全然関係ない話をしてもいいですか?
毎日日替りでいろいろなリハビリスタッフに担当してもらうのだが、何回か担当してもらうと、
「全然関係ない話をしてもいいですか?」
と言われることがある。手や足のマッサージをしてもらっている時間は手持ち無沙汰なので、なにか雑談をすることが多い。もちろん雑談などしなくてもいいのだが、黙っているのもアレなので、リハビリスタッフがしばしば話しかけてくるのである。
ところが通常は耳が遠い老人や認知症が進んだ老人を相手にしているので、話が通じないことが多い。そこで仕方なく、話の通じる私に打ち明けたくなるのだろう。
この日は、リハビリスタッフのなかでも比較的年齢が上の、40代とおぼしきいぶし銀のスタッフが担当してくれた。そして手のマッサージをしている時に、例の言葉が出たのである。
「全然関係ない話をしてもいいですか?」
「どうぞ」
「スーパーに行くと、スーパーの店の前に、焼き鳥を焼いて売っている車がいたりするでしょう?屋台みたいに」
「いますね。あれはけっこう美味しいんですよ」
「そうですよね。この前スーパーに行ったら、ふだんは見たこともない焼き鳥の車がいたので、買おうと思ってその車に近づいたのです」
「ほう」
「50代くらいの店主が焼き鳥を焼いていたんですけれど、買おうと思ったら、30代くらいの若い女性が近づいてきて僕に話しかけてくるんです」
「ほう」
「僕も調子に乗って話をしていたら、焼き鳥を焼いているオヤジの態度が、みるみる変わって、僕に冷たくあたるのです」
「それは不思議ですね」
「どうやら30代のその女性は、店主のオヤジのもとで働いている店員だったのです。僕が焼き鳥を注文したら、その店主は不機嫌そうに『焼いといてあげるからその間にスーパーで買い物をしておいで!』と言うのです。まるで女性との会話を打ち切らせるように」
「それはまたおかしな話ですね」
「で、スーパーで先に買い物をして焼き鳥の車のところに戻ったら、また若い女性店員が僕に話しかけてくるのです。それに答えていたら、また店主のオヤジがぶっきらぼうに『焼けたよ、持っていきな!』と、早く帰れと言わんばかりに追い出そうとするんです」
「ほう」
「別にその女性が僕に好意を寄せているとは思いませんし、僕だってその女性に好意を寄せているわけではありません。問題は店主のオヤジの態度なんです。どうしても他の男性と話していることが許せないみたいなんです」
「嫉妬しているんですかね」
「そうかもしれません。ただこれは、あくまでも僕の目から見た感想に過ぎず、気のせいなのかもしれません」
「そんなことはないでしょう。店主のオヤジとその店員との関係はわかりませんが、少なくとも店主のオヤジはその女性を囲い込もうとしているんじゃないでしょうか。だから他の男性と話していることが許せなかったのではないかと」
「なるほど、焼きもちを焼いたわけですね」
「そんなところかもしれません」
「鬼瓦さんにはそんな経験がありますか?」
不意に聞かれて焦った。必死に記憶の糸を手繰り寄せてみる。
「むかしの職場でやたら学生を囲い込もうとする教員はいましたね。あれは自分の信者を増やそうとしていたんでしょうね」
ちょっと喩えが違うか…。話題を変えた。
「僕の場合はこんなことがありました。卒業が近い4年生の学生たちや複数の教員たちで飲みに行ったとき、教員学生の別なくバラバラに座っていたのですが、たまたま僕の近くに座った学生が、同僚教員をやたら誉めまくったのですよ。僕の目の前で。
その時、(おい!目の前に俺がいるのになんで別の同僚のことを褒めまくるんだよ!気ィ悪いやろ!)と思いながら聞いていた記憶があります。あとから考えたら私をいないものとして喋っていたんでしょうね」
「なるほど」
「でもそれが人間なんでしょう。ちょっとしたことで嫉妬したり焼きもちを焼いたり、またそれを想像したりするのは」
「そうですよね。それが人間なんですよね。そういうモヤモヤした気持ちになったとき、鬼瓦さんならどうするんですか?」
僕はしばらく考えて言った。
「日記を書きますね。日記を書くことで自分を俯瞰して見ることができます。できればできるだけ情けなく、面白エピソードとして書くことにしています。笑い飛ばせるように」
「なるほど、自分を俯瞰して見ることは大事ですね。…私の雑談に長々とつきあっていただき申し訳ありませんでした。さぁ、マッサージか終わりました。では鬼瓦さん、右手を真上に挙げてみてください」
僕は右手を天井に向かって高く挙げた。
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