アニメ・コミック

マンガの監修をしました!

僕が監修したマンガがようやく公刊されました!

…といっても市販してはおりません。

僕が数年前からお仕事させていただいている「光の国の姉妹都市」で、地元の若い人たちにもっと町のことを知ってもらおうと、マンガの小冊子を作ることになり、僕がその監修を仰せつかったのだ!

マンガを描いたのは、地元のマンガ専門学校の学生さんたち。一人が描いたのではなく、できるだけたくさんの学生さんにチャンスを与えようという配慮なのか、1ページごとに違う人が描いている。だから1ページごとに画風が異なるという、これまた味わい深い作品に仕上がっているのだ。

オールカラーだが、ホッチキスで簡易に製本してあり、ほとんど同人誌の趣であるが、コンパクトで、おそらく無料配布されるのだろうから、その町を知るには重宝すること請け合いである。

そういえば、いまから15年ほど前だったか。

ある仕事で知り合った同業者が、その仕事の合間に、

「いま、『仁』というマンガの監修をしてるんですよ。みなさん知らないと思いますけど、面白いマンガなんで、だまされたと思ってまあ読んでみてください」

と言っていて、そのときは、

(『仁』…知らんなあ)

と思いながら、とりあえず最初の数巻を読んでみたら、これがまあ面白かった。

そしたらあーた、その数年後にドラマ化されて、大人気になったじゃあ〜りませんか!

それだけでなく、韓国でもリメイクされていたぞ!

それからというもの、

(うーむ。俺もマンガの監修をしてみたい)

と思ったものだが、このたびついに、その夢が叶ったのである!

フュージョンバンドを結成してライブをしたり映画の推薦文を書いたり映画のトークショーに出たり、マンガの監修をしたりと、僕の夢だったことがどんどん叶えられてゆく。

めざすはみうらじゅん先生である。

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作風

お酒をやめて、かれこれ3年くらいたつが、お酒が無性に飲みたくなる、ということはあんまりない。最近は、麦茶と炭酸水を交互に飲めば、ビールを飲んでいるつもりになれることを発見した。そんなことはともかく。

昨年末まで、MXテレビで放映されていた「ルパン三世 パート2」を録画して、空いた時間に視聴しては、視聴し終わったものを消していた。

なにしろ、155回くらいあるからね。全部残していたら、ハードディスクがたちまちいっぱいになってしまう。その中でも、よほどこれは、といういわゆる「神回」的な回のみを残すことにした。

ルパン三世のアニメをちゃんと見るのは、10代以来だから、かれこれ35年ぶりとか40年ぶりくらいである。なので、内容じたいはほとんど覚えていなかった。当時だって、まじめに毎回見ていたわけではない。

強烈に覚えていたのは、ある回で、ルパンが何かの計算をしている場面があり、「え~っと、サインコサインタンジェント、と…」という台詞があったなあ、ということくらいで、物語の本筋とはまったく関係のない場面だったのだが、実際にその場面に再会したときは、ちょっと感動した。

…いや、そんなことを書きたいわけではない。

MXテレビの再放送は昨年末にめでたく最終回を迎えたのだが、僕は録画した最終回を見ないままにしていた。見てしまうと、「これで終わりか…」と寂しくなる感じがしたからである。

そうしたところ、最近妻がルパン三世の最終回を先に見てしまったらしく、

「ルパン三世の最終回、見た?」

「いや、まだだけど」

「すごいよ。まるで映画みたいにホンイキで作られてるよ」

そこには、たかだか30分のテレビアニメなのに、というニュアンスが込められていた。

「ジブリ作品だよ、絶対」

どれどれ、と見てみると、たしかにぶったまげた。

「これは完全に、宮崎駿作品ではないか…」

いやいや、ここまでの文章をルパン三世マニアの方が読んでいたら、「おまえいまさら何言ってんの?そんなの常識だよ!」と言われるかもしれないが、こちとら、40年ぶりくらいに見ているのだ。まったく、何の知識もなく見てみたら、誰だって驚くはずである。

前の回までと、作風が全然違う。完全にラピュタの世界観ではないか。それに、ルパンを始めとする出演者の「顔つき」も違うのだ。早い話が宮崎駿タッチである。

決定的なのは、劇中に「炎のたからもの」のインストがBGMで流れていたことである。「カリオストロの城」じゃん!話の最後も、カリオストロの城を彷彿とさせる。

そう言われてみると、最終話のヒロイン役の声が、クラリスであり、ナウシカである。

これはもう、間違いないな、と思って、エンディングの歌とともに流れるスタッフロールを見ると、脚本、作画、演出にいずれも「照樹務」とあった。後で調べたところ、これは宮崎駿のペンネームであることがわかった。

というか、これくらいのことはすべて、ウィキペディアに書いてあることなので、こんなことは常識なのだろう。

それよりも僕がびっくりしたことは、そのウィキペディアによれば、宮崎駿は第145話「死の翼アルバトロス」も担当していたという事実である。何にも知らないで見ていた僕は、この145話を見たときに、「こりゃあすごい」と思い、神回に認定して録画を残しておいたのである。

作風ってのは、つきまとうんだねえ。

どちらの話にも共通しているのは、空(そら)や雲の描き方の美しさである。空や雲を強調するような画面展開なのである。

あと、これもびっくりしたのだが、ルパン三世パート2の最終話が1980年、「カリオストロの城」が1979年で、映画の方が前だったんだね。てっきり「カリオストロの城」は、ルパン三世パート2のシリーズが終わってから公開されたのだと思っていた。「炎のたからもの」のインストがBGMに使われたのも、これで納得できた。これもまた、マニアには常識なのだろう。

最終話のヒロインの声をつとめたのは、クラリスやナウシカの声を担当した島本須美さんだということもわかったのだが、島本さんは、ほぼ同じ頃に放映された「ザ☆ウルトラマン」というアニメで、女性隊員役の声を担当していたり、「ウルトラマン80」の第4話では、この回の主人公である中学生(あだ名はスーパー)のお姉さん役で、つまり役者として出演している。ちょうどいま、YouTubeの円谷プロ公式チャンネルで見たばかりだったので、これにも驚いた。

これもまた、マニアには常識のことなのだろう。ということで、マニアにとってはきわめて退屈な文章でございました。

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本棚

TBSラジオ「荒川強啓デイキャッチ」の後継番組「アクション」。

僕は直接は聴いていないのだが、フリーライターの武田砂鉄さんがMCの曜日、というのがあって、お笑い芸人「フォーリンラブ」のバービーさんがトークゲストとして出演した日があったのだという。

「フォーリンラブ」のバービーさん、って、一瞬、だれだっけ?と思ったが、最近よくテレビで見る、女性芸人の方である。

武田砂鉄さんが、バービーさんをゲストに呼ぶことにした理由がおもしろい。彼のツイッターに、こんなツイートがある。

「昨日、『メレンゲの気持ち』を見ていたら、芸人のバービーさんの自宅訪問があり、一瞬だけ映った本棚に、牧野雅子『刑事司法とジェンダー』などなど興味深い書籍がいくつも並んでいた。番組は相変わらず女子力高い云々だったが、本棚をじっくり見たかった。」

なんときっかけは、バービーさんの自宅の本棚の本を見て、興味をもち、それでラジオ番組のゲストに呼んだ、というのである。

たしかに、テレビで見る芸人としてのバービーさんのイメージと、本棚に並んでいる本のイメージは、なかなか結びつかない。実に興味深いではないか。

残念ながらそのラジオを直接聴くことができなかったのだが、インターネットにあがっている文字起こしを読むと、文字起こしなのでその時の正確なニュアンスはなかなか伝わりにくいのものの、それでも、好感の持てる対談で、いままでまったく興味のなかったバービーさんを応援しよう、という気持ちになったのである。

本棚とは、人生である。

本棚で思い出した。

先日、『ルパン三世 PART2』の「第82話 とっつあん人質救出作戦」を見ていたら、ルパンたちのアジトらしき部屋の本棚が映っていた。

武田砂鉄さんと同様に、僕もまた、他人の本棚が気になるタイプである。

69633212_715400098871822_404473797014454 つい本棚に見とれていると、背表紙にタイトルが書いているものがいくつかあった。

ある場面には、「石川達三集」と背表紙に書かれた本がある。

カットが切り替わると今度は、「金子光晴」と背表紙に書かれた本が確認できる。

69584268_715400172205148_789989333076960本棚で確認できる日本の文学者は、この二人のみである。

石川達三と金子光晴って…。

もちろん有名な作家であり詩人であることは間違いないのだが、なんか微妙な人選だよなあ。もちろんこの人選は個人的には嫌いではない。

どうしてことさらに石川達三と金子光晴が選ばれたのか。これはちょっとした謎である。

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人生で大切なことはすべて○○から学んだ

相変わらず仕事がクソ忙しいのだが、仕事の話を書くとシャレにならないほどの愚痴になるので、全然別の話を書く。

よく「人生で大切なことはすべて○○から学んだ」というフレーズがあるよね。昨日、家族とそんな話題になった。

で、調べてみると、童門冬二という作家が、

『人生で大切なことはすべて映画で学んだ』

という本と、

『人生で必要なことはすべて落語で学んだ』

という本を書いていることがわかった。おまけに、

『人生の歩き方はすべて旅から学んだ』

という本も書いていることがわかり、どないやねん!と突っ込みたくなった。いっそのこと、

『人生で大切なことは、映画、落語、旅からそれぞれ三分の一ずつ学んだ』

という本を書けばいいのに。

それはともかく。

自分にとっては、○○のところに何が入るだろう?と、昨日から考えていて、ハッと思い至った。

「人生で大切なことは、すべて『ルパン三世』から学んだ」

これだ!これに間違いない!

このところ、アニメ『ルパン三世』の再放送をやっているので、折にふれて見ているうちに、あることに気づいた。

子どものころの知識や教養は、ほとんど「ルパン三世」から学んでいたことを、である。

まず、『ルパン三世』のエピソードは、世界のありとあらゆる国が舞台となっている。当然そこには、その国の名所も登場する。ひょっとしたらノートルダム大聖堂も登場していたかも知れない。

つまり僕は、学校で習うよりも前に、「ルパン三世」を通じて世界の地理を学んでいたのである。

世界の地理だけではない。北京原人の謎やら、ジンギスカンの謎やら、世界史上のさまざまな謎もモチーフになっている。ナチスを思わせる独裁国家が登場する回もあったりして、世界史のありとあらゆる出来事が総動員されてエピソードが作られているのだ。

海外だけではないぞ。日本の歌舞伎や時代劇の知識だって得られるのだ。そもそも銭形警部とか石川五右衛門なんて名前は、時代劇へのオマージュだし、忠臣蔵をモチーフにしたエピソードや、歌舞伎の白浪五人男をモチーフにしたエピソードなんかもある。忠臣蔵のストーリーなんて、「ルパン三世」を見てはじめて知ったんじゃなかったろうか。

ほかにも、古今東西の名探偵が一堂に会する「名探偵空をゆく」というエピソードや、007シリーズをもじったタイトルなど、オマージュやパロディーまで含めると、それだけで世界の文学史や映画史が「ルパン三世」を通じて語れるのではないだろうか。

つまり、古今東西のありとあらゆる知識や教養は、子どものころに「ルパン三世」を通じて学んだのである。

知識だけではない。愛や憎しみ、友情や孤独、といった人間のさまざまな感情も、すべて「ルパン三世」の中で語られていたことである。

本編だけじゃないぞ。音楽だってそうだ。

「ルパン三世80のテーマ」は、なんといっても衝撃だった。あの曲が、自分にとってのジャズの原体験だったといってもよい。

というわけで、自分にとっては疑いなく、「人生で大切なことはすべて「ルパン三世」から学んだ」のである。

「ルパン三世」の原作者であるモンキー・パンチ先生が亡くなられたという。合掌。

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クレーターの男

僕は「理屈バカ」というか「屁理屈お化け」のところがあり、くどくどと書いてばかりで気さくに振る舞えないので、そこがあまり好かれない要因らしい。

これから書く話も、そんなくどい話なので、またかと思ったら読み飛ばしてほしい。

昨日、テレビで映画「オデッセイ」を放送していたので、見ることにした。

マット・デイモンが主演の映画で、宇宙飛行士扮するマット・デイモンが火星にひとり取り残され、そこで生き延びていく、という話である。

見始めてから、どうやらそういう話らしいということがわかって、手塚治虫の「ザ・クレーター」という短編漫画集の、「クレーターの男」という話を思い出した。

たしかあの漫画も、一人の宇宙飛行士が月の取り残されて、生き続けるっていう話だったよなあ。

さて、映画「オデッセイ」は、火星に取り残されるという絶望的な設定にもかかわらず、全体にわたってとても明るい映画で、ハッピーエンドで終わっていた。映画として、実によくできていた。

映画を見終わったあと、そういえば手塚治虫の「クレーターの男」はどんな内容だったかなと気になって、読み返してみることにした。

それは、こんな内容である。

アポロ18号で月に着陸して、火山の噴火口を調査していた主人公は、不慮の事故によりほかの仲間とはぐれてしまい、噴火口に取り残されてしまう。

そしてアポロ18号は、彼を取り残したまま、地球に帰ってしまう。

ここまでは、映画「オデッセイ」の設定と、さほど変わりがない。違うのは、ここからである。

主人公に残された酸素は約5時間分。身動きのとれなくなった彼は死を覚悟したが、不思議なことに、月の火山ガスのおかげで、彼は生き返ったのである。

それから130年後、地球から月にロケットがやってくる。

彼はようやく地球から来た人間に会うことができたのだ。彼は、自分が生き続けることができたのは、月の火山ガスのおかげだから、ぜひ月の火山ガスの調査をしてほしい、そうすれば、私たちは永遠の生を手に入れることができるかも知れない、と、宇宙飛行士たちにそう訴えたのである。

しかし、宇宙飛行士たちは、彼の話に取り合わず、月の火山ガスにまったく興味を示さない。

「俺たちは、ウラニウムを手に入れに月にやってきた。いま、地球は世界が真っ二つに割れていて、憎み合っている最中である。永遠の生を手に入れることよりも、どうやって敵に勝つかのほうが重要なのだ。だから月の火山ガスなんぞ持って帰る暇はない。それよりもウラニウム鉱脈を教えろ」

この言葉に、主人公は絶望する。主人公は、月に残ることを決意するのである。

やがて、その採石ロケットは、月のウラニウムを積みこんで地球に戻っていった。

あるとき、主人公が地球を眺めると、世界中で核爆発の光が輝いていることに気づく。

核戦争が世界中に起こって、地球上の人間はもはや死に絶えてしまったことを悟るのである。

彼はただ一人の人間として、月世界で生き続ける、というところで、この物語は終わる。

…なんとも、暗い物語である。

もっとも、短編漫画集『ザ・クレーター』は、どの話も暗い。だから僕は大好きな漫画なのだが。

これを読み直して思ったのは、この漫画は、決して映画にはなり得ないだろう、ということだった。

このモチーフは、漫画という表現でこそ、人の心を動かし得るのである。

その一方で、「オデッセイ」は、やはり映画だからこそ表現し得る世界である。

この違いは、何なのだろう?

話は飛ぶが、映画監督の黒澤明は、若い頃、画家を目指していた。

「黒澤監督は、若い頃、画家を目指していたそうですけれども、なぜ映画監督になろうと思ったのですか?」

という質問に、

「画家では食えないしね。それに、絵では、自分の世界を十分に表現できないと思ったんだ。それで映画をやろうと思った」

と答えていた。

自分の世界を表現するためには、絵ではなく映画がふさわしいと考え、黒澤はその通りに映画で自分の世界を表現し続けた。映画こそが、黒澤にとって最もふさわしい表現手段だったのである。

その黒澤明が、手塚治虫を評して、

「ああいう人が映画の世界にいてくれないのは、実にもったいない」

というようなことを語っていた。

…このあたりのエピソードは、かなりうろ覚えで記憶違いかも知れないのだが、要するに黒澤明は、手塚治虫はあれだけの漫画が描ける才能の人のだから、その才能を映画の世界で発揮してもらいたかったと述べたかったのであろう。

しかし、それは間違っていると、僕は思う。

手塚治虫は、自分の思いを漫画でしか表現できないと思い、その点を徹底的に追求したのだ。

容易には映画に置き換えられない漫画を、手塚治虫は描き続けたのだ。

表現をする、ということは、そういうことなのではないだろうか。

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人間ども集まれ!

以前、映画「クラウドアトラス」について書いたことがある。

時代を超えた6つの物語が交錯する、複雑きわまりない壮大な物語である。

6つのエピソードのうちの1つ、2144年の未来社会を舞台にしたエピソードでは、遺伝子操作で作られた合成人間(複製種)たちが登場する。複製種たちは人間(純血種)に支配され、労働力として酷使されていたが、これに疑問を抱いた複製種のソンミ(ペ・ドゥナ)が革命家と出会い、複製種の尊厳を取り戻そうと立ち上がる。

これとほぼ同じモチーフの物語が、手塚治虫の漫画の中にある。『人間ども集まれ!』である。

東南アジアのパイパニア共和国の戦争に義勇兵として参加していた日本の自衛隊員・天下太平は、脱走兵として捕まり、パイパニア共和国が進めていた人工受精の実験台にされてしまう。

太平の精子はきわめて特殊なもので、生まれる子どもは男でも女でもない「無性人間」だった。この「無性人間」は、働き蜂のような従順な性質を持っており、この性質を利用した医師の大伴黒主は、無性人間を大量生産して、これを兵士として世界中に輸出し、大儲けすることをたくらむ。

「商品」として輸出され、兵士として虫けら同然に扱われていた無性人間たちは、やがて人間たちに抑圧されていることに疑問を持ち、人間に対する反乱をくわだてるのである。

1967年~68年に発表された漫画だが、まるでこれは映画「クラウドアトラス」における「純血種」と「複製種」のエピソードを先取りしたような話である。いまから半世紀近くも前に、手塚治虫はすでにこんなことを考えていたのだ。

この作品自体は、当時のベトナム戦争を強烈に意識して描かれているが、いまの私たちが読んでも、いま現在の問題としてとらえることができる必読の作品である。

手塚治虫の構想力には、あらためて驚嘆せざるを得ない。

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トキワ荘中心史観

TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」の「さいとう・たかを特集」が面白かった。

漫画家のみなもと太郎が、さいとう・たかをの偉大な功績を語る、という企画で、いってみれば「レジェンドがレジェンドを語る」という内容である。

みなもと太郎は「さいとう・たかを」を語るのに、その前提として、日本における漫画の歴史から始まり、漫画の歴史における手塚治虫の位置づけ、という話に進んでいき、なかなか本論の「さいとう・たかを」にたどり着かない。

本題になかなかたどり着かない語り口は、まさに代表作『風雲児たち』を彷彿とさせる。

しかも漫画史に対する考察は、まるで学問におけるパラダイムを語るがごとくである。

私が最も学問的スリリングを感じたのは、以下のくだりである(実際にポッドキャストを聴くことをオススメする)。

「(みなもと太郎)…さいとう・たかをさんは『新宝島』を初めて見た時に、「ああ、紙で映画が作れるんだ」と思って、それを実践していったと。

(宇多丸)いわゆる子供向け「まんが」的な感じではなくて。本当にストーリーがあって。いまで言う漫画ですよね。

(みなもと太郎)そうです。それで、石ノ森章太郎である、水野英子である、赤塚不二夫である、藤子不二雄であるという人たちも……

(宇多丸)いわゆるトキワ荘的な人たち。

(みなもと太郎)そういう人たちも、『新宝島』を見て。要するに、あの当時の少年たちはみんな『新宝島』にショックを受けたわけですが。で、手塚治虫のような作品を書きたいということで。ただ、いま『新宝島』を我々が見て、それほどの衝撃を受けようというのは無理な話で。だけども、今、『新宝島』が世間にどういう評価をされているか、一言で言えますでしょ? 手塚治虫は何をしたのか?って。

(宇多丸)ええと、映画的な表現を漫画に持ち込んだ。

(みなもと太郎)はい、その言葉です。だとすれば、手塚治虫のいちばんやりたかったことを実現させえたのはさいとう・たかをじゃないのか? と。

(宇多丸)ああっ、つまり……

(みなもと太郎)で、そこで「ああ、つまり……」と言わないでほしい。「えっ、そんなはずはない」でしょう? 手塚治虫がやろうとしたことは、さいとう・たかを劇画に発展させたかったのか?

(宇多丸)ああ、もちろん手塚治虫は、こういう漫画像を理想としては、ビジョンとしては描いていないですよね。

(みなもと太郎)だけども、今の世間の評価は「手塚治虫は映画的表現を開発した」と言う。もし、それを言うのであれば、さいとう・たかをがそのトップバッターじゃないのか? でも、それは変だと思うでしょ? あなたも私も。俺も、そう思う。

(宇多丸)その「手塚の血統だ」と言われると、大変違和感がある。

(みなもと太郎)違和感があるでしょう? だから、手塚治虫を見て、『ドラえもん』もできた。『星のたてごと』もできた。『忍者武芸帳』もできた。『ねじ式』だってやっぱり手塚治虫を……

(宇多丸)ああ、そうですか。つげ義春でさえ。

(みなもと太郎)つげ義春でさえ、手塚漫画に衝撃を受けて漫画家になっていって。そういう百花繚乱な中。だから、まずその手塚治虫の『新宝島』の評価というものを、まだ世間は捉えていない。手塚治虫もまた理解されていないと俺は言いたい!

(宇多丸)なるほど。つまり、「映画的表現を持ち込んだ」っていうこの割り切り方がちょっとおかしいですかね

(みなもと太郎)そう。おかしいでしょう。今、これを言うと。「映画的表現」って言うなら、じゃあ『ゴルゴ13』が手塚治虫の正当の跡継ぎになるんじゃないか?って。でも、それは俺自身でも変だと思う(笑)。

(宇多丸)はいはい。たぶんトキワ荘中心史観みたいなものを、特に僕みたいな門外漢とか、後から来た世代は、そこの歴史だけはよく知っていて。

(みなもと太郎)だから歴史というのは、そういうもんなんですよ。

(宇多丸)まさに『風雲児たち』!(笑)。」

宇多丸さんが瞬間的に生み出した「トキワ荘中心史観」という言葉に、思わず手をたたいてしまった。

なるほど、私たちの戦後漫画史のパラダイムは、「トキワ荘中心史観」だったのかもしれない。

しかしそれを克服することが、手塚治虫に対する新たな評価にもつながる。

ちょっと学問的興奮を覚える一幕であったので、心覚えに書きとどめておく。

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八角形の館

4月1日(火)

2008年11月30日、韓国に留学した初日の日記に、私は次のように書いた。

「むかし、手塚治虫先生の『ザ・クレーター』という短編マンガ集の中に、漫画家だった男が、まったく別の人生を生きたいと思い、それまでの人生を捨ててプロボクサーとして生きるという話があったことを、なぜか思い出した。これからの1年3カ月の世界は、これまでの世界とは、まったく別の世界のように思える」

今日もまた、同じ心境である。

さて、この短編漫画の内容を、もう少し詳しく思い出してみよう。

主人公の漫画家の男は、漫画家の人生に失望し、ある古びた八角形の館に行った。その八角形の館は、別の人生を歩むことのできる場所だった。彼は気がつくと、プロボクサーになっていた。

だがこの八角形の館の掟は、「2度目の後悔は許されない」というものであった。つまり、「新しい人生に後悔した瞬間、とんでもないことが起こる」というのである。

決して後悔なんかするもんか、と、彼はプロボクサーになるのだが、初試合でこてんぱんに負けてしまった彼は、リングに倒れ、朦朧とした意識の中で、プロボクサーに失望し、「やはり漫画家になればよかった」と、後悔するのである。

その瞬間…。

その漫画は、とんでもない結末を迎えて、終わる。

たしかそんな内容だったと思う。

1日にして、まったく新しい世界に飛び込む。

一生に何度か、それも、この日がそれにあたることが、多いのではないだろうか。

では、この日にちなんだ曲を1曲。

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紙の砦

手塚治虫の短編漫画「紙の砦」。

自らの戦争中の体験をもとに描いたフィクションだが、自伝的漫画ともいえる。

まず、タイトルがすばらしい。

「紙」とはすなわち、漫画を書く紙である。

漫画を書くことが好きな主人公は、戦争中、厳しく禁じられていた漫画を、こっそり書くことで、生きる希望を見つけていた。漫画こそが、自らを守る砦だったのである。

主人公は、オペラ歌手をめざしている宝塚歌劇団の女性と知り合う。

2人はお互いの夢を語り合うが、やがてその夢が、戦争によって引き裂かれる。

主人公は、終戦とともに「漫画を書く自由」を取り戻すが、女性は、オペラ歌手として舞台に立つ夢を絶たれてしまう。

墜落した飛行機に乗っていた米兵を、主人公が叩きのめそうとして思いとどまる場面は、とりわけ印象的である。

憎い敵の死体を叩きのめしたところで、何が報われるというのか。

すべては、こんな戦争を始めた愚かな人間の仕業なのである。

戦争はなぜ、憎むべきものなのか。

それは、この短い「紙の砦」を読めば、何度でも考えることができる。

もしその日が「平和について考える日」であるのならば、その日にこそ、手塚治虫の「紙の砦」を読むべきである。

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雨ふり小僧は見えるか

4月19日(金)

先日、職場の会議で、「憂慮すべき重大なこと」に気づき、発言したところ、その場にいた数十人の誰からも、何の反応もなかった。

(あれえぇぇぇ??オレだけにしか見えないのか??)

私しか問題にしなかったということは、それほどたいした問題じゃないのか?と不安になり、あとで妻に電話で話してみたところ、妻も私と同意見だったので、一安心。

まあこんなことはよくあることなので、今さらどうということはない。

それで思い出した。

手塚治虫先生の短編漫画に、「雨ふり小僧」という作品がある。

田舎の分校に通う中学生の「モウ太」といういじめられっ子の少年がいた。あるとき橋の下で、傘をかぶった妖怪「雨ふり小僧」に出会う。

雨ふり小僧と友達になったモウ太。だが雨ふり小僧は、モウ太にしか見えない。ほかの誰にも、雨ふり小僧は見えないのである。

雨ふり小僧は、どこへでも雨を降らせることができるという、不思議な力を持っている。

こうしてモウ太は、自分にしか見えない雨ふり小僧という友達を得ることになる。

3つの願いを叶えてくれることとひきかえに、モウ太は、雨ふり小僧に長靴をあげることを約束するが、その約束を忘れたまま、遠くの町に引っ越してしまう。

それから40年の月日が流れる。

すっかり立派な大人になったモウ太は、あるとき突然、あのときの約束を思い出す。

長靴を持って急いであの橋の下に駆けつけると、そこにはボロボロになった雨ふり小僧がいた。

「四十年もここで待ってたのかい!?」

「ウン」

雨ふり小僧は長靴を受け取ると、すっかり大人になってしまったモウ太の前から姿を消し、二度と姿を現すことはなかった。

したり顔の大人にも、いじめっ子にも見えないが、モウ太にだけは見える「雨ふり小僧」。

手塚先生にも見えていたんだろうな、と、このごろ思う。

この「雨ふり小僧」は、落語家・立川談志が生涯愛してやまなかった作品でもある。

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