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2025年11月

小さな魔法

企画だおれの企画「贈り物のエピソード」。予想通りこぶぎさんのほかに誰もお寄せいただかなかったので、企画の終了宣言をしようかと思っていた矢先、ついにお一人からエピソードをいただくことができました!ご本人に連絡を取り、このブログへの掲載を許可いただきましたので、以下に掲載させていただきます。

だまらーネーム「わさびな」さんです。

……………………………………………

小さな劇場に立つ人に、終演後にお会いして、小さなお菓子を手渡すことがある。

旅先で見つけた地方の銘菓や、コンビニで買って美味しかった個包装のお菓子を、「おすそわけ」と言って持っていく。

一つか二つをラッピング用の紙袋に入れて準備するのだが、手渡す前にいったん一つずつ取り出して、お菓子の説明をして聞かせるのが常だ。

その人はとても偏食だから、私はいつも自分が先に食べてみることにしている。

「そんなに甘くないですよ。」「熱海の『こっこ』によく似てますよ。」と、味や食感を伝える私の話を聞きながら、包みの裏を一生懸命に見ているその人に、「大丈夫そうですか?」と尋ねる。

すると少しだけ目線を上げて、「だいじょうぶだと思います。」とその人は答える。

それが、お決まりのやり取りだ。

ある時、コンビニでクリームソーダ味のミルキーを見つけた。クリームソーダはその人の好物だ。

買って食べてみたが、味もとても良かった。

これはおすそわけしたいと思ったが、ミルキーは紙で包んであるだけだから、いつものように小さな贈り物としてパッケージすると、ちょっと警戒されてしまうかもしれない。

そこで、お会いした時に、目の前で封を開けてみせた。

「これ本当にクリームソーダの味がするんです。おひとつどうぞ。」と、口の空いた袋を差し出した。

その人は、「へぇ」と言いながら、指で一粒摘み出した。

すぐに紙包みをほどいて、口の中に放り込んでくれた。

思いもよらない反応に、胸の奥で何かが大きく動いた。

その人は少し微笑んで「これは、よくできてる」とボソッと呟いた。

うれしいよりも、まず安心が胸の奥に落ちた。

「十粒以上入ってますけど、どうされますか?」

私は、努めて事務的に伝えた。

その人は、「じゃ、もう一粒だけ。せっかくだから。」と言って、袋からもう一粒摘んでパーカーのポケットに入れた。

言葉にすると重くなりすぎる気持ちを、形あるものに変えて、相手に手渡す。

その瞬間だけ、あちら側の世界と私を厳しく隔てる薄いベールがふわりと揺れて、相手に触れないまま触れさせてくれる。贈り物は小さな魔法だ。

その人はいつも「ありがとうございました」と頭を下げてから、振り向きもせずに去っていく。

その背中を見送って、私はゆっくりと反対の方向へ歩き始める。

肩を並べて歩くわけにはいかない。

だから、少し遠回りをしながら、同じ駅へ向かう。

本当に「ありがとう」と思っているのかなんて分からない。

それでも、小さな魔法の灯りに照らされて一瞬だけ浮かび上がったあの景色は、私の胸の中だけで、今も静かに光っている。

……………………………………

企画はもう少し続けます。

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ドライブシミュレーション

11月28日(金)

大学院生のころ、知り合いの先生に口酸っぱく言われたのは、

「いいか。どんな町に調査に行っても、初めて会った人に、『私、この町の○○さんと知り合いなんです』と迂闊に自分から言うんじゃないぞ。初めて会った人とその知り合いが仲が悪い可能性があるからな。向こうから名前が出されて、これは名前を出しても大丈夫となった時に、初めてその話題を出すんだぞ」

と。僕は今でもあらゆるところでその教えを守っている。知り合いの名前を出して初対面の人の歓心を買おうと安直に考えることは、単に自分の人脈の広さを誇りたいだけに過ぎない。つまり単なる自己満足ということである。

こんなことは社会人だったら誰でも心がけていることである。

その習慣が抜けなくて、例えばリハビリの時にも、

「先日、✕✕さんに担当してもらいましてね」

などとは、自分からは絶対に言わない。目の前のリハビリスタッフさんとの関係が良好でないかも知れないからである。あと、知らず知らずのうちに優劣をつけてしまう危険性もあり、とにかく他のリハビリスタッフさんの話題は出さないことにしている。

という前置きはさておき。

今日は病院でドライブシミュレーションを初めて行った。社会復帰したら再び車の運転をしたいからである。ドライブシミュレーションとは、運転のバーチャル体験のようなものである。

転院する前の病院でも少し体験したことがあるが、実際の車を運転するのとではずいぶん勝手が違う。

まあそこに文句をつけても仕方がないので、言われるがままにいろいろなミッションをこなした。

今回は初回なのでドライブシミュレーションに慣れるというのが目的。あと何回か続けるとのことである。

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トイレ盗り物語

いまうちの階の病棟は壊滅状態である。

次々と高熱を出す患者が増えている。病棟の1/3はそうした患者である。

何らかの感染症なのかは、はっきりしない。しかしどう考えても、いま流行しているインフルエンザの可能性が高い。医療機関ではなく、リハビリ専門の病院なので検査の結果がわかるまでには時間がかかる。まったく融通のきかない病院だ。

病室に患者が出ると、その病室のドアが完全に閉められる。感染を防ぐための措置である。

それで困るのは、トイレの問題である。どの病室にも、その病室に隣接したトイレがある。当然、僕の病室にも、隣接したトイレがある。

通常は、その病室に隣接するトイレを使用するのだが、万が一、隣接するトイレが「使用中」なら、他の病室に隣接するトイレを使わせてもらうことができる。

ここまではわかるかな?

ところが、その病室に高熱の患者が出てしまうと、その病室に隣接したトイレは閉鎖される。基本的にその病室の患者しか使えなくなるのである。

そうなると、「トイレ難民」が生まれる。うちの病室は高熱の患者が出ていないので、隣接するトイレは誰でも自由に使えるトイレとして、いろいろな人に使われるようになった。おかげで「使用中」の場合が増えたのである。これはわが病室のトイレを脅かす「存立危機事態」である!

「トイレ難民の流入反対!トイレ難民を排斥せよ!」「うちの病室の患者ファースト!」

と思わずシュプレヒコールをあげたくなった。

しかしそんなことを言ったら患者どうしの関係が悪くなる。

昨日の夜中の2時頃、尿意をもよおしたのでトイレに行こうとした。当然、あたりは真っ暗である。

トイレの前まで行くと、人影を感じた。人影の方を向くと、一人のおじいさんが立っていた。

隣室の「頻尿おじいさん」だ!

またタイミングが合っちゃったよ!

僕が「お先にどうぞ」と言ったら、

「そうですか、ではお先に失礼します」

と、悪びれる様子もなく、トイレに入っていった。

こっちに譲る気はないのかよ!と思いつつ、まあ年上のおじいさんなので仕方がないか、とあきらめた。

ここて学んだことは、

「トイレ難民を排除してはいけない」

ということと、

「隣人にはその人の顔を立てつつ親切にする」

ということである。わっかるかな?わっかんねえだろうな~。

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外歩き訓練

11月26日(水)

相変わらず同室の隣の患者(ガハハおじさん)が「絶好調!」だ。最近はリハビリスタッフさんに、

「体調は…絶好調ですね」

と機先を制せられる始末。

あのねえ、病院で体調を聞かれて「絶好調です!」と答えるのは、まったく答えになってないの。絶好調なら入院している意味がないでしょう?

もうひとつ気づいたことがあった。

ガハハおじさんは誰に対しても感謝の心を忘れず、

「ありがとうございま~す」

と、例の語尾伸ばしをするのだが、若い女性のスタッフには、

「ありがとう~」

と、「ございます」をつけないのである。そこに気づいた瞬間、

「こいつとは絶対に一緒に仕事したくないな」

と思った。

僕はといえば、誰に対してもぶっきらぼうで無愛想に答えるので、愛想のないやつだと思われているに違いない。

そんなことはともかくですよ!

今週は特別なイベントが目白押しである。

昨日は調理訓練だったが、今日は病院の外に出て、外歩き訓練を行った。

病院の建物の周りをぐるりと1周するコースで、距離にして650mである。

650mだったら普通は何分で歩けますか?

ゆっくり歩いて10分くらいだろうか?

でも僕は1時間かけて歩いたのだ!しかも杖を突いて。

健常者にはどうってことない道でも、ちょっとした段差があったり、途中に砂利道があったり、僕にとってはなかなかの冒険だった。

目標は「転ばないこと」。ゆっくり慎重に歩いたおかげで、転ばずに1周を歩き抜くことができた。

しかし一方で、いまの自分はこんなに歩けないものかと、絶望的な気持ちになった。

もともと完全な回復は望むべくもなかったが、それにしても退院の時期がそろそろ射程に入ってきたこの時期に至っても、この程度しか歩けないのである。復職できるのか自信がなくなってきた。

仕事に戻れる自分がいまだに想像つかない。

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企画だおれの企画

いま僕の中でブームになっているのは、贈り物にまつわるとっておきのエピソードをいろいろな人に聞いてみたい、ということである。きっかけとなったのは、最近出たばかりの牟田都子編の『贈り物の本』を読んだからである。37人の文筆の達人たちが贈り物にまつわるとっておきのエピソードをエッセイにしているのを読んで、贈り物に関する捉え方が当然ながら人それぞれであることに今更ながら気づいたのである。

そこで、このブログの読者(だまらー)にも、贈り物にまつわるエピソードを募集したいと考えたのだが、そう言われて書いてくれる人はまずいないだろう。ギャラが出るわけでもないですしね。

唯一、こぶぎさんがAIを使って書いてくれそうな気がするくらいである(決してフリではありません)。

万が一、気が向いたらでけっこうですので、何らかの方法で僕にお送りください。緩募というやつです。基本的に僕が楽しむだけのことになりますので文章の長さは問いません。ひょっとしてこのブログで紹介する場合があるかも知れませんが、その場合はあらためてこちらから連絡をとらせていただきます。もちろん実名は伏せます。

この記事のコメント欄に直接書いていただいてもかまいません。

だまらーのみなさんには何の得にもならない企画ですが、企画だおれになることは最初から覚悟しておりますので、またあいつが変なことを考えてやがると、読み流してください。

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調理訓練

11月25日(火)

「11月25日に調理訓練をしますから」

2週間ほど前、リハビリスタッフのTさんから不意に言われた。

「調理訓練、ですか?」

「ええ、材料費1000円以内、1時間以内に作れるものが条件です。何を作りたいですか?」

数日考えたあと、答えを出した。

「スパゲティミートソースを作ります」

「ミートソース?」

「ええ、最近はよくレトルトのミートソースが一般的でしょう?そうではなく、ソースもイチから作るんです」

「なるほど」

「挽き肉、玉ねぎのみじん切り、ピーマンを炒めて塩コショウをまぶして、トマトピューレやトマトケチャップや中濃ソースで味つけをしてミートソースを作ります。それを茹でたパスタの上に乗せてできあがりです」

「わかりました。では材料を準備します」

そして当日の朝を迎えた。

言ってはみたものの、本当にできるかどうか心配だった。まず第一に、玉ねぎのみじん切りができるか?という心配である。右手の動きがまだ完全ではない中で、包丁を持ってみじん切りできるだろうか?昨晩は玉ねぎのみじん切りの夢を見た。

第二に、調理の間中、厨房に立ちっぱなしでいられるかという心配である。しかも杖なしに、である。

Tさんが準備してくれた食材を使って、調理訓練が始まった、使う調理機具はパスタを茹でる鍋とミートソースを作るフライパン。パスタとソースをちょうどいいタイミングで作らなければならない。まずは料理の段取りを考えた。

まずパスタを茹でる鍋に水を入れ、沸騰するのを待つ。次に玉ねぎをみじん切りにし、挽き肉と合わせて、温まったフライパンで炒める。輪切りにしたピーマンは最初から入れるとくたっとなってしまうので、時間差で後から入れる。ある程度炒めたら塩コショウで味をととのえる。またしばらくしたら、トマトピューレやトマトケチャップや中濃ソースなどを適宜入れて、煮込む形にする。

そうこうしているうちに、鍋の水が沸騰するので、若干の塩を入れてパスタを鍋に投入する。ゆで時間は、袋に書いてある標準の茹で時間より30秒ほど短くタイマーをセットする。

ミートソースを煮込んでいると、そのにおいにつられてリハビリをしている人が厨房に寄ってきた。

「いいにおいがしますね」

あたりまえだ、においの出るソースを使って煮込んでいるのだから。

そんなこんなで、50分ほどかけて、スパゲティミートソースが完成した。心配していた玉ねぎのみじん切りも上手くいったし、調理をしている50分間、一度も座ることはなかった。

さて肝心のお味は?といいたいところだが、患者は自分の作った料理を食べてはいけない決まりになっている。リハビリスタッフが「あとで美味しくいただきました」と、食べることになっている。いわば毒味である。その後本当に食べてくれたのかどうか、何も言わないのでわからない。

せめて完成品の写真だけでも撮っておけばよかったと、少し後悔した。

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念願の日の丸ごはん

食事時になると、病棟中が配膳される食事のニオイでぷぅ~んと満たされてゆく。

僕はこのニオイが堪らなく苦手である。とくに煮魚のニオイは私にとってはキツイ。以来僕は煮魚が食べられなくなった。

食欲がないのも、このニオイが原因である。こういうのを、留置場とか監獄なんかの「くさい飯」というんだろうな。

そう思うとますます食欲が起こらない。

「どうすれば食事が進むでしょうか?」

と看護師に聞かれたので、

「梅干がひとつあればごはんが進みます」

と答えた。

そして、先週末あたりから昼食と夕食に梅干が1個ずつつくことになった。誤飲を防ぐため、種はあらかじめ取ってある。

僕はその梅干を、ごはんの真ん中に乗せ、少しかじってみた。

おおぉぉぉ!すげえ酸っぱい!でもひとくちかじっただけでごはんが進む進む!

やはり梅干を希望して正解だった。

もうひとつ梅干の効果を実感した。

ごはんの真ん中に梅干を乗せるというのは、言ってみれば日の丸弁当と同じことである。

その梅干(日の丸)をかじるということは、いま議論になっている国旗毀損罪にも通じ、その背徳感がまたたまらないのである。それもあってよけいにごはんが進むのである。

ちなみにふりかけを使うことも許されたので、自宅から「ゆかり」を持ってきてもらった。

好きなお茶漬けは梅茶漬けだし、結局俺は梅干が好きなんだな。

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笑いは格闘技、なのか?

11月21日(金)に、TBS ラジオの「武田砂鉄のプレ金ナイト」を久しぶりに聴いた。健康な頃は毎週リアルタイムで聴いていたのに、病気をしてからそのモチベーションが上がらなかったのである。

久しぶりに聴いたといっても全編ではない。ゲストコーナーのみである。この日のゲストは芸人で歌手のタブレット純さんだったので、これはぜひ聴かねばと思ったのである。

タブレット純さんは、大竹まことさんと武田砂鉄さんの優しさに守られて、今日まで芸人を続けてこられることができたと言っても過言ではない。

決してテレビ向きの芸人ではない。いま流行りの「ひな壇芸人」には到底なり得ない。

自分はラジオ向きだと本人は言う。その通りである。テレビに出た時の数々の失敗を告白した。

それに対してラジオは、テレビのような尺を気にせず、しかもテレビ的に「正解」のコメントやリアクションを求められることもない。むしろ自分自身をさらけ出すことができる。ラジオというのは人間そのものなのだ。大竹まことさんが「俺はラジオだ」と言ったのはそういうことではないか。

気弱な芸人、タブレット純さんが珍しくテレビ業界のお笑いに切り込んでいる。もちろん砂鉄さんとの掛け合いでトークは面白く仕上がっていたが、僕には頷くことばかりだった。

なかでもハッとしたのは、毎年この時期に行われるお笑いの賞レースのことである。タブレット純さんもコンテスト的なものに出て苦渋をなめた経験が何度もある。賞レースに勝ち抜くことはたしかに芸人冥利に尽きるのだが、はたしてそれでよいのだろうか?

賞レースに勝つために、そこに照準を合わせてネタやコンディションを整えることが、本当によいことなのだろうか。

自分(タブレット純)はあまり客の入らない寄席に出ることが多いが、どんなときでも、目の前にいるお客さんに笑いを届けて帰ってもらおうとしている。賞レースの日がお笑いネタの頂点になるように調整することは自分にはできない。

これを客観的に聞けば、芸人の「敗者の弁」あるいは「負け惜しみ」に聞こえるかもしれない。

しかしそもそもお笑いは勝ち負けなのか?格闘技のようなものなのか?お笑いの賞レースがテレビで始まった頃、これからはお笑いの潮目が変わるかも知れないと感じたものである。もちろんそれを支持する人があってもいい。僕も最初の頃はお笑いの賞レースを楽しんで視ていたクチである。

しかしいまは、マイナーで不器用な芸人のタブレット純さんを支持している。タブレット純さんが引き続き芸人でいられるようなお笑い業界であり続けることを、切に望んでいる。

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全然関係ない話をしてもいいですか?・その2

「全然関係のない話をしてもいいですか?」

足のリハビリを担当してくれた女性のスタッフから言われた。

「どうぞ」

「あのう、不特定多数の人前で話すにはどんなことを心がけたらよいですか?」

僕が人前で話す職業だと思い込んでいるらしい。

「いまでも十分にコミュニケーションが取れていると思いますけれど。声もはっきりと出ているし」実際、病棟全体に響くほどのダミ声だった。

「いえいえ、人前で話すとなると緊張してしまって、しどろもどろになってしまうんです」

「たとえばどんなときですか?」

「以前に、職場の後輩の結婚式で、乾杯の挨拶を頼まれたことがあったんです。でも緊張して何を話していいかわかりませんでした」

「僕は以前、結婚式の披露宴のスピーチをよく頼まれました」

「え!じゃあその秘訣を教えてください」

僕は以前に書いた「スピーチの極意」に沿ってお話をした。

「ええ!その秘訣を結婚式の乾杯の挨拶の前に鬼瓦さんに聞いておけばよかった!でも難易度が高すぎますよね」

その言葉は、多分に「ヨイショ」している感じがして、どうせ参考になんかしないだろう、と思った。ま、こっちもそのつもりで喋っているわけではないからね。

「実は私、その乾杯の挨拶の時、二人目の子どもがお腹の中にいて、まさに臨月だったのです」

「それは大変でしたね」

それを聞いてちょっと思いついたことがあった。

「だったら、その時のご自身の状態を絡めた挨拶にすればよかったかも知れませんね」

「どういうことでしょう?」

「いまのご時世、『お二人も早くお子さんに恵まれることを願います』とか、『早くお子さんの顔が見たいですね』なんてことを言ったら絶対にいけません。これはNGです」

「そうですよね」

「でも別の言い方ならできます。『自分はいま、新しい家族を迎えようとしているけれど、そこで気づいたのは、家族というのは、ともに作り上げるものだ、ということでした。家族にはさまざまな形があり、またそうあってよいものだと思います。ただどんな家族でも共通しているのは、力を寄せ合って家族を作り上げることではないでしょうか。そのための不断の努力を怠ることなく、これからの新生活を楽しんでくださいね』と、こんな感じでまとめたらいかがでしょう」

「なるほど」

このスピーチがさほどいいとは思えないのだが、ま、終わってしまった話だからいいや。リハビリスタッフさんも、「参考になります」と言いながら、聞き流してくれたので、とりあえず時間つなぎの雑談だからよしとしよう。

「以上をもちまして、結婚式のお祝いの言葉といたします。このたびはまことにおめでとうございました」

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全然関係ない話をしてもいいですか?

毎日日替りでいろいろなリハビリスタッフに担当してもらうのだが、何回か担当してもらうと、

「全然関係ない話をしてもいいですか?」

と言われることがある。手や足のマッサージをしてもらっている時間は手持ち無沙汰なので、なにか雑談をすることが多い。もちろん雑談などしなくてもいいのだが、黙っているのもアレなので、リハビリスタッフがしばしば話しかけてくるのである。

ところが通常は耳が遠い老人や認知症が進んだ老人を相手にしているので、話が通じないことが多い。そこで仕方なく、話の通じる私に打ち明けたくなるのだろう。

この日は、リハビリスタッフのなかでも比較的年齢が上の、40代とおぼしきいぶし銀のスタッフが担当してくれた。そして手のマッサージをしている時に、例の言葉が出たのである。

「全然関係ない話をしてもいいですか?」

「どうぞ」

「スーパーに行くと、スーパーの店の前に、焼き鳥を焼いて売っている車がいたりするでしょう?屋台みたいに」

「いますね。あれはけっこう美味しいんですよ」

「そうですよね。この前スーパーに行ったら、ふだんは見たこともない焼き鳥の車がいたので、買おうと思ってその車に近づいたのです」

「ほう」

「50代くらいの店主が焼き鳥を焼いていたんですけれど、買おうと思ったら、30代くらいの若い女性が近づいてきて僕に話しかけてくるんです」

「ほう」

「僕も調子に乗って話をしていたら、焼き鳥を焼いているオヤジの態度が、みるみる変わって、僕に冷たくあたるのです」

「それは不思議ですね」

「どうやら30代のその女性は、店主のオヤジのもとで働いている店員だったのです。僕が焼き鳥を注文したら、その店主は不機嫌そうに『焼いといてあげるからその間にスーパーで買い物をしておいで!』と言うのです。まるで女性との会話を打ち切らせるように」

「それはまたおかしな話ですね」

「で、スーパーで先に買い物をして焼き鳥の車のところに戻ったら、また若い女性店員が僕に話しかけてくるのです。それに答えていたら、また店主のオヤジがぶっきらぼうに『焼けたよ、持っていきな!』と、早く帰れと言わんばかりに追い出そうとするんです」

「ほう」

「別にその女性が僕に好意を寄せているとは思いませんし、僕だってその女性に好意を寄せているわけではありません。問題は店主のオヤジの態度なんです。どうしても他の男性と話していることが許せないみたいなんです」

「嫉妬しているんですかね」

「そうかもしれません。ただこれは、あくまでも僕の目から見た感想に過ぎず、気のせいなのかもしれません」

「そんなことはないでしょう。店主のオヤジとその店員との関係はわかりませんが、少なくとも店主のオヤジはその女性を囲い込もうとしているんじゃないでしょうか。だから他の男性と話していることが許せなかったのではないかと」

「なるほど、焼きもちを焼いたわけですね」

「そんなところかもしれません」

「鬼瓦さんにはそんな経験がありますか?」

不意に聞かれて焦った。必死に記憶の糸を手繰り寄せてみる。

「むかしの職場でやたら学生を囲い込もうとする教員はいましたね。あれは自分の信者を増やそうとしていたんでしょうね」

ちょっと喩えが違うか…。話題を変えた。

「僕の場合はこんなことがありました。卒業が近い4年生の学生たちや複数の教員たちで飲みに行ったとき、教員学生の別なくバラバラに座っていたのですが、たまたま僕の近くに座った学生が、同僚教員をやたら誉めまくったのですよ。僕の目の前で。

その時、(おい!目の前に俺がいるのになんで別の同僚のことを褒めまくるんだよ!気ィ悪いやろ!)と思いながら聞いていた記憶があります。あとから考えたら私をいないものとして喋っていたんでしょうね」

「なるほど」

「でもそれが人間なんでしょう。ちょっとしたことで嫉妬したり焼きもちを焼いたり、またそれを想像したりするのは」

「そうですよね。それが人間なんですよね。そういうモヤモヤした気持ちになったとき、鬼瓦さんならどうするんですか?」

僕はしばらく考えて言った。

「日記を書きますね。日記を書くことで自分を俯瞰して見ることができます。できればできるだけ情けなく、面白エピソードとして書くことにしています。笑い飛ばせるように」

「なるほど、自分を俯瞰して見ることは大事ですね。…私の雑談に長々とつきあっていただき申し訳ありませんでした。さぁ、マッサージか終わりました。では鬼瓦さん、右手を真上に挙げてみてください」

僕は右手を天井に向かって高く挙げた。

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本日休載

11月20日(木)

ここ数日、なぜかアクセス数が爆上がりしていて、急に怖くなったので、本日は休載します。体調もあまりよくないし。

再開時期は気分次第です。

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頻尿のおじいさん

11月19日(水)

僕がトイレに行こうとすると、いつもトイレが「使用中」になっている。

そればかりでなく、僕は夜中に2回ほどトイレのために起き上がるのだが、その時も「使用中」になっているのだ。

深夜1時とか4時とかですよ。

その原因がわかった。

僕の隣の病室のおじいさんが、やたらと頻尿なのである。

しかも、まだ一人でトイレに行くことが許されていないので、トイレに行こうとするたびに看護スタッフを呼び出し、終わってからも看護スタッフを呼び出して病室まで連れていってもらうのである。看護スタッフからしたら、煩わしいったらありゃしない。

しかし不思議なのは、僕が夜中にトイレに行きたくなる時間は、日によってバラバラであるにもかかわらず、そのおじいさんはタイミングよくその前にトイレに入っているのである。

運よく僕がトイレに入れたとしても、そのおじいさんと看護スタッフは僕がトイレを出るのを待っていて、ビックリしたことがある。夜中にですよ。

このおじいさんは頻尿以外には考えられない。ある時、そのおじいさんが夜中にトイレに行く頻度を観察していたら、10分に1度の割合でトイレに行くことがわかった。さすがに呼び出された看護師もふてくされた対応である。

かくいう私も、夜中に2回ほどトイレに起きるので頻尿ということなのか?まことに困った習慣である。

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栄養不足

11月18日(火)

毎日書いているが、今日ほど疲労した日はない。午後は1時から5時頃まで一瞬の隙もないスケジュールである。

今日は月に一度の「面談」の日である。「面談」とは、家族が同席して、主治医、看護師、リハビリスタッフ、ソーシャルワーカーから僕の現状やこれからの方針などについて家族に伝えるという儀式である。「儀式」と言ったのは、この病院でいちばんの権力者である医師が同席しているからである。誰も医師に対しては逆らえない。

その主治医が、こんなことを言った。

「血液検査の結果はとくに問題ありませんが、それとは別に、栄養不足という点が気になります。最近、食事をあまり召し上がっていないようですが、大丈夫ですか?」

僕は思わず、

「それは病院食が不味いからだよ!2か月も病院食を食わされていたらさすがに飽きるわ!」

という本音をグッとこらえて、

「最近は少しご飯を食べるとたちまちお腹が張るようになるんです。膨満感と言うんでしょうか」

これはこれで本当のことだった。ちょっと食べるとたちまち満腹感に満たされてしまうのである。しばらくはお腹が張った感じがおさまらず、リハビリにも影響が出てしまう。おそらく病院食が不味いという心理がそうさせているのかも知れない。

「わかりました。では、漢方薬を処方しましょう。食前に飲んでください」

胃に効く薬らしい。また薬かよ!と思いつつ、

「ありがとうございます」

と答えたが、いずれにしても、完食に限りなく近づかないと、おそらくこの医者は許してくれないだろう。

僕は苦しみながらも、これならなんとか文句は言われないだろうという量をがんばって食べた。漢方薬は効いているのかどうかわからない。これからまた苦しみの日々が続くのだろうか。

ちなみに今日の面談に出席した看護師は病院一雑な仕事をする看護師だった。面談をそつなくこなしていたが、医師という絶対権力者の前ではうまく立ちまわれるのかも知れない。僕は不愉快だったので決して目を合わさなかった。

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雑な仕事をする看護師

11月17日(月)

今日という今日は、本当に疲れた。それは周りからも見て取れるほどであった。

それに対して隣の患者(ガハハおじさん)は相変わらず声が大きくて元気である。

僕が勝手に「ガハハおじさん」と命名したのは、本当に「ガハハ」と笑うからである。何がおもしろいんだろうというくらいに、「ガハハ」と笑っている。ちっとも面白いことでもないので、たんに誘い笑いをしているだけなのか。

ガハハおじさんを担当するリハビリスタッフは、どういう思いでガハハおじさんの雑談を聞いているのだろう。面白くて明るいオジさん、という感想なのだろうか。

そして今日判明したのは、ガハハおじさんの年齢が51歳ということである。僕よりも年下だったんだな。

僕はといえば、リハビリスタッフさんにどのような話題を出していいかわからない。

昨日は、「丙午(ひのえうま)」に生まれた人に関する昔からの迷信について一通り蘊蓄を垂れた。ナンダカヨクワカラナイ。

それと、「カツカレーを食べるとしたら、とんかつ屋さんのカツカレーとカレー屋さんのカツカレーと、どちらが美味しいか」という問いを設定して自説を開陳した。まったく、何を話しているんだろう。それを聞かされているリハビリスタッフさんも、何を聞かされているんだろうと思っているだろう。

そんなことはさておきですよ。

ここ数日、昼間の担当の看護師に同じ人が続いているのだが、これがまあ最悪の看護師である。

すべての仕事が雑すぎるのだ。会話も、こっちは敬語を使っているのに、僕よりもはるかに若いのにもかかわらず、ため口をきいている。それできっちり仕事をしてくれればいいのだが、あまりにも雑なので、困ったことがあっても、ナースコールで呼び出すこともできない。信頼できないからね。

これほど仕事が雑な看護師は見たことがない。

誤解のないように言っておくが、当然ながら、きっちり仕事をして、丁寧な対応をしてくれる看護師もいるのである。にもかかわらず、なぜ、連日、この病室を担当するのが仕事が雑な看護師なのか?

ひとつの仮説を思いついた。

あまりにも仕事が雑なので、たとえば重篤な患者がいる病室を担当することができない。まわりの看護師も、この看護師が仕事が雑だということをよく知っている。とてもこいつには任せられないということで、比較的に手がかからない僕の病室を担当させられているのではないだろうか。だとしたら、僕もそうとう嘗められたものである。

ほんと、この病院は自己責任で生きていくしかない。

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床屋政談

11月16日(日)

昨日の夕方から試験外泊で自宅に帰っていた隣の患者(ガハハおじさん)が、午後2時早々に帰ってきた。

早すぎるぞ!午後8時までが門限なのに。

静謐な休日はあっという間に終わった。文字通り、五月蝿い「絶好調節(ぶし)」も帰ってきた。

そんなことはともかく。

今日ほど疲れた日はない。リハビリがハード過ぎて全身がガタガタである。動きたくても動けない。これはもうダメかもわからんね。

何がツラいって、毎日行っている立ち座り体操である。時間は短いものの、足腰にすごくこたえる。

リハビリスタッフが2人担当するのだが、今日の担当のうちのひとりは、床屋政談が好きな若き青年スタッフである。

立ち座り体操の休憩時間にこんなことを言った。

「現総理が『台湾有事は存立危機事態だ』と発言して中国を怒らせましたけど、僕はそんなことはないと思うんです。台湾は親日国家ですし、東日本大震災の時なんかはいち早く募金を集めてくれましたしね。当然の発言ですよね。所詮中国政府が文句を言っているだけでしょう?」

僕以外の他の3人の老人も概ね賛成という感じだった。

「君はどう思う?」

床屋政談が好きなリハビリスタッフは、もう一人の若き青年スタッフにコメントを求めた。

「いや、僕は全然わかりません」

彼は本当にこのニュースのことを知らなかったのだろうが、それにしてもこの回答が一番正解のように思われた。わからなければ何も喋らないことが社会人としてのマナーだからである。

もし僕がコメントを求められたら、

「喋ると私のバカぶりがばれてしまうので、コメントしません」

と言うだろう。

それでもどうしてもコメントを求められたら、こう答えただろう。

「台湾は国家ではありませんよ。『中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。 日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する』と宣言した1972年の日中共同声明以来、歴代の内閣はこの声明を踏襲しています。2015年の安保法制で集団的自衛権を認めたときすら、安倍首相は中国に気を使って台湾という言葉を法律の条文には決して出さなかった。これは当然、アメリカの立場と歩調を合わせるためでもあります。ですから今回『台湾』という名前を具体的に出したことは、中国のみならずアメリカのメンツも潰したことになり、まことに不用意な発言と言わねばなりません」

この理屈がどれだけ理解されるかはわからないので黙っていた。

ひとつ言えることは、現内閣が若い人に支持されている理由が、なんとなくわかったということである。

僕はもうすぐ消えますので、あとは若い人たちでよろしくやってください。

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自立への道

今日の「絶好調」。

隣の患者(ガハハおじさん)がリハビリスタッフに例によって、

「体調はどうですか?」

と聞かれて

「絶好調で~す」

と答えたら、リハビリスタッフが、

「あまり病院で体調が『絶好調』であるとは聞いたことがありません。…どこか具合の悪いところはないんですか?」

と聞き流され、

「実は右腕が…」

と答えていたのには笑った。そろそろ病院スタッフも飽きてきているんだろう。「もう絶好調はいいから」と。

それでも、誰に対しても感謝の心を忘れずに、大きな声で挨拶しているから好感度は高いのだろうと推察する。

そんなことはともかく。

もう1人、お世話になっている作業療法士のTさんについても書いておかなければならない。

複雑な話なので、面倒な人は読み飛ばしてください。というか複雑で読むのが面倒だというな読者を排除するために書いているのだが。

この病院は、とにかく決まり事が多い。前の病院は車椅子であるていど自走することができたのだが、この病院に転院すると、そんなことはまったく関係がなく、あまりの管理社会ぶりに閉口した。

たとえば車椅子でトイレに行くにも、いちいちナースコールを押して看護スタッフを呼ばなければならない。

用を足し終わったあとも、便器の上に座ったままで看護スタッフを呼ばないといけない。勝手に便器から立ち上がるとものすごい勢いで怒られる。

それがあるていど、自分でできそうだということになると、わざわざナースコールで看護スタッフを呼ばなくても、自分の行きたい時間に車椅子を自走してトイレや病棟内を自由に移動することができる。これをこの病院では「自立」という。

つまり、「介助」→「見守り」の段階を経て「自立」が許可されるのである。

ただしそのためには「自立」できるかどうかのテストをしなければならない。看護師を呼んで、実際に自分一人で車椅子が自走できるかを確認し、問題がなけれな「合格」となる。

これは、車椅子の移動から杖の移動に変わる時も同様の手続きを踏む。「介助」→「見守り」→「自立」の工程である。

いつ「自立」にもっていくか、という判断をするのが、作業療法士のTさんである。

「自立」するのは早ければ早いほどよい、という考え方をもつTさんは、車椅子移動から杖移動まで、ものすごいスピードで「自立」にまでもっていってくれた。もちろん、その過程で看護師によるテスト対策でリハーサルもしてくれた。

これで病棟内を、看護スタッフにいちいち許可をもらわなくても杖で自由に移動することができる。これは同時に、リハビリの自主練もできるようになるという意味も込められている。

だが今週になってTさんは、

「杖なしで、つまり独歩で『自立』できるようにしましょう」

と提案してきた。最初僕は、まだそんな段階ではないと思い、

「自信がありません」

と答えると、

「病棟内というわけではありません。病室からトイレまでの短い距離のみの『自立』です」

「なるほど、そういうことですか」

僕は何度かリハーサルをくり返した結果、独歩自立のテストに一発で合格した。

なぜTさんは、「自立」になることをこれほど急いだのだろう?

それは、近く行う予定の「試験外泊(1泊2日で自宅に戻ること)」について、有利に進めていこうと考えたからである。

試験外泊が認められるかどうかは、最終的に主治医の判断になる。そのためのエビデンスをできるだけ積み上げておき、この話を有利に進めていこうというTさんの作戦だった。独歩で自立できている、という事実を示せば、主治医も試験外泊を認めないわけにはいかない。

僕にしてみたら、1泊2日でも自宅に戻ることができれば、これほど精神的に安穏となることはない。こんな監獄のような病院に居続けるのはまっぴらだからだ。それに家族にも会いたい。Tさんはそのことも知っている。自分が退院後すぐに社会復帰できるかどうかは別として、こうして実績を積み上げておけば、退院の日程もそろそろ視野に入ってくるだろう。

Tさんはそれらを見越して、早め早めに手を打ってくれたのである。

聞くところによると、そのあたりのスケジューリングが行き当たりばったりの人も多い。

僕は、Tさんの用意周到ぶりに感謝した。

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スポンジ

11月13日(木)

相変わらず監獄のような入院生活である。隣のガハハおじさんは誰が来ても「絶好調で~す」と大声で機嫌よく応えている。もはや持ちギャグなのか?だとしたらスベってるぞ!

患者一人につき、リハビリスタッフの担当者というか、責任者が決まっている。毎日のリハビリは、日替わりで担当が変わったりするのだが、ここぞという時にはその責任者がその患者の責任を負うという仕組みである。

おもに僕の担当をしてくれているのは、理学療法士のNさんと作業療法士のTさんである。簡単にいえば、理学療法士は「足のリハビリ」の担当で、作業療法士は「手のリハビリ」の担当である。

僕はこの2人のおかげで、なんとかいままでに生きながらえてきたといってよい。この2人がいなければ、少しでも前向きな気持ちになれなかっただろう。

2人のリハビリじたいは、とてもハードで、容赦がない。が、その分、僕のことを真剣に考えてくれている。

もちろん、リハビリスタッフはどの患者に対しても真剣に考えてくれているのだろうが、たまに無責任なスタッフもいたりするので、僕は運よくこの2人に当たったというべきであろう。

今日は久しぶりにNさんがリハビリを担当してくれた。病気をしてしばらく休暇をとっていたらしい。

雑談をしている中で、僕が病気を発症してちょうど3か月、この病院に転院してからおよそ2か月が経とうとしていたことに気づいた。

「発症から3か月ということを考えると、脅威の回復力です」

と言った。ふだんはダメ出しばかりするN さんの言葉に、僕にはそうとは思えなかった。

「そうでしょうか?」

「相変わらず鬼瓦さんは疑い深いなあ。患者さんの多くは、こちらがアドバイスしてもなかなか自分の歩き方を変えなかったりするんです。でも鬼瓦さんは、こちらがこうしてほしいと思う歩き方をご自身の中に取り入れて、それを自分の歩きとして作り上げていくんです。運動神経がいいということですよ」

「それは言いすぎですよ。いままで運動神経がいいなんて言われたことがないし、第一、体はおそろしく硬いし腹筋も弱いし」

「たしかにそれはそうです。でもたとえて言えば、鬼瓦さんはスポンジなんです」

「スポンジ?」

「なんでも吸収して自分のものにしてしまう。だから鬼瓦さんはリハビリのしがいがあるんですよ」

そう言われると、そんな気がしてきた。

僕は元来、なんのこだわりも主体性もない「空(カラ)」の存在である。このブログのむかしからの読者(ダマラー)には「そんなことあるかい!」と言われるかもしれないが、これまで流されるままに生きてきた。心の中をカラにした方が、ときに新しいものを吸収することができる。

「スポンジ」はなかなかの褒め言葉である。今回ばかりは疑い深くならず、素直に受け止めようと思う。

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語尾伸ばし

これから書く話は、言葉の細かいニュアンスの話なので、異論は認める。

ある県知事の定例記者会見の動画をYouTubeで見ていたら、質問をする記者が社名と名前を名乗った時、知事が

「お疲れさまです」

と必ず最初に言うのだが、よくよく聴いてみると、男性の記者が質問する時は、

「お疲れさまです」

と言い、女性の記者が質問する時は、

「お疲れさまで~す」

と、言い方を使い分けていることに気づいた。

そこに気づいたある記者は、

「男性の記者に対しては『お疲れさまです』というのに対し、女性の記者に対しては『お疲れさまで~す』と語尾を伸ばすのは、男女差別ではないか」

と指摘した。

この指摘を聞いて、僕はなるほどその通りだと思った。

「お疲れさまです」と「お疲れさまで~す」では同じ言葉でもその語感から来るニュアンスが違う。

「お疲れさまで~す」と語尾を伸ばす言い方は、相手を見下しているように聞こえるのだ。

で、ここから先は、2人部屋の私の隣の患者(ガハハおじさん)の悪口になってしまうのだが。

ガハハおじさんは、病院のスタッフの呼びかけに、いつも元気はつらつと応える。

その1。

「○○さん、いらっしゃいますか?」

「は~い、○○で~す」

「体調の方はどうですか?」

「絶好調で~す」

「じゃ、リハビリの方、よろしくお願いします」

「よろしくお願いしま~す」

その2。

「○○さん、いらっしゃいますか?」

「はい、○○で~す。ここに居りま~す」

「お食事をお持ちしました」

「ありがとうございま~す。いただきま~す」

びっくりしたことに、すべての言葉の語尾が伸びているのである。

一方僕は、

「よろしくお願いします」

「ありがとうございます」

と、ぶっきらぼうに述べて、絶対語尾伸ばしをしない。だって、自分で言っていてキモチワルイんだもん。

繰り返すが、隣のガハハおじさんは、私と同年代のオジさんである。若い人ならいざ知らず、いい歳をこいた大人が、語尾伸ばしをするのはキモチワルイことこの上ない、と思うのは僕だけだろうか。

いい歳をした大人が語尾伸ばしをするのは、相手を見下しているニュアンスが感じられて、どうにも我慢ならないのである。親しみを込めた表現だ、という反論があり得るかも知れないが、ならばオフィシャルな場でもその言い方を徹底しろよ、と思ってしまう。

例えばですよ、会社で電話をかけたりする時に「いつもお世話になっております」と言うじゃないですか。

そのときに、「いつもお世話になっておりま~す」と語尾を伸ばすか?というハナシなんですよ。なんかバカにされたような気になりません?

そんなことでコミュニケーション能力がはかられるのだけは勘弁してほしい。大事なことは、対等に接するということである。

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絶不調です

11月10日(月)

二人部屋の隣の患者(ガハハおじさん)がやたらと元気である。

自主練と称して、これ見よがしに一人でやたらとスタスタ歩いてまわりの人々にアピールしているし、相変わらず窓を開けて「涼しい風」を浴びている。

こちとら、毎日のリハビリでヘトヘトになって、腰は痛てえし、お腹の調子も悪いし、散々である。

一方ガハハおじさんは、リハビリスタッフが部屋に迎えに来るたびに、大声で返事をし、リハビリスタッフに、

「体調はいかがですか?」

と聞かれると、決まって

「絶好調で~す。ガハハ!」

と大声で答える。

おまえは中畑清か!と思うほど「絶好調で~す」をあまりに繰り返すので、さすがにカチンときてしまった。

そこで、今度は僕のところにリハビリスタッフが迎えに来てくれた時に、

「体調はいかがですか?」

と聞かれて、

「絶不調です」

とわざと隣のガハハおじさんに聞こえるように答えた。

するとリハビリスタッフは、まさか「絶不調」という返事が返ってくるとは思わず、

「どうかなさったのですか??」

と心配そうな表情をした。

そりゃそうだ。こういうときには「体調は変わりないです」と答えるのが正解だからだ。

「絶不調です」のギャグというか皮肉は、リハビリスタッフを過度に心配させ、隣のガハハおじさんにも通じなかったようだ。

そのことを誰かに言いたくて仕方がなかったが、言うチャンスがない。

唯一、別のリハビリスタッフが、リハビリ中に

「隣に新しく来た人、元気そうで、やたらと廊下を歩いてますね」

と、隣のガハハおじさんの話題を出した。その言葉にはやや冷ややかなニュアンスが込められているように感じられた。

僕は「絶好調」を皮肉って「絶不調」というギャグを言ったことをよっぽど話そうかなと思ったが、

「逆にどうしてこの病院に入院したのか不思議なくらいです」

と答えるにとどめた。

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今時のバーの話

鬼瓦殿

こんにちは、コバヤシです。

昔のバーのイメージは、我々が若い頃もそうだったように思いますが、居酒屋なんかで呑んだ後に呑み足りなくてもう少し呑みたいというシチュエーションで行く場所だったのではないかと思います。

「呑む」と書いたように、そこは更にアルコールを補給して酔いたいと思い行っていた場所ではないかと思います。

では、今時のバーは?と言うと、当然、「呑み」に行く場所としての役割を担っている店も多々あるとは思いますが、それ以上に、店主が自分が素晴らしいと思うお酒を自分が考える理想的な環境で客に味わって貰いたい、という店が増えているように思います。

そもそも所謂、食後酒を飲む、というのは西欧の文化で、お腹一杯食べた後に高いアルコールのお酒を飲むことで胃腸の活動を活性化させて消化を促すという側面と、ブランデーのように薫り高いお酒を葉巻などをくゆらせながらゆったりと楽しむ、という2つの側面が有ります。

今時の志あるバーの店主は、そうした食後酒を楽しむという文化を日本にも広めたい、又は上質なお酒を時間をかけてゆったりと楽しむことを伝えたい、と考えている方が多いように思います。

そうしたお店は、店の調度やBGMにも拘っており、グラスはヨーロッパのアンティークを揃え、BGMはヨーロッパを意識してオペラを流すなど、それぞれの店が自分の理想とする空間を演出しています。

客もそうした空間を求めて、自分に合うお店を探し出して通っています。

現代の日本人の嗜好というのか趣味性はかなり細分化されており、バーもそうした多様な嗜好を前提にかなり細分化されています。

例えば、この10年、20年はモルト・バー、スコットランドの蒸留所ごとの原酒のウイスキー(所謂、スコッチと言うのは、こうした原酒を複数ブレンドしたウイスキー)を飲むバーが流行り出し、これは世界的な潮流と流行にもなっていますが、今の日本ではモルトだけでは無く、マデラ酒(ポルトガルの酒精強化ワイン)やパーリンカ(ハンガリーの果物の蒸留酒)などという超マニアックなお酒の専門店や、私の好きなブランデーでもコニャック(仏コニャック地方の葡萄の蒸留酒)、アルマニャック(仏アルマニャック地方の葡萄の蒸留酒)、カルヴァドス(仏ノルマンディー地方の林檎の蒸留酒)とそれぞれの専門店があります。

そうしたお酒を好むマニア達は、特定のお酒を求めて全国のバーを訪ねます。

そうしたお店は、今のSNSやネットが発達した現代においては容易に探し出すことが可能であり、更に言えばバー業界の慣習で、バーテンダー達は自分のお店に来た客に対して、その客の好みと思われる店や、自分の好きな店を積極的に紹介してくれます。(私が今通っている浅草のバーも銀座のバーもバーテンダーの方に紹介してもらいました。)

結果、ニッチなお店であっても意外に流行っていたりするのです。

ということで、久し振りにメールを書いたら、ちょっとマニアックな内容になってしまいました。つまらなかったらごめんなさい。

それでは、またそのうち。

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秘密の意気投合

11月8日(土)

2人部屋の隣の新入り患者(ガハハおじさん)は冷たい風にあたるのが好きなようだ。

窓側のスペースを陣取っているから、朝の8時から窓を開けて冷気を部屋の中に呼び込んでいる。

僕は急に寒くなり、布団にくるまっていると、朝の食事が運ばれてきた。

ふだんなら部屋のテーブルの前に座ってスタンバっているのだが、食事が運ばれてきても布団にくるまったままである。

食事を運んできたスタッフが布団にくるまっている僕を見て、

「具合でも悪いんですか?」

と聞いた。最近インフルエンザが流行っているからね。

僕は、

「いえ、具合が悪いわけではないです」

とだけ言うと、スタッフはそれだけで察したらしく、隣の患者に、

「窓を閉めてくださいね」

と言ってくれた。隣の患者は

「何で?」

と無邪気に聞き返してくる。

「お隣にも患者さんがいるんですよ」

と言って、ようやくしぶしぶ納得した感じだった。本人からしたら、「朝の風を浴びたら気持ちいいじゃん」くらいにしか思っていないのだろうけれど、こちとら、窓の外も見えないスペースで、ただただ寒いだけなんじゃ!

お昼頃近くになり、その患者とすれ違うことになってしまい、僕が隣の患者であると認識したらしく、

「いまから窓を開けますが、寒かったら言ってください」

と不意に言われたので「大丈夫です」と答えた。昼頃には気温も上がってきたので、寒さもあまり気にならなくなったのである。

ところが、である。

それ以降、窓はずっと開けっ放しになっていた。

夕方になって、私のリハビリを担当してくれる若い女性のスタッフが、僕を迎えに病室に入ってきたとたん、

「サムッ!」

と叫んだ。あたりまえだ。他の病室の窓が閉まっているのに、この部屋だけ窓が空いてるんだもん。すでに夕方の冷気が部屋に入ってきているのだ。

それが隣の患者の耳に入り、

「寒いですか?涼しくて気持ちいいと思ったんだけど。寒かったら言ってくださいね」

と言われたが、スタッフも僕も、

「大丈夫です。これから別の場所でリハビリなので」

と答えるにとどめた。

病室を出て、リハビリ室に向かう途中で、リハビリスタッフさんが、

「やっぱり寒かったですよねえ」

と僕に向かって言うと、僕も、

「ええ、メチャクチャ寒かったです」

と答え、そこからその話が盛り上がった。

「夕方になると寒くなるのに、どうして窓を開けっぱなしにするんでしょうね。オカシイですよね。常識では考えられないです」

リハビリスタッフさんはノリノリで隣の患者の奇行をあげつらっている。

僕は、

「『寒かったら言ってください』と言われたけど、そんなもん、言えるはずがないじゃないですか」

と言うと、リハビリスタッフさんも、「そうそう、そうですよね。言えないなあ」と合いの手を入れる。

これは僕の本音だった。「言ってください」と言われて、本当に「寒いので窓を閉めてください」と言ってしまったら、先方の機嫌が悪くなるばかりである。僕は無用なトラブルを起こしたくないから、その言葉を言わないことにしている。

ここで覚えておこう。「言ってくださいね」と言われても、本気にしてはいけない。本当に言ってしまったら、相手は不機嫌になる。

「換気は大事だけど、なにもずっと開けておくことはないですよね。自分だけの部屋じゃないんですから」

リハビリスタッフのディスりも止まらない。そんなに引っ張る話題でもないのだが、リハビリスタッフさんはこの話題をこすりたいらしく、次から次へと本音を語りかけてくる。僕もそれにうなづき、さらに本音を引き出そうとした。そのやりとりがじつに愉快だった。

そのうちに一つの疑念が生まれてきた。誰に対してもハキハキして、礼儀正しい物言いをするあの患者は、本当にみんなに好意的に思われているのか?

心のどこかで、胡散臭さを感じているのではないだろうか。

誰も彼に対しては、本音を打ち明けないのかも知れない。

ただ一つ言えることは、僕は社会人として一緒に仕事をしたくない人だ、ということである。

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隣の新入り入院患者

11月7日(金)

今日ほど疲れた日はないので、短めに。

2人部屋の病室で、隣の患者さんがほかの部屋に移動した。

いままでの患者さんは私より若い患者さんで、ひと言も会話を交わしたことがないが、声が小さくて、カーテン越しに漏れてくる病院のスタッフとのやりとりを聞きながら、どういう人間なのかを想像することが楽しみだった。

その患者さんが移動したあと、新しい患者さんがさっそく今日の午後に入院した。

こんどの患者さんは、僕と同じくらいの年齢だろうか。看護スタッフとのやりとりを聞いていると、会社員らしい。

ところがこんどの患者さんは、やたらと声が大きくてかつ饒舌である。そのやりとりから、会社の営業職なのではないかと思わせる。誰が来ても同じテンションでコミュニケーション能力を発揮している。もっとも僕にとっては、以前に書いたように、誰にでも明るく接することができる能力はコミュニケーション能力とは言わないという信条があるのだが。

病院スタッフへの対応を見る限り、おそらく誰にでも好感が持てる存在なのだろう。それにくらべて僕は、誰に対しても同じくテンションの低い態度をとっているので、スタッフの中では評判が悪いと推察される。

ここまで書いてきて、ここの古い読者は察しがついているだろうが、僕はこの手のタイプは大の苦手である。

しかも、ふつうに歩き回っているし、コミュニケーションもしっかり取れているし、なぜこの病院に入院しはったのか、ようわからない。問題がないのならば、すぐに退院しはったらよろしいのに。もちろん、ひと言も会話するつもりはない。

それにしても、人間に対する僕の了見の狭さには呆れるばかりである。

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イキる老人

11月6日(木)

先週の火曜日から立ち座り運動を始めたことはすでに書いた。

具体的なやり方は、まずテーブルの上に両手を置き、「せーの」の合図で、メトロノームの刻む音に合わせて、4秒で椅子から立ち上がり、6秒かけて椅子に座る、これを10回繰り返す。

あまりにたいへんな体操なので、定員は4人と限定されている。そのうちの1人は、今日退院されたので、今日は3人での体操である。

僕の目の前に座った男性の老人は、ちょっと苦手なタイプであるので、話しかけられないように、絶対に目を合わさないことにしている。

その男性老人が今日、

「俺なんかねぇ、テーブルに手をつかなくったって、立ち座りができるぜ」

と、テーブルに両手をつくことなく、立ち座り体操を始めた。こんな立ち座り体操なんか簡単さ、と言わんばかりに。

テーブルに両手をついて「よっこらしょ」と立ち上がらないと、とてもキツいのであるが、その老人は手を使わずに立ち座りをなんなくこなしている。

僕はあることに気がついた。

立ったと思ったら、すぐに座ってしまうのである。

この体操のキモは、6秒かけて座ることにある。ゆっくり座ることが実はいちばんキツいのである。

すぐ座ってしまったら、そりゃあテーブルに両手をつかなくても楽に立ち座りができるわなあ。

ツラい3セットが終わってリハビリスタッフさんに、

「やはり今日も疲れましたか?」

と聞かれたので、

「ええ、とくに6秒かけて座るというのがツラいですねえ」

と、目の前にいる老人にわざと聞こえるように言った。

そうしたらリハビリスタッフさんも何か察したらしく、対面に座っている老人に、

「○○さん、座るのが早すぎますよ」

と嗜めていた。

僕がこの老人が苦手なのは、こうしたイキりが随所に感じられるからである。

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野心家たちの競演

さすがにもう何も書くことがない。

いまのもっぱらの関心事は、「日の丸弁当を食べることは国旗損壊罪に当たるのか」ということである。もし国旗損壊罪に当たるのであれば、日の丸弁当は「梅干しどまんなか弁当」と名称を変えるか、あるいは白米のど真ん中に梅干しを乗せることを法律で禁止するかの、どちらかである。誰か国会で質問してくんねえかなあ。

という屁理屈はさておきですよ。

僕が大学生のころ、テレビ朝日で「プレステージ」という深夜の生放送番組をやっていた。月曜~木曜のたしか深夜1時からの番組で、明け方まで放送していた。司会者は曜日ごとに違っていて、いまから思えば、いずれも上昇志向の強い野心家たちが司会をしていた。

最近そのことを思い出して、運命とはまことに不思議なものである、と感慨に浸った。

何曜日か忘れてしまったが、ある曜日の司会者は、作家・飯干晃一の娘の飯星景子さん、それに蓮舫さん、高市早苗さんの3人だった。

僕はその番組をよく観ていたが、番組を仕切るのはおもに飯星さんで、ほかの2人は茶々を入れる役割だったと記憶する。

蓮舫さんと高市さんは、のちに政治家になったことはご承知の通りである。

しかも、蓮舫さんは野党政治家、高市さんは与党政治家、というふうに別々の道を歩むことになったのである。

そしてこのたび、高市さんは総理大臣にまで登りつめた。

いま、蓮舫さんと高市さんは激しく対立している。お互い譲らない野心家。2人は、あの番組のことについていまはどう思っているのだろう。なかったことにされているのだろうか。

ちなみに、僕も大学生の頃、この番組に出演したことがある。もっとも、飯星さんや蓮舫さんや高市さんが司会の曜日ではない。別の曜日である。その思い出話は以前に書いた

僕はこの番組に出演したことがきっかけで、「野心なんかくそ食らえ!」と思うようになった。

人間の運命とは、じつに不思議なものである。

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記憶のリセット

11月4日(火)

先週の火曜日から僕にとって新しいリハビリが導入された。

どういうリハビリかというと、椅子から立ちあがったり座ったりする体操である。

なんだ、簡単なことじゃないか、と思われるかも知れないが、さにあらず、これは一種のスクワットである。

メトロノームが刻む一定のリズムに合わせて、4秒で椅子から立ち上がり、6秒で椅子に座る。

この動作を、休むことなく10回繰り返す。そしてそれを3セットほど行うのである。

このリハビリに参加できるのは最大4人までで、当然、立ち座りができる人のみが対象である。僕は担当のリハビリスタッフから「やってみませんか?」と誘われ、半ば強制的に参加させられてしまったのである。

しかしこの体操は、思いのほかキツい。やってみたらわかる。

1セット(10回)終わった時点で、すでに疲れる。間に1分半の休憩時間がはさまれるのだが、焼け石に水である。2セット目、3セット目になると、椅子から立ち上がることができないほどキツさが増す。

僕は3セットでグロッキーになる。疲労の表情が誰の目から見ても明らかなほどである。

ところが、である。

僕よりはるか高齢(70代後半~80代)の方は、いとも易々と4セット目まで行い、しかも涼しい顔をしている。

僕はそれが不思議で仕方なかった。

もちろん、僕が著しく体力がないことがいちばんの原因なのだろうが、だとしても、ほかのご高齢の3人も、体力があるようには見えない。

何故なんだろうとずっと考えていて、ある仮説が浮かんだ。

たとえば僕の場合、1セット目が終わると、「また同じことをするのかよ!」と、気持ちが負けてしまい、その直前の記憶が次の運動も辛いものだと予想してしまう。

しかし高齢の方々は、1セットごとに記憶がリセットされて、2セット目、3セット目、4セット目まで、新鮮な気持ちでのぞむことができるのではないだろうか。

たとえば、お年寄りが何回も同じ話をくり返すでしょう?食事が終わったばかりなのに「お腹が空いた」と言ったりするでしょう?

これらはいずれも記憶がリセットされることが原因なのではないかと思うのだ。

もっとも僕は心理学には疎いのでこの仮説が正しいのかどうかわからない。

でもそうでないと説明がつかない。疲労の記憶がリセットされるからこそ、毎回新鮮な気持ちで立ち座り運動にのぞめるのだ。

これははたしてよいことなのだろうか。僕はどんなに辛くても記憶をリセットしたくない。

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晴れの特異日の起源

11月3日(月)

以前、内田百閒の『東京焼盡』(中公文庫)に、

「(1944年)十一月三日金曜日。明治以来お天気にきまった十一月三日の今日は雨なり」(16頁)

とあることを発見し、11月3日が、明治時代からずっと晴れの特異日と考えられていたことを紹介した。

では、11月3日は本当に晴れの特異日なのか?

ウェザーニュースというサイトに次のような説明があった。

「気象庁の統計で1961年から2000年までの40年間の晴天率を調べると、11月3日の東京では晴天率が80%でした。この期間の10月・11月の平均晴天率は64%でしたので、15ポイント以上も晴れる確率が高かったことになります」

「北海道から沖縄の各地域についても概ね同様の傾向があり、実際に文化の日は晴天率が高い「晴れの特異日」だったといえそうです」

「一方、統計期間を最近の1991年から2020年の30年間にすると、11月3日の晴天率は57%に低下してしまいます」

「東京では2021年から去年2023年まで3年連続の晴天となっています。今年も4年連続の晴天が予想され、晴れの特異日としての復活の兆しがあるかもしれません」

問題は、これを科学的に説明できるか?である。

11月3日は、「文化の日」と言われるが、戦前は「明治節」、つまり明治天皇の誕生日だった。戦後に「文化の日」と名称が変わったのは、この日に日本国憲法が公布されたことにちなんだと考えられる。

僕の考えでは、11月3日を「晴れの特異日」とする科学的な根拠はなくて、明治天皇の誕生日だからというスピリチュアルな理由で、戦前から「晴れの特異日」として喧伝されていたのではないかと踏んでいる。

よく宗教団体が、「教祖様が現れると曇り空だった空が突然晴れて、太陽の光が差し込んできました」などという話を耳にするが、明治節を晴れの特異日とする考えもそれに近いものだったのではあるまいか?

現在の天皇陛下が即位されたときも、即位の儀式が始まると空が晴れて、その直後に上空に虹が現れたと、当時のニュースがまるでそれを吉兆のように伝えていたのは、もはや非科学的でしかなかった。「晴れの特異日」も、この種の霊験譚と変わらない。

ところで、昭和天皇の誕生日である4月29日が「みどりの日」を経ていつの間にか「昭和の日」に名称が変わったように、11月3日も「明治の日」と改称するという運動が、超保守的な団体や政治家によりいまでも続けられていると知り、驚いてしまった。彼らは「昭和の日」の成功体験に味をしめて、「明治の日」となることを虎視眈々とねらっている。保守系政治家にとっての「理想の時代」とは、いまだに明治時代~戦前にかけての「大日本帝国憲法下の時代」なのだ。そういうの、いい加減やめませんか?

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セントラル楽器

11月2日(日)

若いリハビリスタッフにマッサージやストレッチをしてもらっている間、どんな雑談をしてよいのかわからない、という話は前にも書いた

今日は病院の中で、米国のワールドシリーズでドジャースが優勝したという話題で持ちきりだった。

午前中、男性のリハビリスタッフが僕にその話題を振ってきたのだが、なんせ僕はその話題にまったく興味がないので、どう答えていいかわからない。

かろうじて、

「『ワールドシリーズ』の『ワールド』は『世界』という意味ではなくてスポンサーである企業の名前からとったものなんですよ」

という、むかしに聞きかじった豆知識を披露することくらいしかできなかったのだが、そのあとWikipediaで調べてみると、『ワールド』がスポンサーの企業名からとったというのは、都市伝説というか、まったくのデマで、「ワールド」は字義どおり「世界」の意味でいいのだと書いてあり、「デマを広めてしまった…」とひどく後悔した。やはり「生兵法は怪我のもと」。知らないことには口を出さない方がよい。

午後は、別のリハビリスタッフが担当してくれた。若い女性のスタッフだが、若い人にありがちな快活さはあまりなく、冷静で落ち着いた感じの人だった。

僕の職場までの通勤時間が車で2時間以上かかる、という話をすると、

「やっぱり東京はすごいんですねえ。私みたいな田舎者には考えられないことです」

というので、立ち入った話になるかも知れないが、出身地を聞いてみることにした。

「失礼ですけど、ご出身はどちらなんです?」

「鹿児島です」

「鹿児島のどちら側です?」大隅半島側か、薩摩半島側かを聞きたかったのである。

「いえ、島の出身です。奄美大島という島です」

「奄美大島!」

僕は仕事で2度ほど奄美大島を訪れたことがある。のどかでとてもいい島だ。そこで奄美島唄に出会ったのである。

「僕は一時期、奄美島唄に懲りましてねえ。奄美市内に『セントラル楽器』というレコード店があるでしょう。そこで、その店でしか手に入らない奄美島唄のCDを手に入れたものです」

するとそのスタッフの表情が突然にこやかになった。「セントラル楽器」という言葉に反応したのである。なにしろ島に一つしかないレコード店である。島中の人が知っているお店なのだろう。

ここで少し解説しておくと、「島唄」とはもともと、奄美群島の民謡のことをいう。奄美地方で「島」とは、アイランドの意味ではなく、「集落」という意味である。つまり「島唄」とは、奄美群島で集落ごとに歌われる民謡のことなのであり、本来は「シマ唄」と書くべきものである。THE BOOMの「島唄」によって、「島唄」は沖縄民謡、というイメージがすっかり強くなってしまったが、本来は違うのである。

奄美島唄の特徴は、裏声を多用した独特の歌唱法が印象的である。沖縄民謡にくらべると、やや暗い印象を受ける。だが、暗さの中に力強さがある。おそらく、奄美群島が江戸時代以来、抑圧された歴史を背負わされてきたことと無関係ではないだろう。僕が惹かれたのも、奄美島唄がかかえているこうした歴史的背景によるところが大きいが、何よりそこに、歌の持つ力強さを感じたのである。

そこまでは言わなかったが、少なくとも奄美における「シマ」とは集落を指すこと、そして集落ごとに歌が上手な人が必ずいるということを述べると、大きくうなずいていた。まさかそのリハビリスタッフさんも、「セントラル楽器」の名前が出るとは思わなかったろう。

以前も、別のリハビリスタッフさんの実家が、私の職場ある町だということを知り、その地元ネタで盛り上がったことがある。もう秋祭りは終わってしまっただろうか。

ここで確信した。天気の話題よりも、大谷翔平の話題よりも、リハビリスタッフさんの出身地ネタであれば、止めどなく会話ができる。これまで仕事で全国を廻ったことがここで生きてくるとはねえ。

しかし個人情報にかかわる話なので、こちらからはいきなり切り出すことはできない。話の流れで必然的に話題にする状況にもっていかないといけない。それがまた大変である。

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俺は何と闘っているのか?

11月1日(土)

尾籠な話で恐縮だが、ここ数日、下痢に悩まされている。

もともと便秘体質で、環境が変わるとなおさらその傾向が強くなるのだが、そのために下剤を処方してもらった。

しかしその薬が効きすぎる時があり、今度は下痢に悩まされる。そこで今度は整腸剤を処方してもらう。その繰り返しである。

このたびはいよいよ下痢がひどくなり、以前に処方してもらった整腸剤を出してもらおうと、僕はナースコールを押した。

僕はこの病院の看護スタッフをまったく信用していないので、ナースコールをめったに押さないようにしているのだか、背に腹は代えられない。

夕方に押したのだが、医療行為のできない看護補助者がやって来て、「看護師に伝えておきます」と言ったきり、待てど暮らせど看護師は来ない。まあいつものことだ。

数時間後、夜になってようやく看護師がやって来た。しかも僕が大嫌いな、あの男性看護師である。

「整腸剤ね。連休明けの火曜日にならないと出せないんですよ。ハハッ。それまで我慢してくださいね。ハハッ」

と、笑いながら説明した。

僕はそれを聞いて殺意を覚えた。こっちはお腹が痛くて、事態は急を要するのだ。

医師が3連休なので医師の許可がないと薬は出せないということらしい。休日勤務の医師すらいないということなのか?目の前に下痢で苦しんでいる患者がいるのに、それを救おうとはしない。

俺はこの病院で何と闘っているのか?

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韓国のゆるキャラ

10月31日(金)

妻が韓国出張から帰ってきたのが先週の木曜日。小さな田舎町での用務だった。

その時の雑談のなかで、小2の娘がいるという話をしたらしく、それに反応をしたのがその町の職員さんだった。

「では、うちの町のご当地キャラクターのぬいぐるみがありますので、お土産に持って帰ってください」

見ると大きなぬいぐるみである。竜をかわいらしくした、いわゆる「ゆるキャラ」である。

2泊3日の強行軍のような出張だったので、妻は軽装だった。

「お気遣いありがとうございます。でもご覧の通り軽装で来たため、とても持ち帰る余裕はありません」

「では後ほどお送りします」

と言われ、きっと社交辞令だろうと思って本気にしなかったが、後日、ほんとうに韓国のその町から郵送されてきた。

小2の娘が嬉しそうにぬいぐるみを抱いている写真を見たが、思っていた以上にぬいぐるみが大きい。

そればかりではない。

送られてきたぬいぐるみは、大・中・小と3種類あり、その3つが送られてきたのだ。

それほど親しくもない人からこんなに多くの「ご当地キャラ」のぬいぐるみが送られてくるとは驚きである。その町が、全力でその「ご当地キャラ」を推していることがよくわかる。

調べてみると、韓国では各都市に「ご当地キャラ」がいるらしい。「ひこにゃん」とか「ちーばくん」とか、日本の「ご当地キャラ」と同じコンセプトの造形物である。

僕が韓国に留学していた16年前にはなかったような気がする。

ひょっとしてこれは、日本の「ゆるキャラ」が発祥なのか?

もしそうだとしたら、みうらじゅん先生がカテゴライズして名づけた「ゆるキャラ」が、海を渡った韓国にも影響を与えたことになる。

あらためてみうらじゅん先生の慧眼に敬意を表さずにはいられない。

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