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異端の療法士

10月5日(日)

いよいよ書くことがなくなってきた。明日からしばらく休むかもしれない。

作業療法士のSさんは、若い療法士さんたちの中にあって、ちょっと年上に見え、非常に落ち着いた雰囲気のある人である。しかも必ず敬語で話す。

たまに担当に入っていただくのだが、言葉の端々に知性を感じる。最初の印象は、何でもよく知ってるなあ、と驚いた。僕がいろいろな場所に出張に行ったことがあると言うと、その場所についての知識をさりげなく披露する。もちろん、不自由な右手をもみほぐしてもらいながらの会話である。

「ひょっとして『乗り鉄』ですか?」

「ええまあ。最近は仕事が忙しくて乗っていませんけれど」

なるほど、乗り鉄が高じて、その土地に興味を持つ、ということなんだな。

僕は乗り鉄ではないが、仕事柄、各地に出張に行ってローカル線に乗る機会が多かったので、なんとか会話が成立したのだった。

乗り鉄だけではなく、読書家でもあるようだった。ここからは今日の出来事。

「私事ですが、先日、神戸で研究会がありまして行ってきたんですよ」

さあ話が振られた。この話から、話題をどう持っていっていいか?

僕も神戸には何度となく出張に行ったことがあるので、神戸のネタを広げるべきか?それとも研究会を深掘りするべきか?

迷った挙げ句、

「研究会は神戸のどの辺りで行われたのですか?」

というきわめて平凡な質問をしてしまった。

そこから、その療法士さんのひとり語りが始まる。

「実はその研究会というのは、精神医学に関する研究会でして、その方面で著名な先生が引退するとかで、最終講演をされたので、それを聴きに行きました」

リハビリの研究会ではなく、精神医学の研究会に参加したという話に、僕はたちまち惹かれた。

「その先生によると、介護には『支える』だけでなく、ときに『寄り添う』ことも必要だ、と。なるほどと思いました。リハビリもまったくその通りです」

今のご自分の仕事にも引きつけて共感したのだろう。私には、ありきたりのリハビリに限界を感じていて、自分なりのリハビリのやり方を模索しているように聞こえた。そうやって自分の仕事を相対化して、自覚的に変えていこうとしているように思えた。

「講演の中で、鷲田清一先生の本にも言及されておりました」

「鷲田清一さん、て、朝日新聞の『折々のことば』の方ですか?」

「そうです」

まさかリハビリで、哲学者の鷲田清一さんの話題が出るとは思わなかった。ほかの若い療法士さんにはまったく通じない名前である。

「その精神医学の先生はなんというお名前ですか?」

つい踏み込んで聞いてしまった。

「柏木哲夫という先生です。本を何冊も書かれています」

僕もつい調子に乗って口を挟んでしまった。

「いま僕もちょうど介護の本を読んでいるところです。やはり同じ趣旨のことを述べておりました」

「どなたの本です?」

「六車由実さんという方です」

「あとでチェックしてみます」

なるべく本を他人に薦めないように心がけていたのだが、今回ばかりは仕方がない。

次はいつ担当してくれるかはわからない。

しかし今回の会話で確信を持った。彼は異端の療法士であると。

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