プライドを捨てよ
10月1日(水)
隣の病室の患者は、会社を定年退職したくらいの年齢のおじさんである。車椅子を使わず、歩いて移動しているのだが、足もとがおぼつかなく、病院スタッフの介助が必要なほど不安定な歩き方である。なので、どこへ行くにも病院スタッフを呼ばないといけない。
トイレに行くときも同様である。病院スタッフを呼んでから、ベッドから下りて立ち上がって、トイレに入り、便器に座ったところを病院スタッフが確認して、トイレをいったん退出する。用を足したあとは、病院スタッフを呼ぶまで便器から立ち上がらずに待っていなければならない。この一連の流れは入院当初に私も体験したことである。
しかしそのおじさんは、その決まりを全然守らない。ひとりでベッドを下りてひとりでトイレに入り、用を足したあとも勝手に立ち上がって帰ろうとする。それが病院スタッフに見つかるたびにこっぴどく叱られる。別に物忘れが激しいというわけではなさそうである。この病院は完全に病院スタッフの管理下に置かれているので、仕方がないといえば仕方がない。
僕も最初はこの制限にカチンとしたものだが、それに反抗したところで何の解決を生まないので、素直に従うことにした。ところがそのおじさんは、半ば意固地になっている様子なのだ。
どうしてわかっていながら毎回そんな行動をとるのだろう、と不思議に思っていたが、ひょっとするとプライドが高いからかもしれない、という仮説が頭をもたげてきた。
あくまでもぱっと見の印象だが、そのおじさんは会社ではけっこういい位置まで出世した人で、人に指図されたり、ましてやトイレの世話になることなど考えられなかったのだろう。俺は(こんな体になっても)自分でできるというヘンな自信があったのではないだろうか。だから病院スタッフの介助など必要ないと思ったのではないだろうか。
つまりプライドの高さが、そのおじさんをそういう行動に駆り立てたのではないか。
しかしそんなプライドなどこの病院では通用しない。当然のことである。
僕はそんなプライドをとっくに捨ててしまって、最低の自己評価からはじめようと思った。
このような状況下では、プライドを捨てることが重要である。
そしてプライドを捨てるためには、理性を保つことがなによりも必要である。あるいはたとえ病院スタッフがあからさまに「よけいな仕事を増やすなよ!」という表情をしていても、無になること。これにも理性を捨ててはならない。そのおじさんを見て、そんなことを思った。
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