白い事例が載っていた。

介護保険の要介護認定の際に、調査員が本人に簡単な質問をする。それ自体、答えられるか答えられないかをあげつらう質問として不愉快な質問なのだろうが、それに対する(物忘れの激しい)高齢者の答えが奮っている。

93歳のおばあさんに調査員が「おいくつですか」と質問する。

それに対するおばあさんの答えは、

「忘れることにしています」

「忘れました」ではなく「忘れることにしています」というのが面白い。

そのほかにも、こんな例を紹介している。

「今の季節はわかりますか?」「そりゃもう、最高の季節です」

「お生まれはどちらですか?」「あなたこそ、どちらのお生まれですか?」

「お母さん、私、誰かわかる?」「知っとくるさ、あんたはあんたよ」

こうしたやりとりに対し、介護の専門家・村瀨孝生さんは、

「『できる/できない』という質問を普通の会話に変える。質問に対して質問で返す。『できない』ことがバレないように取り繕うお年寄りの、飾り気のない機智が小気味よいのです。深いぼけのあるお年寄りは、『人を試す』かのような質問でも誠実に答えてくれます。答えに『ずれ』を携えて。でもその『ずれ』は『わたしたち』が知の領域としているストライクゾーンが、いかに狭いかに気付かせてくれる。ぼけの『知』には、てらいのない寛容な構えがあります」(20頁)

たしかに「できるかできないか」という基準で他人に試されるのは、僕だって不愉快だし、緊張する。いままでそうしたことを仕事にしてきたのに身勝手な話だが、そうなのだから仕方がない。

それをうまくかわしながらコミュニケーションを成立させようとするぼけの「知」には、長く生きてきた知恵が凝縮されているとも思う。

それはさておき。

以下は、本書の核心とはまったく関係のない話だが、村瀨さんは94歳女性のKさん、85歳男性のMさん、92歳女性のSさんという3人の会話を紹介している。

「Kさん『わたしゃ、ずいぶんと前から気になっとったんですがねぇ。頭の、その穴はなんですか』

Mさん『ああ、これですか。まず綿を詰めます。そして種を埋めます』

Kさん『そうですか』

Mさん『そして水をやります』

Sさん『わたしゃ、前々からあの緑がよかと思いよった』

Sさん『やっぱり、緑はよか』

Kさん『ああ、そうですか』

Kさんが気にしているのは、Mさんの頭にある穴のようなものでした。それは硬膜下血腫の手術痕です。陥没しており穴に見えます。Mさんの髪型は磯野波平と同じですから、よく目立つのです。

Kさんは突然その「穴」は何かと尋ねます。(略)

Mさんは「ああ、これですか……」と「穴」について語り出します。手術痕である穴に綿を詰め種を埋めるというものでした。おそらくMさんは『別の穴』の使用法を説明しているのです。(略)

さらにMさんは水をやって種を育てると言います。(略)頭に花を咲かせたMさんを想像してしまい笑いを抑えきれませんでした」(95頁)

すでに読者(ダマラー)にはお気づきだと思うが、これはまるで落語の「頭山(あたまやま)」である。ひょっとして落語の「頭山」は、こんなふうな会話から生まれたのか?

それとも、この3人は落語の「頭山」を知っていてこのような会話を繰り広げたのか?だとしたらすごい。

真相はどうであれ、3人の意図せぬ会話は、落語のような世界観に通じる機智に富んだやりとりであるということである。

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実験台

10月2日(木)

毎日、平日休日に関係なく、リハビリが1日4回、合計3時間ほどあるので、体が完全に疲労している。

疲労の原因は、リハビリに一所懸命取り組まなければならない理由があるからである。

「今度、病院内の研究会やそとの学会で研究発表をすることになったのですが、鬼瓦さんのリハビリの実践例について紹介してもいいですか?」

僕の主担当の理学療法士さんが言った。

「それは全然かまわないですよ」

「さすが、話が早い」

「でも僕のリハビリの実践例なんて役に立つんですか?」

「きっと面白い研究になりますよ」

その理学療法士さんは、どちらかというと研究肌で、いろいろ仮説を立ててそれを検証するのが楽しいらしい。理学療法士としてのありきたりの技術を極めるより、リハビリの方法そのものの開発をすることが好きなようだ。

で、僕がその実験台にされた。僕の症例が適度に興味深かったこともあるのかもしれない。

さあ、そこからが地獄の特訓である。

彼は、自分の仮説を証明するために、独自の訓練方法を編み出す。それに僕がつきあわされるのである。

僕のリハビリの様子は、その都度映像に収められる。発表は映像を使って行うためであろう。

僕は、彼が考えたプログラムにしたがってひたすら地味な特訓をする。しかもちゃんと結果を出さなければならない。そうでないと彼の発表に泥を塗ってしまいかねない。

「こういう方法を試してみましたが、結論的には効果がありませんでした」ではあまりにも申し訳ない。

だから必死で言われたとおりの方法をこなし、その結果、効果があるということを証明しなければならないのだ。

そのため、1日の平均を超える負荷がかかり、疲労するのである。

いまのところ、少しずつ効果が上がっているようにも思える。

「もし、この方法がうまくいかなかったらどうするんでしょう?」

「その時は別の仮説を立てて一からやり直しです」

どうか、この方法がうまくいきますように。

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プライドを捨てよ

10月1日(水)

隣の病室の患者は、会社を定年退職したくらいの年齢のおじさんである。車椅子を使わず、歩いて移動しているのだが、足もとがおぼつかなく、病院スタッフの介助が必要なほど不安定な歩き方である。なので、どこへ行くにも病院スタッフを呼ばないといけない。

トイレに行くときも同様である。病院スタッフを呼んでから、ベッドから下りて立ち上がって、トイレに入り、便器に座ったところを病院スタッフが確認して、トイレをいったん退出する。用を足したあとは、病院スタッフを呼ぶまで便器から立ち上がらずに待っていなければならない。この一連の流れは入院当初に私も体験したことである。

しかしそのおじさんは、その決まりを全然守らない。ひとりでベッドを下りてひとりでトイレに入り、用を足したあとも勝手に立ち上がって帰ろうとする。それが病院スタッフに見つかるたびにこっぴどく叱られる。別に物忘れが激しいというわけではなさそうである。この病院は完全に病院スタッフの管理下に置かれているので、仕方がないといえば仕方がない。

僕も最初はこの制限にカチンとしたものだが、それに反抗したところで何の解決を生まないので、素直に従うことにした。ところがそのおじさんは、半ば意固地になっている様子なのだ。

どうしてわかっていながら毎回そんな行動をとるのだろう、と不思議に思っていたが、ひょっとするとプライドが高いからかもしれない、という仮説が頭をもたげてきた。

あくまでもぱっと見の印象だが、そのおじさんは会社ではけっこういい位置まで出世した人で、人に指図されたり、ましてやトイレの世話になることなど考えられなかったのだろう。俺は(こんな体になっても)自分でできるというヘンな自信があったのではないだろうか。だから病院スタッフの介助など必要ないと思ったのではないだろうか。

つまりプライドの高さが、そのおじさんをそういう行動に駆り立てたのではないか。

しかしそんなプライドなどこの病院では通用しない。当然のことである。

僕はそんなプライドをとっくに捨ててしまって、最低の自己評価からはじめようと思った。

このような状況下では、プライドを捨てることが重要である。

そしてプライドを捨てるためには、理性を保つことがなによりも必要である。あるいはたとえ病院スタッフがあからさまに「よけいな仕事を増やすなよ!」という表情をしていても、無になること。これにも理性を捨ててはならない。そのおじさんを見て、そんなことを思った。

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ひとみばあさん

毎日毎日、リハビリ以外はヒマでヒマで、特段書くこともなくなってきた。

ま、毎日毎日こんな文章を読まされたんじゃ、読者(ダマラー)もたまったもんではないわな。

数日前に、ちょっとイラッとした話。

入院中の病院は、すべてがリハビリ患者なので、リハビリのための専用スペースだけではとてもまかないきれず、各階の廊下を使ってリハビリをしている。よく言えば病棟全体がリハビリスペースなのである。

いつものことだが、僕の病室の前の廊下でもリハビリが行われている。

その日の朝は、年をとったおばあさんが、若い男性療法士のもとでリハビリをしていた。

ところが、おばあさんが腰掛けるパイプ椅子がない。おばあさんは足下がおぼつかないのだ。

そこに通りかかったのが、別の若い男性療法士。

椅子がないのに気づき、

「俺が持ってきてやるよ」

と、近くの洗面台にあったパイプ椅子をおばあさんのところまで持ってきた。

そこまではよかった。

その時、椅子を持ってきた若い男性療法士は言った。

「はい、持ってきたよ、高級椅子」

「はあ、あんだって?」

「高級椅子!」

「え?」

「こうきゅういす!」

「わからない」

「こうきゅういす!」

おばあさんはひどく耳が遠いらしい。たとえて言えば、志村けんの「ひとみばあさん」みたいな感じだ。若い男性療法士は、冗談のつもりでパイプ椅子を「高級椅子」と言ったのだろうが、それを何度も言ったあと、からかうように「きゃはは!」と笑った。

僕はそのやりとりを聞いてとても不愉快になった。

まず、パイプ椅子を「高級椅子」という冗談がサブいねん!おもろいこともなんともないぞ。しかもその冗談を連呼するものだからよけいにサブいねん!

次に、おばあさんは「高級」という言葉が不意に出てきたので意味がわからなかったのだと思う。椅子のことを言っているとは思わなかったのだろう。

そこで素直に「椅子をもってきましたよ」とか言っていれば、おばあさんは理解していたかもしれない。その若い男性療法士のサブい冗談が、おばあさんの理解をじゃましたのだ。

…僕の言ってることわかる?

さて、無事に椅子に腰掛け、リハビリが始まった。

リハビリを担当している若い男性療法士が、おばあさんに必死に語りかけている。

どういうわけか年賀状の話になり、おばあさんがいまでも年賀状を出していると言うと、

「じゃあ、文通しているんだね」

「え、あんだって?」

「文通」

「ふんどう?」

「文通」

「こんどう?」

「文通」

若い男性療法士の声は次第に大きくなり、何度となく「文通」と叫んだが、それでもおばあさんは理解できない。

思うに、「文通」という言葉がおばあさんにとっては難しいのではないか。「文通」なんて言葉、ほとんど使う機会がないからね。

だったら、ほかの易しい言葉に言い換えればいいのに、と思うのだが、若い男性療法士もボキャブラリーが貧困とみえて、かたくなに言い換えようとはしない。

結局「文通」の押し問答は10回以上も続き、若い男性療法士もその話題を諦めた。

自分があたりまえと思っている言葉が、他人にも通じると思ってはいけない、ということを学んだ。

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