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炎上体験

1月22日(金)

「ひとり合宿」終了!の話を書こうと思ったが、予定変更。

少し前に、A新聞のT記者という人から、電話取材を受けたという話を書いた。

47都道府県をあげていくと、どちらかといえば終わりの方に近づかないと出てこないような県(ずいぶん失礼だな!)の、地方支局の記者で、ある話題について僕にコメントを求めてきたのだ。

電話で手短に答えたあとも、何度かメールが来た。どうも電話取材だけでは不十分だったようで、もう少し詳しく教えてほしい、ということだったので、メールに返信してお答えしたら、「記事の出稿を担当するデスクに鬼瓦様のお見立てを伝えたところ、とてもおもしろがっていました」と返事が来た。

新聞社のしくみがよくわからないのだが、記者は書いた記事がそのまま新聞に掲載されるわけではなく、記事の出稿を担当するデスクというのがいて、その人が、これは記事になるかならないかを判断して、新聞に掲載する可否を決めるということなのだろうか。なんとなく、映画やドラマでそんな場面を見たことがあるような気がする。

で、僕のコメントはそのデスクのおめがねにかなったようだったのである。

そして昨日の夜10時頃、記者からまたメールが来た。

「あす午後、配信される新聞のデジタル版で、先日と今回、お答えいただいたお話を記事中で紹介させていただく予定です。○○○本社版の夕刊にも掲載される可能性があり、そのときには掲載紙をお送りさせていただきます。」

これも知識がないのでよくわからないのだが、まずは、新聞社のデジタル版に記事が掲載され、うまくいけば、地方本社の夕刊の紙面に掲載される、ということらしい。その新聞社は全国に6箇所、本社を持っていて、その一つが○○○本社なのである。

…どうも無知がすぎるなあ。

ここから察するに、支局の記事は、まずデジタル版に載り、その中で運がよければ、地方支局版、もしくはその地方支局を管轄する地方本社版の紙面に載ることができる、ということのようだ。

まあ地味な記事だし、僕はまったく期待していなかったのだが、今日の午後、そういえばデジタル版で配信されると言っていたことを思い出し、新聞社のサイトをのぞいてみたら、はたして記事が配信されていた。

僕は、ある年代以上の人たちの郷愁を誘うようなコメントをあえて入れてみたのだが、それがそのまま記事になっていた。デスクやT記者が僕のコメントを面白がったのは、この部分だなということが、容易に想像できた。

そうしたらすぐに、高校の後輩からメッセージが来た。

「Yahoo!ニュースに出てましたよ!ニュースのタイトルだけ見て、『あれ、これって鬼瓦先輩の本にあったよな』と思いだし、読み始めてみたら、なんと最後に名前まで登場とは!それにしてもタイトルだけ見て引っかかるとは、自分が思っていたより先輩の本のことをちゃんと覚えていたんですね」

なんと、Yahoo!ニュースがその記事を引用していたというのである。その後輩はさらに続けた。

「いやー、在宅勤務なので最後の会議が終わってちょっとYahoo!ニュースをチェックしていたら国内ニュースのコメントランキングを流し見をして発見しました。私が見たときは25位でした。」

言われるがままにYahoo!ニュースを見てみると、たしかに、かなり上位の方に記事が掲載されている!まさか自分の名前がYahoo!ニュースに出るとはねえ。

でもなあ。Yahoo!ニュースって、たしかコメント欄があって、そのコメント欄がけっこう荒れてたりしたんじゃなかったっけ?

おそるおそるコメント欄を見てみたら、なんと500件以上もコメントがあるではないか!(この文章を書いている時点では、750件程度)。

けっこう炎上してるんじゃないかなあ…と見てみたが、思ったほどではなかった。むしろ好意的に受け止めてくれた人が多かったような気がしたが、ただ所々に「コメントしている識者の思慮が浅い」的な、上から目線のコメントがあったりした。まあそれはこちらの能力に起因することだから仕方がない。

よくわからないけど、最終的に750件程度のコメントが書かれているということは、これが炎上ってヤツなのか?とすれば、僕にとって初めての炎上体験である!

あとで聞いたら、最終的には全国版の夕刊の紙面に記事が載ったそうである。僕は新聞を取っていないので、すぐには確かめられなかったが。

最初はT記者に「一応コメントをうかがいますが、記事になるかどうかわかりません」的なことを言われたのだが、それがまさかこんなことになるとはねえ。

そういえば、15年くらい前のことを思い出す。「前の職場」にいたころのことである。

M新聞のある地方支局の記者からコメントを求められて答えたことがあった。そのときもやはり地味な話題だったから、地方版に小さく載るのがせいぜいかなあと思っていたら、その記者の押しの強さと筆力のおかげか、なんと全国版の夕刊に記事が掲載され、僕自身もビックリしたのであった。たしかそのすぐあとくらいに、その記者は本社に栄転したと聞いた。今回も、そのケースとよく似ている。

ということは、今回のT記者も、この記事がきっかけで地方支局から本社栄転、なんてことにはならないだろうか。僕はそれを望むばかりである。

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マスク編年

不織布は、他の素材のマスクにくらべて、飛沫を防ぐ効果が高い、というニュースが、ここ最近浸透してきた。

かくいう僕も、以前は洗濯可能な布製のマスク(アベノマスクではない)を着用していたのだが、ここ最近は、とくに人出の多いところに出かけるときなどは、不織布のマスクを着用することにしている。

ウレタンマスク、ってのは、あんまり飛沫防止に効果がないらしい。スーパコンピューターの富岳が実証していた。

ところで富岳は、もっぱら飛沫の計算の時にしか見ないのだが、もうすっかり、富岳といえば飛沫、という認識が人々に定着してしまったように思える。スーパーコンピューターなのに、残念な気がしてならない。

…そんなことはともかく。

いっとき、おしゃれな人たちがこぞってウレタンマスクをしていたが、これからはウレタンマスクの割合が減り、不織布マスクを着用する割合が、増えていくであろう。

そこで考えたのは、町行く人を撮影したニュース映像にあらわれたマスクの割合によって、ある程度の時期が特定できるのではないか、ということである。

不織布マスクだけだった時期、マスクの供給が安定的になり、洗濯可能なマスクがバラエティーに富んで発売された時期、ウレタンバスクが流行した時期、そしてまた、不織布マスクの効果が見直され、着用の割合が増えた時期…。

ニュース映像から、町行く人のマスクの種類の割合を分析してその変遷を追う、というだけで、立派な卒業論文が書けるのではないか、と思うのだが…。

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ピンクのマスク

1月9日(土)

夕方、たまたまTBSテレビの「報道特集」を娘の遊び相手をしながら見ていたら、ちょうど台湾の新型コロナ感染症対策についての特集をやっていた。その中で、こんなエピソードを紹介していた。

台湾政府が、新型コロナ感染症についての専用ホットラインを開設した。すると、ある小学生の男の子から電話があった。

「クラスの男子は全員青いマスクなのに、僕はピンクのマスクしか手に入りませんでした。僕だけピンクのマスクを着けて登校するのは恥ずかしくて、学校に行きたくありません」

すると翌日。

新型コロナウィルス対策本部の記者会見で、本部長以下全員(全員、男性だったと思う)が、ピンクのマスクを着けて記者会見場に現れた。そして本部長が、カメラの前でこう言った。

「マスクの色は(感染対策に)関係ありません。男の子がピンクのマスクを着けても、恥ずかしいと思うことはありません。私は子どもの頃、ピンク・パンサーが大好きでした」

僕は、「おかあさんといっしょ」で昨年度の「月歌」だった「きみイロ」という歌を思い出した。

「ひとりひとりは イロちがい

きみだけのイロをさがすんだ

7つよりそいあえば

きらきらのにじ

イロイロ とりどりのイロ

みんながイロイロな イロもって

あんなイロ こんなイロ どんなイロ

たったひとつ きみイロ」(作詞作曲 えだまめンズ)

番組ではほかにも、徹底した情報公開とか、理にかなった感染防止対策とか、記者会見を時間無制限にするとか、さまざまな方法で、台湾政府と国民との信頼関係を構築していったことを紹介していた。

印象に残ったエピソードだったので、ここに書きとめておく。

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仕事始め

1月4日(月)

仕事始めの日。早朝に車で家を出たら、高速道路がすいていた。

午前中は「儀式」と「打ち合わせ」で潰れる。午後は懸案の仕事ができると思っていたら、政府が緊急事態宣言の検討を始めたというニュースが入ってきて、それへの対応で駆け回っているうちに、あっという間に夕方になってしまった。

「緊急事態宣言」といっても、具体的な内容がどうなるかがわからないので、こちらとしても対策の立てようがない。まったく、あきれた政府である。うちの職員さんが言っていたが、「いまから宿題をやるかどうかを検討します」と言っている子どものような理屈である。

あきれた政府、といえば、思い出す1枚の写真がある。

首相官邸のホームページの、2020年3月24日のところに、IOC会長との電話会談を行いましたという記事がある。そこにあがっている写真には、前首相、五輪大会組織委員会の会長(首相経験者)、官房長官(現首相)、東京都知事、五輪担当大臣の面々が、神妙な顔つきで、IOC会長との電話会談を行っている様子が写っている。このときの電話会談で、東京五輪の(中止ではなく)延期が決まったと記憶している。

官邸としては、この電話会談の写真を通じて、政府が五輪の延期という苦渋の決断をしたというポーズを見せたかったのだろうが、いまから思えば、この写真はじつに滑稽で腹立たしい。

とにかく五輪のことばかり気になって、感染拡大への対策を後回しにした張本人たちが勢揃いしているのである。各人が雁首そろえて神妙な顔つきをしているが、見ようによっては、蜂の頭が集まっても何もいい知恵を出せないことがこの1枚に凝縮されている。

僕はこの写真が、感染症に対する政府の対応を最も象徴的に表している写真であると思う。この写真にキャプションをつけるとすれば、「東京五輪のことばかり気になって感染拡大への対策を後回しにした人たち」。この写真は繰り返し思い出さなければならない。功労者なのか戦犯なのかは、歴史が判断するだろう。

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空想科学

今週は、ラジオの話題で盛り上がりすぎたので、少しクールダウン。

最近、よく耳にする言葉。

「人類が新型コロナに打ち勝った証として…」

この後に、

「東京五輪を成功させたい」

という言葉が続くのだが、僕はこの言葉を聞くたびに、ウルトラマンシリーズとか、「宇宙戦艦ヤマト」を思い出す。

上手く説明できるか自信がないのだが。

ウルトラマンシリーズは、子どもの頃大好きだったし、いまも大好きである。

ウルトラマンシリーズで育った僕が、少し大人になった頃、ある疑問がわいた。

「なぜ、宇宙人とたたかう隊員が、全員日本人なのだろう?」と。

宇宙人が地球に攻めてくるというのは、地球すなわち全世界にとって一大事のはずなのに、たたかうのは、日本にある科学特捜隊とか、ウルトラ警備隊の、隊員たちだけなのである。

いや、この種の疑問は、ウルトラマンシリーズについて何もわからないド素人の僕の愚問なのかもしれず、物語の上では、ちゃんとした理屈や設定があるのかもしれない。たとえば、宇宙人に対する防衛軍は世界各地にあり、科学特捜隊やウルトラ警備隊はその日本支部なのだ、とか、世界各地で、宇宙人の侵略に悩まされていて、その土地その土地で、科学特捜隊やウルトラ警備隊に匹敵する部隊が、世界で同時進行的に宇宙人とたたかっているのだ、とか、そういう設定なのかもしれない(いま調べたら、実際、そういう設定らしい)。

ウルトラマンシリーズの話はいい。じゃあ、「宇宙戦艦ヤマト」はどうだ?

地球全体が放射能汚染にさらされているというのに、その危機を救うのは、宇宙戦艦ヤマトの乗組員である日本人たちだけである。そういう発想で言ったら、アメリカ映画の「インデペンデンス・デイ」も同じようなものだったっけ?ちゃんと見ていないのでよくわからない。

僕がこういったドラマから感じることは、自分の国が人類を代表しているというドメスティックな意識、というべきか、あるいは、人類というものに対する想像力を意識的であるにせよ無意識にせよ、著しく欠いている、というべきか、とにかく、一言で言えば、「内向きの発想」ではないか、ということなのである。

この国の権力者が、

「人類に新型コロナに打ち勝った証として…」

と、全世界に向けて述べたことの意味を、深く考えなければならない。そこに、この国以外の世界に対する想像力はあるのだろうか。そもそも、一国の権力者が、人類が新型コロナに打ち勝つかどうかを見きわめることなどできるのだろうか。僕には、この発言が、上に述べたような、「空想科学」と本質的には変わらないのではないかという思いを禁じ得ない。

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バイデン=鈴木貫太郎=笠智衆説

11月11日(水)

昨日のTBSラジオ「たまむすび」のコーナー、町山智浩さんの「アメリカ流れ者」を聴いていて、僕が以前から漠然と抱いていた仮説が、確信に変わった。

それは、「バイデン=鈴木貫太郎=笠智衆」説である。

アメリカ大統領選挙は、どうやら民主党のバイデン氏に軍配が上がったようである。現職のトランプ大統領が、訴訟も辞さないという姿勢を見せているが、結果が覆る可能性は、きわめて低いのではないだろうか。

しかしバイデン候補は、77歳という高齢である。しかも演説が上手ではなく、これといった主張があるわけでもない。いってみれば、凡庸な政治家だ、というのが、世間的な評判である。バイデン候補に対する票は、熱狂的なバイデン支持者によるものではなく、反トランプの受け皿として投じられた、というのが、もっぱらの見方である。

アメリカの大統領選挙の取材を続けていた町山さんは、どうしてバイデンのような、さしたる人気のない、しかも高齢の人物が、民主党の大統領候補として選ばれたのか、そのことが不思議でならなかったそうである。ラジオの中で、こんな風に語っている。

「僕はね、バイデンさんを民主党が選んだ時、「なんて弱い候補なんだろう」って思っていたんですよ。演説も本当に下手だし、熱狂がまるでないし。それでトランプ大統領が彼のことを「最弱の大統領候補」って言っているんですけども。「あんな最弱の候補に俺が負けたら、恥ずかしいからアメリカを出ていってやる」とまで言ったんですけど。ただ、それがよかったのかなっていう気がするんですよ。トランプ大統領はバイデンさんをなんとかしてものすごく悪いやつに仕立て上げようとしていて。「過激な左翼だ」とか言っていたんですけど。バイデンさんはその挑発に乗らなくて。ずっとただの普通のおじいさんみたいな感じでやってたんですよね。だからそれがすごくよかったのかなと思ったんですね。」

「(これからの)バイデンさんの仕事は大変なんですが。まあ彼自身が「大統領は4年でやめる」って言っているんですよ。つまり、「トランプでバラバラになってしまったアメリカを元に戻す」ということだけが彼の仕事なので。みんなが「アメリカ人」に戻る時なので。それが終わったら彼の役目は終わりなんですよ。そこから先は新しいアメリカに進むんですよ。」

トランプ大統領によってむちゃくちゃに分断されたアメリカを、もう一度もとのアメリカに戻すためだけに大統領になり、1期4年の間になんとかその道筋をつけて、そのあとは潔く大統領を辞めると宣言しているバイデンが、アジア・太平洋戦争を終わらせるために首相に就任して、なんとか終戦にこぎつけて総辞職した老獪な鈴木貫太郎首相と、ダブって見えるのは、僕だけだろうか。

ちなみに鈴木貫太郎首相は僕の中では、岡本喜八監督の映画『日本のいちばん長い日』で同首相を演じた笠智衆のイメージである。

見た目はいわゆるふつうのおじいさんで、地味であることこの上ないが、陸軍や海軍からの突き上げや挑発をのらりくらりとかわしながら難局を乗り切った。一部の過激派からは攻撃の対象となるほど憎まれたが、それでもなんとかやり遂げたのである。

映画の中で、笠智衆演じる鈴木貫太郎首相は、

「これからの日本は、若い人にまかせるのがいいんでね」

といって、8月15日正午の玉音放送が流れたあと、内閣総辞職を決めるのである。

これが、バイデン次期大統領の未来なのではないだろうか。

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こんなモギ裁判はイヤだ!

むかし、「鶴瓶・上岡パペポTV」という番組で、上岡龍太郎がこんなことを言っていた。いまでもはっきり覚えているのだが。

ある番組で、Sという芸能レポーターがゲストにやってきた。司会の上岡は、そのSという芸能レポーターのことが大嫌いで、

「おまえなんかアホじゃ!」

と番組内でさんざん罵倒したところ、のちにSという芸能レポーターが名誉毀損で上岡龍太郎を訴える、と言い出した。

その話を聞いた鶴瓶が、

「で、師匠、訴えられたらどないしはりまんの?」

と聞いたら、上岡が、

「法廷でアホの証明をせなあかん」

と言った。その答えに僕は爆笑してしまった。上岡さんらしい。

それで思いついたのだが、前の職場で毎年行われる恒例のイベント、モギ裁判で、こんな裁判はどうだろう?

誰かがTwitterで、ある芸人のことを「おもろない」と書いて、それがまたたく間に拡散した。

それを知ったその芸人が、「おもろない」と言われるのは名誉毀損だ、いわれのない中傷だ!と、法的手段に訴えることにした。

争点は、「その芸人はおもしろいか、おもしろくないか」である。

原告側の芸人は、裁判官の前で、いろいろなネタを披露するのだが、裁判官はおろか、傍聴席の人たちもピクリとも笑わない。

証人として、芸人仲間たちが次々と法廷に立つ。

「おもろい」「おもろない」の立場から、それぞれの芸人たちが次々とエピソードトークを始める。

その芸人本人よりも、証人たちのエピソードトークのほうがはるかにおもしろく、裁判官や傍聴席を爆笑の渦に巻き込む。

ところが本人が笑わそうとすると、誰もピクリとも笑わない。

さて、この芸人は「おもろい」のか?「おもろないのか」?

注目の判決は?

…みたいなモギ裁判はどうだろう?

やっぱりダメかな。

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BLMとALM

いま、米国を中心に起こっている「BLACK LIVES MATTER(BLM、黒人の命は大事だ)」という運動は、各地で広がりをみせ、デモが起こっている。

先日、NHKの「国際ニュース番組「これでわかった!世界のいま」の公式Twitterに掲載された、「アメリカで黒人が今置かれている状況」について解説するアニメ動画が、まったく問題の本質をとらえていないどころか、かえって差別を助長するような内容だったと非難を浴び、翌週の番組の冒頭で謝罪し、その動画を削除する、という事態になった。

僕はたまたま、その番組冒頭の謝罪のくだりを観ていたのだが、その動画の内容は、たしかにひどい内容のものだった。

で、これに関連して、6月26日(金)の毎日新聞のネット版に、「NHKは何を間違ったのか~米黒人差別の本質 「知らない」では済まされない 黒人差別のシンボルとタブー 矢口祐人・東大教授に聞く」という記事が掲載されていた。残念ながら会員限定有料記事なので、会員でない僕は、読めるのは冒頭部分だけで、途中からは読めなくなってしまう。

ただ、そのインタビュー記事の冒頭部分は、僕にとってとても印象深い内容だった。以下、引用する。

「ーー黒人差別解消を求める運動「BLACK LIVES MATTER(BLM、黒人の命は大事だ)」に対し、「ALL LIVES MATTER(ALM、すべての人の命は大事だ)」と反論する人がいます。火事現場に駆けつけた消防士に対し、燃えていない隣家が「俺の家も大切だ。水かけろ」と言っているようにも見えますが、こうした主張をどう考えればよいですか。

 ◆BLMは、「黒人の命や生活の重要性を、白人のそれと同じレベルで扱ってほしい。現在のゆがんだ社会の構造を変革しなければいけない」という訴えです。

 一方のALMは「すべての命を大切に」という意味ですから、一見すると正論に聞こえます。しかし実態は、保守派、右派がBLMに対抗する形で使っている表現です。「我々は差別主義者じゃない。みんなで対立しないで仲良くしよう」といいながら、BLMが問題視する制度的差別の存在や構造的変革の必要性を否定し、現状を維持しようとしている。BLMは、「構造を変えない限り、みんな仲良くなんてできない」と考えているのです。」

僕はこれを読んで、溜飲が下がる思いがした。なぜなら、僕もここ最近、似たような体験をしたからである。

最近、フェミニズムとかジェンダーとか、そういうことを少しずつアップデートしようとしているんだけれど、ある場所で、ちょっとジェンダー的な観点から発言しなければならないことがあって、まあまだまだ勉強不足なんだけど、ジェンダーによる差別についてやはり考えなければいけない、的な発言をしたんだよね。

そうしたら、一人、猛烈に反論してくる人がいて、「そうやってジェンダー論者がみんなに特定の意見を押しつけようとするのは、他の意見を排除することにつながり、表現(言論)の自由を侵害しかねない」って言われたんだよね。

その人は別に極端な思想の持ち主ではなくて、ご自身は「自分はバランス感覚がとれた人物である」と自覚されている人なんだよね。つまり自分のバランス感覚から言ったら、フェミニストは極端な意見を主張し、その主張をみんなに押しつけようとする人々、ということになるのだそうだ。

僕は何となく、その人の意見にもやもやを感じていたんだけど、というかかなり腹が立ったんだけれど、それに対してどのように反論したらよいのかわからない。それはとても悔しい体験だった。

で、僕はこのインタビュー記事を読んだとき、そうか、と思った。

つまりは、僕は「BLM」と主張していたら、相手は「ALM」と反論した、ということなのか、と。

「現在のゆがんだ社会の構造を変革しなければいけない」「その構造を変えない限り、差別なんてなくならない」と僕は言ったつもりだったのだが、相手は「いや、男性女性にかかわらず、すべての人の人権が重要なんだ。男性だって差別されている」と反論したということなのである。

一見正論にみえる相手方の理屈の裏には、「制度的差別の存在や構造的変革の必要性を否定し、現状を維持しようとしている」心理がはたらいているのではないだろうか、と僕は感じ取った。

しかし、そのことを相手方に言ってみたところで、おそらくこちらの真意は理解されることはないだろう。なぜなら相手方にとってこちらの言い分は、「特定の立場に立った偏った意見」としか映っていないから。

「なんで○○に対する差別解消ばかり主張するの?××だって差別されているじゃん」

という理屈が「正論」としてまかり通っているうちは、差別はなくならないのだろうと、僕はいま、絶望的になっている。

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チャラ男官僚

6月19日(金)

職場からの帰宅の道中で聴いた、文化放送「大竹まこと ゴールデンラジオ」のラジオクラウドで、ゲストの古賀茂明さんが話していた内容が、とてもおもしろかった。記憶の限りで書きとどめておくと…。

古賀さんは、もと経済産業省の官僚で、いまは辞めている。ラジオを聴いたら、「経済産業省不要論」をとなえている。

この国は、高度経済成長、バブル経済を経て、著しい経済発展をとげたため、企業は国の援助がなくても十分にやっていけるくらいの力がついた。そこで経済産業省は、やることがなくなっちゃった。むしろ経産省が余計なことをするおかげで、企業や経済がどんどん衰えてしまう、なんて事態になった。

で、仕事がなくなっちゃったもんだから、仕事をつくることにした。そうしないと予算を持ってこれないから。

「おもてなし」とか「プレミアムフライデー」とか「クールジャパン」とか。

結局、アレって何だったの?みたいなお祭り騒ぎに予算を使う。仕事がないのに、余計な仕事をつくって、盛り上げていかなくてはいけない、というのが、いまの経産省。

毎年、予算獲得のために、何か新しい政策を考えなければいけない。もっともらしくって、見栄えがよくって、キャッチーなものであればあるほどよい。

経産省には、「チャラ男」が多い。そういうチャラ男連中が、口八丁手八丁で、もっともらしいイベントを考えて、それを財務省に持って行って、予算を獲得する。予算を取ってくる人が、出世する。

しかし、結局は中身のない政策だから、次の年にはまた別の政策を考えなくてはならない。

経産省の役人は、そういうことばっかりやってきたもんだから、すっかりそういうスタイルが身体に染みついちゃっている。

だから、経産省と電通は、むかしからウマが合うのだ。どっちもお祭り騒ぎが好きだから。

持続化給付金が電通に委託されたのも、そういったことが背景がある。

ああいう給付金って、税務署が担当すれば、スピーディーにできるんじゃないの?というのは誰でも思いつくこと。だって、確定申告を通じて収入だってわかっているし、振り込みの銀行口座だってわかっているぞ。税務署のノウハウを活用すれば、給付金なんてオチャノコサイサイのはずなのだ。

現に、コロナウィルスがいちばんたいへんだった5月に、自動車税の納付書がちゃんと来たもん。給付金とかマスクなんかよりもはるかに早かったぞ。給付金だって、税務署の手にかかればすぐに支給されるだろうし、相手が税務署だったら、給付金を受ける側も、不正に申請したりすることもできないはずだ。

でもそれをやらない。なぜか?

それは、税務署が財務省の管轄だからだ。つまり財務省にその仕事をとられてしまうと、経産省の出る幕がない。予算の大きな仕事を財務省に渡したくないのだ。

…というのが、古賀さんのお話。

なるほど、ここ最近の一連の動きが、これでよくわかった。溜飲が下がるとはこのことである。

しかし、これは経産省に限ったことではない。同じようなことは、ほかのところでもやっているのではないだろうか。

以前、経産省ではない、別の役所の人と仕事をしたとき、その役人が、チャラい感じのイベントを企画してチャラい感じの民間業者を連れてきていたことを思い出した。

それに、予算を取るために毎年もっともらしい仕事を新しくつくるというのも、大なり小なり、よくやっていること。

とすれば、もうこれはこの国の構造的な問題なのだ。

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アレなマスクが届きました

5月15日(金)

これは、記録として書きとどめておくのだが。

ついに我が家にも「アレなマスク」が届きました!

『日本経済新聞』の4月1日付けの記事

「…首相は1日、首相官邸で開いた新型コロナウイルス感染症対策本部で、全世帯に再利用可能な布マスクを配布すると表明した。1住所あたり2枚ずつ配る方針で「再来週以降、感染者数が多い都道府県から順次配布を開始する」と語った。来週決定する経済対策に国が買い上げる費用を盛り込む。

全国5000万あまりの世帯に配る。首相は「来月にかけて1億枚を確保するメドがたった」と述べた。「急激に拡大するマスク需要に対応する上で極めて有効だ」との認識も示した。」

最初に「マスクを配る!」と宣言してから、1か月半ぶりに届いたことになる。

僕の住んでいる町は、そこそこ都内に近いところにあるのだが、それでもこのスピードである。こぶぎさんの家に届くのは、いつになるやら。

いざ、届いたマスクを見てみると、…かなり脱力するぞ。ノスタルジーを感じるぞ。

小田嶋隆さんが、「1枚は鼻用、もう1枚は口用」といっていたが、顔のでかい僕にとっては、それくらい小さなマスクである。

「アレなマスク」の製造業者が取材に答えて、こんなことを言っていた。

「布マスクは1枚のガーゼを折りたたんでいるだけ。一般的にドラッグストアやコンビニで販売されている、サージカルマスクの方が安くて性能はいいと思う。一度、自分で作った布マスクを洗って試したら、縮んでしまい、使い物にならなかった」

うーむ。ますます脱力。

竹槍で敵の戦闘機に立ち向かうとは、こういうことか。

休業を余儀なくされ、かといって政府からなんの補償もされずにこの先の希望が持てなくなってしまっている人が、郵便受けに入っている「アレなマスク」を見たら、どう思うのだろうか。

やはり「ありがたい」と思うのだろうか。「ふざけるな」と思う僕は、ひねくれ者だろうか。

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